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2006年9月29日 (金)

☆『シンシナティ・キッド(1965)』☆

25日(月曜)に衛星第2で放送されてたものを鑑賞。
ニュー・オーリンズの街(現在、未だ台風被害の爪痕が残っているそうだ・・人口も災害前の半分以下になってしまってるとか・・)を舞台に“伝説のポーカー王”ランシー・ハワード翁に闘いを挑む若き名人“シンシナティ・キッド”の運命を描いたもの。キッドことエリックを演じるのがスティーヴ・マックィーン。どうにも荒々しいイメージが強く、ポーカーフェースとかちゃんと出来るんか? と見くびってたら、なかなか堂に入った静かな表情してはりました。
って言うか、表情の中でも、マックィーンの「青く静かな瞳」のアップがなかなか良いんですね、うんうん。
この街の“ザ・マン(最強者)”になってみせる! と息巻く血気盛んなキッドであるが、どうやら真の最強者たるためには結局「運を超えた何か(・ω・)」が必要なようである。。んで、このキッドが実に「いい奴」なのである。。
コイン投げの勝負(裏表を賭ける)をたえず挑んで来る黒人の小僧を鮮やかに負かし「お前にゃ10年はやい」と諭しつつ・・ラストでは逆に負かされ「10年はやいよ」とほざかれてしまったり(←ああ言う心理状態ではホントは相手にすべきでない)、ポーカーひと筋のキッドに呆れ実家に帰ってしまった彼女=クリスチャンに会うため、はるばるルイジアナの田舎に出向いたり(←優しさより弱さがにじんでた感が)、勝負を組んだ“黒幕”たる成金青年スレード(←演じるのは若き日のリップ・トーン! 近年では『メン・イン・ブラック(1997)』の秘密組織のボス“Z”を演じてたおやっさんです☆)の「いかさまに協力するから必ず勝て。あの爺ぃの絶望する姿が見たい」なんてな言葉に「俺は実力で勝ってみせる、あんたの手助けなど要らん」と頑(かたくな)に突っぱねる態度・・などに「優しさ、甘さ、正直さ」が良く現れている。
6人で円卓を囲み開始されたスタッド・ポーカーの大勝負(資金調達は30分以内に、てなルールも説明される(=^_^=))は、瞬く間に参加者が脱落し、遂には(予想通り)キッドvsハワードの一騎打ちとなる!
私的にあんましポーカー自体に興味がないんで、ラストの辺りの駆け引きとか、十分に楽しめなかった感が強いが(←おい)、2人の表情がやはり良かった。マックィーンも勿論良いが、ハワード役のエドワード・G・ロビンソンの存在感も素晴らしい。自信があるのか、虚勢を張ってるのか、その辺りまでもがポーカーフェースに巧く隠されているし(⌒〜⌒ι)
なお、メインの部分には絡んでないが、本作で非常に重要な“軸”となっているのが、キッドの両脇に立つ2人の女性の“相反するキャラクター”であるとも言えよう。
1人は純朴だが垢抜けない田舎娘、クリスチャン。そしてもう1人は洗練された妖艶な女性、メルバ。ギャンブルに理解があり、キッドにお似合いなのはメルバなんかも(肉体的にもたっぷりと癒してくれそやし(=^_^=))・・と思わせつつ、ラストのラストでキッドははっきりと“運命の女”がどちらだったのかを知ることとなる。
「ああ、明日からはまっとうに生きるとすっかな〜」と思わず観てるワタシまでもがしみじみさせられてしまったものだ(←いや、お前はそのままで十分まっとうな人物です)。
どん底に叩き落とされてしまう主人公に一筋の光明が差すエンディング・・これこそが「真の幸福」なんじゃないか、とか思ってしまう。『自転車泥棒(1948)』のラストもちょびっと希望を与えてくれるが、本作も決して負けていないぞ! と感じた。

〜 勝負師哲学とか的な台詞群 〜

メルバ「あんた、怒るのが好きなんでしょ」 ←とオトコを挑発(・ω・)

某キャラ「女ってやつは・・いると厄介、いないと後悔」

スレード「高級趣味で、常に満足させてはやれない・・そしていつか離れて行く・・それが女って奴さ」

ランシー「弱い神経では、この長丁場には耐えられんだろうな」
    「顧みれば・・女には執着しない方がいい」
    「何なら君に(資金を)貸してもいい」 ←これって屈辱的(・ω・)
    「君も強いが、私がいる限りは所詮2流だ、肝に銘じておけ」←気を吐いてるねぇ

【追記】

http://www.bo-sai.co.jp/hurricanes.htm

↑ニューオリンズの現地状況について報告されてます。無断リンク済みません。

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2006年9月28日 (木)

☆『夕陽のギャングたち(1971)』☆

21日(木曜)の鑑賞。セルジオ・レオーネ監督が、ロッド・スタイガー&ジェームズ・コバーンを主人公に、革命の熱気に揺れるメキシコを舞台に描いた“一大叙事詩”である。
クリント・イーストウッドを「ダーティーな善のシンボル」に据え置いて描いた『ガンマン』シリーズに比べると、主人公らのパワーがやや常人レベルに下がっており(=^_^=)、ヒーローの超人的な活躍を楽しむ映画と言うより「激動の時代の中で翻弄される男らのドラマ」と評した方が分かりやすいだろう。例えれば「船戸与一の冒険小説」のような感じである。主人公らが頑張るんだけど・・ってなちとほろ苦さの残る鑑後感、である。

毛沢東の言葉「革命は晩餐会ではない、それは優雅さや礼節では成し得ない。何故ならば・・革命は暴力的行為だからだ」がはじめに映し出される。そして、馬車に乗ったブルジョワな人々がフアン・ミランダ(スタイガー)率いる山賊の一味に襲われ散々な眼に遭う冒頭。何とも言えぬ「きな臭さ」が漂って来る展開だ。
そしてぶらり現れる“アイルランドの花火師”ジョン・マロリー(コバーン)。「動」の悪党と「静」の悪党が出会い、成り行きでメサ・ベルデ国立銀行の地下金庫を破る計画が動き始める。
銀行を襲い、大金をせしめるつもりが・・地下に囚われてた150人の政治犯を解放・・たちまち“革命の英雄”に祭り上げられるフアンの複雑な表情が実に面白い。
そして中盤、アジトを襲撃された山賊らが無惨に殺される場面があるが・・長回しのカメラワークがなぞる中、子供らまでもが見事な「死に顔キープ」。悲しみより先に、こいつらの役者魂ってば凄い! と全く常軌を逸した感覚で唸らされてしまった(←おいこら)

ラストのコバーンもカッコいい! ふと「発破士の散り様、かくあるべし!」と勝手な解釈をし、ここでも1人頷いてしまった(・ω・)
コバーンと言えば、どうにも『電撃フリント(1966)』での“究極奥義=死んだフリ”なる姑息さ(=^_^=)や『シャレード(1963)』での爆笑必至の死に顔(ビニール袋で窒息させられる・・)、がすぐ脳裏に浮かんでしまうが、本作や『戦争のはらわた(1976)』と言った、素晴らしい出演作もあるんやなー、ととても評価を高めつつある俳優さんである☆

