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2007年2月26日 (月)

☆てくてく土曜日☆

24日(土曜)。先週からの疲れの影響か・・正午過ぎまで寝だめ。
その後、もぞもぞ起き出し散髪に出かける。そこから、ウォーキングがてら(一部電車も使用したが)同市内ではあるが少し離れた場所にある「古本市場」に向かう。んで、チラシ掲載の、ワゴンセール商品(?)の新品DVDソフト『m:i:3』と『ダ・ヴィンチ・コード』を購入☆ 売り切れてると思いきや、両方ともあったので少し嬉しかった。
共に¥1,980-だったが、シールを剥がすと(その前の値段が)¥2,499-となってた。。因みに希望小売価格¥4,179-。ホンマに安いなぁ(・ω・)
同じ棚に置かれてた『スーパーマン・リターンズ』もこれまた安く、迷ったが結局購入せず。こちらは通常版¥1,980-、特別版(2枚組)だと¥2,980-。後者が今後¥2,499-以下になったら買うかな?(・ω・)

高かったけど興味の沸いたDVDソフトは『ゆれる』『アメリ/限定フォトブック版』か。前者はちょっとファンタジーっぽい雰囲気の漂うのがいい。「吊り橋」がポイントであり「家族の崩壊(再生?)」を描いてて、異郷のイメージが漂うトコなど・・何処となく河瀬直美監督の佳作『萌の朱雀(1997)』に似てはいまいか?(・ω・)
後者は「通常版DVD+フォトブック」と言う簡素な構成ながら、そのシンプルさ+ペーパースリーブ仕様の与える“温かさ”みたいなのが個性的でイイ。
私的には「メイキング版DVD付属の2枚組以上じゃなきゃ有り難みがな〜い!」とも感じるんだが、そも本パッケージのターゲットと思しき女の子(の購入層)にとっては、きっと「特典ディスクの付属なんぞオタク仕様みたいでウザイだけ」なのかも知れぬ。が、そういう割り切った売り方もまた、再販の戦略としては十分にありなんやな、と感じた。

しっかし『m:i:3』にしても、別の棚にあったブルーレイディスク版だとやたら高額だったような(・ω・) 出始めはやっぱしそんなもんなんかねぇ。

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2007年2月23日 (金)

☆『シカゴ(2002)』☆

流石に残業がこうも毎日続くと・・ハラも立って来る訳で(=^_^=)、そこに「ど〜せどんだけ頑張ったって、明日も残業決まってるんやし」と言う諦念と達観の入り混じったようなザラついた気持ちがアタマの中で膨らんで来たため、(それでも)1.5時間ほどで仕事を切り上げ、帰宅。
頬杖ついてぼんやりしたいがそうも言ってられず、溜まったままの新聞記事の整理をしつつ、衛星第2で放送された映画『シカゴ』を“ながら鑑賞”した。(ほぼ同時刻に民放でやってた映画『アイデンティティー(2003)』はそのため観ず・・)
公開当時、ちゃんと劇場で鑑賞した本作。その時は「なんか殆ど妄想世界の物語やんか〜」って感じで「『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』グッド・エンド版」などとも評したり・・(=^_^=)

