2009年11月20日 (金)

☆『ローマの休日(1953)』☆

18日(水曜)の夜、出張先=愛媛県宇和島市内の某ホテルにて、衛星第2で放送された『ローマの休日』を、この歳にして(=^_^=)初めて“通し”で鑑賞した。

この夜は、行きつけの(と言っても、今夜で3度目に過ぎないが)居酒屋で2時間ほど飲み、地元の酒「野武士」の熱燗で身体を温めた後、ホテルへ戻った訳だが・・いつになく「淋しい気持ち」が高まってしまった、、何故?

ウィリアム・ワイラー監督がグレゴリー・ペック&オードリー・ヘプバーンを主演に描いたロマンティックなラヴストーリー。

永遠の都=ローマを舞台に、欧州各国を訪問しているイギリス(と思しき某国)のアン王女(ヘプバーン)が“お忍び”でローマの下町に飛び出し、24時間と言う限られた時間の中、アメリカ通信社のローマ特派員=ジョー・ブラッドリー(ペック)と“1人の普通の女の子”とし恋や冒険を繰り広げる・・

大体の筋は知ってたので「まぁ観とくか」的な軽い気持ちで観始めたんだが・・後半からはウルウルしっぱなしとなった(⌒〜⌒ι)
本作って「淋しい気持ち」で「酔っ払って」観たら、大変なことになるのが良ぉく分かった(×_×)

序盤〜中盤こそ、アン王女の世間ズレした(=^_^=)言動やら、スクープ狙いのジョーと(その友人である)カメラマン=アーヴィング・ラドヴィッチの思惑やらがコメディタッチっぽくも描かれるんだが、、後半にかけては『恋人までの距離(1995)』『愛のめぐりあい(1995)←の4ツ目のエピソード』っぽい“タイムリミットな恋”の演出がワタシの心にチクチク刺さり、終盤では『マディソン郡の橋(1995)』に勝るとも劣らぬ“恋人たちの別離”の脚色がワタシの涙腺を刺激しまくるのだった(⌒〜⌒ι)

ラストでは(誰に聞くでもなく知ってた)「何と言ってもローマです。この街の思い出は生涯、私の記憶に残ることでしょう」ってなアン王女の有名な言葉が放たれるんだが・・その後に、もう1ツ“重要な展開”が用意されてたのは知らなかった!
回りくどい(?)この展開がまた、ワタシをウルウルさせてくれるんだよなぁ。

「名作は、たとい半世紀が経とうとも名作である!」ってことを改めて教えてくれた本作。「ちゃんと鑑賞」する機に恵まれたことを感謝したい。
そして、素直に泣けた自分を照れくさく思いつつも・・“何かを失わずに、ちゃんと生きている”今日(こんにち)を喜ばしくも思うワタシであった。

〜 こんなセリフもありました 〜

アン「子供たちに貿易演説をせよと?」
  「今の私・・死んでるわ」
  「ドキドキすることもしてみたいわ!」
  「泊まった場所がバレたら、もっと大変ね」
  「“予定”と言う言葉は嫌いです」
  「料理、裁縫、掃除・・何だって出来るわ。“腕を振るう機会”がなかっただけよ」
  「私が向かう先は決して見ないで」
  「私に義務を説く必要はありません」

ジョー「酒が弱いなら、飲むべきじゃないな」
   「儲けるには元手が要るだろ?」
   「いいね、君には俺の服が似合う」
   「ままならないのが人生さ、違うかい?」
   「マスコミ(関係者)が“噂”を信じるとはね」
   「悪いが・・俺には記事が書けないんだ」

