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2006年11月 6日 (月)

☆『父親たちの星条旗』☆

5日(日曜)。それなりに(←おい)楽しかった3連休もいよいよ終了。。
おとつい3日(金曜):電車で「京都寳塔ツアー」
んで昨日4日(土曜):クルマで「和歌山寳塔ツアー」
とこなしたが、本日は「イオン大日」内にある劇場「ワーナー・マイカル・シネマズ大日」で、クリント・イーストウッド監督の最新作である『父親たちの星条旗』を観て来た。同監督の手がける、恐らく最初で最後のスタイルではないか? と思われる(←勝手なワタシの判断かも知れんが・・)「2部作」の第1弾。

太平洋戦争末期、小笠原諸島の硫黄島(IWO-JIMA)に於いて米国海兵隊と旧日本軍が激戦を展開した(1945年2月18日開戦、同年3月22日終結)。
戦争が始まって間もない1945年2月23日午前、島内の最高点にあたる摺鉢山(MOUNT-SURIBACHI)の頂に6名の青年兵が星条旗を掲揚する。その瞬間を映した1枚の写真は本国各紙で大きく取り上げられ、長く続く戦争に意気消沈していた米国民に希望を与える存在・・「英雄(HERO)」・・として大きくまつり上げられることに。
うち3人はその後も続く闘いの中で戦死、本国に帰還した残る3人は「つかの間の栄光の日々」の果てに、それぞれ大きくその後の人生を歪められて行くこととなる・・そんな流れ。

オープニング、まず「マルパソ/アンブリン・エンターテイメント」の文字に異常に興奮(=^_^=) おお、クリントとスピルバーグの制作会社がタッグ組んでる! で、続く「字幕:戸田奈津子」の文字に苦笑(⌒〜⌒ι) 押さえてますねぇ、戸田女史。

私的には、ちと理由あって、心からおススメ出来る作品でもないかと言う気がする。が・・大きな視点で評価すると戦争映画の決定版に近い「渾身の大作」とは言えよう。きっと本作に続く第2弾『硫黄島からの手紙』の公開により「1つの作品として完成」すれば、しばらくの間「戦争系映画の金字塔」として君臨するんじゃないかと予想する。

○日本兵の言動がへんてこじゃない
○海兵隊も(敵に対し)へんてこな作戦行動はとらない
○戦場ではヒーロー(超人)が存在しない
○戦争を美化せず、米側の施策(政策)を決して正当化していない
○とにかく戦場の描写が凄惨で恐ろしい
こう言った部分がクリント監督の真面目な視点と言うか、決して「アメリカ万歳路線」で売ろうとしてない姿勢を感じさせてくれ、そこが良い。

難があったとすれば、主人公ら・・特に戦死した3人のキャラが薄かった感じと、戦争そのものの終盤の流れが、丁寧に描写されないままだったことか。作品からは「旗を立ててはいおしまい」的な『パトリオット(2000)』的な印象(?)も受けるが(←生還兵の戦地における体験とし)、実際にはその後、約1ヶ月間に渡り更なる激戦が続いた訳でもある・・無論、それを帰国した3人は体験していないのだが(してたら戦死してた筈)。
まぁ、その辺りの戦場に舞台を絞ったドラマはきっと第2弾で詳細に描かれるのであろう。

戦場のシーンが作品の約半分(←まぁ、そう言うことで)を占めるって訳で・・冒頭から『プライベート・ライアン(1998)』や『スターリングラード(2001)』をしのぐレベルの凄惨なバトルが展開される! 手首が転がるわ、ヘルメットごと首が吹き飛ぶわ、内臓が弾けるわ・・良く考えたら「R指定」の付いてないのがちょっとおかしいような場面が・・(・ω・) ←描写をおさえた「クリーンヴァージョン(ファミリー向け)」も上映すれば良かったかも。

生き残った3人は何となく『L.A.コンフィデンシャル(1997)』に登場した3刑事を思わせるような性格付け。「着実にPR活動をこなす者」「それなりに巧く立ち回る者」「疑問を感じやがて去る者」・・個人的にはアダム・ビーチ(アイラ・ヘイズ役)とバリー・ペッパー(マイク・ストランク役)の印象が強烈だった。ビーチは『ウインド・トーカーズ(2002)』の“ホリョだ”なナバホ兵、ペッパーは『プライベート・ライアン』や『ワンス・アンド・フォーエバー(2002)』でも個性を発揮してた“戦地ロケの似合う男”でもあるからして。。逆にポール・ウォーカーとかロバート・パトリックの出演は正直気づかなかった(×_×)

戸田節もあんまし炸裂してなかったか。「選(よ)りに選(よ)って」とか「お歴々」ぐらいだろうか。“個性的な漢字訳”と“古そ〜な表現”が最近の戸田路線って感じか(=^_^=)

