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2006年9月29日 (金)

☆『シンシナティ・キッド(1965)』☆

25日(月曜)に衛星第2で放送されてたものを鑑賞。
ニュー・オーリンズの街(現在、未だ台風被害の爪痕が残っているそうだ・・人口も災害前の半分以下になってしまってるとか・・)を舞台に“伝説のポーカー王”ランシー・ハワード翁に闘いを挑む若き名人“シンシナティ・キッド”の運命を描いたもの。キッドことエリックを演じるのがスティーヴ・マックィーン。どうにも荒々しいイメージが強く、ポーカーフェースとかちゃんと出来るんか? と見くびってたら、なかなか堂に入った静かな表情してはりました。
って言うか、表情の中でも、マックィーンの「青く静かな瞳」のアップがなかなか良いんですね、うんうん。
この街の“ザ・マン(最強者)”になってみせる! と息巻く血気盛んなキッドであるが、どうやら真の最強者たるためには結局「運を超えた何か(・ω・)」が必要なようである。。んで、このキッドが実に「いい奴」なのである。。
コイン投げの勝負(裏表を賭ける)をたえず挑んで来る黒人の小僧を鮮やかに負かし「お前にゃ10年はやい」と諭しつつ・・ラストでは逆に負かされ「10年はやいよ」とほざかれてしまったり(←ああ言う心理状態ではホントは相手にすべきでない)、ポーカーひと筋のキッドに呆れ実家に帰ってしまった彼女=クリスチャンに会うため、はるばるルイジアナの田舎に出向いたり(←優しさより弱さがにじんでた感が)、勝負を組んだ“黒幕”たる成金青年スレード(←演じるのは若き日のリップ・トーン! 近年では『メン・イン・ブラック(1997)』の秘密組織のボス“Z”を演じてたおやっさんです☆)の「いかさまに協力するから必ず勝て。あの爺ぃの絶望する姿が見たい」なんてな言葉に「俺は実力で勝ってみせる、あんたの手助けなど要らん」と頑(かたくな)に突っぱねる態度・・などに「優しさ、甘さ、正直さ」が良く現れている。
6人で円卓を囲み開始されたスタッド・ポーカーの大勝負(資金調達は30分以内に、てなルールも説明される(=^_^=))は、瞬く間に参加者が脱落し、遂には(予想通り)キッドvsハワードの一騎打ちとなる!
私的にあんましポーカー自体に興味がないんで、ラストの辺りの駆け引きとか、十分に楽しめなかった感が強いが(←おい)、2人の表情がやはり良かった。マックィーンも勿論良いが、ハワード役のエドワード・G・ロビンソンの存在感も素晴らしい。自信があるのか、虚勢を張ってるのか、その辺りまでもがポーカーフェースに巧く隠されているし(⌒〜⌒ι)
なお、メインの部分には絡んでないが、本作で非常に重要な“軸”となっているのが、キッドの両脇に立つ2人の女性の“相反するキャラクター”であるとも言えよう。
1人は純朴だが垢抜けない田舎娘、クリスチャン。そしてもう1人は洗練された妖艶な女性、メルバ。ギャンブルに理解があり、キッドにお似合いなのはメルバなんかも(肉体的にもたっぷりと癒してくれそやし(=^_^=))・・と思わせつつ、ラストのラストでキッドははっきりと“運命の女”がどちらだったのかを知ることとなる。
「ああ、明日からはまっとうに生きるとすっかな〜」と思わず観てるワタシまでもがしみじみさせられてしまったものだ(←いや、お前はそのままで十分まっとうな人物です)。
どん底に叩き落とされてしまう主人公に一筋の光明が差すエンディング・・これこそが「真の幸福」なんじゃないか、とか思ってしまう。『自転車泥棒(1948)』のラストもちょびっと希望を与えてくれるが、本作も決して負けていないぞ! と感じた。

〜 勝負師哲学とか的な台詞群 〜

メルバ「あんた、怒るのが好きなんでしょ」 ←とオトコを挑発(・ω・)

某キャラ「女ってやつは・・いると厄介、いないと後悔」

スレード「高級趣味で、常に満足させてはやれない・・そしていつか離れて行く・・それが女って奴さ」

ランシー「弱い神経では、この長丁場には耐えられんだろうな」
    「顧みれば・・女には執着しない方がいい」
    「何なら君に(資金を)貸してもいい」 ←これって屈辱的(・ω・)
    「君も強いが、私がいる限りは所詮2流だ、肝に銘じておけ」←気を吐いてるねぇ

【追記】

http://www.bo-sai.co.jp/hurricanes.htm

↑ニューオリンズの現地状況について報告されてます。無断リンク済みません。

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