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2007年4月30日 (月)

☆『トロイ/TROY(2004)』☆

29日(日曜)の放送。地上波初登場。

実は、この日の早朝から、岐阜県内の寳塔を巡る長距離ドライヴをこなしてたんだが、「早く帰らねば!」と言う動機付けをワタシにさせたのが、実はこの映画(=^_^=) ・・いや、今は録画でけへん環境やし。
幸いにも、放送開始に間に合い帰宅出来て良かった(=^_^=) まぁ・・その夜は、若干夜更かしするつもりが、1:00過ぎで見事に“落ちて”しまったが・・(×_×) ⇒その後、約11時間もぐぅぐぅ眠ってしまった・・

ウォルフガング・ペーターゼン監督が、(ホメロスによる歴史叙事詩「イリアス」に描かれた)古代ギリシアのトロイア戦争に材をとり、描いたスペクタクル巨編。ペーターゼン監督作品としては、大した評価も出来ないが(彼ならずとも撮れるレベルの作品と思うので)、キャスト面に制作費を傾け過ぎてる訳でもなく、「物語世界ありき」で作り上げて行ったその姿勢は、褒めてつかわして良いんじゃないかと感じた(←何をエラそうに!)

紀元前1200年。スパルタの港。
ミュケナイ(ギリシア)の王アガメムノン(ブライアン・コックス)(←今回は“ミイラ男(1998)”にはなりません(=^_^=))とその弟、スパルタの王メネラオスは、宿敵であるトロイの王プリアモス(ピター・オトゥール!)との間に和平協定を結ぶ。コレ即ち、めでたしめでたし・・

が、その夜、プリアモスの次男であるパリス王子(オーランド・ブルーム)が、スパルタ王妃ヘレン(つまりメネラオスの嫁はん! つまり・・人妻!(・ω・))と恋に堕ち、彼女を船に乗せ、トロイに戻ってしまう(×_×)

屈辱と怒りに燃えるメネラオス。アガメムノンはこの事件を口実に「トロイ侵攻」を開始する。千の船団(兵数:約5万)がトロイに進軍する。だが、鉄壁の防御を誇るトロイ城塞への入城は、長期を要するものと思われた。

ギリシア側の擁する英雄は“神の子”と評されたアキレス(ブラッド・ピット←筋肉美がすごい!)、対するトロイ側にはパリスの兄である最強の戦士、ヘクトル王子(エリック・バナ)の存在が立ち塞がる。
こうして、英雄たちによる、また男と女による、歴史に残る大戦の幕が上がる・・! みたいなストーリー。

とにかく「国名」「人名」がごちゃごちゃ登場するので、われわれニポーン人としては実に取っ付きにくい(×_×) 「セリヌンティウス」「ゴッドネロス」「ロンギヌス」「ゴライアス」などなど、(それっぽいけど)関係ない名前が次々に浮かぶ(⌒〜⌒ι) ←全部分かる人はきっとオタクでしょう(=^_^=)
「ギリシア人俳優が全然おらん」とか「みんな英語喋ってる」とか言う違和感があるも・・それって「ハリウッド」ではOKルールなんでしょ。

先日観た『バベル』での“等身大”過ぎる演技と比して、存在感をアピールしまくってたのがブラピ(ブラッド・ピット)。冷静に考えたら、あんま強そうでもないんじゃ? と思うんだが、戦闘時のトリッキーな動きがカッコいい・・と言うか面白い! 彼の戦闘開始直後(相手と距離を詰める際)の意表をつく動きは「必見」ですわ!
(彼のジャンプは高さから考えて、若干「ワイヤー操作してる」と見た。あと、古代ギリシア流の戦闘法が余すトコなく描かれるも・・きっと当時の映像記録なぞ残ってるわきゃないので、あとからスタッフが考えた動きなのでしょう)
にしても、ブラピの使ってる剣ってば・・妙に短かったなぁ(・ω・)

も少し、オーリー(オーランド)に光を当てた展開なのかな? と思ったが、本作の魅力は「全てブラピがかっさらった」ように感じた(アキレスが「イリアス」の主人公でもあるから当然か)。彼以外では知将オデュッセウス役のショーン・ビーンが目立ってたか。何だか『ロード・オブ・ザ・リング(2001)』の“プチ同窓会”って感じもしたな(=^_^=)

オーリーってば「人妻は奪う」わ「対決の最中に逃げ出す」わ・・かなりイケてない役回り。「こいつは、どやねん」と思ってたら、終盤で弓を取っての大活躍! やっぱしオーリーには「剣」じゃなく「弓」なんだろう。「いいぞ、レゴラス!」と叫んだ視聴者も決して少なくはあるまい(=^_^=)

意外なトコロでは「神が登場しない」と言う脚色がある意味新鮮だった。もっと“天変地異”とかがCGを武器に(=^_^=)描かれるか(セシル・ブロント・デミル作品的?)と思ってたんで。反面、意外にあっさり主要キャラが死んで(殺されて)行ったりもして・・「神はおらんのか〜!」と心で叫んだ視聴者も決して少なくはあるまい(=^_^=) ←そんな言い回しばっかし!

「神に対する信仰」「愛する家族」「祖国」「戦士としての名声」・・それぞれに男たちの戦う“理由”はあるんだが、そんな戦いの「始まった理由」とか、また戦士が「死んでしまった理由」を考えてみると「女が原因」と言うのが目立ってて・・ちと考えさせられたか。
オデュッセウスが劇中でボソッと、
「女は物事を、ややこしくするものだ」
と言い放つんだが、ここは聞き逃したらアカン部分(=^_^=)だと感じた。
(ショーン自身、実生活で数度の離婚歴があるらしく、彼なりの皮肉ととらえることも出来ようか・・)

が、その割に「女優陣に魅力が乏しい」とも正直感じた。「有名女優を出してくれ!」と安直なことは言わぬが、もうちょい、何かを工夫して貰いたかったな。

その他、幾つか(ネットで調べたりも)

○メネラオスの最期が唐突。。と思い、調べたら「イリアス」の解釈とは異なるらしい。史実では“木馬に入ってた1人”とのこと。
○アガメムノンもトロイから“無事”凱旋するらしい。
○5本の矢。アキレスの致命傷は・・1本目とも言えず?
○結構“性に解放的”なギリシア世界(←羨ましい)。でも“避妊の概念”なんか当然ながら有り得ない訳で・・考えたらかなり怖い(×_×)
○「トロイの奸計」で有名な後半のエピソード。観てて『インデペンデンス・デイ(1996)』を連想してしまった(・ω・) “鉄壁の防御ならば内側から破壊”って感じやね。
○「トロイ」と耳にすると、つい「アーチャー」と連想(1997)してしまう。これって密かに「ウー」な感じ(=^_^=)
○「今日の戦いはここまでだ」「ああ」などと言って、激闘の中断されるのが「紳士的」と言おうか「祭事的」と言おうか、面白い(「源平の合戦」もこんな感じだったんやろか?)。休戦時にはお互いの負傷兵の手当とか、したんやろか(なら最初から傷つけ合うなよ、とも思うけど・・)。
○「この木馬は不吉です、すぐに焼きましょう」とはパリス王子の提案。あんたえらい!(=^_^=)
○大軍同士がぶつかるのでなく、代表的な戦士2人が衆目の中で“タイマン(一騎討ち)”するスタイルは良いと思う。スタロ〜ンだって、きっと本作を観たら「2百万人が殺し合うより、2人の人間が殺し合う方がまだマシだ!」とか(佐々木功風な声で)叫ぶに違いない(←そりゃ『ロッキー4(1985)』だっつぅの!)
○木馬の登場シーンで「とくと見せて貰おうではないか、“連合”の“木馬”の実力とやらをな」なんてなセリフが浮かんでしまった。何て機動戦士トミノな。。

〜 こんなセリフもありました 〜

アキレス「もし俺が不死身なら、戦いで楯など使わぬだろう」
    「自分で戦う国王と言うものを、一度ぐらい見てみたいものだな」
    「誰も見てない場で王子(ヘクトル)を殺すのは勿体ない」 ←不敵やね〜
    「選んだのではない、こう生まれついたのだ」
    「神殿では教わらぬことを教えてやろう・・神々は羨んでいる、われわれ人の命に限りがあることをな」
    「人はみないつか死ぬ、それが今日でも、例え50年後でも同じことだ」
    「戦いと言うものは、誰かが負けねばな」 ←「勝たねばな」と言わないのがポイント
    「お前を転がせたその石ころに、手柄などやらぬぞ!」
    「あんたはこっちの王よりよっぽどいい王だな」