1920年代のシカゴの街を舞台に、殺人罪によリ収監された2人の女囚が、らつ腕弁護士とタッグを組みつつ「大スターになる」と言う夢を叶えるため、したたかに踊り生きるミュージカル。
元々は“伝説の振付師”ボブ・フォッシーが演出・台本・振付を手がけた同名の舞台劇があったよう。そこにロブ・マーシャル監督が目をつけ映像化☆ ←この人、ロブ・ライナーとゲイリー・マーシャルの合同ペンネームなのかと思ってたが、そうではないらしい(=^_^=)
ミュージカル作品なので、あまり画面を注視する必要もなく(←失礼)、必要な(気になる)パートだけ、新聞を処理する手を止めては映像を楽しんだ。全体的には、前半〜中盤にかけてのミュージカルシーンの方が秀逸だった気がした。ラストに、いよいよホンモノの舞台(?)でのミュージカルシーンが描かれるんだが、今回の鑑賞では「待ってました!」と言うより「ちょっと画面的に寂しいぞう」と感じた次第だ。
主演の2人をレニー・ゼルウィガー(ロキシー・ハート役)、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ(ヴェルマ・ケリー役)が演じるが・・レニーは首から下は完璧なプロポーションなのに肝心の顔がキミね・・って感じでイマイチ魅了されなかった(←『ベティ・サイズモア(2000)』『ホワイト・オランダー(2002)』『コールド・マウンテン(2003)』における彼女はそれぞれに気に入ってるんだが(・ω・))。何だか全盛期の神田うの嬢に対し感じた気持ちに通ずるもんがあるかも(・ω・)
ゼタ・ジョーンズも(持ち前の?)不敵な笑みとかスプリット(開脚)技とか、もの凄いアクトレス/ダンサーとしての質の高さを感じさせる演技だったんだが・・これもイマイチ魅了されぬ(←彼女の“オヤジキラー”っぽい生き方が根本的に好かんのかも知れない)。
ってことで、女子刑務所がメインのロケーションとして登場するのに、女優陣にそんなに吸引力のあるしとがいなかったのが残念だ(←私的に、だけど)
反面、大階段のシルエットのシーンから登場する、ビリー・フリン弁護士を好演したリチャード・ギアがなかなか光ってた(良く考えたら大した役回りでもないんだが・・) 特にこの「登場シーンの演出」はやたらカッコいい! すっかり気に入りましたわ。
あと「横になった女性ダンサーが連なってころころ転がる・・その上を寝そべり姿のギア氏が余裕かました表情で流れてく」・・その場面の与えてくれる、妙な「優越感的共有感」もまた良かった(=^_^=) あのシーンだけは、生きてるウチに1回はやっときたい気がする(シラフではムリだろうけど)。男に生まれて来た証として、みたいな(=^_^=) ←大げさやな〜
ロキシーのヘタレ旦那(エイモス≒ミスター・セロハン役)を演じたジョン・C・ライリーとか、チョイ出演のルーシー・リュー嬢は「ご苦労さん!」と軽く労える程度か。ことルーシーに至っては「何とか出演にこぎ着けた」って感じで、歌も踊りも拝ませてはくれなかった(・ω・) それでエエのかよ〜?

ときに、作品の“裏テーマ”とも読み取れる「世間を賑わせる女性凶悪犯罪者が次々に登場。そんな彼女らをネタに、群がり追いかける報道陣。そしてそんなメディアにすっかり踊らされるシカゴ市民」って構図(?)は、どこか(現代ニッポンにも当てはまるような)「普遍的な流れ」に思えたりもした。

最後に、劇中で一番光ってたセリフを紹介しときたい(・ω・) ギア氏、おっしゃいますねぇ〜☆ 何だか僕までズ〜ムして来たヨ(←そのネタばっかしかい!)

ビリー・フリン弁護士「自慢する訳じゃないが・・キリストがもしこの僕に5000ドル払っていたら、磔(はりつけ)は免れたろうな」

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2007年2月22日 (木)

☆『オズの魔法使(1939)』☆

残業(約3.5時間)をこなし帰宅。今夜なんぞ、まだ運の良い方と言うべきか。。明後日(金曜)が(現時点で)「ヘビーランクの残業決定!」なもんで、恐ろしくて辛くて叶わない。ってか、プライベートが殆どないンですけど、最近(・ω・)

帰宅後、遅い夕食を摂りつつ、衛星第2で放送されてた映画『オズの魔法使』・・の後半からを観た。
まさしく“時短鑑賞”と言おうか(=^_^=)、観始めるやすぐ、主人公らが「オズの部屋」に入って行くトコロだった。本来はここまでが冒険の旅の醍醐味を味わうべき部分なんだろうが・・
今回は自室(←TVが壊れかけててモノクロ仕様なのだ)でなく、台所のTVで観たんで、ちゃんと“最大の見所”たる「テクニカラー(色彩映像)」を堪能することが叶った!