〜 こんな台詞がありました 〜

フアン「本の読める裕福な奴らが号令をかけ、読めない貧乏な奴らが死んで行く・・それが革命だろ? 結局そいつの繰り返しさ」

ジョン「ダイナマイトを使い始めた頃は、色んなものを信じていたが・・今となってはダイナマイトしか信じない」
   「オレのことなら気にするな、好きにやる」

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2006年9月26日 (火)

☆カメラと読書とYシャツとタワシ☆

うーん・・あんましタイトルには(特に後ろの2つ)意味ないんだけど、最近の雑記をつらつらと。
土曜〜日曜にかけ、お寺ツアーを精力的にこなした訳だが、その際(デジ1眼と共に)持参したのが『ヤシカ・ミニスター2』なる半世紀近く前(1962年リリース)のクラシックなフィルムカメラであった。

http://www.hat.hi-ho.ne.jp/m-bon/camera/camera_025.html
http://www.asahi-net.or.jp/~rd2h-ari/YA_MINISTER2.htm

↑ こちらのページで紹介されてます。無断リンク失礼します。

土曜は奈良県下の「久米寺」「岡寺」、日曜は大阪府下の「金剛寺」「法道寺」・・で、効果的なアングルを選び、パチパチ撮影したんだが、法道寺境内を撮り終えた最後、リミットの24枚目を超え巻き上げようとしたトコで、当然レバーの動きがストップしてしまい、更に多少力を込めて巻こうとしたら・・見事にバチン! と内部でフィルムの切れたらしき感触が・・(×_×) 以前から何度もやっちまってるボケミスだが、今回もまたフィルム切ってパアにしちゃいました。。
「欲張って(フィルムを)使い切ろうとせず、余裕を残してクランクを巻き戻すこと!!」と前回(の失敗時に)肝に銘じたつもりが。。
家人にも後日「お前にはフィルムカメラは向いてないのかもな」的にズバリ言われてしまい更に落ち込んでしまうのだった(×_×) かくなる上は本体のどっかにテプラなどで「数枚残し巻戻すこと!」とかシール作って貼っとこうかしらん。
この次もまたやっちゃいそうな気がするし(・ω・) ←ちょっといちいち記憶しとくにはウザイんですわ。・・あ、それが向いていない証左なのか(⌒〜⌒ι)

通勤時の電車内を利用し、久しぶりに文庫本を読んでる。そして読み終えた☆ 「岡嶋二人」なるコンビ作家による『99%の誘拐』(徳間文庫)である。「コレいいよ」と勧められ、お借りしたまま数ヶ月が経過(・ω・) ぼちぼち読まなあかんやろ、と重い腰(痛む腰(=^_^=))を上げ、4日ほどで読破☆ 映画『ユージュアル・サスペクツ(1995)』鑑賞時(懐かし〜)と同じく、途中でひとたびパチッとスイッチが入ると(ページをめくる)スピードが驚異的にアップする! まるでシドニィ・シェルダンとかポール・シェルダン(←それは映画『ミザリー(1990)』に登場する架空の作家だってば)とかを読んでるしと状態である(=^_^=) ハイテク誘拐モノと言うか、犯人が凄い立ち位置から凄いトリックを仕掛ける訳だが、やや前半の組立の丁寧さ&緻密さに比べ、中盤以降の展開がスピーディーかつライトノベルチックになってしまってたかも、と。まぁ、この手の「リアルタイム型犯罪」を描く場合、あんまし重厚&丁寧に書いてる場合じゃないんかも知れんけど。
なお、ちと嬉しいトコでは、身代金(?)の運搬に使われる車両として「シルビア」が登場(ワタシの前の愛車でした)☆ 本作の発表されたのが1988年10月ってことで、まさに「S13型シルビア(同年5月登場)」がヒットし始めた頃だったんじゃないだろうか。

http://cars.hi-ho.ne.jp/archives/new/index.html

↑ こちらのページで紹介されてます。無断リンク失礼します。

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2006年9月22日 (金)

☆静かに深く挿入せよ(←オイ)☆

珍しく会社を早退し、腰部のMRI検査を受診して来た(たぶん初めて)。行きつけの整形外科より既に「紹介状」は貰っており、検査予約も取ったので、特に支障なく受けることが叶った。
事前に仕入れた予備知識によると「撮影料(画像診断料)がやたらと高額」「検査中の騒音がとにかく酷い」・・とのことだったが、実際に受けてみると「思ってたより安くて静か」な装置(検査)かな、と。まぁ、そう言っても3割負担で6英世ぐらいかかりましたけど。
それより驚いたのがその狭さ。ファットなしとだと入れなかったり、途中でつっかえたりするんじゃなかろうか。。病院が全体的にかなりくたびれてる風なのに引き換え、装置そのものは決して古くなく、この病院の思想・姿勢の片鱗を垣間みたようで、少しばかり好感を持った。
それにしても、検査室近くの待合コーナーに置かれてたアダルト漫画誌(実録系毒婦モノ)にはちょっと驚かされた。。性交描写ありまくりだし、主人公(主に男性キャラ)が大抵肉欲に溺れた末、最後は女性に惨殺されちゃうし(×_×) 一体「ロビーに置く読み物」に関し、どないな基準をもうけてるんやろか。。
・・と思いつつ、全エピソードとその性描写を熟読させて頂きましたが(←そこまで書かかんでエエちぅねん)。
検査後、渡されたMRI画像の入ったでっかい紙袋を下げ、地元の整形外科に向かった。持って帰るにはかさばるし、今日の受診を逃すとしばらく行けそうにないし。
センセイが画像を見ておっしゃるには「全うな椎間板ヘルニアですな」の診断。縦断面&横断面(サジタル像とかコロナル像とか言いますね)の画像を指し示してご教示頂いたのは「第4腰椎のとこの椎間板が潰れ、中身がはみ出て神経を圧迫しとるね」「健常な椎間板は白、黒くなってるここが(変質して)潰れてるとこ」と言う(本人すら知らなかった)患部の現状。
詳しくないワタシはつい「自然に治ることはあるんでしょうか」と訊いてみた(←愚問)が、やはりと言うか「例えば、大福餅が潰れて中身のあんこが出る。こうなるともう、元には戻りませんな」てな分かりやすい比喩でもって、希望は静かに砕かれるのだった(×_×)

(思いついた)名言その1「脱餡、餅に返らず」←「覆水盆に返らず」のノリ

ただし、発症から数ヶ月ほど経過すると「飛び出てる部分が収縮する(=引っ込む)ケースがある」とも(個人差あり)。巧くすれば、そのうち神経への圧迫が後退する(=痛みが和らぐ)日が来るかも知れない☆(来ないかも知れない(・ω・))
最後、座薬を再度処方して貰うことに。以前から悩みの種(?)だった「薬量が多過ぎるのか、溶けた油脂が漏れて来るんですが」なるトラブルに対しては、ガツ〜ンとひと言、
「もっと奥の奥まで挿入せにゃあ!」と。うひぃ、分かりまちた(×_×)

(思いついた)名言その2「座薬、腸に深し」←「良薬、口に苦し」のノリ

腕組みして眼を閉じ、ワタシの説明をうんうんと頷きつつ静聴してたセンセイが「1回の薬量が多いと思い、カッターで半分に切って使ってました(←正直言うと1/3に切ってたけどよ(=^_^=))」と打ち明けた瞬間、くわっと眼を見開き、
「挿入が浅過ぎる! もっと奥の奥まで入れにゃあ!」とやにわにヒートアップされたご様子にすっかり気圧されてしまうワタシであった(⌒〜⌒ι)