アン「このネグリジェ、嫌い。“何も着ずに寝る人”もいるそうよ」
侍女「私は存じません」

アン「服を脱がせて下さい」
ジョー「あとは自分で出来るだろ?」

アン「キーツの詩です」
ジョー「それはシェリーだよ」

アン「私は昨夜、1人でここに?」
ジョー「俺を除けばね」

アン「長椅子で寝たのでは、寝心地が悪かったでしょう?」
ジョー「大丈夫さ、慣れてる」

ジョー「君のお父上はどんな仕事を?」
アン「“広報”みたいなものかしら?」

アン「何故、私に付き合おうと?」
ジョー「そうしたかったからさ」

アン「お別れの言葉が見つからないの」
ジョー「いいさ、何も言わなくていい」

ジョー「間接的効果は直接的効果ほど・・直接的じゃない」
ヘネシー支局長「実に深い洞察だな」

ジョー「クビでは?」
支局長「いや、まだだ。クビにする時は、訊かれずとも宣告してやるさ」

同僚「どう取材すると?」
ジョー「体温計に化けて、王女の部屋に忍び込むさ」

理髪師マリオ「そんなに切るの? 本気?」
アン「本気よ」
マリオ「バッサリ?」
アン「バッサリと切って頂戴」

↑ 床屋での、この辺りの演出は『星の王子NYへ行く(1988)』に通じてる気がしたり(=^_^=)

追記1:カーネーションの束を売り付けようとする花屋に「お金がない」と応えるアン王女。「プレゼントだ」と束から1輪抜いて手渡す、あの花屋の行動は良かった。
追記2:ジェラートのコーン部分を潔く棄てるアン王女。。日本では、それも食べ切ります(・ω・)
追記3:「終わりの見えている1日の愛」だからこそ・・はかなく、素晴らしく、2人の記憶の中にいつまでも美しいままとどまるのかも知れない。
追記4:アン王女の後ろ姿を見送りつつ、泣きそうになってるペックが良かった!
追記5:アーヴィングのとった(終盤の)行動も潔い。ジョーは素晴らしい友人に恵まれてたと思う。

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2009年8月 5日 (水)

☆『レスラー』☆

4日(火曜)の夜。
実は、先般に受けた“某研修”に関する提出課題の期限がじわりじわりと迫ってる現状ながら(×_×)・・ついつい気分転換したくて、商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で上映の始まった『レスラー』を観て来ちゃいました(・ω・)>

ま、エッチな行為についてなんかにも言える(のか?)ことだが、変にムリして我慢してると、余計ストレスになっちゃう訳で・・今夜の選択は、それはそれであながち間違いでもなかった気がする・・ってか、間違っても自業自得だネ(⌒〜⌒ι)

『ランブルフィッシュ(1983)』『イヤー・オヴ・ザ・ドラゴン(1985)』『エンゼル・ハート(1987)』『ハーレーダヴィッドソン&マルボロマン(1991)』などで“セクシーの権化”とまで称された(のか?)我らがミッキー・ローク。

その後『レインメーカー(1997)』『ダブルチーム(1997)』『追撃者(2000)』で各々“完全復活”などと言われつつ・・なかなか浮上してくれんかったのだが、、半モノクロでも(2005)、チワワ以下の扱い(2003)(←おい!)でもない立ち位置(?)でもって、ようやく我々の前に再び、その勇姿を現してくれた!

今やリアル“マーヴ”って感じで、セクシーさとはほど遠い外見(ファンの方、済みません)ながら、背負って来た逆境がそのまま表情や物腰ににじみ出てるナチュラルさ・・(⌒〜⌒ι) んでも、天性のユーモアのセンスも手伝ってか、そんなに不快さは感じなかったな。

今度こそ“完全復活”を果たし“世界のミ※キー”がミッキー・ロークにこそ相応しい代名詞であろう事実を証明して貰いたい!(=^_^=)
(あと、ロバート・ダウニー・Jr.やジョン・トラボルタと共に“アンブレイカブル3”なんてなSFアクション大作に主演して欲し〜)

1984〜89年を絶頂期とし、かの“マジソン・スクエア・ガーデン”でも歴史に名を残すファイトを披露してくれたプロレスラー=ランディ“ザ・ラム”ロビンソン(本名:ロビン・ラムジンスキ)(ミッキー)。それから20年後・・に至っても、まだまだ現役レスラーとし、しぶとく地方での乱闘に明け暮れる毎週末であった。

家族を棄て(に棄てられ?)、リング外では家賃滞納に苦しみ、不器用な人間関係しか築けないこの男だったが、、ある日、ファイト直後に心臓発作を起こし、ロッカー室で昏倒してしまう・・

