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2007年4月19日 (木)

☆『コキーユ/貝殻(1998)』☆

少しさかのぼって・・10日(火曜)に鑑賞した作品のことである。
衛星第2で放送された『コキーユ/貝殻』を観た。小林薫&風吹ジュンを主人公に、数十年を経て同窓会で再会した中年男女の静かで切ないロマンスの行方を描いた佳作。

目下「ベテラン女優さんの中で一番好きかも☆」と言える風吹さんの、風吹さんによる、風吹さんのための作品! とも言えた、私的には。
そこに『ウンタマギルー(1989)』な小林薫が、静かに、控え目で、情けなく、不器用な中年男を愚直に演じる。
もし、もうあと10年も若ければ、こんな作品なぞ、一片の感慨すらワタシに与えはしなかったろうと思うんだが・・もはや“中年男のロマンス”と言う“耳にするだに加齢臭でも漂って来そうな”そんな作品世界が切なくて愛おしくて仕方がない(・ω・) これって、ぼちぼち死期が近付いとる兆候なんやろか(×_×)

「東京から離れたとある地方都市」が舞台。広瀬山中学3年の同窓会で30年ぶりに邂逅を果たした浦山(小林)と早瀬直子(風吹)。学生時代から剣道に明け暮れていた浦山にとって、直子は会釈を交わす程度の「印象の薄い級友」であった。が、直子は会わぬ間も浦山を密かに想い続けていたのだ・・
職場の上司を連れ、郊外・幹線沿いのスナックに行く浦山。そこは直子が経営する「コキーユ(coquille)」と言う店であった。その夜は酔漢と化した上司の“ロマンス破壊行為(・ω・)”により、そそくさと店を後にした浦山だったが、その夜を機に「コキーユ」に通い始める。
(直子の「今度は、1人で来てね・・」「明日も来てね・・」なんてな“殺し文句”が、漢(をとこ)の下腹部にいちいちズシリと響くのだ←おいっ!)
学生時代の思い出を語り合う2人。そんな中、浦山の東京支社への“栄転”が現実的なものとなる。妻子と共に発つ日もそう遠くないある日、浦山は直子と「赤石沢」へハイキングに出かける。いよいよ急接近する2人。
だが、その小さな旅の記憶が、やがて心の底に悲痛なものとして残されることに、まだ男は気づいていないのであった・・そんな流れ。

憎まれ役とし登場する益岡徹(not増岡徹)(谷川某役)が、ぶん殴りたいほどに不愉快なキャラを貫徹してくれていて、ある意味、痛快☆(←どないやねんな) 直子を巡る2人の男の物語として観るのもアリかも知れない。
(考えたら、小林&益岡のコンビって、昔、某国営放送でやってたドラマ『イキのいい奴』で既に実現してたんやねぇ・・あの作品では、親方(小林)と弟子(益岡)ってことで、全然格が違ってたんだけど(・ω・))

にしても「カウンターで、来ぬ男を待ちながら、今夜も物思いに耽る女」を演じる風吹さん(自然体?)、ホンマにええ雰囲気やわぁ〜。
テーマが“中年の恋愛”ともなると、どうにもギトギト、ドロドロしたちょっと生々しいテイストに仕上がっちゃう危険性もまた大きい訳だが、そこはキャスティングの勝利と言えようか。
それに加え、過度に説明し過ぎない、ある意味(ディテールの細部を)観客の想像力に委ねさせてくれるような造りなのが良かった。

ただ、残念なのはちょっと作品そのものが“薄味”に終始してしまったトコロか。もう一歩、踏み込んで、作り込んでくれたら『トニー滝谷(2004)』をも圧倒する作品と成り得たんじゃないか・・とそこが残念ではある。

本作の終盤。主人公が「最後の最後に怒りを爆発」させ、そして「初めて、それまでの人生で押し殺し続けて来た“弱さ”をさらけ出す」シーンが印象的だった。何だか“任侠映画”とフェデリコ・フェリーニ監督の『道(1954)』を立て続けに観たような感じで、悲しい物語にも関わらずなんか「お腹いっぱい」になってしまったものでもある(⌒〜⌒ι)

※コキーユ(coquille)は「貝殻」の意。詩人ジャン・コクトー(1989〜1963)の作品「私の耳は貝の殻、海の響きを懐かしむ」を気に入った直子が店名にしたとの設定。因みに和訳は堀口大学(詩人、1892-1981)とのこと。

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