2012年1月 1日 (日)

☆『ワイルド7』☆

29日(木曜)の夜。
“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”で“ハシゴ鑑賞”して来た2本目が『ワイルド7』だった。
上映も終盤らしく、最も小さなシアターでの“レイトショー”コースだった。

集客もポツポツって感じかな。クチコミのせいやろか(=^_^=)

秘密裡に組織された“超法規的存在の特別警察組織”・・それが“ワイルド7”と呼ばれる、バイクにまたがった7人の男達である。

指揮官=草波警視正(中井貴一)の指令の下、これ迄に首都圏を中心に8件ものテロ事件を解決(=犯人殲滅)に導いて来た彼ら。
構成員の総てが“元・凶悪犯罪者”である面々は「悪党には悪党をぶつける」と言う草波の過激な思想が、そのまま具現化した存在でもあった。

そんな彼らの前に、謎の暗殺者(ヒットマン)が現れる!

高速道路上で某テロ事件の主犯(?)を追い詰めたその時、隣の橋梁から彼の頭部を撃ち抜いたのは、まだ年若き女性ライダーだった。

その姿を単身追った“ワイルド7”のフロントマン=飛葉(瑛太)は、彼女が海沿いのレストランに勤務する、本間ユキ(深田恭子)である事を突き止める。

ユキは、10年前の爆弾テロ“ユニバーサル・スクエア爆破事件”で家族3人を失って以来、ただひたすら“復讐”の2文字をのみ胸に抱いて生きて来たのだった。

彼女の狙う標的は7人。そしてその5人目に該当するのは、広域指定犯罪組織“M108号”の幹部=マイケル柴田だった。

“いそさん(=山本五十六)”を観た直後なので、あんまし「重い」「複雑」なのは敬遠したいワタシだったが・・想像してた以上に“ペラい”脚本だったので、部分的には「おお!」と驚かされつつ、総じてはプチ失笑が絶えなかった(⌒〜⌒ι)

何だか・・“ワイルド7”の主要キャラ7人の描き込みも中途半端だし、それは同様にヒロイン=ユキにも、相手グループ“M108号”に関しても同様なのだ。

そこへもって、途中でターゲットが変わって来るわ、ユキの復讐劇が中断し始めるわ、東都新聞のマスコットキャラ(?)=岩下こずえ(本仮屋ユイカ)の絡み方もイマイチにしか進まないわ・・