目を覚ましたランディに、主治医は「心臓のバイパス手術を受けた身体です。プロレスなんてとんでもない」と言い放つ。
それを機に、長く別れたままの娘=ステファニーに意を決し再会、久々の“父娘の触れ合い”の中で1度は「引退」を決心する彼だったが・・運命の悪戯により、再びリングに立つ道を選ぶ。

特設リング上で彼を待つのは、往年のライバル=テヘラン出身の“中東の獣”アヤトッラー(←現在の姿は、中古車販売チェーン店の社長・ボブ(=^_^=))。彼との“20周年記念・リターンマッチ”がファン・フェスタとし、盛大に執り行われるのだ。
(と言っても、入場料は20ドルだが、、)

一方で、彼に想いを寄せられつつ・・“とある事情”からランディを拒み続けるトップレス・ダンサー=ラブリー・キャシディ(本名:パム)(マリサ・トメイ)の揺れる女心の行方は?

そんな中、いよいよランディ最後の(?)大試合のゴングが高らかに打ち鳴らされる・・

私的には、まぁ予想してた通りの(それはそれで見応え十分だが!)ミッキー・ロークの演技&存在感だったが・・それ以上に! マリサ・トメイさんの弾けっぷりにこそ圧倒されっぱなしだった! おっぱい丸出し! おしり丸出しでのポールダンス! このしとの体当たりさも何だかモノ凄かったです(×_×) ってか、どったの?!

片田舎の(?)レスラーの日常や、試合の裏側(?)なんかをドキュメンタリーっぽいタッチで淡々と映し続ける映像も、あざとさは感じられず、すうっと(観る者の)心に入って来る感があった。

(表立っての)“流血尽くし”の無茶苦茶な試合運びの影で、相手レスラー(後輩レスラー)を思い遣るセリフなんかもあり、命がけの“信頼関係”が確かに存在してるトコにウルッとしかけてしまったりもし・・

中盤〜後半にかけ、ランディが「ロビン」の名札を胸に付け、スーパーの惣菜売り場で真面目に働くシーンは、ムダっぽく見えつつも、なかなか面白い! 本人は(接客が)苦手そうな素振りを見せてたが・・めっちゃ客あしらいは巧いし、カリスマ店員の素質すらも潜在してると思ったな(=^_^=)

作品自体は、結構フツーな流れながら、ダレ場もなく楽しめた☆
ただ惜しむらくは「キャシディ⇒ランディ」に大きく傾く部分にもう1演出欲しかったか? あと「ステファニー⇒ランディ」は敢えて“ベタな演出”を更にもう1〜2ケ、挟んどいて欲しかったかな、私的には(・ω・)

オープニング同様、ラストもランディの決め技“ラム・ジャム”で幕となってく展開!
ワタシの直感したトコロでは「飛ぶ前にしっかりと“弾み”を付けてる、あの動き」から・・きっと良い方向に(あの後)ストーリーが流れて行くんではないか・・と思うんだが??

〜 こんなセリフもありました 〜

ランディ「小利口に立ち回る奴らは放っとけ。俺たちは“実力勝負”だ」
    「息をする度、(古傷の)真っ二つに折れた鎖骨が痛む・・大歓声で忘れられるが」
    「ハードコアで行こう」
    「先のことを考える気分じゃない・・だが、独りは辛くて」
    「ランディのアクション・フィギュアだ。蒐集家の間では300ドルするらしい」 ←ウソらしい。。
    「昔の曲はいい」
    「ニルヴァーナの登場で、80年代ロックの“お気楽さ”はぶち壊しになった」
    「それは前座、これがメーン(のプレゼント)だ」
    「俺の“勘違い”と? 何故自分(の気持ち)を誤摩化す?」
    「とにかく、大歓声だ」
    「最近? 呑気にやってるさ」
    「ロビンだと? 俺はランディだっての!」
    「俺にとって痛いのは・・(リングの)外の現実の方だ」
    「ほら・・あそこが“俺の居場所”なんだ」
    「ここに・・このリングに立ってる限り、俺は“ラム”だ!」