※本編における医師の言動は一部、脚色・誇張されている可能性があります。その点ご留意下さい。

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☆『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗(1966)』☆

20日(水曜)。昨夜に続き、セルジオ・レオーネ(←なんかト※タとス※ルの“名車(?)”を繋げたような名前やね・・)監督による『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』を観た。昨夜の前作(1965)は「CMなし2時間コース」なわけだが、本作は「CMなし3時間コース」と来た・・うーん、膀胱にすこぶる良くない感じ、、TV画面が(経年劣化で)緑色に変わり果ててるし(=^_^=) さすがに連夜、立て続けに鑑賞すると、ヴァーチャル(仮想)感覚が異常に高まってしまい、妙に疲れますわ(×_×)

前作では2人のガンマンが敵となり味方となりつつ巨悪(?)に立ち向かって行く(まぁ、賞金目当てってな理由が全面に押し出されてるが)ストーリーだったが、今回は3人の男がそれぞれ「善玉」「悪玉」「悪党」の役割を担って互いの運命を絡ませ合い、最終的に20万ドル相当の金貨(=お宝)を目指し死闘を繰り広げる展開であり、やや「(金銭度外視の)男のロマン度」は低下した印象を受けた。んで、登場キャラは次の3者。
○クリント・イーストウッド演じる“善玉”ブロンディ:さほど好戦的でもない。クールなようでいて意外と苦労&回り道多き人生。
○リー・ヴァン・クリーフ演じる“悪玉”エンジェル・アイ:「北軍の下士官」なる肩書も持つ。好戦的で、私利の為なら手段を選ばない。ええトコ取りな人生を効率的に闊歩する。
○イーライ・ウォラック演じる“悪党”トゥコ:3000ドル相当の賞金首。裏切った相手を許さないタイプ。調子が良いが失敗も目立つ。
この中で、トゥコがとにかくクセの強いキャラ(遊撃的な役回りで一番楽しそうだが)であるため、引き換えにクリント&クリーフの存在がちと後退した印象も(・ω・) また“連続ドラマ”ぽいテイストを持ち、物語のあちこちに「イベントを思わせる演出」の配されてたのが面白かった。ブロンディ&トゥコの「入隊シーン」や「ブランストン橋での戦闘シーン」など。

そう、本作の(時代)背景には「南北戦争」が重くのしかっているのだ。グラント将軍率いる「青い軍服」の北軍、とリー将軍率いる「灰色の軍服」の南軍。劇中では「南軍は腰抜け、北軍は金持ち」なる台詞もあったが、ブランストン橋の場面などから感じたのは「決定的な戦力差はなく、膠着状態の戦地が多かったのかも知れない」と言う勝手な印象(想像)である。
「悪の道に走り、その結果、国を乱す者」がいる一方「戦に身を投じ、その結果、国を乱す者」もいた時代。善悪の基準が混沌としてたそんな時代に善悪の価値観の異なるガンマンらを投げ込む・・考えたら、こんな面白い(?)世界観&物語設定ってば他に類を見ないかも知れない。

ラストは、お宝の隠されているとされる「サッドヒル墓地」の広場に3人が集結、3方に広がって撃ち合う「三角決斗」が展開される。3人が左右のどちらを狙って銃を抜くのか、初めて観る時には、失禁しそうなほど緊張しちゃう名場面であると言えよう(⌒〜⌒ι) 決斗終了後の3人の表情をストップモーションで捉え「悪党」「悪玉」「そして善玉」と表示する演出も何ともコミカルで良かった(=^_^=)
映像的には、橋が吹っ飛ぶシーンで、画面奥の橋から手前右下の辺りまで破片(木片?)が飛んで来るのが凄かった! CGなんぞ使ってない時代の作品だし、あれってマジに撮影スタッフが凍り付いたんじゃなかろうか? と勝手に妄想も膨らむ次第。
そうそ。終盤でブロンディーがトゥコに銃を突きつけ「掘りな(go ahead)」と命令する台詞に笑ってしまった。後年、俳優としてのクリント最大のヒットキャラとなる『ダーティーハリー(1971〜)』シリーズでの主人公(=ハリー・キャラハン刑事)の決め台詞が「go ahead,make my day:やれよ、受けて立つぜ」だったもんで。ルーツは案外この辺にあるんかも知れませんねぇ(=^_^=)

〜 こんな台詞もありました 〜

トゥコ「裏切り者が死のうと嵐は来るのさ」
   「俺は飢えを凌ぐため、生きるために悪党となった。
    (神にすがる道に逃げるより)悪の道に走る方がよほどきついぜ。
    まさに生き地獄だったさ」 ←兄のラミレス神父に毒づく
   「(相手を)撃つ前にはベラベラ喋るな」

大尉「この戦争では酒が一番の武器だ、瓶に闘志が入っとるからな。
   そして上官は部下を酔わせ、その死の恐怖を麻痺させるのだ」
  「勇気を奮ってこの橋を爆破しておれば、何千もの虐殺を防げた・・」

追記:なお、ネイティヴ・アメリカンが一切登場せず、保安官が殆ど劇中で機能(活躍)しないのも『夕陽のガンマン』シリーズの特色ではある(・ω・)

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2006年9月20日 (水)

☆『夕陽のガンマン(1965)』☆

19日(火曜)の鑑賞。今週はセルジオ・レオーネ監督作が特集される衛星第2☆ 折角、放送開始直前の帰宅(20時前)が間に合ったってのに、家人が台所のTVで「皇室大百科スペシャル」とかナントカ言う、下世話な番組を観てたため(←決して皇室批判ではありません。バラエティ番組化させてる某局を批判してるだけです)冒頭のみ、観逃すのだった・・ぐふっ(×_×)
レオーネと言えば、最近になって知ったのが「生涯わずか7作品」と言う、スタンリー・キューブリックどころじゃない寡作ぶりである!(因みにキューブリック監督は16作品と意外に多い・・マイナー作も含むが)
そんな中、前にも観たことあるけど、今回もやっぱし観てしまった『夕陽のガンマン』。クリント・イーストウッド&リー・ヴァン・クリーフの2人のヒーロー(ってか両者とも善人とは言えぬ単なる賞金稼ぎだけど)が、ときに裏切り、ときに出し抜き、ときに挑発し合う・・そんな独特の緊張感とユーモアの冴える佳作である☆ ラストの砦(隠れ家?)での銃撃戦シーンは何度か観たことあるが、今回初めてモンコ(クリント)とダグラス・モーティマー大佐(クリーフ)の初対面の場面を観ることが叶い嬉しかった。
互いの靴先を踏みにじる行為からスタート、次に帽子を撃ち飛ばし、早撃ち&長距離射撃の腕前を競い合うのだが「それって、銃の照準狂ってたらどうすんのよ」とか「そこで、瞬間的に横風吹いたらどうなんのよ」とか妙にリアルな方向に意識が走ってしまい(=^_^=)、監督の狙い以上に観てて緊張してしまった。。
2人が「old man(老いぼれ)」「kid(小僧)」とぶっきらぼうに呼び合うのも字幕放送ならではの「耳サービス」である☆ 女性が殆ど登場しない世界観、インディオと言う大悪党にもそれなりの「悔悟の念」みたいなものが心中にあったのか・・と思わせる静かな眼差しの描写、クリント映画の定番(?)とも言うべき“主人公らがリンチに遭うシーン”など、結構ダレずに楽しめた次第。
ここでも私的に思ったのは「(青年期のクリントにかなり似てる)ヒュー・ジャックマンよ、若いうちにポンチョをまとい、西部劇に主演しなさ〜い!」ってことだろうか。
サム・ライミ監督の放った『クイック&デッド(1995)』の時も「新時代のウェスタンの登場や!」って感じでちょっと興奮したものだが、SF系にも恋愛ドラマにもある程度の限界がみえて来てる現在のハリウッド。今こそ、スタイリッシュなウェスタンの復活を! ・・って感じでどないなもんでっしゃろ?!(あ、ワイヤーアクションは禁止ね、念のため(=^_^=) 代わりに2丁拳銃と爆発とハトは許す(=^_^=))
ってことで、明晩は『続・夕陽のガンマン(1966)』が放送される、ワ〜イ。残業がなければ観ようっと(この作品もラストのオチは知ってしまってるンだが・・)