後半から“ワイルド7”を襲う「絶望的な状況」も、演出が甘々過ぎる(&スカスカ過ぎる)故に、ちっとも切なくなって来ないワケで。

まぁ、そこそこに「爆破」「炎上」「銃撃」の各アクション要素が光ってはいたので、その辺りにだけ着目して、期待し過ぎずダラッと楽しむのが「正しい鑑賞法」だと思う(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・ニコンの1眼デジ『D300s』が登場。
・冒頭の“能面強盗団”はインパクト十分! (往年の)松田優作のハードボイルド作品みたいだ!
・元々の犯罪歴が「詐欺師」って・・メンバー編入には荷が重過ぎる気もするんだけど。。
・一般人の前で、素顔をさらし過ぎな“ワイルド7”の面々。どうでもええんか?
・7人の主人公らに対し、7人のテロリストが相手か? ・・と思いきや、6人目と7人目をやっつけるハナシ(?)がどっかに飛んでしまってた。5人目も(結局)ピンピンしてるし。
・「爆破1分前(←以内!)で、気絶から叩き起こし、容易く起爆装置を解除させる」ってどんな演出だよ(=^_^=)
・レガシィ(BH型、黒色)の登場に狂喜しそうになったら・・2台とも一瞬でボコボコバラバラに〜(×_×)
・強盗団にせよ、ウィルス爆弾テロにせよ、もそっと「ご尊顔」に気を遣ってキャスティングして欲しかったような。
・瑛太が「ノーヘル」でバイクを「ムチャに」走らせるシーンは、ちょっとした見所だと思う(←大型二輪免許は取得済とか!)。
・深キョンが“殺人マシーン”に育って行く過程が全く描かれず、違和感ありまくり。銃器にしても発信器にしても、(調達手段も含め)どうにもおかしい。
・“死地”に於いて、早々に防弾チョッキを脱ぎ捨てる(元から着てない?)面々には「アホか?!」とツッコみたい。そりゃ撃たれて死んで当然やろ。
・“黒幕”が泣き叫んで怖れたのは・・決して“ワイルド7”でも“警察機構”でもなかった(=^_^=)
・もう少し早期の映像化だったら・・桐生氏役は、是非とも故・天地茂さんに演って頂きたかった。
・今回は「瑛太の竹光切腹」とかがなくて、ホッとした(⌒〜⌒ι)
・瑛太は海沿いのレストランで(ワインに)泥酔しつつ・・バイクで深キョン宅に行ったんやろか?
・新聞記者=藤堂(要潤)の絡み方もまた、中途半端だった。
・中井さんの射撃スキルが神業的に高過ぎて笑える。『天空の城ラピュタ(1986)』のムスカを凌いどるし!(=^_^=)
・本作の様な“ハードテイスト(一応)”の場合、安直に「エンディングにメイキング映像を盛り込んどきゃエエやろ」って考え方ではアカンと思う。何か「サムい」のれす。
・中原丈雄(検事総長役、あちらでは南雲司令役)、椎名桔平(セカイ役、あちらでは参謀役)の両氏が“いそさん”と連続で出演してはったのでややこしかった(×_×)
・「厚生労働省が即効性ウイルス(レベル4:罹患率&致死率とも90%以上)を開発、防衛省と米軍も関与してる」って設定が何だかぶっ飛んでた!
・ケイマン諸島のKSB銀行って・・有名なんか?
・PSU(Public Security Unit)って組織が大きく取り上げられてた。女性局員も少なからずいるみたい。
・「画面4分割」系の映像テクは、ノーマン・ジュイソンやブライアン・デ・パルマと言った監督作を意識してそうだった。
・水路(?)をバイクで疾走する演出は『ターミネーター2(1991)』を思わせてくれ「ええロケーションに眼をつけたなァ」と感心させられた。
・冒頭で強盗に襲われる「八重樫銀行」はどうやら(福岡県)北九州市戸畑区にある(設定)らしい。
・深キョンは「ホントはバイクに乗れない」と見た!(=^_^=)

〜 こんなセリフも 〜

飛葉“人は所詮、無力だ・・指の隙間から砂が零れ落ちるように、
   大切なものは総て消え去る”
  “ランブルフィッシュのように、1匹でしか生きられない。
   いや・・生きてるのかすら、分からない”
  “この瞬間だった・・生きてる事が実感出来るのは”
  「お前らを、全員“退治”する」
  「ほら・・“退治”だろ?」
  「俺に見覚えあるな? 1度、会ってるだろ?」
  「“大切なもの”なんて、どうせ護れやしない」
  「あんた・・“大切なもの”を護れた事、あんのかよ?」
  「撃ちたかったら、撃てばいい」
  “俺と同じランブルフィッシュ・・
   1人でしか生きていけない。
   彼女もまた、生きているとは言えないのかも知れない”
  「同じだろ? こいつも俺たちが
   “退治”しなきゃならない野郎だ」
  「もう終わりにするんだ」
  「・・護れるさ」
  「“蜂の巣”だろうが“八つ裂き”だろうが、
   この引き金だけは引いてやるよ」

ユキ「“こんな事”になったからって勘違いしないでね。
   顔、洗ったら帰って」
  「あたしを止めるには・・殺すしかないよ」

桐生「総ての人間は、我々PSUの“監視下”にあると言う事です」

面々「俺達のやってる事は“終わりのないドブさらい”よ」
  「俺達だって、少しは世の中の為になってんじゃねぇか?」
  「おい手前ぇ・・誰に銃を向けてんだ?!」
  「今度は助からんぞ」
  「“おっさん”じゃねぇ!」
  「付き合い切れねぇ馬鹿ばっかだな」
  「結局最後に、犯罪者が元に戻るだけの事だ」
  「派手にやろうぜ!」
  「(コインが)裏なら・・ちょっと寄り道して行く」
  「イカサマ野郎が!」

草波「本事案は、我々に権限が委譲された。
   これより任務を遂行せよ」
  「任務は確実に遂行しろ」
  「私が集めたのは“愚かだが、最も人間らしい男達”だ」

黒幕「私には“切り札”があります」
  「私には“怖れる存在”などない。
   それでも、この私に刃向かうのですか?」
  「“ワイルド7”など無意味です」
  「悪が滅びる事はありませんよ。
   それは、これ迄の歴史が証明しています。
   ならば“共存”して生きて行くしかないんですよ。
   ・・この私のようにね」
  「青臭くて、美しいハナシだねぇ」
  「お? “本性”が出て来たかな?」
  「愚か者が・・!」
  「出来損ないのマシーン共が!」