キャシディ「『パッション』は傑作だから観なきゃ。2時間ずうっと“拷問シーン”よ」
     「直感は大事よ」

ステファニー「そんなの、忘れたわ」
ランディ「俺は覚えてるさ」

キャシディ「気分は?」
ランディ「ヘラクレスにはほど遠い」

ネクロ「“ステープル・ガン”はどうだ?」 ←先端からホチキス針を打ち出す器具
ランディ「かなり痛いか?」
ネクロ「大したことないさ」
ランディ「いいが・・そのガン(の使用)は控えめにな」

プロモーター「ドロップキックで場外だ。観客をジラせ!」

ウェイン「ドアを開ける前にノックは? やり直せ、マジでだ!」
    「熟女たちが列をなして、惣菜を求めて来るぞ」

トミー「ブーイング上等!」

子供「ラム、起きてよ! 技、かけてよ!」 ←マジにチョークスラムを・・(こらっ!)

ランディ「家賃の滞納? いつも真面目だろ?」
レニー「“締め出された時”だけはな」

ランディ「勤務時間を延長してくれよ」
ウェイン「何だ? タイツの値上がりか?」
ランディ「それ、笑えるな」

追記1:「20年後」「14分前」などの自由自在な(時間経過を表す)字幕がイイ感じ☆
追記2:女の子の着る服は「ゴス」「パンク」「ヒッピー」「プレッピー」の4種に大別されるそうだ(・ω・)
追記3:トイレでパコパコやってるシーン。。入って来たメガネ女性客のツッコミ「こんな所で!」が至極真っ当であるが故に笑える!
追記4:ラスボス(=^_^=)のアヤトッラーのキャラがメチャクチャ面白い!
・試合直前のランディのマイクパフォーマンスにしんみりしつつ「良く言った・・」と言葉をかけたと思いきや・・次の瞬間、背後から「オラァ!」と不意に殴り付ける(=^_^=)
・半ば引退して久しい(20年)くせに「この楽しさ、忘れてたぜ!」とノリノリになって来る(=^_^=)
・「異教徒め!」と暴言を吐く(=^_^=)
・「(ここらで)幕にしよう」のランディの提案に、素直にコクンと頷く(=^_^=)
追記5:スーパーでの“ケガ”シーン・・かなり「深手」に思えたんだが、、ひょっとして“アンブレイカブル”?(またかよ!)
追記6:スーパーでは、あの婆さまに「何モグモグやってンの?」と突っ込んで欲しかった(=^_^=)
追記7:義足で人様を殴ってはなりません!

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2009年6月11日 (木)

☆『レッド・サン(1971)』☆

10日(水曜)の夜、衛星第2で放送されたものを中盤より鑑賞(約30分の遅れ)。。

本作がこの夜、放送されることは知っており、冒頭から「観る気マンマン」だったんだが・・ちと酔っ払っての帰宅だったこともあり“ほんの少し”のハズの仮眠が約1時間半にも及んでしまったようだ・・ぐふぁっ(×_×)

テレンス・ヤング監督による“異色の西部劇”。

日本からやって来た侍=黒田重兵衛(三船敏郎)が、さすらいのガンマン=リンク(チャールズ・ブロンソン)と共に“左利きのゴーシュ”と呼ばれる盗賊の頭領(アラン・ドロン)を追う。
黒田は奪われた(大使に献上すべく持参した)宝刀を取り戻すため、リンクはゴーシュの持つ“隠し金”の在処を掴むため。

3者がいよいよ相まみえた時、コマンチ族(ネイティヴ・アメリカン)の一団が押し寄せ、乱闘の様相を呈することに・・

いやー、豪華やね!

ワタシの中では「おお、ミフネ!」「おお、アラン・ドロン!」「ブロンソン・・んん〜?」って感じで直感的なランキングを設けてる訳であるが(=^_^=) にしても日米仏(3俳優)+英(監督)の“もの凄いワールドワイドな企画”とは評したい!