基本的に本作はベタベタなファンタジー路線なんだが、物語の裏側に流れてる「映画の都“ハリウッド”を擁する、我らが合衆国の映像技術力は世界一ィィィィ!」的な娯楽的表現に関する(金銭的、精神的)余裕が感じられるようで、改めて「このご時勢(=この年に第2次大戦が開戦)にこんな贅沢な映画を作ってる国に、まかり間違っても勝てる訳がない!」と打ちのめされてしまうものである(×_×)
また、監督のヴィクター・フレミングが同年(1939年)に大作『風と共に去りぬ』をも手がけてる事実も凄まじい!

物語は、オズの治める国にやって来た少女ドロシー(ジュディ・ガーランド)が3バカ(?)たる「ブリキの樵(きこり)、案山子(かかし)、臆病ライオン」を率いて王国を旅する展開なのだが「テクニカラーを強調せんがため、登場キャラの衣装やらメイクやらを思いっきり派手に仕上げてんねんな〜」と感じた。
3人の僕(しもべ)はなんだかもう「怪人物」ってレベルだし、ドロシーもメイクし過ぎな感。。私的には、ラストで“現実世界”に戻った彼女の自然なメイクの方にこそ好感を持ったぞう。
劇中最大級のワル「西の魔女」の家来として“翼を持った猿人”みたいなのんが多数出て来るが、そいつらが空から舞い降りて来るシーンで、不覚にも(?)俳優を吊ってると思しき“ワイヤー”の存在が全く見えず、やたらびびってしまった! 当時のことだから、かなりぶっといロープかなんかで吊るしかなかったはずやろ、と邪推するんだが・・ひょっとしたら、後年にCGを使って“消去処理を施した”んかも知れない。
そう言う“改訂(?)”をしたと言うことなら、決して悪いことじゃないのかもな〜と思う。モチベーション(制作の動機付け)とし、技術面の向上をまず披露せんがため「名作をリメイク」し、それ故に失敗する(←本作で言うなら、リメイクで主人公を演じるのがジュディではなくなった時点で、もう既にダメダメな気がする・・)ぐらいなら、旧作の「当時の技術では至らなかった」部分をその都度見直すのが真っ当なのかも知れぬ。
(ジョージ・ルーカス監督とかが既にやってることではあるけど)
例えば、同じ映画(旧作)でも、映像のノイズを適度に除去し、音響にサラウンド処理を施し、ナレーターをモーガン・フリーマンとかジェームズ・アール・ジョーンズとかウッディ・アレンとかに変えたりするだけでがらっと「作品全体の持つ雰囲気」が変わるんじゃなかろうか(=^_^=)

それにしても「西の魔女」との戦いのシーンは面白かった。魔女の最も苦手とする「あるもの」が桶に入って、ちょこんと手頃な場所に放置されているのだ! こんなコントみたいな展開は有り得んぞ、普通は(=^_^=)
拉致されたドロシーを3人が救出に行くシーンでは、臆病ライオンが「城に乗り込み、魔女とその手下どもをずたずたにしてやる!」と息巻いた後、他の2人に「頼みがある・・おれを引き止めてくれ」と言うセリフが気に入った。こんな言い回しは、たとい時代が変わろうと不滅だと思うのだ(=^_^=)
んな訳で、この次に本作を通しで観ることがあれば・・コメディ作品として肩の力を抜いて鑑賞するのがいいのかも、と思った次第である。

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2007年2月19日 (月)

☆『フェーム(1980)』☆

残業を4時間ほどこなしてから帰宅。ツイてない時はとことんツイてないもんで、最寄り駅の改札を出たちょうどその時、バス停からバスが動き去るのを目にしたのだった(×_×)
・・んで、次のんが来るまで約20分もの時間があったので(←本数がぐっと少なくなる)歩くことにした(ま、自宅に着く寸前、次のバスに追い抜かれるタイミングなんだが(・ω・))。。
途中のコンビニで缶コーヒーを2本買う。
いや別に、コーヒーが飲みたかった訳でもないんだが、いま“ジョージア”を買うともれなく付いてくる“メルセデス・ベンツ/ミニチュアカーコレクション”が欲しかったのだ。特にマイブーム的に集めてるのが「190E EVO2」と言う1990年のモデル。でっかいリアスポイラーをまとった“生意気な小ベンツ”である。古いんだけどめちゃスポーティーでカッコいい。
この「190E EVO2」と「500E」だけは、きっとこれから先も、生涯憧れ続けるような気がする。尤も、今となってはよしんば買えたとしても維持費にすぐ音を上げることだろうが・・(⌒〜⌒ι)