※「私の価値観の中では、あなたも“必要な人物”です」
 「私の価値観では、お前が“一番要らない人間”だ」
 「皆がお前の死を願うだろうな」
 「悪と“共存”など出来るか」

検事総長「後悔してるよ。上司を平気で殴り倒す
     部下を持った事を」

検事総長「また随分と、派手にやってくれたね」
草波「忠実に、任務を遂行しただけです」
検事総長「これ以上やられると、この私でも庇い切れない」
草波「その時は・・私が“彼ら”を葬ります」

草波「お前らマシーンは、マシーンらしくしてればいい。
   人並みに“存在理由”なんか考えるな」
飛葉「・・考えてねぇよ」

飛葉「放っておけないんだ! 護りてぇんだよ!」
黒幕「ほざくな! 犯罪者の人殺しが!」

追記:一応“続編”にも対応した幕切れだったが・・誰にでも「読める」ラストだったなァ。。

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2010年11月26日 (金)

☆『笑の大學(2004)』☆

24日(水曜)の夜。
いよいよ、3夜連続の“三谷幸喜特集”も幕となり・・ラストを飾る1作『笑の大學』を楽しみつつ、観た。

本作と言えば・・5年ほど前、旅先に持参した(?)ノートPCにて、DVD版を観たことを思い出す。

それまでは、三谷さんと言えば“刑事コロ※ボをパクったようなドラマとかで、薄く軽く、テキトーに稼いだはる売れっ子脚本家”ぐらいの印象しかなかったんだが、、本作を観てハッキリと「認めたくはないけど・・スゴい人やんか!」と感服し、それ以来、舞台劇は観れる限り観ようと心に決めたものである。

『エキストラ(2006)』『コンフィダント/絆(2007)』『グッドナイト・スリイプタイト(2008)』『なにわバタフライN.V(2010)』・・と結構、近年の公演はおさえてるつもりである。

で、改めて三谷さんに対し感じるのは「どうやら、映画監督には向いてないンかも」「“過去を絡めた、少人数による恋愛劇”でこそ、恐ろしいまでの真価を発揮しはる」ってことだ。

「ムリして(?)群像劇映画の制作にチャレンヂし続けはる、その熱意&パワーを・・“密室シチュエーション”の舞台劇にこそ、注いで頂きたい」とアドバイス差し上げたいトコである。 ←ナニを偉そうに!(=^_^=)

昭和15年。“日独伊3国軍事同盟”の締結されたこの年、我が国は大戦に向かって静かに、しかし確実に転がり始めていた・・

浅草にある「劇団・笑の大學」の座付作家=椿一(つばきはじめ:稲垣吾郎)は新作喜劇『大悲劇/ジュリオとロミエット』の台本を抱え、警視庁保安課・検閲係にやって来る。

彼を迎えるのは“笑いと言うものを理解しない”凄腕の新任検閲官=向坂(さきさか:役所広司)。
“相応しくない表現”の含まれた、当世の演劇を規制し、問題ある台本には容赦なく「不許可」印を押しまくる向坂。

台本に次々と厳しく注文(難癖?)を付け、上演中止に追い込もうとする向坂に対し、何とか上演許可を得ようと自作を手直しして行く椿であったが・・

監督=星護(ほし・まもる)なる人物についての予備知識がなく「コレって三谷幸喜の偽名(=別名)なんやろか?(いわゆる“アラン・スミシー”系)」などと、とんちんかんなことを考えてもしまってたが・・むろんそうじゃなく、ちゃんと実在される監督さんなのだった(済みません)。

しかしアレだ・・安心して観てられると言おうか、構図や映像演出などに『ラヂオの時間(1997)』『みんなのいえ(2001)』とは格の違う(←こうまで書くと、ちと書き過ぎかも知れんけど(⌒〜⌒ι))質の高さ、完成度があった。

って言うか「たった1つの密室の中に、国家/個人、規制/自由・・などの相反する幾つもの要素が詰め込まれ、それでいて作品世界に恐ろしく広がりを持たせている」ってトコからして、脚本がサエまくってる!