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2006年9月19日 (火)

☆だら〜んと連休終わる(×_×)☆

18日(月曜/祝日)。早起きし、イキイキと「連休最後の1日」を楽しむぞ〜!
・・と思ってたのに、起きたのは午後1時を過ぎた頃だった(×_×)

遅過ぎる朝食を食べつつ、TV大阪で放送されてた『WRC(世界ラリー選手権)/ラリージャパン』の特番(?)を途中から観る。
第11戦ってことで、この前に北海道で開催された内容のダイジェストだ☆

「シトロエン・クサラ」と言う小振りなマシンがダントツでトップをもぎ取った印象だったが、余り(WRCに)詳しくないワタシから観ても「スバル・インプレッサ」はボディサイズが大き過ぎるように思えた・・か。
次のインプレッサはボディをハッチバック(ホットハッチ)型に転換する、との憶測(?)も浮上しているが、それも賢明な判断かも、と現行型の走行を観てる限りは感じた次第。
(因みにシトロエンは次に「C4」をWRCに投入する予定だそうだ)

にしても、WRCの映像はホントに興奮するし素晴らしい! 直線だと時速140km以上で走らせるようで、ドライバーって瞬きしないのか、汗で掌がベタベタにならないのか(←それはオレか)、腰痛が出ないのか(←それもオレか)、アクセル踏みっぱなしの右足が疲れないのか、ホンマに驚異的である。
ゴール直後のマシンのホイール隙間から(ブレーキ)キャリパーの炎上してるのが見えた映像も凄まじかった!

すっかり舞い上がってしまったワタシは、すぐさま愛車でドライヴに出かけることとしたのだった(=^_^=) ←こういう状態下のサンデードライバーってもっとも事故率が高くなってるはず(=^_^=)

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2006年9月17日 (日)

☆『ユナイテッド93』☆

※この評は『シネバカ日誌/フリシボットル』にて公開されていた内容の再掲載です(サービス終了に伴い8月末で削除)。現在も劇場公開中であることから、内容を読み返した上(必要により一部修正の上)でもう一度載せることとしました。
これから鑑賞される際の参考となれば、と思います。

8月26日(土曜)、自室にこもり「溜まりまくってる」新聞関係をさばき切ったる!! と考えたものの、夕刻に車検あがりのクルマを引き取りに大阪市内まで行かなきゃならんこともあるし・・と考え、映画を観に行くことに。
一番観たかった作品は『スーパーマン・リターンズ』、次が『時をかける少女』だったが、結局観たのは“2001.9/11”を描いた映画の1本である『ユナイテッド93』となる。『ボーン・スプレマシー(2004)』(←未見・・)の監督であるポール・グリーングラスが描く、ハイジャック機内を舞台とした「極限の条件下で繰り広げられる人間ドラマ」。
因みに字幕担当は戸田奈津子氏(・ω・) お忙しいことで。。

「アラーフ・アクバル(神は偉大なり)」
朝。某ホテルの客室でサウジ男性がコーラン(イスラムの経典)を復誦するシーンから物語は幕を開ける。やがて他のメンバーがサウジ語で彼に呼びかける・・「時間だ」
そして異国人らはニュージャージー州・ニューアーク空港へと向かう、余りにも暴力的な「殉教」を決行するために。

「NY上空、異常なし」
テログループ(4人)に続き、乗務員、乗客が同空港の17番ゲートに集まる。サンフランシスコ行「ユナイテッド93便」に搭乗するために。予定では5時間25分後、彼らは無事に西海岸に下り立つ筈であった・・
管制センター(ハーンドン、ボストンなど)こそ「危機感」と言うアンテナを素早く立て、空域閉鎖の必要性にまで気を回すのだが、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)やFAA(連邦航空局)など、本来テロ(当初の解釈は「同時多発ハイジャック」だったが)解決に向けてのスピーディーな決断が要される機関の「もたつき」が目立った。
結局軍部が動き出すのは「NY世界貿易センタービル/ノースタワー」「同ビル/サウスタワー」「国防総省」・・そして「93便」が墜落(ペンシルベニア州シャンクスビル郊外)してからのことである。全てが後手に回ってしまった、そんな印象が否めない。

以前に同じ日(9/11)を題材としたドキュメンタリー映画『華氏911(2004)』を観て、“そのとき、彼(合衆国大統領)がどこにいて、何をしていたか”を知ったワタシとしては、「ああ、ここでこういうことをしてて、大統領承認が遅れたんやなぁ」と複雑な気持ちにもなってしまった(とは言え、大統領決断が必要とされたのは「戦闘機によるハイジャック機の撃墜」なる指令だったのだが)。

マンハッタン上空でレーダー上から「アメリカン航空11便」の機影が消失、やがて民間TV局(CNN)が放送する、黒煙を吐く「ノースタワー」が映し出される。そして間もなく、ニューアーク管制センターのスタッフらは「サウスタワーに旅客機が激突する瞬間」をハドソン川の対岸に目撃する。
・国内便:全て最寄りの空港に着陸
・国際便:米空域に入らぬよう追い返す
とそれぞれの対処は決まるが、なかなかFAAの態度が煮え切らない。
「必要なのは行動だ!」「滑走路への進入許可をとれ! 相手(空港)の言いなりになるな!」「FAAなどクソ食らえだ! 無視しろ!」
各管制センターで苛立ちが高まる。

「取りかかろう」
正確な情報も届かぬまま離陸した「93便」の機内で、テログループがいよいよ行動を起こす。手製爆弾で乗客を脅し、操縦室を制圧したリーダーの男は操縦桿(?)に“標的の写真”を貼付ける。それこそは「合衆国議会議事堂(※実際には「ホワイトハウス」標的説もあり)」だった。首都ワシントンへの到達は約50分。やがて機内では乗客が団結し、テロ撃退に動き出す。
「待っていても助けは来ない、我々でやるしかない。武器になる物を集めて欲しい」
ナイフ、フォーク、熱湯、消火器・・CA(キャビン・アテンダント:客室乗務員)により集められた武器が密かに乗客の男たちに配られる。操縦室の確保のみに意識の殆どを注いでいたテログループにとり、乗客の団結&反撃は想定外の事態でもあった。
「爆弾を取り上げたぞ! やっぱり※※※※だ!」
キャビン内でテロリスト2名を倒す乗客ら、勢いづいてカート(台車)を何度もぶつけ、遂に操縦室の扉を打ち破る。
そして乗客の中には操縦の出来る者もいた!
テロリストのリーダーは覚悟を決め操縦桿を倒し、「93便」を急降下させる。
「操縦桿を確保したぞ! 上げろ!」
自分たちの手でテログループを制圧した男たちが勝鬨(かちどき)を上げる。
しかし既に、ほぼ垂直に墜落する操縦席の窓には、恐ろしい勢いで目前に迫る地表が映し出されていた・・