帰宅後は、遅い夕食を済ませてから、衛星第2で放送されてた映画・・の終盤だけを観た。
アラン・パーカー監督の青春群像モノ(?)『フェーム(1980)』である。さすがに制作された時代が時代なので、「君ら、いったいどういうファッションしとんねや!」的なイケてなさを登場キャラ全体に感じた訳だが、淡々と芸能学校(?)の生徒らの日常生活を描いたような作品世界は“アラン・パーカー色がほぼ払拭されている”ようでもあり、何となく見入ってしまった次第。
むろん、殆どすぐラストに突入しちゃったもんで、登場人物名も展開(物語の流れ)も、さっぱり分かんなかったんだが、主役の1人が挫折するシーンで語られるこんなセリフが妙に耳に染込んで来た。

「(人生に)保証を求めるな、誰にだって失敗はある」
「自分(の才能)を他人に重ねるな」

こんなやり取りもあった。

「中世じゃ俳優は(身分が低く)墓になんか葬ってもらえなかった」
「現代じゃ葬って貰えるさ」
「実力によるさ」

それにしても、アラン・パーカー。『エンゼル・ハート(1987)』『ケロッグ博士(1994)』『エビータ(1996)』『アンジェラの灰(1999)』・・と手がける作品ごとの印象の違いが凄いなぁ、と(『ミッドナイト・エクスプレス(1978)』は未だ観てないのじゃ(・ω・))。
もう一歩、突き抜けるモノが備わってれば、スタンリー・キューブリックにもフランシス・フォード・コッポラにもなれよう人物なのに・・と少し他人事ながら歯がゆく思えてしまったものだ。

ま、本人は至ってそんな名声には興味なんぞないのかも知れんが(⌒〜⌒ι)

※少なくとも今週いっぱい、残業が続きそうな「予感」に「悪寒」が走る。。

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2007年2月18日 (日)