こんな普遍的で、背筋の思わず伸びてしまう作品に比べたら・・ラジオドラマがハプニングでどう転がろうが、どんなチグハグな家が建とうが・・もうそんなことはどうでもイイ気すらして来る(=^_^=)

・・

気弱そうな中に、骨太で反骨な“お笑い精神”をたたえている稲垣くんの存在感もなかなかだが、やはり本作は「表情と内面に、ある種の2重人格性を宿す」さまを、微妙&絶妙に演じてみせてくれる役所さんのスゴさに注目すべきだろう。

役所さんと言えば・・後年の『パコと魔法の絵本(2008)』においても「不器用ながら、次第に変わって行く偏屈ものキャラ」を好演されたのが記憶に新しいトコだが・・本作に比べたら、まだまだ“手遊びレベル”にも見えてしまう。

そんなワケで・・稲垣vs役所の対決と言えば・・近年では『13人の刺客/The Thirteen Assassins』ちぅのもあったが・・その原点は、本作にこそあったのではないか!? と世界で恐らくただ1人(?)強引で勝手な決め打ちをしてしまうワタシである(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・戦前から既に「付箋(ふせん)」ってのは存在したんやろかね〜?
・検閲官を辞し、浅草で芝居小屋再建に燃える向坂を主人公に、続編を作って欲しくもある(=^_^=)
・役者を2人も揃え、脚本さえ面白ければ・・十分に傑作は完成し得る、と思い知らされる!
・『ターミナル(2004)』のビクター・ナボルスキー氏に言わせれば・・「許可」印を押す確率は1/2ってトコだろうか?(=^_^=)
・チョイ役過ぎるが、木村多江さんも出ておられます☆

〜 こんなセリフも 〜

向坂「私は一切、そう言うのは観ない主義なんです」
  「私は“そう言う類の男”ではありません」
  「検閲など要らない! (喜劇など)総て禁止してしまえばイイんだ!」
  「2度と“今川焼を差し出すような真似”はしないように」
  「どうやら・・あなたは“最もタチの悪い検閲官”に引っ掛かったようですね?」
  「(今川焼は)そこに置いといて下さい。気が向いたら・・持って帰るかも知れない
  「いや、自信ありと見たな・・私は」
  「(赤い紙を貼らないのは)問題が多過ぎるからだ!」
  「今迄の検閲官は、これで許可を出していたんですか? 私に言わせれば“職務怠慢”だ!」
  「日本人であるあなたに“チャーチルの握った寿司”が喰えますか?」
  「私は、この作品は“駄作”だと思う」
  「もしこれが“悲劇”だとしたら・・明らかに失敗だ」
  「笑わせて貰おうじゃないか・・さぁ!」
  「あなたは解説が多過ぎる」
  「ここで? ウケる? ・・分からない」
  「何故、これが面白い? どうして?」
  「これでは・・到底、上演許可は出せないな」
  「あなたは“人の話を聞かない人”だな」
  「私は“このままでは出せない”と言ったんです」
  「話にならん! これでは上演中止だな」
  「良く1晩でこれだけ直したものですね・・感心しました」
  「バレましたか、じゃない!」
  「昨日は敢えて黙っていたんです。これは“私なりの思い遣り”です」
  「笑うためだけの芝居なら、上演する必要はないんだ!」
  「台本の何処かに“お国のため”と言う台詞を3回繰り返して貰いましょうか」
  「ご出身は? ・・ただの世間話です。
   申し訳ないね・・“取って付けたような世間話”が出来なくて」
  「昔から、書くのがお好きだったんですか?
   ・・そんなに面白いものですか? 芝居と言うものが」
  「私は、笑いに対する感覚が鈍いと言われます。
   興味がないんです、人を笑わせると言うことに」
  「あんたね・・ここは“喜劇作家の養成所”じゃないんだ。 ←ここは爆笑!
   ハッキリ言って、どんどんつまらなくなっている」
  「クドさで笑えるのは、3回が限度だ」
  「まぁ、こんな感じで、まとめて来て頂けると、有難いです」
  「不思議な気持ちだ・・検閲すると言うより、
   あなたと一緒に“台本を面白くする手伝い”をしてるみたいだ」
  「かなり洗練されて来たね! まぁ・・別に私としては、面白くならなくても良いんだが」
  「君はそれでイイのか?」
  「“人を甘く見る”のもイイ加減にし給え!」 