パリス「明日を恐れるな」

ヘレン「あなたに出会うまで、私は亡霊だった」

ヘクトル「神々は、気まぐれなものだ」

オデュッセウス「お前は剣、俺は知恵が武器だ、それぞれの“神々の贈り物”を生かさねばな」
       「恐れを知らぬのも問題だ、恐怖はときとして役に立つ」

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2007年4月28日 (土)

☆『バベル』☆

ひっさびさに大スクリーンで鑑賞。このトコロ、劇場からかなり足遠くなってしまってるが、どうやら「金銭的な理由」よか「精神的な余裕の問題」が大きい気がする(・ω・)
(今年も?)何の計画も立てぬまま、GWに突入しちゃった訳だが・・まぁ「休みにこそ、しときたいことパート1」って感じで“まず”映画を楽しもうと考えた訳。
劇場は、ミナミでは比較的新しい「TOHOシネマズ・なんば」。昨年9月オープンの「なんばマルイ」上層階にあるシネマ・コンプレックスだ。「まんばマルイ」自体が初めての訪問だったもんで、興味津々でビル内を少し歩いてみた(「オークリー」のサングラス販売コーナーを設けたショップのあったのが印象的だったか)。

劇場は、グッズショップが併設されておりイイ感じ☆ 特にポスカ(ポストカード)販売塔が(わずかに2基だが)あったのが嬉しい。思わず7枚ほど購入してしまった(・ω・)
ほか、最新作『ザ・ファイナル』の公開に併せ、ロビーの一角に「ロッキー・バルボアの全身銅像(・・の樹脂製レプリカ)」が設置されてた☆ 因みに、ホンモノはフィラデルフィア美術館(米国)の一角にあるそうだ。
予告編では『ダイ・ハード4.0(⇒合衆国連邦議会議事堂が爆発?!)』『ザ・プレステージ(⇒デヴィッド・カッパーフィールド監修?!)』『300:スリー・ハンドレット(⇒フランク・ミラーが“テルモピュライの戦い”を描いたヴイジュアル・ノベルが原案?!)』の3本が印象的だったかな。

現代のモロッコ、メキシコ、トーキョー・・なんの関連性もない、3つの地で、神の悪戯(=運命)に翻弄される、一握りの人々を描いた群像劇。物語の“橋渡し”は「密売された一丁の猟銃」なのだが、それは表面的なものであり、実のトコロ本作で“軸”となるのは「異なる言語、文化、人種」であることが、観ていて次第に分かって来る仕掛け。

壊れかけた夫婦の絆を「再生」すべく、異国の地を巡るバスツアーに参加したリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)。とある山岳地帯に差し掛かった時、いずこからか放たれた1発の弾丸が、窓際の妻を貫いた・・。「テロリストの襲撃」と動揺を隠せないツアー客ら。
スーザンの創部からの出血は酷くなるばかり。だが、次の村は4時間走らないと辿り着けない距離にあり、戻るにしても1時間半の行程を要する僻地に、彼らはいたのだった・・

羊(ヤギ?)飼いのアブドゥラ兄弟(ユセフ少年とその兄アフメッド)がモロッコの風の中に駆け出す。
家畜をジャッカルの襲撃から護るため、父親は500ディルハム(+ヤギ1頭)で、ガイド業を営む知人ハッサンからを譲り受けた「ライフル銃(ウィンチェスターM75)」を兄弟に渡す。
「3キロ先の標的だって撃ち抜けるそうだぜ!」嬉々として2人は試射を重ねる。
そんな時、はるか崖下を通過しようとする、1台の観光バスの姿が兄弟の眼に留まった・・

東京・青山。聾学校に通う女子高生・綿谷チエコ(菊地凛子)は、母の死後、満たされぬ孤独を悶々と抱えていた。歩み寄ってはくれない父・靖次郎(役所広司)への当てつけなのか、無軌道に男性を挑発(誘惑)したり、悪友らとドラッグに手を出したりする。そんな彼女の前に、間宮と名乗る若い刑事(二階堂智)が現れる・・

2人の子供、マイク&デビーを白人夫婦から預かる中年のメキシコ人乳母アメリア。自身の息子ルイスの結婚式に参列するため、子供らを連れ、甥のサンチャゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル)の運転するポンコツ車で国境を越え、メキシコに入国する。
そもそもは代わりの子守役を見つけられなかったが故のことだが、その大胆な行動がやがて、悲劇的な結末をその身にもたらすことに、まだ彼女は気づいてはいなかった・・

2時間を超える上映時間(約140分)であったが、「長いな〜」と感じることはほぼなかった。その意味では、その世界観に没頭させるに足る、秀逸な脚本と言って良いと思う。
ネットなんかでストーリーをざっと予習(?)してた感じでは「要するに『ザ・メキシカン(2001)』の(ブラッド・ピットの)相手役をジュリア・ロバーツからケイト・ブランシェットに変えて、群像劇スタイル&ヒューマニズムをブレンドしたようなもんかな?」と単純に考えてた次第だが(=^_^=)、そんな想定以上に「細かい部分を“言葉に頼ることなく”描いて」おり、なかなか巧いね! と感心した。

ブラピ(ブラッド・ピット)に関しては「これまでの出演作の中でも首位を争うほどの・・“無力さ”と“アクションのなさ”やな〜」と。俳優としての輝きのみで言えば、ガルシア・ベルナルの方がよっぽど放ってたように思う(私的に)。「等身大の1人の夫/父」を演じきる、と言う役作りの面では良く理解できるんだが・・個人的には「めそめそ泣くブラピ」「周囲を口汚く罵倒するブラピ」はあんまし観たくなかったかなぁ、と。
ケイトに関しては、今なお心に残ってる(彼女の主演)作品が『ヴェロニカ・ゲリン(2003)』と言うこともあり、「銃撃されるヒロイン」と言う(共通するシチュエーションでもある)ショッキングな導入部からして、心にざらついたモノを覚え続けずにいられなかった(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

スーザン「何故、ここへ来たの? 私たち・・」 ←確かにモロッコ訪問の理由は乏しいかも。。
    「あなたと口論がしたいのよ、逃げないで」

※「裁判に持ち込んでも結果は同じだ、先延ばしとなるだけさ」 ←米国の訴訟社会も飽和化してるんかな?

サンチャゴ「メキシコは危険なのさ、何たってメキシコ人がいるんだから」 ←冗談めかして

アメリア「私は悪人なんじゃない・・ただ愚かなことをしただけなの」

ルイス「(メキシコで)食い詰めたら、俺もそっち(アメリカ)へ行くよ」 ←このセリフは意外に深い!

【その他、気づいたこと】

・ハンター綿谷がモロッコに残した写真には「我が友ハッサン君へ」なる日本語の送辞。いやいや、彼の律儀なお人柄がしのばれますな(・ω・)
・山岳地帯、容疑者を発見するや否や、問答無用でバンバン発砲を始める地元警察(?)・・(拡声器で呼びかけるなり)事前にワンクッションないんかいな。。他にも、ぐったりしてる容疑者を蹴ったりするし、もうムチャクチャですがな(×_×)
・近年、ネタ不足に喘いでる邦画界(ハリウッドもだが)。横山光輝センセイの某作品を実写化し・・そのタイトルを『バビル』としてはどやろ?(=^_^=)
・東京のディスコ(←死語)でのシーン、EW&F(アースウィンド&ファイヤー)の“セプテンバー”がぶつ切りで流れてた♪
・最も騒がしいハズのシーンで、静かなBGMのみが流れる・・このセンスはいいねぇ。
・劇中で一番“絶叫していた”のが実はチエコではなかったのか? なる私的解釈。何とも「深い」よね。
・後半から、尿意に襲われ始めてたワタシ。“金だらい”をそっと渡されたら使わせて頂いてたかも知んない(←劇中ネタぎみ) ⇒“金属なべ”と言うべきが正しいかも。。(指摘あり(⌒〜⌒ι))
・途中から極端にセリフの少なくなるデビー。演じるエル・ファニングってば、あのダコタ・ファニングの妹らしい!
・個人的に一番の注目キャラ、間宮刑事を演じた二階堂。『ラスト・サムライ(2003)』での“泣かせる少尉役”だったらしい?! 最初観たとき、渡部篤郎と間違えてしまったけど(⌒〜⌒ι)
・モロッコでもトヨタ製の四駆車が活躍☆
・続編が作られるとしたら、ブラピってばやっぱし「逃げたバスツアー客らをぶち殺しに行く」んやろか(⌒〜⌒ι) ←有言実行派! タイトルは『カリフォルニア2』とかでもイケるかも(=^_^=)
・サンチャゴはどうなった? それと、チエコが間宮に渡したメモの内容は?(秘するが美徳?)
・灼熱の砂漠をさまようアメリア。とっても不謹慎ながら、このシーンで『バグダッド・カフェ(1987)』を連想しちゃいますた。。