乗客らの言動のどこまでが真実なのかは分からない。ただ管制センターのスタッフなど、重要なキャラを演じる出演者の何人かに「本人(as Himself)」を起用、遺族にも「乗客本人から架かった“最後の通話”の内容」を徹底してリサーチしたと思われる、生々しくも真実を思わせる演出(台詞)が、総じて「慎重に、真面目に、制作された作品」と言う鑑賞後の余韻(決して悲しいだけではない印象)を与えてくれた。
「You call your people(これを使いなさい)」と、隣の座席の(面識なき)女性に自らの携帯電話を手渡す夫人。
「もし助かったら、この仕事は辞めるわ」仲間に自らの心境を吐露するCAの女性。
そして客席に飛び交う乗客らの“最後の電話”の声・・
「心から愛しているよ、さようなら」

追記1:恥ずかしながら、93便に邦人が1人搭乗していたことを初めて知った。当時早大生だった久下氏。改めてご冥福をお祈りしたい。
追記2:9/11に犠牲となった航空機については下記の通りである。
08:46墜落 アメリカン航空11便(ボストン⇒ロス) 乗客・乗員92人
09:03墜落 ユナイテッド航空175便(ボストン⇒ロス) 同65人
09:37墜落 アメリカン航空77便(ワシントン⇒ロス) 同64人
10:03墜落 ユナイテッド航空93便(ニューアーク⇒サンフランシスコ) 同45人(44人との報道もあり)
追記3:ウィキペディア(Wikipedia:Web上のフリー百科事典)の情報によれば、地表には時速580マイル(約930km/h)の猛スピートで激突したとのこと。
もう少し時間があれば・・もう少し・・と悔やまれてならない。私的には悲しみ以上に、痛恨の念の大きく膨らんだ作品である。

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☆『電車男(2005)』☆

16日(土曜)に鑑賞。昨年劇場公開の作品が早くも(?)地上波に登場☆ 原作版(小説)は未だに読んでないが、ワタシってば結構「ネットを軸にした物語」が好きなのである。そして、それらには意外に「秀作が多い」とも思う(・ω・)
古くは『ハル(1996)』そして『ユー・ガット・メール(1998)』や『リリイ・シュシュのすべて(2001)』など・・。「大画面(スクリーン)でパソコン画面のメール文をそのまんま目で追わされてもしょうもないだけやろ!」とも冷静に観たら思える訳だが、描き方&演出が巧いのか、(ついひいき目に観てしまうのか)意外と失敗作ってば少ないんじゃないかな〜などと。
勿論、主人公たちが揃いも揃って美男美女だったり、とリアルさに欠けるトコはある訳だけど(=^_^=)

この映画『電車男』では、珍しく「終始匿名さん状態(本名不詳)」の男女(山田孝之&中谷美紀)が出会い、恋を実らせてゆく。
劇場でも観たけど、やっぱり今回も“電車男”がネットの住人ら(いわゆる2ちゃ※ねらー)から得たアドバイスで「徹底改造(服装、髪型、食事のセンスなど)」した後の姿に「何やキミ、カッコええんやんか!」と心で突っ込んでしまった。リアルなオタク野郎はああもスッキリと変われないものなのである(・ω・) ちょっと美化し過ぎな感じですな、うん。
ヒロイン=エルメスさんを演じる中谷。『約三十の嘘(2004)』がなかなか良かっただけに、本作で受ける「やや老けた感じ」が良くないな〜今後が心配だな〜・・と不安に思ってたんだが、見事その後の『嫌われ松子の一生』で弾けまくってくれました☆ なんかもう今や「アネキ! 何処までもついて行きますゼ!」なひいきな女優さんの1人でございます(=^_^=)

2人の恋をサポートする面々に、佐々木蔵之助(お疲れサラリーマン)、国仲涼子(女性看護師)、瑛太(引きこもり青年)、木村多江(iBookを使う(=^_^=)倦怠期な主婦)など。近作『嫌われ〜』でも“共演”することとなる中谷と瑛太の関係は「新発見」って感じで(今回の鑑賞にあたり)面白さのアップした要素に思えた☆
暴れ過ぎなおじさん=大杉蓮、単なる店員さん=田中美里、単なるエルメスの友人=西田尚美、など意外にキャストが豪華なのはマル。サポートする面々の中にも幾つか「ニアミス」や「共通項」の盛り込まれてるのも良かった(←そういう「群像劇を殊更アピールせんとする演出」が好きである、ワタシ(=^_^=))

本編をざらっと見渡したトコでは、
○年齢(=彼女いない歴)22歳の主人公(電車男)・・キミなんぞ、まだまだ甘い(=^_^=)
○流石に皆さん、タイプのスピードが速い!
○「ウザ系カキコ(書き込み)」を徹底的に排除☆ 「参加者はみんなイイ奴」と見なしてる掲示板・・それってリアルさに著しく欠けるぞ(=^_^=) ←モデルがかの悪評高き「2ち※んねる」だし(⌒〜⌒ι)
○電車男の『マトリックス(1999)』決め打ち評価・・「続編もいいけど、やっぱりコレですよ」・・その通り!(=^_^=)
○自発的スキンシップの数々・・エルメスさんもある意味、エキセントリックですです(×_×) ←その言動にそこはかとなく「慈愛」が漂ってましたけどね。
○「百式Tシャツ」「ツインファミコン」「マッキントッシュ・クラシック」・・時折飛び出すオタクなアイテム群に萌える萌える!(=^_^=)
○終盤、アキバの路上に倒れたまま放置されてる自転車、所有者は?
○「家族構成」や「自室以外の自宅内」が全く不明(描かれない)な電車男。実はとんでもなくエエとこのボンボンかも、と邪推したり。
○「電車男」と名乗りつつ「電車オタク(≒鉄ちゃん)」ではなかった様子の主人公・・
ってトコが目立ったかな。まぁ別に評価を著しく上下させるモノではござんせんが(・ω・)

〜 こんな台詞がありました 〜

リカ「みんな、最初は震えるんだよ」 

エルメス「大丈夫・・ちゃんと掴んでますから」
    「返事が早すぎますよ、ちゃんとお仕事して下さい」
    「頑張って」 ←この時の表情がええんですわ☆
    「あなたは・・何でもないささやかなことを嬉しく、幸せなことに変えてくれる」