☆『スカーレット・レター(2004)』☆

9日(金曜)の深夜(=10日(土曜)の未明)に観たのが、韓流(はんりゅう)映画『スカーレット・レター』。
「とにかくエロい作品らしい」「余りのエロさにヒロイン役(の女優さん)が出演に対する後悔の余り若い命を絶ってしまった」みたいな風評ベースの妄想がワタシのアタマの中で公開当時からグルグル渦巻いてたもんで、録画するテープがない(⇒普通なら諦めて寝る)と言うハンディを押し切り、深夜に生真面目に鑑賞してしまった次第。
ネタバレ評論家たる浜村“ありがとう”淳氏の司会進行による番組だったため、彼のストーリー解説を最初に聞いておくだけで、大体の流れが掴めてしまった(=^_^=) げに恐るべし(=^_^=)
写真館の主人が惨殺された事件を調べるダーティな刑事が、その捜査を進める中、自身を巡る2人の女性〜 妊娠中の妻と浮気相手のシンガー 〜の板挟みとなり修羅場を迎えることとなるラヴ・サスペンス。主人公の刑事を演じるハン・ソッキュはヒット作『シュリ(1999)』で、刑事2人組のうちのどっちか1人を演じてた男優さんだった・・と後でネットで調べてて判明(・ω・) ←どっちなのかちゃんと覚えとけよ、と。
アメリカの古典文学であるナサニエル・ホーソーン著「緋文字(The Scarlet Letter)(1850)」から“拝借”した部分がどの程度あるのか・・小説を読んでないワタシには分かりかねるが・・劇中でちょっとだけ触れられてはいた(「パール」と言う女の子の名に関するもの)。
軸となる殺人事件は「有力容疑者がやがて逮捕されるが、その証言による殺害時間は検死による死亡推定時刻と異なっていた!」ってな部分のミステリアスさがちょっと心をざわつかせてくれる程度で、大したトリックが隠されてるモノでもなかったかな、と。
それより、2人の女性により、どんどん追い詰められて行く刑事ギフン(ソッキュ)の演技がなかなかに強烈だった(・ω・)
ヒロインとし、愛人カヒ(イ・ウンジュ)と妻スヒョンが登場するが、私的にはこの2人より写真館の未亡人ギョンヒ役を演じた女優さんにちょっと魅了されてしまったかも。途中で、舘ひろしを崩したような感じの青年(?)カメラマンの男性(←やたらマッチョ!)にモーションをかけ、自身のヌード撮影を依頼するのだが、その撮影シーンがなかなかイイ! 『運命の女(2002)』の冒頭におけるリチャード・ギア氏のセリフを拝借するなら「ボクもだんだん“ズ〜ム”して来たよ」って感じだろうか(=^_^=) ←そんなんばっかしかい!
妻が妊娠、そしてそこに愛人からの妊娠をも告げられる男の気持ちは・・同性として想像するに余りある。。「シンジラレナ〜イ!」と絶叫するだけでは済まない問題だろう(そらそやろ)。
後半に「とあるトラブル」が起き、終盤でそこから生還したギフン。殆ど全裸に血まみれの姿となっており、泣き叫んで、ホンマに「壊れはった・・」と言う精神状態だった(・ω・) ←何となく『セヴン(1995)』のラストにおけるミルズ刑事(ブラッド・ピット)を連想。
ただこのギフンと言う男、同僚に「拳銃を扱いたいから刑事になった」と公言したり(←冗談めかしてなかった・・)、聞き込み捜査中に証言を渋る相手の顔を自分に引き寄せ、その鼻から額にかけ生々しく(?)舐め上げたりして、どうにも「元々から壊れかけてはる・・」印象が少なからず感じられた。
まぁきっと『レオン(1994)』におけるゲイリー・オールドマン(演じる麻薬捜査官スタンスフィールド)の“キレ演技”なんぞを参考としてるのだろうが(←邪推)。
非常に驚かされたのは主人公らを巡る“もう1つの関係”であろうか。これはなかなかに凄い。真夜中に観てるとなんかクラクラ来ます(⌒〜⌒ι) ペネロペ・クルスの出てたスペイン映画『ハモン・ハモン(1992)』のラストにも通じるクラクラ度であります。
なお、荒っぽいが邦画を超えてると思わせる「シーン切替え時のカメラワーク」はさすがと唸らされた。全裸で抱き合ってる男女がカットなしで別カップルに入れ替わったり、カヒの(部屋の)ベッドで寝てるギフンの隣にカメラが移動すると・・妻のスヒョンがそこいたり(つまりギフンの帰宅を意味する)、回想場面でスヒョンがギフンと出会うシーンでは「ギフンは“マスク姿+無言”で作業中」なのである!
こう言うテクニックを目にするたび「韓国映画、侮りがたし!」と感じてしまう。ドラマ性では邦画の圧勝、と思っているが「もっとハッとさせる見せ方」を邦画の製作陣に期待したいものである。

〜 こんなハッとさせるセリフもありました 〜

カヒ「やっと夢が叶った・・あなたと朝を迎えられた」
  「わたしの愛した男たちは、みな結婚指環をしてる・・」
  「あなたは気ままに立ち寄っては帰って行く。わたしの家をモーテルと考えてるの?」

追記:ギフン刑事は「拳銃の不法な使用およびそれに基づく重大な罪」にて逮捕されるべき、とも感じたがどうなんだろ? なお、本作の後半からの展開を観て『テルマ&ルイーズ(1991)』を連想するあなたは・・連想のし過ぎです(=^_^=)

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2007年2月15日 (木)