最後に:
(1)本作で「結局、劇中で死んだのは誰だったか?」と言うことを考え、改めて「監督ってば密かに“人間愛”を訴えるタイプのしとなんかも知れんなー」と感じたりした。それと「金の問題やあらしまへんのや」的なシチュエーションのさらっと描かれるシーンがあり、そこも良かった!
(2)もう少し製作が遅かったら(日本のエピソードが)「異なる言葉&文化の壁に打ちのめされた韓国人学生が銃を手にし暴走する」みたいな流れのものに差し替えられてた可能性があったかも知れない?
(3)観賞後、「高校生であの裸体はムリがあるよね〜」なる言葉を耳にした。そ〜か、同性ならではの厳しい着眼点なんだな・・(・ω・)>

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2007年4月26日 (木)

☆つらつらつらっと、TV評な訳で☆

あんまし時間がなくて、映画とかは落ち着いて観ていられず、新聞を切る片手間に思いついたように「拾い観(み)」をしているこの頃。
ちょっとそんな感じの奴らをまとめてみたい。

『LIMIT OF LOVE/海猿(2006)』

21日(土曜)の夜に終盤のみ鑑賞。ドライヴからの帰宅時間が遅かったのもあり、そんな感じ(どんな感じ?)となった。
鹿児島沖(?)を舞台に、大型客船の海難事故とその救助活動に限界のチャレンジを尽くす海上保管隊員らの活躍を描いた物語・・だったようだ。
巧く行けば、沈没シーンのCGを堪能出来るんかも☆ と思ってたが・・(観始めたのが)終盤だったんで、既に船体は完全に海底に没していたのれす。。
な訳で、詳しいことはな〜んも書けないが、「タイトルで“LIMIT OF LOVE”とでっかく“愛を振りかざしてる(?)”割に、恋愛関係の演出がイマイチぱっとせんなー」と勝手なことを感じたりした。

キャラ的には、伊藤英明はキアヌ・リーヴスでもレオナルド・ディカプリオでもないし、加藤あいにしてもサンドラ・ブロックでもケイト・ウィンスレットでもない訳で・・もうちょっと「ロマンスのお似合いな2人」をキャスティングしても良かったんではないかな? とか思った。
“海猿ファン”からすれば、「トーシロのオマエが何言うとんねん!」ってトコだろうけど(・ω・)

『ロッキー4/炎の友情(1985)』

22日(日曜)の夜。
これも新聞切り作業の合間、休憩がてら後半から観た。無論これまでの人生で、中学時代だかの修学旅行だかのバス移動中だかの鑑賞シチュエーションをも含め、幾度となく観た作品ではある。
今回は、TVを点けた途端、ラストの対ドラゴ戦がちょうど始まるところだった。
「スタロ〜ン(ロッキー・バルボア役)の筋肉美、エエやんかー(←ちと不自然なビルドアップにも見えるが・・)」「ドルフ・ラングレン(イワン・ドラゴ役)とスタロ〜ンの共演、是非また観てみたいぞー」「ドラゴの嫁はん役に、ブリジット・ニールセンやー」などなど、懐かしいやら、微笑ましいやら(=^_^=)
「ある意味、本シリーズの“ピーク”であったこと」「当時、まだ“米ソ冷戦”の緊迫感が世界を覆っていたこと(確か・・)」「いつになく不利な状況下での試合、と言う(物語の)組立がなかなか秀逸だったこと」などで、スタロ〜ン自身による「監督&脚本」作品の中でも「トップレベルの仕事」だったんじゃないかな? と認めてあげたい。

ただ、今回観てて「せめて第3ラウンドぐらいまでは真面目に試合運びを描いて欲しかったなー(第1、第2ラウンドが終わるや“ロッキー名物・紙芝居的展開”に切り替わる・・)」とか「ジュニア(息子)との「父子愛に満ちた関係」はどうなって行くんやろ?(←最新作『ファイナル』では息子は父に反発、家出しちゃってるらしい・・)」とか「必要以上に頭部を殴らせない方がエエのに」とか、色々と感じるモノがあった。

そう言うと「異国での試合」「圧倒的な下馬評の差」など、幾つかの要素が『アリ(2001)』のラストでも描かれた「モハメド・アリvsジョージ・フォアマン」の試合(1974年10月30日)を何処となく連想させてくれた。

※スタロ〜ン自身が『ロッキー(1976)』の(物語の)軸とし着想を得たのは「王者アリvs無名のボクサー(チャック・ウェップナー)」の試合(1975年3月24日)だったと言われている。

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2007年4月25日 (水)

☆『沈黙の聖戦(2003)』☆

またまたハナシは古くなるが、さる12日(木曜)にTV放送されてたアクション映画『沈黙の聖戦』を観た。
後で考えたら・・真剣に観たおれがバカだった(=^_^=)

タイ旅行中に愛娘ジェシカがテログループ=アブ・カラフに誘拐されちゃった、元CIA局員(未だ現役ぎみ?)のジェイク・ホッパー。怒りに駆られた彼はバンコクに単身潜入、必要以上の(=^_^=)殺戮を繰り広げるのだった・・! みたいな内容。
なんかアーノルド・シュワルツェネッガー(アクション俳優時代)主演の『コマンドー(1985)』と大して変わんない脚本だった気もする(・ω・) ←リメイクだったりして。。

地上波初登場のスティーヴン・セガール主演作。こんなんを満を持して放送してくる辺り、『木曜洋画劇場』を擁する“テレビO阪”上層部の不敵さをひしひしと感じる(=^_^=) その翌週には『ドリヴン(2001)』流してたし・・何かここの番組のチョイス、ヤバいッスよ、絶対!(=^_^=)

冒頭から、ハワイの謎の別荘(かなんか)に単独潜入してるホッパーこと我らがセガール。あんたの潜入シーンよか、別荘のプールで泳いでる、全裸(?)のお姉ちゃんの方が鑑賞に値してたっつ〜の、とか(⌒〜⌒ι)
潜入は(確かに)鮮やかに成功してたけど、なんか指紋があちこちにベッタベタ残ってたし・・(アタマ悪っ)

「セガール現るところ乱あり!(←ってか明らかに人為的殺戮(=^_^=))」って感じで、あちこちで格闘戦するんだが、本作での彼の動き、どうにもキレが良過ぎて怪しい(・ω・) どうやらスタント(替え玉)を使ってる可能性が濃厚だ。
むろん、ラブシーンだけは間違いなく本人だったが(←あんたはショーン・コネリーかい! みたいな)
ワイヤー・スタントとかガン・アクションとかを意欲的に取り入れつつ、ちんたらハナシは進むんだが、結構真面目に恋愛(レクリエーション活動)に精を出してるのは意外と言うか、微笑ましかったな。
「君が望むなら、国外にだって、俺についてくればいい」とかしっかりマジにアピってるし・・

後半も超人的な勢いのまま突っ走ってて、
○アサルトライフルを構えた敵軍団(プロ)相手に、サイレンサー付ピストル2丁ぽっちで互角(以上!)に渡り合う。
○敵ボスが狙い済まし、矢を射る⇒放たれた直後の(矢に)背を向け、背後の刀を掴む⇒その鞘を払い、振りかぶる⇒向かって来た矢を一刀両断にする。
みたいな、どんな戦闘能力やねん! とツッコむほかに道のなき蛮行を色々とやらかしてくれてた。

終盤なんぞ、敵ボスとの格闘中、遠隔操作で“呪術攻撃”されて、胸を押さえてましたで。もうムチャクチャや! なお、そんなホッパーを助ける老師もまた「そなたの行って来た行為はすべて愛のため」とかなんとか分かんねぇことホザいておりましたよ、ええ(・ω・)

うーん・・何処へ行こうと言うのか、我らがセガール・・

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2007年4月20日 (金)

☆『ドリヴン(2001)』☆

何やら何だか、シルベ・スタロ〜ンが最近とみに元気である(・ω・)
『最後のドラマ(1990)』でホンマに最後となるかと思ってた“ロッキー”シリーズに、最新作『ザ・ファイナル』が加わることとなった!(『4(1985)』の対戦で被った“パンチドランク症候群”に苦しんでた設定の筈やのに??)
スチャダラパー(日本のラップトリオ)の1991年ごろの言葉(ライム)を借りて言えば「もぅ、やめんかお前ら、ロッキーか」って感じではあるんだが・・
一方では、アルカイダをモデルにしたと思しき「中東のゲリラ組織」と共闘してた(1988)、主人公ジョン・ランボーを演じる某シリーズ(=^_^=)の最新作(4作目)も製作されるそうである!
御年60だと言うのに、何とパワフルなんだろう(・ω・) この調子だと『デッドフォール(1988)』や『コブラ(1986)』の続編なんかも製作し始めるのかも知れない。誰か、止めてやってくれ(⌒〜⌒ι) ←いや、ある意味観たいっすけどネ。