ミチコ「女って土壇場で手のひら返すから」

3人組「みんな、同じ光を見ているんだ」 

ヒロフミ「(オレたちを)超えたな、電車」

追記:
1)街頭で「新製品のメンズウォーター(試供品)」を手渡して貰えない主人公(電車男)。ワタシの場合、逆に梅田界隈で「アンケート調査のおねいさん」に声を掛けられてしまった、それも本日(×_×) あの手のんに声を掛けられる(目を付けられる)のも「イケてない奴」の指標なんじゃないか、と(・ω・) 毅然と歩いてたら、捕まりませんもんね。。
2)「無人のホーム」で電車男と同胞たち(?)が対峙するシーン。何処となく『マトリックス』風な近未来映像にもみえたり。
3)本作の「男女逆ヴァージョン」が観てみたく思ったり。一見地味で不細工な処女(←なんですぐそれを条件にするのか)の女の子がイケメンの王子さま(?)と巡り会うハナシ。舞台は「大阪・日本橋」か「名古屋・大須」界隈なんぞをきぼん(・ω・)
4)「百式Tシャツ」に対抗し(?)「百武(ひゃくたけ)Tシャツ」ってのはどうでしょ(=^_^=) ←誰か既に作ってそやけどね。。
5)社名がもろに登場のJ※Bさん、「あの台詞」を苦々しく思うのかどうなのか。。

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2006年9月16日 (土)

☆『アクシデンタル・スパイ(2001)』☆

13日(水曜)。30分遅れぐらいで、衛星第2で放送されてたジャッキー映画『アクシデンタル・スパイ』を観た。積極的にジャッキー・チェン主演作品を観るのは久しぶりな気もするが、物語も終盤に差し掛かり、やっとそこで「以前地上波で観たことあるな〜」と気づいた次第(・ω・) 他意はない私見だが、近年のジャッキー映画って大体どれ観ても一緒のよな気がするし。。
ただ本作、ホームタウン=香港で制作されたってことで、ハリウッド系出演作品に押し並べて流れてる「空気感」と言うか「(クンフー映画ファン以外の層に)配慮してる感」が当然なく、やりたいアクションにイキイキと(肉体的年齢相応に・・)取り組んでる楽しげな印象を受けた。

ストーリーは中国⇒韓国⇒トルコ・イスタンブール⇒イタリア・ヴェローナ(←最後だけ)・・とロケ地を次々に変えて展開されるが、お約束(?)の「全裸で人混みの中(それも混雑した市場内!)を走り回るシーン」も盛り込まれてて、苦笑させられる(全裸になってしまう流れ(=「仕組まれた」必然性(=^_^=))が『ラッシュアワー(1998)』そっくりな気もしたし)。
ユエンと言う青年(と言ってイイのか?)を演じるジャッキーが謎の大富豪・パク氏(何となく竹中直人+田中要次っぽい容貌)の意志を継ぎ、巨大な暗黒組織に追われつつ細菌兵器「タンソ2(炭疽菌?)」の在処を探しスパイっぽい活躍をする・・って展開。
墓碑に刻まれたメッセージ「Wait for me」が実は「924836763」と解読出来る暗号文だったり、何気なく身に付けたパク氏の遺品=ロザリオが思わぬ役に立ったり、とそこそこに想定を超える(←甘いか?)演出が楽しめた。余りに幸の薄いヒロイン=ヨン(ヴィヴィアン・スー)の儚さもちょっとキュンと来る感じがしたし(←やはり甘いか?)
敵ボス=ミスター・ゼンが何となく「ただ者じゃなさそう」な気がして、ラストバトルで回し蹴りとかバンバン放って来るタイプのしとかな〜と思いきや、あっさりベンツから車外放出されてしまったり(×_×)←ただ者かよっ! ちと寺※康文っぽいおじさんで好感度高かったけど(やってることエグいけど)。
んで、後半からはいきなり『スピード/トルコ篇』って感じで暴走タンクローリーが“軸”となって来る。
何とももの凄い「転調」ではあるが、そう言う意外性もまぁアリかな。

ところで、ワタシは昔からブルース・リー派なので、ジャッキーのふざけたようなキャラや、なかなか決着のつかないダラダラした格闘戦がイマイチ好きになれなかったんだが・・リーの「シリアステイスト」「時短バトル」をある意味“忠実に継承”してる(と勝手に受け止めてる)ジェット・リーの主演作品群を観るに・・「重い・・重苦しい・・」と感じてしまうことが多い。
例えば長寿アニメ『ルパン三世』がシリアス路線(パート1)からコミカル路線(パート2以降)にやや演出を修正、その後も(今に至る)息の長い作品となっていることを考えたら「マンネリでもいい、コミカルに生きて欲しい。」って感じで開き直って作品を作り重ね、演じ続けた方が“長い目で見たら成功”と言えるのかも知れないかな、と思ったりもした次第だ。

〜 こんな台詞もありました 〜

神父「まず目の前の(苦しんでいる)1人を助けなさい、後のことは神のご意志に委ねなさい」

CIAエージェント「組織を抜ければ殺される。何故ならば彼らは死人しか信用しないからだ」

ユエン「楽天家にでもならなきゃ、生きてられない」

追記:
・前半、中国から韓国入りをする主人公。大陸(地続き)なので「クルマでOKなんやなー」と改めて新鮮な驚きを受けた(・ω・)
・細菌兵器の説明で「茶さじ1ぱい程度で村1つが全滅する代物」なる台詞があり、その小規模な表現にちと苦笑させられた。。

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2006年9月13日 (水)

☆『X−メン(2000)』☆

3日(日曜)に鑑賞。地上波放送は確か2度目と記憶している、たぶん(・ω・)
人類の“突然変異種”であるミュータント(異端者)たちによる、世界の命運をかけた壮大な戦いを描いたシリーズ第1弾。
分かりやすく言えば、
“プロフェッサーX”ことチャールズ・エグゼヴィア(パトリック・スチュワート)率いる「善のミュータント軍団」と
“マグニートー”ことエリック・レンシャー(イアン・マッケラン)率いる「悪のミュータント軍団」がニューヨーク界隈を舞台に戦う。
「そう遠くない未来」の物語だが「自由の女神」を擁するリバティ島の対岸(マンハッタン)には「ワールド・トレード・センター(ツインタワー)」がそびえ立っており複雑な思いがした・・

“ローグ”ことマリー(アンナ・パキン)は触れた相手の生命力を吸い取る少女。自らの恐るべき能力に怯え、家を飛び出してしまう。彼女が辺境の町で出会ったのが、アングラ格闘家(?)として腕を鳴らす、記憶喪失のヒゲ男“ウルヴァリン”ことローガン(ヒュー・ジャックマン)だった。
「ミュータントに対する人々の正しい理解」の得られることがない近未来社会、手の甲から特殊合金(アダマンティウム)の爪を伸縮させることの出来るローガンはついに正体を知られることとなり、町を追い出されてしまう。
マリーは彼と道中を共にすることに決めるが、そんな2人に巨漢ミュータント“セイバー・トゥース”が襲いかかる。2人の危機を救ったのは、そこに現れた2人のミュータント=“ストーム”ことオロロ・モンロー(ハル・ベリー)と“サイクロップス”ことスコット・サマーズ(ジェームズ・マーズデン)だった。
ローガンとマリーは“善のミュータント”の基地に案内される。そこは“プロフェッサーX”の主宰するミュータント養成校「恵まれし子らの学園」であった。
教授の説明により、ローガンは「戦い」が始まったことを知る。そして自らの記憶を取り戻すため『X−メン』の一員となる・・そんな流れだろうか。

