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2007年6月 5日 (火)

☆『コンフィダント・絆』☆

※以下の記事は「映画評」ではなく「演劇評」です!

5月30日(水曜)。この日は残業も早々に切り上げ、京橋方面へと向かった。久々に期待の新作舞台劇を観に行った次第である。
こそっとチケット入手⇒こそっと出かけたのは・・三谷幸喜の作・演出による『コンフィダント・絆』と言うお芝居。チケットはめちゃめちゃ高かったが(=^_^=) 以前に観た三谷原作の映画『笑いの大学(2004)』がなかなかに素晴らしく、同じ“芸術モノ”路線として観といてソンはないのとちゃうやろか? って感じで鑑賞に臨んだわけだが、予想していた以上に観やすく、(本作に関しては)かなり好感を覚えてしまった。

そもそも、三谷氏と言うと「軽薄系」「模倣派(←例えば“ピーター・フォークと正々堂々と(!)公開対談”とかしてくれたら、そんなワタシの悪印象もすっかり払拭されると思うんだが(=^_^=))」「映画監督としての才能はイマイチ(←前述の『笑いの大学』は別監督による作品だが、それこそが奏功したと考えている)」ってな勝手な判断を下している人物(ファンの方、済みません)なので、いつも心のどこかで「この男って、どうなんやろ?」と認めたくない気持ちが強く働くんだが・・こと「登場人物&ロケーションを絞ったシチュエーション劇」を書かせたら、現代日本の演劇人の中でも屈指の実力派と呼べるんじゃなかろうか(逆に“群像劇がヘタ”と思ったり)。

1888年。花の都パリ・・の片隅。窓からは建造中のエッフェル塔が見える古ぼけたアトリエ。そこに“未来の名声と成功”を夢見る4人の青年画家・・ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、シュフネッケル・・が集まっている。彼らはモンマルトルで成功し、羽振り良き画業を続けるロートレックを敵視し「いつか我々の中から成功者を!」と誓い合っている仲だ。さて、シュフネッケルの準備したこのアトリエを共用するにあたり、彼らの取り決めたルールは4つ。

・家賃は折半とする
・ここで寝泊まりしない
・使った物は責任を持って片付ける
・モデルには決して手を出さない

表面上では、巧くつり合っていたかに見えた4人のバランスが、新しく雇われた女性モデル(ルイーズ)の参入により忽ちのうちに崩れ行くことになろうとは、誰も予期し得ないことなのだった・・

キャスティングは、
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(生瀬勝久)・・好きな物:糞虫(?)
ポール・ゴーギャン(寺脇康文)・・口癖「何言ってんだお前は!」
ジョルジュ・スーラ(中井貴一)・・愛称:点々の人
クロード・エミール・シュフネッケル(相島一之)
ルイーズ(堀内敬子)
そこに生演奏のピアノ(舞台下手(しもて):客席から見て左端)で荻野清子さんが参加(←最も出ずっぱりな方でもある・・)

私的に・・思い入れあるのが寺脇氏、興味津々なのが中井氏、あとのしとらは詳しく知らん(←おいっ)と言うのがあったが、どうも本作の“軸”を担うのはゴッホを演じた生瀬氏であるように私的に解釈した。

導入部に『タイタニック(1997)』的な組立て、時代背景に『ムーラン・ルージュ!(2001)』、天才が凡才に対し“吠える”くだりは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』をそれぞれ連想させてくれた。あと“時代の寵児”たるトゥールーズ・ロートレック(←蔑称:ちび太(=^_^=))に対し、過剰なまでに敵対心を燃やす主人公らは『ポロック/2人だけのアトリエ(2000)』を彷彿とさせてくれたろうか(←この作品の冒頭では、主人公が酔って「くたばれ、ピカソ!」と叫んでた(⌒〜⌒ι))。

物語は基本的にコメディ路線だったが、ときに「ベタ」に、ときに「下ネタ」に走りつつ(ゴッホが自身を「異常性欲者」とカミングアウトするシーンが面白い・・特に女性客の反応が(=^_^=))、ときとして聞き逃してはいけないような“深みを持つセリフ”をもちりばめ、描かれる。
ルイーズの語る「客観的な物語」の他に、4人の画家それぞれが「(絵に関して素人である)ルイーズに(心を許す余り)そっと語る言葉(←同性にこそ言えぬホンネもあったのだろう!)」「他の3人に明朗に語る言葉」のデュアルな物語空間(?)があり、面白い。
ワタシの好きな路線(=^_^=)である「弱き者こそが、実は強かった」「明るき者こそが、実は心中に寂しさを抱えていた」と言う心情描写がたまらない。4人の画家のうち3人までが、それぞれに心を砕かれ(?)号泣するんだが(←別々のシーンです)、もっと前列の席で観ることが叶っていたら、ひょっとしてウルウルさせられてしまったかも知れぬ(⌒〜⌒ι)

4人の画家の言動を総合的に比べ「・・で、誰が一番すごかったんや?」と言う点が結局“謎のまま”で終わるのも面白い余韻に仕上がっている。モデルであるルイーズは(前述の通り)絵画に疎く、また彼らの描いたカンバスは常に観客から見えない向きに配されているため、何者も「正当な評価」をしようがないのである。その点(=解釈)を観客各位に投げつけたまま、閉幕まで導いた三谷氏は(したたかで)スゴいなー、と流石に感心させられた次第。

そういや、自室のどっかに、三谷監督作品『THE有頂天ホテル(2005)』を録画したまま・・のビデオテープが転がっているんやな・・また探して観とかなきゃな、とふと思い出した次第である。
観た方の意見では“かなりつまんない”らしいが(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフが心に残りました 〜

ゴッホ「この部屋に“青”がないって? それは君が(対象を)しっかり見ていないだけだ」

シュフネッケル「皮肉なもんだ。モデルに三人の画家・・この絵の中に僕はいない」

ゴーギャン「なぜ絵描きになった? なぜこの町にやって来た? なぜ“あいつ”に会ってしまった?」

スーラ「絵を描くことなんて簡単さ、その“法則”さえ掴めればね」

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