☆『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』☆

6日(火曜)の鑑賞。何故に『2001年宇宙の旅(1968)』と来て・・翌日(の放送)がこの作品なのか(⌒〜⌒ι)
スクリーンで観たのが最初、その後「レーザーディスク」を購入、何度観たことだろう(←その当時LDを買いまくってますた・・)。近年ではDVDソフトもしっかり購入している(が、まだ観れてない・・)本作。
ある意味「アメリカ合衆国の歴史のお勉強」みたいな作品ではあり、万人には勧めにくいトコもあるんだが、トム・ハンクス主演作、そしてロバート・ゼメキス監督作の中では恐らくこれから先も「一番素晴らしい映画」なのではないだろうか、と決め打ちたい。
「知能的にハンディを負って生まれた」とされる主人公ガンプ(トムハン演じる)が、それ故のピュアさで、数々の人生の試練を乗り切って行く展開。そんな彼の半生とともに、合衆国の歴史の歯車もまた回り続けるのである。
日本で言えば“裸の大将”やんか、みたいな定番的ツッコミもあるが、荒唐無稽さにかけては、やはりガンプに軍配(=^_^=) ←そりゃそうか・・
「フットボール」に始まり「卓球」「演説(=^_^=)」「遠泳(←某シーンを観てると、彼がやたら長距離を泳げることに気づかされる!)」「長距離走」・・なんでも万能な男なのである! 私的に、主人公の成功のポイント(きっかけ)は「知能」ではなく「脚力」にあったんでは、と冷静に分析もしちゃうのだが(=^_^=)

※なお、ウィキペディア(ネット事典)の紹介によると、原作版(小説)では「宇宙飛行士」「プロレスラー」「チェスの達人」としても名を馳せるようだ。サダム・フセイン元大統領(故人)がガンプの友人とし登場する場面があるらしいのには恐れ入る。なんて『ホット・ショット(1991)』な。。

ちょっと残念なのは、ヒロイン役ジェニーを演じたロビン・ライト・ペンさんの魅力が少し薄い感じかな〜ってトコか(私的に)。まぁ、主人公以上に試練の人生を突っ走る女性像なので、可愛いだけのキャラクターじゃつとまらないんだろうけど(ヒロインの適度な“美しくなさ”がポイントなのかも知れんし)。。
暴言を吐かせて頂けるなら「ジェニー=メグ・ライアンヴァージョン」も観てみたかったぞ、とか。『ジョー、満月の島へ行く(1990)』を観るに、メグも(当時は)なかなか演じ分けが巧かったと思うのだ。

ときに、登場人物の中で好きなのは、やはりベトナム戦争時代の戦友であるババ(ベンジャミン・ブルー)と上官のダン・テイラー中尉。物語の構成上、絶対に不可能なんだが、ぜひ彼ら3人での「エビ漁」シーンが観たかった!(=^_^=)
終盤では、ボーナスキャラ(?)的なハーレイ・ジョエル・オスメント君の出演(息子役)! 当時6歳。まさかその12年後に飲酒運転しちゃうとは(×_×)

ほか気づいた点を幾つか。

○ガンプ(少年期)のママの“秘め事”を想像するに、心がザラつくのです(・ω・)
○主人公の名「フォレスト」は南北戦争の英雄Nathan Bedford Forrest(1821〜77)に因んで命名されたそうだ。
○ダン小隊長の後年の婚約者(スーザン)って一体・・
○『SHIT HAPPENS(不幸は起こる)』のステッカーはあんまし流行らないように思うんだが。
○ガンプが待っていたバス停の街は「サバナ」。
○長い回想を終え、冒頭のシーンに戻った時点で、映画は残り約20分!
○ガンプの“ウィルス感染”は心配しなくてええのか?!

〜 こんなセリフがイイんです 〜

ジェニー「何故優しいの?」
ガンプ「恋人だから」

ママ「私の運命はあなたのママになることだったの」

ダン「神よ、お前と決着を付ける時が来た!」
  「命を救ってくれた礼を言うよ」

ガンプ「投げたい石が足りない時もある」
   「僕は馬鹿だけど、愛が何かは分かる」

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2007年2月13日 (火)

☆『2001年宇宙の旅(1968)』☆

5日(月曜)の鑑賞。衛星第2にて。今回は「観るともなしに観てしまった感じ」かも(⌒〜⌒ι)
ストーリーは“ある意味”あってないような感じでも良いと思う(私的に)本作。シンフォニックと最新鋭(当時)の宇宙映像、これらの融合を、そしてそれが1968年にして“早くも”完成していたことに驚愕し、物語世界を“遊泳”すれば、それで良いと思うのだ。
今回は、これまでの鑑賞で「うっとうしいな〜」と思ってた、冒頭に登場する猿人の造形と動きに見入ってしまった。「リアルで凄いやんか!」と。
猿が道具を発見し、それが「進化」する過程を“一瞬で表現”する・・「空に投げ上げた長骨が宇宙船に変わる」と言うカットは、観直すと“繋ぎが粗い”んだが、それはそれでええんかなと感じた。CGを駆使すれば、モーフィング(自然に変形する映像テクニック)なんぞ何の造作もなく出来るわけだが、そこまでやる必要がないのかも、と言うのがワタシの今の結論。