椿「慣れないものですね・・こう言う雰囲気は」
 「あの・・ここはまだ“面白い所”ではありません」
 「元ネタが有名なほど“もじり”は面白くなるんです」
 「長年の勘で分かるんです・・ここで“ドッと笑いの起こること”が」
 「こんな検閲は聞いたことがない・・これはもはや“ホン(台本)直し”だ!
 「厳しい所をついて来ますね・・まぁ、それを言われると・・」
 「舞台と言うのは“ナマモノ”ですから、現場の“雰囲気造り”が大事なんです」
 「イイんです、言いたい奴には言わせておけば・・
  僕は面白い芝居が打てれば、それでイイんです」
 「これは戦いなんです、僕の」
 「どうして、人を笑わすことがいけないんですか?
  どうして、庶民の娯楽を国は奪おうとするんですか?」
 「喜劇作家には、喜劇作家なりの戦い方があるのではないかと思いました。
  検閲で言われた一切を書き直し、更に面白い本にしてみせる・・それが僕のやり方だと。
  それが、権力に対する“僕なりの戦い”だったんです」
 「その台本の中には、僕が浅草の中で学んだことの総てが入っています」
 「たとえ台本が在っても・・演出する人間がいなければ幕は開かないんです」

向坂「あなた今、そう思いましたね? ・・正直に答えなさい」
椿「・・ちょっとだけは思いましたけど」
向坂「それで良いんです。私は、そう言う男なんです」

向坂「詭弁だね」
椿「・・どっちが」

向坂「強引に(台本を)書き換えたことにより、内容に無理が出て来た」
椿「強引だからこそ、面白いんです」

椿「笑えるでしょ?」
向坂「いや、笑えはしなかった」

向坂「私は別に“笑いを増やせ”と言ってる訳ではないんだ
椿「この筆が、つい滑りました。
  性分なんですね・・つい“笑いの方向”に走ってしまうんです」

向坂「“人を笑わせる”と言うことが、そんなに大事なことだろうか?」
椿「・・大事だと思います」
向坂「私は、心の底から笑ったことなどないが・・どうにかここまで生きてます」

向坂「警官のくだりなんだが・・私はまだ納得していないんだ。
   登場に何の必然性もない
椿「それを言いますか・・元々(あなたに言われて登場させた)
  “必然性のない役”なんですから」

椿「出来るか出来ないか、やってみなくちゃ分からないだろう!」
向坂「あなたのその自信はどこから?」
椿「自信なんかない・・でも僕は自分を信じてる。今迄だってそうだったんだ!」

向坂「良く1晩でこれだけ直せましたねぇ」
椿「“死ぬ気”でやりました」

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2008年5月15日 (木)

☆『わが青春に悔なし(1946)』☆

10日(土曜)に衛星第2ちゃんねるで放送されたものを鑑賞。黒澤明監督の「戦後第1作」でもある現代劇(?)には、ヒロインに大女優=原節子が迎えられた!
にしても・・原節子さん。ワタシはこれまで「『青い山脈(1949)』『晩春(1949)』『麦秋(1951)』・・と順調にステップを重ね、その才能が開花。遂に代表作『東京物語(1953)』に至った演技の極みか」・・と思ってたんだが、それが全然違ってて、本作の主演時点で、既にその演技が“完成の域”に達しておられた印象があった! これにはびっくり!
まだまだオレの知識も甘い、と言うことか・・

満州事変勃発⇒軍閥の隆盛・・と戦乱の気運高まる昭和8年。京都大学で起こった“京大事件(政府による思想弾圧)”を発端に、教職を罷免された八木原教授 (大河内傳次郎)の娘・幸枝(ゆきえ:原)を中心として、軍国化に加速する日本において「青春期を揺るがされる」こととなる若者たちを描いた大河ドラマ(?)。

何不自由なく、お嬢様生活を満喫していた幸枝を巡り、両極端な人生を辿るのは「熱き行動派の無頼=野毛隆吉(藤田進)」と「冷静な常識派のお坊ちゃん=糸川(河野秋武)」の2人。結局のトコロ、彼女は「(京都での)平穏無事な生活は・・きっと退屈になると思う。キラキラした、眼の眩むような(東京での)生活が・・怖いけれど魅力」と考え、単身上京する。
やがて昭和16年。都内(築地)に「政治経済研究所」を構えていた野毛と3年ぶりに再会、運命に導かれるかのように彼と同棲するようになる。

だが、程なく野毛は「スパイ罪容疑」で逮捕され、幸枝自身もまた「国賊=野毛の情婦」として検挙、厳しい獄中の日々を強いられるのだった。
父の計らいでやっと放免となった彼女だが、既に野毛が獄中で病死したことを知る・・