日本人としては、やはりミフネの侍姿(と数々の所作)に感動☆ 雪山での温泉入浴シーンでは“白ふんどし姿”までも披露してくれたり、辺境の娼館で米人女性と(ちゃっかり)一夜を共にしてくれたり、とサービスシーンも全開である(=^_^=)

しかし、、冒頭の30分間に“何らかのフリ”があったのか? 終盤の“乱戦”の中で、予想もしない展開を、物語は見せることに(×_×)

きっとアラン・ドロンファン、ミフネファンは当惑し、ブロンソンファンは恐縮するんじゃないかな、と(・ω・)
私的には、あの終盤を観るにつけ、ガタガタっと本作(って言うかテレンス・ヤング監督)に対する評価がダウンしてしまった、、

「ブロンソンに花を持たせ過ぎ!」な印象がかなり尾を引くのであるが・・まぁミフネと言う偉大な俳優を知る上で、欠かしては通れぬ1作とは言えよう、、か。

〜 こんなセリフもありました 〜

黒田「カネよりも使命を果たすことこそが大事だ」
  「我が国にも“国を分ける”大きな戦(いくさ)があり、すっかり国が変わってしまった・・
   じき合衆国のようになるだろう。“武士の時代”もいずれ終わる」
  「我らの先祖は400年間、戦の中で死んで来た・・それは一族の誇りだ」
  「“腹満たさるる者、心たるむ也”と武士道は説いておる」
  「馬鹿者めが、着物を返せ!」 ←日本語!
  「あと1日だ、これを大使に頼む」 ←これも日本語!

リンク「お前が切腹するのを見届けてやるよ」
黒田「その前に、お主の首が飛ぶぞ」

リンク「呑むか?」
黒田「いや。大事な明日に備え、すっきりとした頭でいたい」
リンク「そうか? 俺はその明日のために呑むんだがな」

リンク「いつか、あんたに銃の扱いを教えてやるよ」

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2009年6月 3日 (水)

☆『ラスト・ブラッド』☆

いよいよ劇場公開の始まった“美少女ヴァンパイア・アクション”『ラスト・ブラッド』を観て来た☆

『ホワイト・バレンタイン(1999)』『猟奇的な彼女(2001)』『僕の彼女を紹介します(2004)』・・とパワフルかつ可憐な魅力を振りまいて来た韓流スター=チョン・ジヒョンちゃんが、ハリウッドネーム(?)“Gianna”を引っさげ、本格派アクション女優とし世界に名乗りを上げた意欲作☆
(彼女に)対する助演陣も、倉田保昭、小雪しゃん、となかなかに個性派ぞろい(=^_^=) かなり細部が粗く、主演がジヒョンちゃんじゃなきゃ「滑ってた」印象も少なからずあったが、概ねワタシの期待するアクション映像群が目まぐるしく描かれ、それはそれで満足出来たのだった(=^_^=)

16世紀、世にはびこる異形の存在=オニ共が、それを狩る武士(もののふ)=キヨマサ(清正?)と激闘を展開した。キヨマサは卓越した刀術でオニ共を一掃して行ったが・・“最古かつ最も下劣なオニ”たるオニゲンの手により、遂に倒されてしまう。

“オニを狩る者”を失ってしまったか、に思われたこの国だったが、辛うじて生き延びたキヨマサの腹心の部下=カトウ(倉田)は、主君(キヨマサ)の忘れ形見である少女=サヤ(ジヒョン)を救い出す。
彼はサヤに究極の刀術を叩き込み、オニと戦えるだけの力を授けたのだった。

やがてカトウもまた、オニゲンの放った精鋭部隊(?)の奇襲の中で命を落とす。
だが、その場に駆け付けた少女=サヤは自らの潜在能力をついに爆発させる!

そして数百年後・・父と恩師の仇敵=オニゲンを捜し出し、倒すため戦い続けるサヤは「1970年のトウキョウ」にいた。

オニを1匹倒す毎に、1歩オニゲンに近付ける・・そう信じ、冷徹にオニを成敗してゆくサヤ。
そんな彼女の前に、アリスと言う名の少女が現れ・・

時代設定が何だか良く分からず、冒頭のナレーション字幕からして「頭部を日本刀でから竹割りされた」ような(⌒〜⌒ι)衝撃を受けたのはワタシだけだったろうか? “キヨマサ”だの“応仁の乱”だのと言った「かけ離れた時代の単語」がごっちゃになってたようにも感じたが、、

ま、分かり易く言えば『ブレイド(1998)』の少女ヴァージョンみたいなもんだったか?
パッと見(=^_^=)ロケーションが「日本じゃねぇだろうそれは(?)」と解釈してるんだが、、巧い具合に70年代初頭の、不衛生そうな(=^_^=)下町の世界観を見事に再現、その中でバッサバッサと刀バトルを展開してくれる中盤の映像&演出パワーはものすごい!

