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2006年11月17日 (金)

☆『プレミアム10/チャップリン・世紀を超える』☆

13日(月曜)。某国営地上放送(非教育系チャンネル←ここまで書けばチャンネルを書いてるも同じや(=^_^=))にて放送された特番『プレミアム10/チャップリン・世紀を超える』を観た。
個性派俳優・伊武雅刀氏を案内役に、喜劇王チャールズ・チャップリン(1889-1977)の生涯を駆け足式に辿る進行。
私的にも「映画史上最高の巨人」と認めざるを得ないチャップリンの特集であるからして、観なければならぬのは決まってたが、中でも番組の目玉企画としての「(破棄されたと思われていた)400巻にものぼるアウトテイクス(=未使用フィルム)に収録された、世界初公開のメイキング映像群」の幾つかが紹介され、それをネタに喜劇王の軌跡を綴る・・みたいな組立てが良かった。

ゲストとして“斬られ屋”福本清三氏、“日本屈指のチャップリン研究家”大野裕之氏(←同氏もまた“ひろゆき”なる名を冠するだけあり、なかなかにディープそうな青年である(=^_^=))、“喜劇王の次女”ジョゼフィン・チャップリンらもちらほらと登場、コメントを寄せる。
短いながらもそれぞれの存在感を示していた。

メイキングとして流れた映像が初期短編の『チャップリンの移民(1917)』『チャップリンの霊泉(1917)』。そして大幅に取り上げられていたのが後年の代表作『独裁者(1940)』であった。
前の2作では、とにかく演技・演出・舞台設定などがテイクを追うごとにどんどん“進化”を遂げて行くさまが凄まじい! 途中で大幅に映像の雰囲気が変わったり、撮影を進めながら常に“考えている”監督=チャップリンの姿が映し出されたシーンもあった。
次女ジョゼフィンもコメントを寄せていた通り、喜劇王は紛れもなき「極端な完璧主義者」であり、どれだけ撮影が進行し、そこまでに制作費が投入されていたとしても「ピンと来なければ」さっさとそのシーンを切り捨て、最初から撮り直していたりもしたようだ。印象とし「自分のコメディ演技が(とりあえず)引き立ってたらエエことやんか」などとつい思ってもしまうんだが、もっと作品全体を眺めた、大きな視野を体得していたように感じた。
番組でもその経緯を「面白くとも冗長であれば、容赦なく“笑いを削って”しまう」「つまり、不必要なものを削ぎ落とす」「最終的に、コメディとアクションは磨き上げられた究極の表現へと“進化”していった」的に紹介していた。

そして「チャップリンが純粋に笑いとリアリティを追求した軌跡が、これらのアウトテイクスには刻まれている」と。

さて、ファンの方々なら既にご周知のことと思われるが、ワタシが初めて知ったことも多かった(・ω・)
・『サーカス(1928)』での“綱渡りシーン”にスタントなしで挑むため、2ヶ月の特訓を積んだ。
・1931年、世界旅行に出かけた際には、英国首相チャーチル、物理学者アインシュタイン、インド独立の父ガンジー、自動車王ヘンリー・フォードとそれぞれ会した。
・『独裁者』の台本執筆に2年を費やした。なお台本には「スタジオからの持ち出しを禁ず」と自筆されている。
・『独裁者』の当初のエンディングは、兵士らが武器を捨て、踊り始めると言うものだった。完成版では有名な「チャップリン自身による約6分間の演説」へと変化を遂げた。
・この演説は公開当時、不評だった。
・台本のみが遺された“最期の作品”は“翼の生えた少女”を主人公にしたファンタジー作『THE FREAK(1969)』である。
・台本に併せ、絵コンテがちらっと紹介されていたが・・何となく宮※駿、リュ※ク・ベ※ソンなどの監督にエッセンスをパクられる運命にあるような気もした(・ω・)

〜 こんな言葉も紹介されてました 〜

母ハンナ・ヒル「ぼろをまとっていても、上品でありなさい」

チャップリン「私は悲劇を愛する。悲劇の底には何かしら美しいものがあるから」
      「愛国心こそが戦争をもたらす」
      「私は、勇敢になろうとも政治的になろうとも思った訳ではない。
       ただ心に感じたままに、正しい事を述べようしただけなのだ」
      「人間は、優しくあらねば」

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