獄中では自失し、半ば枯れ果てていた幸枝であったが、回復するや毅然と「私は野毛の妻です・・!」と言い放ち、彼の遺骨を抱え、夫の実家である田舎へと走る。
老いた野毛の両親に会った彼女は、そこに自らも骨を埋める決心をし、慣れない手つきながら鍬を振り上げ、開墾の手伝いを始めるのだった。
義父母との絆が深まりつつあったある日、苦心して耕して来た田畑がめちゃめちゃに荒らされる。そこに残されていたのは心なき村民らの「賣国奴、入ル可カラズ」「スパイ、入ル可カラズ」なる“心ない立て札”だった。
義父母の眼に諦めの色が・・だが、幸枝はそんな悪意にもへこたれず、再び鍬を取り、田を耕し始める・・心の中で「私は野毛の妻だ・・!」と繰り返しながら・・

高飛車なお嬢様キャラを演じる前半。大人びたキャリアウーマンから幸せ一杯な若奥さんへ・・そして収監され、全ての感情を喪失したかのような荒んだ姿を見せる中盤。
1人の農業家とし「泥こそ我が化粧!」とばかりに顔面を真っ黒に染めながらも、キラキラとその瞳のみは秘められた生命力に輝く後半。
そして、農村で得た仲間たちを束ねる女性リーダーとし、自信に満ち溢れた態度も頼もしい終盤・・と恐ろしく多様なキャラ造形をさらりと演じてみせる。
当時、御年26・・と言うまだまだ華やかな年頃だったにも関わらず、こう言う“(ある意味)汚れ演技”に体当たりで挑んだのは何故だろう?!

上っ面ばかりを眺める限りは、原さんを超える現代(=平成の世)の女優さんは枚挙に暇がないだろうが、これほどまでに「複雑で華やかさのない演技を延々と要求される作品」を、誰が受けられるだろう? そして、何処までその要求に真摯に応えられるだろう?
そう考えると・・「やはり原節子、恐るべし・・!」と心より感服せざるを得ない。

〜 こんなセリフもありました 〜

幸枝「この世の中は、理屈ばかりじゃないと思うわ」
  「あの人は“本当のこと”を言っただけ。貴方にはあれだけのことは言えないわ」
  「良かったわね、貴方。“裏切り者”に成らずに済んで」
  「今の私は“生きていない”ように思えて・・」
  「この体も心も投げ出す・・そんな仕事に身を捧げたい」
  「貴方、秘密があるのね・・それを私に下さい」
  「いいの、行く先が怖くても・・私は平気よ」
  「この手はもう・・ピアノの上に乗せても似合わないわ」

八木原「正義は必ず勝つ。今年の花は散ったが、時来たらば・・また爛漫に咲くだろう」
   「華やかな自由の裏には、苦しい犠牲と責任のあることを忘れちゃいかん」 ←『スパイダーマン(2002)』系やね、、
   「諸君の中に、第2、第3・・無数の野毛を期待する」

野毛「“その日”が来る迄に、やれるだけのことを慌てずにやるだけのことです」
  「我々の仕事は、10年後に真相が分かって、国民に感謝される・・そんな仕事なのさ」
  「今でも親父に叱られるのが怖い、おふくろに泣かれるのが怖い」
  「顧みて悔いのない生活を・・!」

糸川「貴女の生命力の前では、僕なんか恥ずかしいな」

追記1:「素敵ね・・土の匂い!」冒頭の京都・吉田山でのピクニックシーンにおける、幸枝のこの何気ないセリフが、後々の“大きなフリ”となっている!
追記2:野毛に会うため、彼のオフィスビル前でいつまでも待ち続ける幸枝。ビルのドアガラスの内側にカメラを据え、定点的に“幸枝&行き交う人々の服装”を捉え続けたショットで“季節の経過を表現”する演出はなかなか! 『ノッティングヒルの恋人(1999)』での同様のシーンにも決して負けてないと思う。
追記3:「ピアノを弾く美しい手」と「田畑の傍を流れる川に浸す、汚れた手」を交互に写す、カットバックなカメラワークも気に入った☆
追記4:志村喬演じた、特高警察の取調べ係。キャスト名「毒いちご」って・・(⌒〜⌒ι)
追記5:原さんってワタシと全く同じ誕生日であることをウィキペディア情報で知った☆ 彼女の方が半世紀ほど年上ではありんすが、、

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