「本作の特撮映像は“完成体”であり、それ以上のCG処理(デジタル合成)は過剰なだけで無駄」

同様に、いくつかの場面で、カメラがいきなり切り替わるような手法が用いられてて「ホラー映画みたいな緊迫感を与えてるなぁ〜」と、今更ながらスタンリー・キューブリック監督の手腕に恐れ入ったものであった。
ラストまで観終わり、本作がMGM作品であると知り、ここでも驚いた。往年の豪華絢爛なミュージカル作品など、とにかく「分かりやすい映画」を放って来た印象の強いMGM。キューブリックの熱意を持ってしても、制作費捻出(=会社説得)には苦労したんではなかろうか。
後日、この放送を(録画し)観たと言う家人から「全く意味不明な駄作!」との分かりやすい感想を聞いたが(=^_^=)、本作の制作された年や、絵画的な映像世界を理解出来るだけの心的余裕があるかないか、その辺りをはかる絶好の試金石なのかも知れないな、と思った次第である。

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☆『マトリックス/レボリューションズ(2003) 』☆

あっと言う間に連休(10日〜12日)が終了。結局、風邪を引いてしまったみたいで、3日ともとにかく「寝だめしてスタミナを戻す」方向に力を使った。とは言え、また明日からの残業で体力が削られて行くんやろかなぁ(×_×)

さかのぼって3日(土曜)。後半からで地上波初登場の『マトリックス/レボリューションズ』を観た。トリロジー(3部作)の完結編。
第1作(1999)こそ「うぉ〜、すげ〜!これぞ『ターミネーター2(1991)』『ジュラシック・パーク(1993)』などに続く映像革命や〜!」とその世界観(と映像表現)に衝撃を受けたものの・・第2作(2003)、そして本作、と次第に盛り下がる印象の(←私的にはそう強く感じた)シリーズだった。「荒唐無稽さ&爽快さが薄れてしまったこと」「小難しくも緻密な世界観の割に、それを構成する要素の幾つかに綻びの見える気がしたこと」「映像&特撮面で方々に“まがいもん(=パクリ)”が増え、斬新さが無くなったこと」などが挙げられるかも知れない。
劇場で観た時は「主人公って、すっかりミフネ艦長になってるやんか・・」と感じたんだが、今回はTVを点けた時点で既にミフネ氏はおられず(・ω・) キアヌ・リーヴス演じる主人公ネオが機械生命体の親玉みたいなん(←コイツっていわゆる“デウス・エクス・マキーナ”なんじゃろか・・)に会うシーンであった。その前後のシーンを観てて『風の谷のナウシカ(1984)』やんか! と突っ込んだり。
続く、エージェント・スミス(ヒューゴ・ウィーヴィング演じる。なお、大塚芳忠氏の吹替えが異常にマッチしている!)との雨中の一騎打ちシーンでは『スーパーマン2/冒険篇(1980)』と言うより『火山高(2001)』の映像がアタマに浮かんだ。「かもめのジョナサン」や「ドラゴンボール」の世界だと“飛行”を極めた次の段階(移動手段)は“瞬間移動”となるが・・本作でそこまで成長する余裕は主人公になかったようである(・ω・)
にしても、このシリーズ・・何とも「美男美女不在な世界」ではあった。。もそっと本シリーズをステップにして羽ばたくような(美しい)女優さんや(光ってる)子役がおれば良かったのになぁ・・と。
あと、ヒロイン役だったトリニティ(キャリー・アン・モス演じる)がいなかったが、途中でリタイアしてしまったんだったか? 何だか『ロボコップ(1987)』シリーズのヒロイン役アン・ルイス婦警(ナンシー・アレン演じる)みたいやな、と。彼女もいつの間にかいなくなってたよねぇ。。

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