19日(木曜)の夜に地上波で放送されたのはレースもんの『ドリヴン』。レニー・ハーリンが監督したり、スタロ〜ンとバート・レイノルズが共演を果たしたりしてるも・・何かマンガ的で薄っぺらく、緊張感に欠ける作品ではある。いや、公開当時、ちゃんと劇場には足を運んだんスけど(⌒〜⌒ι)

まぁ、今回改めて観直し、その“実は悪党が存在しない世界”をちとマッタリしつつ眺めてしまったものだった。おまけに“誰も劇中で死なない”ってな造りもイイ。「死」に強引に結びつけての、お涙ちょうだい的な展開には、正直ちと食傷気味なのである。
意外にヘリ空撮を多用してたり、シカゴの夜の街(公道!)をレーシングカー(F1ではなく、CARTマシンの設定だそう)で暴走したりするシーンが“見所”だったりするが、要所要所で演出の過激さをアピールし過ぎる余り、CGがバレバレなトコロもあり、時たまふと冷静な眼に返ってみて(=^_^=)やや残念に思ったりもした。

また、女優陣がイマイチなのも本作の特徴か。『バウンド(1996)』でたっぷり魅了してくれたジーナ・ガーションは『フェイス/オフ(1997)』での役柄を超え、あばずれ度が飛躍的に高まっている! 何かケバくて怖い! ヒロイン役である(べき)エステラ・ウォーレンも容貌と言い、スタイルと言い・・「キミ、もうちょっと何とかならんか〜」って感じ。その点から考慮しても、本作は“漢(をとこ)の映画”と断言出来るんかも知れない(どうでもエエが(=^_^=))

本作でのスタロ〜ンは、若手ドライバーをチャンピオンに導く為の“噛ませ犬(≒引き立て役)”とし起用される役回りに過ぎないんだが・・終盤にもなると若手陣を足蹴にする“兄貴的暴挙”で、存在感をば必要以上にアピールしまくっていた(⌒〜⌒ι) 恐るべしスタロ〜ン。。
ホントは主人公であるハズ(?)のキップ・パルデュー(←ジェラール・ドパルデューの息子・・ではなさそう)って本作以降、あんましパッとしないし。。共演したスタロ〜ンの毒気にすっかりヤられてしもたんやろか・・

キャラそれぞれを眺めた場合、レイノルズ演じるチームオーナーのカールがなかなか味わい深かった。
未だ衰えぬ情熱と、絶対的な権力を兼ね備えながら・・年齢的&身体的な理由により、それ以上のことが出来ないのである。そのもどかしさ故、若手を冷たくあしらったりするんだが「結局、この男もレーサーとしての才能に恵まれなかっただけなんやな」と思わせる。
きっと彼の心中では「若さと才能が取り戻せるなら、今のこんな地位などどうでもいい!」と言う血の叫びがこだまし続けてたことだろう。
スタロ〜ン演じるロートルドライバー=ジョセフ・タントもジミー・ブライ(パルデュー)に「才能では確かにお前に叶わないだろう。だが、意志と信念では決して負けん」とぶってるが・・ラストではやはり“才能”に屈してしまうのである(みじんも悲壮感のないトコロは流石だが)。
その辺りの「才能なき者ゆえの悲しみ」が『ピンポン(2002)』や『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』を何処か連想させてくれて・・心に響くものがあった次第である。

〜 こんなセリフもあったとさ 〜

ジミー「雨で前が全然見えない!」
ジョー(ジョセフ)「それはあいつ(ライバル)も同じだ、イラついたら負けだ」

カール「俺にはこの脚と言う“言い訳”がある。お前はどうだ?」

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2007年4月19日 (木)

☆『コキーユ/貝殻(1998)』☆

少しさかのぼって・・10日(火曜)に鑑賞した作品のことである。
衛星第2で放送された『コキーユ/貝殻』を観た。小林薫&風吹ジュンを主人公に、数十年を経て同窓会で再会した中年男女の静かで切ないロマンスの行方を描いた佳作。

目下「ベテラン女優さんの中で一番好きかも☆」と言える風吹さんの、風吹さんによる、風吹さんのための作品! とも言えた、私的には。
そこに『ウンタマギルー(1989)』な小林薫が、静かに、控え目で、情けなく、不器用な中年男を愚直に演じる。
もし、もうあと10年も若ければ、こんな作品なぞ、一片の感慨すらワタシに与えはしなかったろうと思うんだが・・もはや“中年男のロマンス”と言う“耳にするだに加齢臭でも漂って来そうな”そんな作品世界が切なくて愛おしくて仕方がない(・ω・) これって、ぼちぼち死期が近付いとる兆候なんやろか(×_×)

「東京から離れたとある地方都市」が舞台。広瀬山中学3年の同窓会で30年ぶりに邂逅を果たした浦山(小林)と早瀬直子(風吹)。学生時代から剣道に明け暮れていた浦山にとって、直子は会釈を交わす程度の「印象の薄い級友」であった。が、直子は会わぬ間も浦山を密かに想い続けていたのだ・・
職場の上司を連れ、郊外・幹線沿いのスナックに行く浦山。そこは直子が経営する「コキーユ(coquille)」と言う店であった。その夜は酔漢と化した上司の“ロマンス破壊行為(・ω・)”により、そそくさと店を後にした浦山だったが、その夜を機に「コキーユ」に通い始める。
(直子の「今度は、1人で来てね・・」「明日も来てね・・」なんてな“殺し文句”が、漢(をとこ)の下腹部にいちいちズシリと響くのだ←おいっ!)
学生時代の思い出を語り合う2人。そんな中、浦山の東京支社への“栄転”が現実的なものとなる。妻子と共に発つ日もそう遠くないある日、浦山は直子と「赤石沢」へハイキングに出かける。いよいよ急接近する2人。
だが、その小さな旅の記憶が、やがて心の底に悲痛なものとして残されることに、まだ男は気づいていないのであった・・そんな流れ。

憎まれ役とし登場する益岡徹(not増岡徹)(谷川某役)が、ぶん殴りたいほどに不愉快なキャラを貫徹してくれていて、ある意味、痛快☆(←どないやねんな) 直子を巡る2人の男の物語として観るのもアリかも知れない。
(考えたら、小林&益岡のコンビって、昔、某国営放送でやってたドラマ『イキのいい奴』で既に実現してたんやねぇ・・あの作品では、親方(小林)と弟子(益岡)ってことで、全然格が違ってたんだけど(・ω・))

にしても「カウンターで、来ぬ男を待ちながら、今夜も物思いに耽る女」を演じる風吹さん(自然体?)、ホンマにええ雰囲気やわぁ〜。
テーマが“中年の恋愛”ともなると、どうにもギトギト、ドロドロしたちょっと生々しいテイストに仕上がっちゃう危険性もまた大きい訳だが、そこはキャスティングの勝利と言えようか。
それに加え、過度に説明し過ぎない、ある意味(ディテールの細部を)観客の想像力に委ねさせてくれるような造りなのが良かった。

ただ、残念なのはちょっと作品そのものが“薄味”に終始してしまったトコロか。もう一歩、踏み込んで、作り込んでくれたら『トニー滝谷(2004)』をも圧倒する作品と成り得たんじゃないか・・とそこが残念ではある。

本作の終盤。主人公が「最後の最後に怒りを爆発」させ、そして「初めて、それまでの人生で押し殺し続けて来た“弱さ”をさらけ出す」シーンが印象的だった。何だか“任侠映画”とフェデリコ・フェリーニ監督の『道(1954)』を立て続けに観たような感じで、悲しい物語にも関わらずなんか「お腹いっぱい」になってしまったものでもある(⌒〜⌒ι)

※コキーユ(coquille)は「貝殻」の意。詩人ジャン・コクトー(1989〜1963)の作品「私の耳は貝の殻、海の響きを懐かしむ」を気に入った直子が店名にしたとの設定。因みに和訳は堀口大学(詩人、1892-1981)とのこと。

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2007年4月17日 (火)

☆『ブラックホーク・ダウン(2001)』☆

15日(日曜)夜の鑑賞。この日は午前中から京都方面(仁和寺)へ「花見&撮影ツアー」に出かけてたんで、出来れば帰宅後はガッツリ「溜まってる新聞記事のさばき」に取り組みたかったが・・前回のTV放送時(数年前)、ラストぐらいしか観れなかったため、観念し(=^_^=)やや真面目に観ることとした。とは言え、新聞切りながらではあったが。