確かに70年代なんかは、リアル日本刀を凶器にした、傷害(致死)事件なんぞもちらほら新聞記事で眼にしたような気もする(・ω・) 当時はまだ銃刀法が今ほど厳しくなかったからねー(←ホンマかい!)

「この怪しい世界観は、かつてどっかで観たぞ・・!」と思ったら、ブルース・リーの遺したフィルム群を強引に使ってでっち上げられた怪作(?)『死亡の塔(1980)』の前半に登場する“トーキョーの映像”がこんな感じだったかな? と。
近年(タイ映画なんかで)流行ってる“路地裏での乱闘”やら、瓦屋根を上下移動しつつの『ヤマカシ(2001)』系シチュエーションやらも贅沢に使い、長尺のアクションが展開されてた!

そんな中で私的に「冷めるよなー」と感じたのは、

1.アリスとその父親を絡めての薄っぺらい家族ドラマ
2.サヤの“仕事現場”を清掃する「組織」と称されるエージェント内の思惑やねじれ
3.オニゲンの配下の中でも“中隊長”的な位置付けであるクリーチャーの造型&存在感
4.CG表現による、血の飛沫エフェクトの多用っぷり

などであろうか。

1.はベタな設定がまず我々(観客)に投げ出され、それがベタな流れを見せるから、ホント観てて気恥ずかしくなる限り。。
2.は「だからおまいら何なんだ」って感じで、妙に作品のリズム感が崩されてしまってた。
3.は「今更そんな造型かよっ!」って感じで、観ててゲンナリしちゃった(×_×) あの「お茶を濁すCG」で思い出したのは『ゴールデン・チャイルド(1986)』の終盤だろうか。何やら、アレにそっくりな奴が出て来ましたわ(=^_^=)

変にクリーチャー路線に逃げず「人vs人」の分かり易い(かつ多彩な)戦いで統一して欲しかったな、と。

一方で、めちゃめちゃ面白かったのは、

1.精肉所(?)にいた“アフロ兄弟”のキャラ
2.屋台を蹴りつけたり、叩き潰したりし戦う格闘シーン
3.枯れ葉の厚く積もった地面からニョッキリ突き出した日本刀が“『ジョーズ(1975)』の背びれ”みたくスーッと迫り来る演出
4.強過ぎる倉田の爺ちゃん(とその両手指のアレ)

だった! とりわけ“アフロ兄弟”はしばらくワタシの中で「あなたの思ひ出に残る個性派ザコ悪役100」の第10位ぐらいには食らい付いて来る気がする(=^_^=)

終盤に向かうに従い、だんだんバトルの質(?)が低下して行っちゃう印象はあったが、
「倉田のおっつぁんの動きを観届ける」「怪し気なトーキョーの雰囲気を満喫する」「“アフロ兄弟”を眺めて楽しむ」・・これらだけでもきっと「損はない」と思うので『ゴールデン・チャイルド』好きのアナタも、何かを試しに観に行かれては如何だろうか? ・・って何をよ?(=^_^=)