前回観た際は、とにかく人物名が多すぎて疲れちゃった印象(×_×) データとし、1人につき「ミュータント名」「役名」「俳優名」の3つが並ぶワケで。。今回はその辺りが(2度目の鑑賞のため)記憶の中で整理されててスッキリ観られた☆
色んな特殊能力を持つ超人が集まるが、それぞれに長所が限定されており、結束しなくては巨悪に立ち向かえない、と言う設定が何とももどかしくて(=^_^=)魅力的☆ 善側と悪側でそんなにパワー差のある訳ではないが、善の方が「出来る限り常人(一般市民)に配慮、これを傷つけぬよう心掛けねば成らない」みたいな“不文律(決まり)”があるため、どっちかと言うと暴れまくれない感じ(・ω・)
登場キャラでは、ジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)、ミスティーク(レベッカ・ローミン・ステイモス)、トード(レイ・パーク)の3俳優が個性的だった。
「ファムケ〜、カニバサミ攻撃みせろ〜い!←『007/ゴールデン・アイ(1995)』」とか「レベッカの素顔が観た〜い!(←ファンから同様の声が多かったか(?)続編(2003)では“素レベッカ”が少し拝める♪)」「“ダース・モール”演じてたのはこやつか!←『スター・ウォーズ・エピソード1(1999)』」とか、色んな楽しみ方の出来る作品ではある(・ω・) 

続編ではぐっとキャラ重要度が下がっちまうんだが、本作におけるアンナ・パキンは可愛くて良かった☆ ピアノ・レッスンしたり(1993)、鴨と飛んだり(1996)してる間に大きくなったんやねぇ・・しみじみ。しっかし、(役の上でだけど)ボーイフレンドがちょっとキスしただけで“3週間昏睡状態に陥った”と言うから恐ろしい。「人肌やんちゃ棒」で「ここに書けぬいたづら」なんぞした日にゃ、きっと『スペース・ヴァンパイア(1985)』な事態が必至だな(⌒〜⌒ι)
終盤では『メン・イン・ブラック2(2002)』でもネタになった「アレの掲げるアレ」から妙な光線が広範囲に射出される・・何やら「ひとたび人間が浴びると突然変異(ミュータント化)を起こすが、ミュータントが浴びるぶんには平気」みたいな「イマイチすっきりしない仕組み」なんですけど。。
まぁ、その最終対決のくだりでミュータントらがそれぞれの能力を出し合って主人公(ローガン)をサポートする、って演出が「正義・友情・団結」って感じで(←「週※少年ジャ※プ」みたいや・・あ、あっちは「友情・努力・勝利」でしたか)なかなかにハートフル☆

ときに、本作観てて思いついたのが“アレ”の実写映画版である『009』なんだが・・どうだろ? キャスト(ちゃんとケチらずに多国籍化すること!)陣さえしっかり固めたら、結構カッチョ良く仕上がるんじゃないだろうか。ってか、失敗したら単なる『ストリ※ト・ファイタ※(1994)』ですけんど(=^_^=)

追記:基地内の最高機密ブロック(深層部)に『セレブロ(脳波増幅空間)』なる装置があるんだが、そこに通じるでっかい扉が“プロフェッサーX”本人の角膜認証でしか開かない筈なのに、ミスティーク、ジーン、スコットと3回もシステム突破されたのが笑えた。ちょっとセキュリティ見直せよな、みたいな。

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2006年9月10日 (日)

☆『トランスアメリカ』☆

9日(土曜)に鑑賞。気分転換に、マイナー作品を劇場に観に行ったもの。
次は『スーパーマン・リターンズ』や! と心に決めつつ、なかなか観れない状況。そうしてるウチにDVD版がとっととリリースされちゃう気もする(・ω・) 『マイアミバイス(←予告編で流れてる曲がええ感じ)』とか『グエムル/漢江の怪物(←怪獣系特撮が好き)』も気にはなるし・・
さて本作。「少年時代から性同一性障害(GID)に悩み、いよいよ性別適合手術(SRS)を1週間後に控えた主人公=サブリナ・クレア・オズボーン(愛称:ブリー、元の名はスタンリー・シュパック)が、17歳に育った息子トビー・ウィルキンズの存在を今になって初めて知り、戸惑いつつ彼と共にニューヨークからロサンゼルスまでの大陸横断(TRANSAMERICA)の旅をし、その中で互いの個性や生き方を理解・尊重しようと努めて行く」・・そんな感じの展開と言えようか。
観終わってから気付いてびっくりしたのが、下記それぞれ。
○本作の製作総指揮は、個性派俳優のウィリアム・H・メイシー
○主人公ブリーを演じるフェリシティ・ハフマンとメイシーは実際の夫婦
○2人は映画『マグノリア(1999)』でも共演していた
そんな情報により、妙に自身の中で付加価値の高まってしまった本作でもある(=^_^=)
「R-15作品」ってことで、劇中でしばしばP(男性器)がモロ描写されるのもある意味新鮮&衝撃(・ω・) (映像&台詞を)編集すればR指定は外せたろうし、外して家族(親子)で観るようにすべき映画かも、とも思った訳でちと歯がゆい感もあったか。
自らの股間について「見るのもうんざり」と劇中でおっしゃってたブリー役のフェリシティさん。第78回アカデミー主演女優賞ノミネート(残念ながらリース・ウィザースプーン『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』に持ってかれちゃいました・・)をはじめ、数々の賞に輝いた通り、自然に「女性になりたい男性」を演じてられます。序盤などその外見&仕草に『トッツィー(1982)』のダスティン・ハフマンかよっ! と思いましたもん。←あ、正しくはダスティン・ホフマンか(・ω・)
因みに、タイトルには「米国内で性をまたぐこと(トランスセクシュアル)と大陸をまたぐこと(トランスアメリカ)」の二重の意味合いも込めてるんやろな、などと分かったようなことを決め打ちたい。
女優陣が押し並べてイケてない代わり(←私見)、男優陣がいずれも魅力的な本作。
○トビーを演じた“新星”ケヴィン・ゼガーズ。ルックスは確かにイイが、あの「髪質&分け目部」から受ける印象が、将来的な(頭髪面の)不安をもかき立てる。。
○道中で出会うネイティヴ・アメリカンの血を引く男、カルヴィン・メニーゴーツ(演じるはグレアム・グリーン)。言動の1つ1つがいちいちカッコ良かったッス! トビーが「あんたの驚く秘密があるんだぜ」とブリーについて思わせぶりに言うのを制し「どんな女性にも秘密を持つ権利はあるさ」と涼しげに言い放つ。いや〜渋いね〜。
○道中で出会うヒッチハイカーの若者。名前も覚えられなかったが(・ω・) なかなか好印象。『テルマ&ルイーズ(1991)』や『トゥルー・ロマンス(1993)』辺りで火の点き出した(?)ブラッド・ピットのようにいつかブレイクして欲しいもんだ。せっかく遊泳シーンで全裸になってくれてた訳だし・・(股間も見えます(・ω・))
○女性陣ではブリーの妹シドニーを演じたキャリー・プレストンさんに好印象。性格がかなりねじれてるのに、憎めなくて魅力的なトコは不思議(=^_^=)

後半、事情によりブリーはトビーを連れ、実家に戻る。息子の変貌ぶりに当惑する父と母、そして興味津々な妹、あと股間を舐める犬(←は関係ないか(・ω・))。観客の視点からすると、オズボーン家の全員が「血は争えない」つーか、皆が皆エキセントリックであることに苦笑させられる。