1993年、東アフリカ・ソマリアの内戦時、実際に起こった市街戦の一夜を描いたドキュメンタリータッチな作品。監督が“巨匠”リドリー・スコットなんだが、あんまし「この監督ならでは!」と言うテイストはなかったように感じた。『エイリアン(1979)』や特に『ブレードランナー(1982)』の頃は才能が爆発してる感じがしてたんだけど・・『白い嵐(1996)』ぐらいからその神通力が堕ち始め(?)、『G.I.ジェーン(1997)』で“何か”が彼の中で決定的に壊れてしまったように思う(⌒〜⌒ι) まぁ、近年は監督業の余生みたいなものなんかも知れないが。
『グラディエーター(2000)』のバトルシーンで印象的だった「動き回りブレまくる」映像が本作でも多用されていた。撮りたかったんだろうか? 確かに「戦場で銃弾をかいくぐりつつ、手持ちカメラで必死に撮影しました」的な臨場感溢れる映像はなかなか。きっとでっかいスクリーンとサラウンドの整備された環境で観たら、印象が全く変わって来ることだろう。

ソマリアの中心部(?)に最新鋭ヘリが墜落、孤立した仲間を救う為、青年兵らが奮闘する展開だが、起用された俳優陣がジョシュ・ハートネット(←なかなかブレーク出来ませんね・・)、ユアン・マクレガー、トム・サイズモア(←このしと、戦争モノばっか出てる印象が・・)、ジェイソン・アイザックス、オーランド・ブルーム(←お!)・・となかなかに豪華ながら、やや群像劇風と言おうか、主役キャラが1人に固められてない感があった。

アメリカ海軍式(?)の「イケイケ戦術」はなんとも大味な印象で凄かった。前方ビルの窓に隠れてる狙撃兵をやっつける作戦が「狙いを付けて手榴弾を投げ込む」と言うもので、何かもうムチャクチャである(・ω・) 手榴弾を投げる瞬間に手を狙撃される可能性、などは全く考慮しないのやろか。周囲の建物から狙い撃ちされる中、装甲車の屋根にある機銃座で反撃を続ける兵士。ロケットランチャーを構えた敵兵が(周辺に)ゴロゴロ潜んでるのに、延々と低空でヘリをホバリング待機させてるパイロット。
平和ボケしてるワタシごときが言うのも何だが・・「殺して下さいと言ってるようなもの」ではあるまいか。

弾丸も尽き、遂に戦闘力の失われた米兵に群がる数百の暴徒(武装市民兵)。何とも不謹慎ながら・・『死霊のえじき(1985)』を連想してしまった。。

戦争を肯定するのか、否定するのか、作品そのものからは伝わって来るメッセージがなかったんだが、敢えてその判断は観客に委ねたのかも知れない。

兵士の1人による「何の為に戦うって? そんなこたぁ分かんねぇ。ただ、隣にいる仲間のために戦うだけだ」ってセリフは、ちょっとお行儀が良過ぎるかなと思ったんだが・・まぁ、耳触りの良い言葉であるには違いなかろう。

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2007年4月13日 (金)

☆『この胸いっぱいの愛を(2005)』☆

9日(月曜)の鑑賞。会社関係の某イベントがあり、ほどほどに酔いが回りつつの帰宅後、中盤から観た。地上波初登場だったと思われる。
何やらベタベタな感じの「主人公初恋&ヒロイン闘病」路線に、SF的な要素を絡めた作品だったと言えようか。私的に“もうちょいと老けたら、いずれは和製ヒュー・グラントや”と勝手に期待してる(=^_^=)伊藤英明を主人公に、『海猫(2004)』ぐらいでしか見かけたことのない女優さん・ミムラがヒロインを演じる(←どんな方なのか分からないが、タイプ的には好きな容貌)。
他にも、影の薄い青年役で“クドカン”こと宮藤官九郎が出演してた。何かこの人、『嫌われ松子の一生(2006)』と言い、不幸な役ばっか演ってる気がするが・・(・ω・)

とあるきっかけで20年前、つまり1986年の世界へ辿り着いた主人公ヒロシ。その時代には、難病によってこの世を去ることとなる彼の憧れの女性、カズミが生きていた。彼はカズミを救うため、その運命を変えるために奮闘するのだった・・みたいな流れか。

主役級(のキーキャラ?)が4人ほどおり、それぞれが「何らかの目的を遂げるために遣わされ、行動する」って群像劇風(?)のノリが『黄泉がえり(2002)』に似てるかも・・と思ってたらどうやら原作(小説)は同じ作家が手がけたモノらしい。
後半(か?)辺りで“シャマラン監督作的”にとある「驚愕的演出(?)」が展開されるんだが、それにしては物理的&概念的にもうムチャクチャな世界観が臆面もなく広がってしまってる感じで・・ある意味「天晴れ」と言えたかも(=^_^=)

前半を知らないんで、エラそうなことは言えない訳だが、こんなことを感じた。

○物語の「原因」となる辺りの演出(ネタ)が『ファイナル・デスティネーション(2000)』やんか、と連想してしまう。何にしても、私的には何時間かかってでも鉄路が良いなぁ・・国内の移動であれば。
○「ジャマー症候群」なる病名で「余命3ヶ月」と診断されるカズミ。これって遺伝的な疾患の設定なんだろうか?
○「4人が戻って来た意味」がちと薄いかも、と。他の人々も「もっと切実な願い」を抱えていたに違いないのだから。その辺り、思い切って『黄泉がえり』路線(集団復活状態!)に突っ走ったら良かったのに。で、ゾロゾロとショッピングセンターに集結するとか。(←それは別なホラー映画(1977)ですってば)
○過去の(少年時代の)自分自身と触れ合うヒロシ。これって『タイムコップ(1994)』の世界だったらどぇりゃあことに・・!(×_×)
○愛川欽也さんが「ちょっとパワーしぼんでる感じ」で残念だった。大丈夫なのでしょうか?

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2007年4月12日 (木)

☆やっぱり出かけた日☆

久々に、仕事に区切りがついたため(と自分では思ってる・・)、有休を頂くことにした。
手帳をペラペラめくって確認してみると・・去年の10月上旬に休んで以来のようだ。「頑張ってるなぁ」と言う自分と「もっと休めよ」と言う自分がせめぎあう心中(・ω・)

休みなんで、まずの目的は「寝だめすることや!」と冗談っぽく考えてたら、ホンマにぐぅぐぅ寝てしまった。
起きたの正午前。この時点で既に“長距離ドライヴ”や“映画館に行く”と言う選択肢に大きくバツがつけられる(×_×)

まぁ、せっかく天気もエエし・・と言うことで、クルマに乗ることに。
まずは久々に、某大手カーショップ(スーパー・・の付く方)に行き、ほったらかしのまま推奨(交換)距離を2,000キロほどオーバーしてた「エンジンオイル」を交換する。
土日ってホンマに時間ばっかし取られるもんで、カーショップになぞ行く気になれないのだ。作業も粗くなりそうな気がするし・・

交換作業と共に、これまた懸案事項だった「ETC」の取付けに食指が動く。意外と安く感じたので、今日この場で取付けようと考えたが、どうやら店頭在庫がないそうで、週末の取付作業を予約することに決めた。
これにてまた・・深夜の走行が増えることとなるんやろか(←深夜割引目当ての)
・・って言うか、高速道路ってあんまり走らない性格やのにねぇ(・ω・)

その後、最近ハマってる(=^_^=)某ゲームショップ巡りをすることに。表向き(←裏があるんかいな)は「古本売買」を看板にあげてるその店だが、私的に古本(2階で売られているケースが主)には興味がなく、ゲームソフト&映画DVDを物色するのが楽しいのである(主に1階で売られている)。

新品で安いモノを買うのがある種“スリリング”で楽しい(=^_^=) 「日常の些細な冒険」ってヤツだろうか。
大抵は「確かに安く売られるだけの理由がある」商品群な訳だが、意外な掘り出し物がきっとある・・! と信じている。
・・って言うか、信じないとやってらんない(=^_^=)

今日は同じショップの「千里丘店」「寝屋川店」を回った。
既にこれまで「鶴見店」「門真店」「香里園店」「くずは店」・・と回っている。まぁ、何処の店舗でも同じような「特価商品」の顔ぶれではあるんだけど。

最後に、機械洗車でこれまた久しぶりにクルマを洗ってやり、ついでに満タン給油して帰宅した。

そんなこんなで、折角の休みぐらい家でじっとしておればエエものを、またウン万円単位で色々と浪費してしまうのだった(・ω・)

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2007年4月11日 (水)

☆『男たちの大和/YAMATO(2005)』☆

8日(日曜)の夜。「日曜洋画劇場40周年記念」とし「地上波初」で放送された戦記モノ大作(?)『男たちの大和/YAMATO』を観た。何だかんだ言っても(←誰も恐れ多くて何ともかんとも言わないけど・・)“邦画界の帝王”たる角川春樹氏が製作&プロデュースを手がけてるだけのことはあり、生半可なツッコミがしにくい(←出来ないことはない)勢いに溢れてた!