そや、びっくりと言えば本作、スコア(音楽)を手がけてるのも御大(クリント)ご本人。いや〜多才だなぁ。

アメリカ史に詳しい人に聞いてみたいのは「ヤンキース・スタジアムのシーンに登場する選手たちって当時のチームの面々に似てるの?」ってトコかな。あ、シカゴのシーンでは『ミッション:インポッシブル(1996)』で取り上げられる重要なポイント(?)「ドレイクホテル」が登場してましたな〜。ジョン・ボイト(ジム・フェルプス役)が備え付けの聖書を勝手に持ち出してミスった、あのホテルっすね(=^_^=)

何だか人物名が(群像劇的に)飛び交ってて、今回は“メモ取らず”に鑑賞したモノで、誰が誰やら正直フォロー出来てない部分もあったけど、時計が気になるほど苦痛な時間でもなく(130分ちょいの上映だが、長さは気にならない)、眠くなることもなかった(同じ戦争モノでも『シン・レッド・ライン(1998)』はかなり観てて眠たくなった覚えが)。

も少し、だらっと書きます(=^_^=)

日本人については真っ当に描けてた・・と言いたいが「日本人に左利きはいない」みたいな俗説(?)が勝手に流布されてて、ちとショボ〜ンとなってしまった。。まぁでも「金の仏像」やら「“奉納”とか書かれた暖簾(?)」やら、その手の怪しげな小道具は出て来なかったので許す(=^_^=)
それから終盤の戦闘で、洞窟内に「突撃ラッパ」が転がってたが、アレってばきっと「続編」に繋がる重要アイテムに違いあるまい! と邪推しておきたい(=^_^=)
あと、完全に「続編」とスタッフ&キャストを区別してるようで、『硫黄島からの手紙』の日本俳優陣(有名どころ)が全く出演してないのが良かった☆
(あぁでも・・もし“マコ岩松さん”がご健在なら、きっと出演しておられたんやろな〜)

その他のチェックポイント
□戦場のシーンで最初に叫ばれる台詞は・・やっぱり「※※※!」なのだった
□「全米インディアン会議」の参加メンバーを観て、ちょっと笑いそうになってしまった・・猛省(・ω・)
□最初の戦死者(それも開戦前)は・・“アレ”して“漂っていた”あの兵士・・合掌
□登場する2人の合衆国大統領、フランクリン・D・ルーズベルト(第32代)、ハリー・S・トルーマン(第33代)の対照的な描かれ方が興味深い。前者は終始無言&殆ど後ろ姿しか映されない。片や後者は動き、陽気に喋り、笑顔まで見せてくれる。クリント監督流の何かの“思想”に基づく演出なのか、気になるトコだ
□火炎放射兵が背中のタンクを銃撃され、爆発するアクションはなし(←だから、それはジョン・ウー監督作だっての!)
□もはやクラシックなノートPC「PowerBookG3(1998年モデル)」が登場、元気に活躍する☆ このマシンの愛称は「液晶先端部・絶壁くん」でした(←ホンマかいな)
□生還した3兵の上官、キース・ビーチ大尉を演じた俳優ジョン・ベンジャミン・ヒッキー。何処となく風貌がクリント似な感じ。きっと監督がも少し若ければ、この役で(ちゃっかり)助演してたんじゃなかろうか(⌒〜⌒ι)

〜 心に残るかも、な台詞 〜

※「先発の兵は撃たれない。時間を置いてそれに続く、後続の兵が撃たれる。
 尤も、見せしめとして先頭の兵が真っ先に撃たれる場合もあるが」 ←おい、どっちやねん(・ω・)

※「戦争のことを知っていると言う者がいる。大抵は若い愚か者で、戦争を知らない連中だ。
 本当の戦争を知る者は黙して語らない。何故ならそれは彼らにとって、1日も早く忘れたい記憶だからだ」

※「戦場には英雄も悪玉も存在しない。英雄とは、我々が作り出した虚像に過ぎない」

※「もはや国庫はパンク寸前だ、銃器などもう買えはしない。
 お前がこれから使う事の出来る武器は石ころだけだ。それを投げて日本人と戦うがいい」

※「硫黄島は日本の領土だ。だから日本人をそこから追い出す」 ←お、侵略行為を自覚してるネ☆

※「戦車のことは忘れろ」 ←援軍の戦車が颯爽と上陸・・した直後、着弾で爆発炎上するのを眼にして

追記1:本作の「タイトル」にどうも違和感を感じたのが「父親たち」の対極にいる「息子たち(=複数形)」の存在が余りに希薄だったことによるものだろうか、ワタシの中で。原作では、もっと複数の「息子」が登場したんだろうかな?
追記2:にしても中※獅※。仕事(撮影)の硫黄島が終わった・・と思いきや、お次は「実生活が硫黄島」ではないか。。ここは1つ、続編の劇中で「ちっぽけな島の覇権を巡って殺し合う・・人間って面白っ!」とか「(島を)落とすンだろうが!」とか過去の出演作をセルフパロディ化した台詞をアドリブで放って欲しいぞぅ。

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