劇中に答えは用意されてないし、物語もやや「含み」を残したまま幕となるのだが「自分らしく生きるって何だろ?」「家族って何だろ?」と漠然とでも考えるきっかけになれば、現代日本の「押し並べて崩壊気味な家庭」に対するクスリ(≒再建のヒント)にはなるかも知れんな〜とふと思ったものだ。

〜 こんなセリフが残りました(=^_^=) 〜

ブリー「ホルモン操作は火遊びと同じね」
   「動物園では・・動物たちは不自由だけど、少なくとも安全よ」
   「先週なんて、もう大昔のことよ」
   「美は相対的なもの」

トビー「夢も野心もない連中と、このオレは違う」
   「会いたかったのは、オレの口とケツにだろ?」 ←やめなさい、と

トビーの悪友「クモの巣だらけのプッシーを喰わされるなよ」 ←こらこら

脱毛士のおばさん「罪人は、重いものだね」

父マレー「便所でエロ本ぱかり読んで育ったせいか、クソみたいなセックスばかりしとるよ」 ←おい!

【追記】
(1)過去、たった一度の女性との「交わり」にて、子供の出来ちゃったブリー。『ターミーネーター(1984)』におけるマイケル・ビ〜ン氏にも負けぬ「ヒット率」ですね(⌒〜⌒ι)
(2)トビーの主な罪状は「店でカエルを盗んだ」こと、そしてその保釈金はわずか「1ドル」。何かトボケてないか?
(3)当初「父と子の教会」から派遣された、と身分を偽るブリー。とっさに「父と子」の言葉が出るトコ、さらっとしつつ実に深いなぁと。
(4)『指環物語』の新解釈をまくし立てるトビー。「黒くそそり立った塔の向こうに溶岩をたたえた裂け目がある。フロドは裂け目に指環を棄てようとするが躊躇う。そこに現れたゴラムがフロドの指を喰いちぎるんだ・・まさにゲイの物語さ」としたり顔のトビー(⌒〜⌒ι)
(5)「日本じゃ、安いナイキ(靴)にべらぼうな値が付くんだ」「つーか靴を盗まれるどころか、忍者に内臓抜かれちゃうかもね」みたいな偏見系セリフが。。どんな国なんじゃい、わが祖国ってば(・ω・)
(6)終盤、ロスで男優デビューを果たすトビー。それにしても「D・リーヴス主演『牡牛たちの穴』」って一体・・(×_×)
(7)膣を拡張する器材、何故かその名は「キアヌ1〜3」(・ω・) 一般的には「クスコ」と呼ばれますけどね。。

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☆『スーパーマン、再び(1978)』☆

勢い良くぶっ立てたは良いが、なかなかに更新の歩みの鈍い、つーか鈍すぎる我がブログ。
ここらでちょいと気合いを入れ、気の抜けたことなぞだらだら書いてみたい(←どっちやねん、と)。まずは本家サイトの旧ページ「シネバカ日誌/フリシボットル」の終盤をささやかに飾りつつ、あっちぅ間にデータごと抹消されてしまった(=^_^=)『スーパーマン(1978)』について、も少しほじくり返し論じてみたい(まだやるか!)。
あ、新作『スーパーマン・リターンズ』のことじゃないのでご注意あれ(・ω・)

太陽に衝突、消滅すると言う運命の避けられない太陽系辺境の惑星クリプトン。科学者ジョー・エル(マーロン・ブランド)は乳飲み子である息子カルエルを脱出ポッド(クリスタル型)に乗せ射出、はるか彼方の地球へと送り出す。やがて地球に到着(墜落)したカルエルは親切なケント夫妻の子=クラーク・ケントとし育てられ、逞しい青年へと成長する。
ある日、ジョー・エルの“遺言”とも言うべきクリスタル(ポッドに同梱(?)されてた)の光に導かれたクラークは育ての母(父は既に病死)に別れを告げ北極へ向かう。かの地でクリスタルに封じ込められし真の父=ビトー・コルレオーネ・・じゃなかったジョー・エルの知識・記憶・遺志の全てを受け継いだクラーク(クリストファー・リーヴ)は“超人”としての能力に覚醒、大都会メトロ・ポリス(どう見てもニューヨークな感じ・・)へと飛ぶ。世界の平和を守るために・・そんな流れである。

「空を飛ぶ」能力を筆頭に、言わば完全無欠の存在であるスーパーマン。どうやら不老不死ではなさそうだが、とにかくヒーローとしては極めて優等生的存在だ。
「大きな視点」で活躍を展開する(国連に協力とか)と言うやり方もあろうが、彼の場合、正体を隠し真面目に働いたり、勤務先(デイリー・プラネット新聞社)のちとハイミスな感じ(?)の同僚ロイス・レイン(マーゴット・キダー)に憧れたり、メトロポリス「優先」で犯罪・事故の撲滅に尽力したり。国境を越えてまで貧困や戦争を解決に行くと言うこともなさそな様子(ま、キリがないだろうし)。

(今回、大人の眼で観て)改めて非常に重要な役と認識したのが、彼の前に立ちはだかる犯罪王レックス・ルーサー(ジーン・ハックマン)のキャラ。知能は凄いが、言うてもただの地球人である。
「高周波通信でスーパーマンに宣戦布告する」「2ヶ所で同時多発的に災害を起こす」「クリプトン産の隕石がその弱点と掴む」・・とそのアイデアがいちいち冴えている☆ 同じ地球人として、“よそもん”より同胞(?)であるルーサーの頑張りをこそ応援したげたくもなるってもんだ(おい、単なる悪党じゃんか)。

ときにワタシなりに勝手に思いついたネタが2つある。アイデアは盗用自由(筒井康隆著『天狗の落とし文』みたいやね)なので、誰かハリウッドにでもボリウッド(=^_^=)にでも売り込んで、作品化に取り組んでおくんさいよ。
(1)『ルーサー』・・好敵手レックス・ルーサー側から「世界征服計画の着手」そして「スーパーマン出現と言う誤算」により夢が潰えるまでを描く。ラストに法廷シーンを盛り込み「やり方の違いこそあれ、私は食料危機や環境問題を解決しようとしたまでだ! 国家がやれば国策で、個人がやれば犯罪なのか!」などとチャップリン映画『殺人狂時代(1947)』みたいな“アイロニー”をぶっ放して欲しい(=^_^=) 本人の獄中の語り(回想)のみで、スーパーマンの姿を「映像に一切出さない」って演出でも面白い。
(2)『S(エス)』・・ティム・バートン監督が描いた『バットマン(1989)』のように、スーパーマンの苦悩を徹底的に描く。メディアに「赤いケープをまとった服装倒錯のフリーク」などと叩かれたり、育ての両親を強盗から救えず心的外傷(トラウマ)を抱えたり、力余って犯罪者を死に至らしめてしまいその遺族に責められる・・とか。ラストは最大の理解者となるレックス・ルーサーに翻弄され、犯罪の片棒を担ぎそうになる・・のも面白いかと。

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2006年9月 6日 (水)

☆ブログを開設☆

してみました。
何せ初めてだし「こう言うピコピコしたものは何だかねー(おっさん口調)」って感じであんまし良く分かってません。
まぁ、ぼちぼち進めて行きます(・ω・)

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