1945年4月7日。大日本帝国海軍の旗艦と言うべき巨大戦艦・大和が「北緯30度43分、東経128度4分」の地点(沖縄沖)で沈没した。将兵3,000名が艦と共に海底に沈んだとされている。それから60年の歳月が過ぎた・・
2005年4月6日。鹿児島県・枕崎市に暮らす老いた漁師、神尾克己(仲代達矢)を、かつての神尾の上官(?)・内田の娘を名乗る女性(鈴木京香)が訪ねる。かの艦が海底に眠る地点へ船を出して欲しいと頼む彼女。その事情を察した神尾は片道約15時間の海路を、持ち船“明日香丸”で案内することに。過去のことは、養女である彼女にも殆ど語らずひっそりと亡くなった内田。「父のことが知りたくなった」と言う彼女に、神尾もまた、半世紀以上も閉ざし続けた重い口をようやく開くのだった・・みたいな流れ。

物語のタイプは全く異なるも、作品の組立ては何処となく『タイタニック(1997)』あたりを参考にしてる感がなくもない。戦艦大和の出港、艦での生活、そして一番長い日。

ちと残念だったのは、それぞれの兵士に大きな個性が持たされず(まぁ軍人とはそう言うものだが・・)、群像劇としても描き方の浅い印象があったこと。また、大和そのものについても、甲板部分こそ“原寸大セット(建造に約6億円がかけられたと言う!)”を使用しただけの迫力があるものの、艦内や艦橋など「観客が知りたい部分」があんまし気合入れて描かれていないようで、リアルさ&臨場感に「格差」が見受けられた(私的に)。
おまけに戦闘シーンに関しても「甲板部(≒機銃座)アップ」「敵機映像」が激しく交互に映し出されるパターンが多用され、ちと“マンネリ”なカメラワークに思えた。
思いっきりCGを駆使し、有り得ない位置・角度からの映像をバンバン入れてもらえると、もっとインパクトを与えてくれたんじゃなかろうか(TV放送向けに(オリジナル版から)映像を大幅カットしたと言う事情があったなら文句はないが・・)

俳優陣に関しては、青年時代の神尾を演じたのが松山ケンイチと言うことに気づかず、ちと損してしまった気分。自分の中ではなかなかに『NANA(2005)』『デスノート(2006)』の松山と、そのイメージが繋がらない。。特に“カメレオン俳優”をウリにしてる訳でもないんだろうが・・(・ω・)
その神尾の上官(?)であった、内田二曹(中村獅童)&森脇二曹(反町隆史)であるが、特に反町は「作品にその存在感が飲み込まれてる」感じがし残念だった。中村は『硫黄島からの手紙(2006)』よりは印象がよほど良かったか(=^_^=) 
同様に高知東生、余貴美子、本田“ウパー!(1997)”博太郎、林隆三・・の各氏の出演もあとで気づいた次第。。
なお、司令官・伊藤中将役で渡哲也が出演してるが、予想してたよりもはるかに“薄い”役回りだった。何だか「大和には実は乗ってなかった」と言う印象すら少なからず受けた。「出演シーンは別撮りで、後で編集したんです」的に思っちゃうのはワタシだけだろうか。

逆に非常な衝撃を受けたのが、呉で芸者をやってた“寺島しのぶ”の出演! 内田を慕っていて「あたしがあんたを抱きたいんや」とか言いながら着物を脱ぎ始めるんだが・・「脱がなくてもイイっすよ!」とちょっと羽交い締めしたくなったり・・寺島さん、どうにも頑張り過ぎですぅ(・ω・)

作品全体で印象的だったのは、
・ 船酔いのクスリすら飲まず漁船に乗り込み、揚げ句の果てにげぇげぇしてる鈴木京香って
・決して砲弾不足って訳ではなかった終盤の大和(兵力不足、防御力不足が濃厚だった)
・呉を離れ、広島市内の軍事工場に勤務することとなり、それ故に(原子爆弾で)命を散らせてしまう銃後の人々がいた事実
・「生きて帰ったことにより、肩身の狭い思いをする兵士」のいた事実
・甲板に兵士がいるのに46cm主砲をぶっぱなす演出!(退避しないと衝撃でみんな吹っ飛んで即死すると思う・・)
・艦内ではささいな理由で体罰ざかり。。みんな気合が空回りし、体力が有り余ってた感じの日々・・
などだろうか。

また、こんなことを書くのは不謹慎なのかも知れないが・・「若く、果敢で愛国心に満ちた日本人がことごとく戦死し・・生き残った日本人のDNAが継承されていったせいで、その後のニッポンはダメになって行ったのかも?」などと言う妄念も心の中にふと浮かんでしまったものである。

〜 漢(をとこ)たちの名セリフ群 〜

森脇二曹「死ぬ者はようけぇおる、今は生き残る者が必要なんじゃ」

士官「出撃にあたり、今更何も言うことはない!」 ←いや、何か言ぅてよ

士官「敗れて目覚める、それ以外に日本が変わる道はない」

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2007年4月 8日 (日)

☆『少林寺木人拳(1976)』☆

日付が8日(日曜)に変わっての深夜。民放で流れてた映画『少林寺木人拳』をネットの片手間に(途中まで)だらだらと観た。
ロー・ウェイ監督+ジャッキー・チェン主演、によるカンフーもの。
今回の鑑賞テーマは「木人(英語で言うとWooden Men)ってどんなヤツだったっけか?」ってことなので「主人公が殺された父親の仇を討つ」と言うオチまではどうでも良く(ホントはそっちがメインなんだけど)、眠たいのも手伝い、取りあえず「木人」の出て来るパートだけはしっかり眼に焼き付けとこう、って考えた次第。

まずは主人公を演じるジャッキー。「龍に成りきれてない」と言おうか、かなり若い! 顔なんか、今と全然違う感じである(その後、アクションシーンの撮影で鼻骨を骨折し過ぎ、顔つきが変化したんか? などと邪推)。シナリオ的にも何ともシリアス、と言うか暗い感じなのだ。
主人公が「ダンマリ」と呼ばれるように、言葉を閉ざしてること、それにより兄弟子らにいじめられてることも作品世界をドンヨリさせている一因かも知れぬ。

そうそ。監督のロー・ウェイと言えば、『ドラゴン危機一発(←髪ではない!)(1971)』『ドラゴン怒りの鉄拳(1972)』の2本で、かのブルース・リーをスターダムに導いた、ある意味“巨匠”ではある。
あと『怒りの鉄拳』のラストでリーに蹴られた敵ボス(スズキ氏)の吹っ飛ぶスタント(代役)を演じてたのが、当時まだ無名だったジャッキーと言うハナシも耳にしたことがある。

劇中では、中盤ぐらいでジャッキーに“突破”されちゃう木人。
これは、長い廊下の左右に背後を壁にしてたくさんの木で出来た人形が並んでおり、挑戦者はそこを通過しないといけない・・と言うモノだが、未熟な腕で挑戦すると、木人に殴られ蹴られ踏まれてたちまちボロボロになるわ、直後管長に「この未熟者め! 傷が癒えたら罰を科してくれるわ!」みたいな言葉の暴力を投げつけられるわで、肉体的にも精神的にも破壊されちゃうような試練の房なのである(・ω・)

今回観るに、この木人、手足から鎖が伸び、背後の壁の穴の向こう側に繋がってるんだが・・どうにも“中に人間が入ってる”気配が濃厚である。
試練としては「木人を通る」と呼称され、事前に少林寺全体にそのニュースが報知されることから、たぶん「木人に入る短期バイト」みたいなのんがあって、行われる前に人員を雇用⇒揃えているものと思われる。
(少林寺の高僧が入ってるとの説もあろうが、その試練中に誰も寺内に不在となるとさすがに“怪しまれる”ので、その辺はちゃんとやってるんじゃなかろうか(←何をだ!))

で、木人を突破したとしても・・その先に待ち構える試練がなかなかにキツい。

巨大な鉄釜(?)が湯気を立てており、それを両腕で挟んで動かさないといけないのだ。腕で挟むと言う動作から、必然的に“両前腕部に焼き印”がついてしまうこととなる。これはアツい!
せっかく木人を突破しても、ここで「鉄釜が重く持ち上がらなかった」「持ち上げた際に急性腰痛が発症した」「鉄釜を両腕で挟んだ瞬間、熱傷性ショックで即死した」みたいな事態が起こった場合、ちゃんと「ごうかぁく!」と寺サイドに認めて貰えるものなのか(・ω・)

どうやら「ジャッキーは実は喋れるらしい!」とか「父の仇が意外なトコロにいるらしい!」とか幾つかのネタを秘めているらしい本作。次に観る機会があれば、ちゃんと“通し”で観たいものである。

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☆『12人の怒れる男(1957)』☆

3日(火曜)の夜に衛星第2放送で流れていたものを鑑賞。我が国でも「2009年5月までに導入される」ことが決まっている“陪審員制度”をネタに(日本では“裁判員制度”の呼称となりシステムも相違する)、12人の名もなき(実名は“殆ど”登場しない)陪審員の男たちが、とある第1級殺人事件を巡り持論を戦わせる骨太なドラマ。
「言うても半世紀も前の作品やん」とか「モノクロ作品やしな」とか、つい否定的な姿勢(≒先入観)で観始めたんだが・・これがなかなかの吸引力を未だに放っている! ロケーションなんか殆ど変わらないし、男優ばっかりで“華”がないし(←女優さんは1人も(?)出演しません)、制作費もそんなにかかってると思えない(俳優らの起用にはかなりかけてるのだろうか)・・ハズなのに!

ニューヨークのスラム街で発生した、18歳の少年による父親刺殺事件。冒頭で裁判長が片肘ついて喋ってることからも、事件そのものは明白過ぎるほど明白。誰が見ても少年の有罪(=即座に電気イス送り)は確実な雲行きなのである。
陪審員らも、開始後わずか5分の無記名投票で「有罪」の決定を導き出す・・そう、12人のうち“たった1人”を除いては。

※評決は全員一致でなければならない。また、評決不能となれば再審で恐らく有罪(=死刑)に決まるであろう。

「たったの5分で人間の生死を決めて良いのか? 我々はもっと深く話し合うべきではないのか?」と提案するのが“陪審員8番”を演じるヘンリー・フォンダ。場を支配する「評決なんかさっさと済ませよう」と言う半ば白けた空気に臆することなく、一石を投じる。
「無罪の証明がないとすれば、有罪の証明も同様にないのではないか?」
外から施錠された蒸し暑い部屋の中、男たちは「証人2人による目撃証言」「被告である少年の生い立ちや置かれていた(事件前の)環境」などを検証する。
場がこう着するたび行われる無記名投票、そして挙手。10対2、9対3、8対4・・遂に評決は6対6とすっぱり半分に割れる!
1人が苦々しく言う「延長戦に突入だぜ・・」 奇しくも戸外では激しく夕立が降り始めた・・

陪審員1人1人の個性が(人によるが)バラエティに富んでおり、それなのに実名が伏せられている(ミステリアスな)トコロなど、羨ましくなるほど素晴らしい設定である。怒る者、自分の意見を問われさっさとパスする者、場の空気に左右され意見がコロコロ転がる者。

事件の関係者が実際に殆ど登場しないのも面白い。被告の少年は冒頭に無言でたたずんでいるのみ。2人の証人など、陪審員の会話の端々から想像を膨らませて行くしかないんだが・・これがまた「膨らむ膨らむ」って感じで楽しかったり(=^_^=)

終盤、とうとう評決は1対11となる。「あんなガキは絶対に有罪だ! この裏切り者ども! 俺は絶対に無罪なんぞ認めんぞ!」と最後に残された陪審員が吠える。「見ろ、公判のメモだって詳細に控えてるぞ!」とポケットを探る彼。
そこからの展開に、ボロボロと泣かされてしまったワタシ(⌒〜⌒ι) 「こりゃ、泣くわ・・」って感じで、しまいにゃ嗚咽しそうになってしまった。。「泣かせ」のパターン的には『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』路線なんですけどねぇ。

女性の観客には、少々世界観が味気なさ過ぎて(硬質で)拒否反応が出るのかも知れない。が、ホントに観て頂きたいのは年頃の息子を持つ父親の皆さんであろうか。
本作は「父性をはかる試金石」とも言える作品ではなかろうか、と思った。

※冷静な眼で観終わると・・「で、犯人は誰よ?」とのツッコミが出てしまうものだが、そこはそれってことで・・(=^_^=)

〜 怒れる名セリフ集 〜

「例え法廷で宣誓したとしても、人間である以上、間違うこともあるだろう」

「殺すぞ、ぐらい我々だって激高すれば言うでしょう」

「偏見によって、真実の姿がぼやけてしまう」

「何故、無駄な同情を? しまいにゃ声が枯れちまうぜ」
「声なら、球場でだって枯れるさ」

「全く困った連中だ」
「いや、普通の人々だよ」 ←この言葉は結構心に残る・・

「細かすぎる」
「当然だろう、1人の人間の命がかかってるんだぞ」

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2007年4月 4日 (水)

☆『えびボクサー(2002)』☆

日付が変わったばかりの、1日(日曜)の深夜に民放で放送されてたのを鑑賞したのが迷作(?)『えびボクサー』であった。
以前からそのタイトルだけは耳にこびりついてたもんで、『いかレスラー(2004)←こちらも未見・・』との関連性とか、そういう雑学的で意味のない(=^_^=)部分に常々興味を高めてた訳だが、ようやく観る機を得た。
実際に観たら・・意外としんみりさせるテイストの作品ではあった(・ω・)

いわゆるイギリスの地方の下町に住む小市民をネタにしたような作品に思えた。上品かつ丁寧に描けば『ブラス!(1996)』や『フル・モンティ(1997)』や『リトル・ダンサー(2000)』・・下品かつB級に描けば本作って感じであろうか(=^_^=)

ボクサーを引退、今はくたびれたパブを経営してるメタボリック体型のおっつぁん=ビルが若手ボクサーのスティーヴ、その恋人のシャズと組んで、巨大エビを絡めたいんちきボクシングでひと儲けしようと奔走する物語。ある種の“ロードムーヴィー”と言えるのかも知んない(=^_^=)

※なお、劇中では「えびのパンチをまともに受けると中枢神経を破壊される」とか解説されてたりする(×_×)

「Crust(殻)」なる原題を強引に(?)“超訳”した(日本の配給会社(=アルバトロス!!)の)そのセンスはなかなか! 確かにインパクトありますもん。で、深いトコで(この題が)「殻を破る(=非日常に躍り出る)」と言う主人公らの言動をさり気なく表現してることにも気づくと、これまた密かに楽しいかも(=^_^=)

メインの大道具(?)は全長2.1mに及ぶ巨大えびなんだが、いかにもハリボテな感じが涙を誘う(・ω・) ビルはこれを8000ポンド(約150万円程度か・・)の私財を投げ打ち入手するんだが、ことあるごとに「どうしてこんなに巨大化したんだ?」と問われ、そのつど答えに窮してる姿が面白い(円谷プロ的に言えば原因ってば「宇宙線」「放射能」あたりに相場が決まってるんだろうけど・・)。
最初は「金もうけ」しかアタマになかったビルだが、えびの飼育(←“殻の保湿”“エラの手入れ”など細かく手順の記された手書きマニュアルが存在する!)をするうち、次第に愛情がわいて来て・・。

※因みに、巨大えびは大体いっつも唸ってたりする・・ホンマにあんな声を出すんやろか?

終盤では、いよいよテレビ番組へのビル一座(?)の出演が叶うが、ここのスタジオのセットが凄まじい! 衣装などのテーマとなったのは『中世ローマのコロセウム(闘技場)とグラディエーター(剣闘士)』らしいが、とにかくめちゃめちゃチープ(安っぽい)のである!
けど、考えたら『グラディエーター(2000)』にて闘技場(客席)の豆粒大のエキストラの1人として出演するよりは、本作にエキストラ参加する方が、けっこう目立てるし、それはそれである意味“映画史に残る快挙”なんかも知んない(=^_^=)

実際に“後の大物俳優”がこういうのんに案外出演してたりするものでもある(←いや、ないない!)

誰も死なないし、警官も登場しない(←確か)のは、安心して観ることの出来る1つの大きなセールスポイントかも知んない。
ストレスに囲まれた日常を過ごしておられる方、本作を騙されたと思って一度観て・・しっかり騙されて下さい(=^_^=) んでも、ちょびっとだけ、元気が出るかも(もちろん出ないかも)。

〜 ビルおじさんの迷言集 〜

「バーのつまみってのは、不特定多数の人間の尿で汚れてるもんだぜ」
「パブなんぞ、店で飲んだくれてる奴らにくれてやるさ」
「セックスは(ボクサーの)精神的エネルギーを奪うんだ」
「なるようになるだろうさ、なるようにな」

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2007年4月 1日 (日)

☆『スカイ・キャプテン/ワールド・オヴ・トゥモロー(2004)』☆

30日(金曜)の深夜・・って言うか31日(土曜)の早朝近くまで放送されていたものを鑑賞(手持ちのテープがなくてねェ)。
おまけに前の番組が延長されたせいだかで、30分遅れのプログラムとなってしまってた。深夜のくっだらないバラエティー番組なんぞ観たくねーっつぅの(×_×)
劇場公開当時、そのレトロチック&メカニカルな世界観から「観に行かねば!」と思いつつも、見逃してしまった作品。同様の理由から『ロケッティア(1991)』や『ダーク・ブルー(2001)』なども好きなんですわ、ワタシ(=^_^=)

主人公は歴戦の空軍パイロットとして、今日も合衆国の空を守る青年、ジョーことジョセフ“キャップ”サリヴァン(ジュード・ロゥ)。
時代は1939年。世界各地で地球的規模の資源強奪事件が発生していた。ここニューヨークでも、世界的な科学者が次々暗殺される事件と共に、怪しげな(←そのデザインからしてかなり怪しげ(=^_^=))巨大ロボット軍団がマンハッタンを空襲、2足歩行で荒し回る。
事件のカギを握るウォルター・ジェニングズ博士から、ボスの名が失踪した天才科学者、トーテンコフ博士であることを聞き取った「クロニクル紙」の女性記者、ポリー・パーキンス(グウィネス・パルトロゥ)は、博士から“とあるアイテム”を託されたばかりに、敵組織に生命をつけ狙われることとなる。そして、そんなポリーはジョーのかつての恋人でもあった。
我らがスカイ・キャプテン(以下キャップ)は“狂気の科学者”の暴走を阻止することが出来るのか?
そんな感じの流れである。

まずは、敵ロボットを始めとするメカデザインのムチャクチャさにあぜんとする(=^_^=) 鋼鉄のロボット軍団が、空爆の後着地し、歩行形態でマンハッタンを蹂躙・・これって歴史的にも科学的にも、全く説得力なき映像ではある(=^_^=) 異形のメカ集団(とにかく極めて不細工!)が行進する姿はまんま『CASSHERN(2004)』だし、こいつらが眼からビームを乱射したりする姿は『天空の城ラピュタ(1986)』そのものである(×_×)

物語そのものはサクサク進むので、実に観やすいんだけど、ほどなく舞台がニューヨークを脱し、チベットに移行してしまうのは残念だった。NY路線で貫いたまま(『GODZILLA(1998)』みたいに)完結させて欲しかったよなぁ(それにしてもNYは1930年代にして、建築的には既に完成されてた感があるなぁ、素晴らしい!)。
(にしても、何でハリウッド謹製のヒーローものって、みんなチベットを好むんだろ? 『ゴールデン・チャイルド(1986)』『シャドー(1994)』『バットマン・ビギンズ(2005)』・・)

そう言や、観ててやたらと興奮しちゃうのが、序盤。ジェニングズ博士とポリーが対面する劇場で上映されてた『オズの魔法使(1939)』。こう言う演出的センスが大好きやなー(=^_^=)

冒険活劇モノのお約束、と言うべきか・・恋愛モードが徹底した「お子ちゃま対応ヴァージョン」なのが、おっさん的にはかなり不満(=^_^=) せっかくジュードとグウィネスが『リプリー(1999)』以来のミラクルな共演を果たしてるンだから、もっと激しいことやって欲しかったッスよ兄貴!(何だそりゃ)

他には、こんなトコについて重箱の隅をつつき隊(=^_^=)
・腹心の部下であるエンジニア、レックスがメカ系の開発&修理を一手に引き受けてるキャップ側。彼が途中で“退場”するんだが、何となく物語の進行に支障のなさ過ぎる気がした・・(・ω・)
・ニューヨークから中国を経由しチベットへ。その間、無給油飛行を続けたキャップ機。ちと、飛び過ぎでは?(専門家的にはOKな設定か?)
・猛スピードで海面に突入、“変形”を遂げるキャップ機。変形ネタも荒唐無稽だが、何よりあのスピードで海面に激突したら装甲が“もたない”んでは。逆に装甲を分厚くしてるのなら、あんなに軽快には飛べないのでは(・ω・)
これっていわゆる“スカイ・キャプテンのジレンマ”と言うべきか(←言わねーよ)
・キャップの“パートナー”とし、フランチェスカ(=フランキー)・クック中佐役でアンジェリーナ・ジョリー登場! かなり中盤からの出演だが、しっかり作品にインパクトを与えてましたな☆ そして「隻眼+軍服」と言う出で立ちが一部の鑑賞者男性の股間の“操縦桿”に、極めて大きなインパクトをも与えていたと見た!(←知らんがな)
・後半は謎の島へ上陸、トーテンコフ博士の本丸(←死語?)に迫るキャップら。DNAを操作しちゃいました、的なSFな動物がいたりもして、何だか『ドクター・モローの島(1977)』『地獄の黙示録(1979)』『007/ドクター・ノオ(1962)』『007/ムーンレイカー(1979)』みたいなノリです。って言うか、冒頭の『オズの魔法使』ネタをここでオチにしてるのかも知れない。
・光線銃のパワーが弱くなり、ピンチに陥るキャップ。その時「振れば回復する!」との意外なアドバイスが! ええっ、その兵器って液体系なのかっ!?(⌒〜⌒ι)
・終盤の宇宙規模な計画やら、1体だけ登場する“やたらと精巧なロボット”やら・・何かトーテンコフ博士の有する科学技術のレベルがムチャクチャなんですけどー。それこそ天才たる所以か。。
・科学者が1名、無惨に死んでしまう終盤の演出だけは「お子ちゃま対応ヴァージョン」とは言えなかったかも(×_×)

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☆バックアップ計画・進行中☆

今となっては懐かしい感すら漂う(=^_^=) 「第4世代 PowerPC」搭載のワタシのノートPC「PowerBook G4」も、購入してはや1年以上が経過している。
ってことで、ぼちぼちハードディスク(HDD)の劣化が気になり始めたものである(まだまだ大丈夫とは思うが)。

前々から「万一の事態に備え、用意だけはしとこう」と思いつつ、どんどん先延ばしにしてたが、いよいよHDDをまず購入しようと決めた。
決めたら、次の行動は早く(?) 30日(金曜)の会社帰りに駐車場に寄ってクルマを出し、市内の国道沿いにある『パソコン工房』なるショップに買い求めに出かけた。

本体内蔵のHDDがそもそも80GB(ギガバイト)なので(←最近では「iPod」搭載のHDDにすら追いつかれてる容量だが(・ω・))、「それ以上の容量を買う必要もあるまいて」と同容量の2.5インチドライヴを選んだ。3.5インチサイズの方が圧倒的に廉価なんだが、ドライヴケースが手元にあるので敢えて2.5にした次第。

帰宅し、ドライヴケースにセット。USB2.0のポート経由でPC本体に接続するも・・デスクトップにマウント(表示)されず「ぎぇ!」となる。マウントどころか、回転音からしてなんか断続的でおかしい・・(×_×)

PCと外付HDDの相性がおかしいんか? ってことは返品なのか? こんな場合、返品受け付けて貰えんのか?
と不安を脳裏でどんどん膨らませつつネットで対策を調べてみた・・ら、意外にあっさりと解決☆

何のことはなく、PCのUSBポートからの電源供給量が足りなかっただけだった。ってことで、ドライヴケースに同梱されていたアダプターを(初めて)接続したら、あっさり認識され、マウントされた(=^_^=)
以前に愛用してたPCが「iBook G4」の初期モデルだったんだが、その頃はアダプタは一切不要だったように記憶している。その点では、あっちの方が使い勝手が格段に良かった。
アダプタが必要だと、全然「モバイル型ケース」の意味がないですからのぅ(×_×)

次の段階はバックアップ用ソフトなんだが、幾つかフリーのモノをネットでダウンロードし試してみたが、イマイチ使い勝手が良くなかったり。現在、そこの辺りでウロウロしてる状態である。

それにしてもバックアップ、時間もカネもかかる、妙にめんどくさい作業なんやなー・・とまたやる気が少し後退してしまった気がする。
ここまで進みつつ、またしばらく先延ばしになるんやろか(⌒〜⌒ι)

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