〜 こんな辺りも如何でしょうか 〜

♦原題は『ブラッド/ザ・ラスト・ヴァンパイア』と言う。
♦“判断ミス”っぽいオニ退治騒動を「勘違い」と認めるか「変異前」で押し切るか・・は大きな問題かも(=^_^=)
♦相手の眼をじっと見つめ、そこに“魂”が宿ってなかったら・・そいつはオニらしい(・ω・)
♦「CIA局員の身柄は拘束出来ない」ってセリフがあったけど、、ホント?
♦“タツミボウル”“林交通(タクシー)”“週刊ゲンザイ”などなど、怪しい看板や電飾が続々と・・!
♦“鏡の裏の世界”ちぅ表現が良い感じだった。キーファー君にもぜひ教えたげたい(=^_^=)
♦やっぱり出ました! ニンジャ軍団!
♦現場に貼られた黄色い警告帯(テープ)・・“きけん立入禁止”と「平仮名混じり」なのが何やらおかしい。
♦「へい、らっしゃい」「どうぞ」「気が付きませんで」など、カタコトながらも頑張ってたニホンゴ演出!
♦「KANTO HIGH SCHOOL」って・・何て分かり易いのよ(=^_^=)
♦奥多摩は「オクタマ・マウンテン」と言われてた。なるへそ!
♦品川区・戸越銀座の「安心のご宿泊:スゞヤホテル」・・ホンマにありそやね!(=^_^=)
♦小雪さんの初登場シーンのファッションが、往年の刑事ドラマ『Gメン75』に登場する女刑事のソレに結構近かった(=^_^=)
♦あの山間の(?)温泉旅館には、ロケする必要性があったんやろか? 私的には“小雪さんの入浴シーン”を挿入する気やったんやろか? とか邪推してるが。。
♦トウキョウ近郊(?)にめちゃくちゃな高さの断崖地帯が! 『ウォンテッド(2008)』かよ! と突っ込むもヨシ!
♦折り目正しかったのに、いきなりアレされちゃうホテルマンに・・涙(×_×)
♦イケメンの隻眼兄ちゃんはいつの間にか“人間形態”から退場、、(×_×)
♦「死んだ人間(=正体はオニ)は元から存在しなかった」・・で辻褄が合うんだろうか(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

パウエル「集中しろ、心の声を聞け」
    「見たものが真実とは限らない」

ハリソン「ここは冷静に、プロ同士として話そう」

サヤ「彼らは死んだのではなく・・最初から存在しなかった」

アリス「オニは沢山いるの?」
サヤ「想像以上にね」

カトウ「“ご自分の道”を進むべき刻(とき)が、来たのです」

アリス「約束して・・自分を疑わないと」
   「これは・・何1つ、現実じゃない!」

オニゲン「オニを殺せば殺すほど、オニになる。本来のお前の姿にな」
    「人の心を持てば、弱くなる」
    「自らを解き放て」

追記1:ジヒョンちゃんも・・1981年生まれってことで、、“セーラー服姿の(見た目)16歳”って言う設定も、ぼちぼちアレかも。。
追記2:リンクさせて頂いてるブログの管理人=itukaさん仰るに「日本の女優でサヤを演じられるのは、と考えた場合、即答できるのは、もはやこの人しかいません。そうです、綾瀬はるかさん。」とのことだが、私的には栗山“GOGO夕張”千明さんでも、こなせそうに思った(=^_^=) 路線は完全に“B”っぽくなっちゃいそうだけど・・?(⌒〜⌒ι) 栗山ファンの方、済みません。

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2009年4月18日 (土)

☆『レッド・クリフ/part1(2008)』☆

さる12日(日曜)の夜。
「日曜洋画劇場」で“テレビ朝日開局50周年記念”とし“地上波初放送”されたジョン・ウー監督作『レッド・クリフ/part1』を観た。
因みに、その土日は家人が“お犬サマ同伴”でこちら(高松市)に遊びに来た(?)のもあり、外食率が極めて高かったので、今や“自炊してる身”としてはかなり助けられた(=^_^=)>

かなり久々に父親のクルマ(“スズキ・スイフト”のスポーツモデル)のハンドルを握ったが・・コンパクトな車体だのに、装備が充実してて驚かされる。何より、体感出来るほどの車重(の軽さ)が素晴らしい。

そして、我がレガシィの倍ほども燃費が良いのだ! 枚方市(大阪)〜高松市の往復コースで約400キロなんだが、ガソリンが半分程度しか減らないと聞かされ、驚いた!(これがレガだと1往復で“ほぼカラ”となる)

今乗ってるクルマが全損大破したら(おい)、次は“インプレッサ”かなぁ? と漠然と考えてもいるが・・“スイフト”でも十分じゃん! と感じ始めてしまったり(・ω・) 何にしても、これ以上ムダにデカいクルマは欲しくないし、その必要もないな、と。

さて、劇場公開当時「ジョン・ウー作品として“三国志モノ”“2部作構成”ってどうよ?」とかなり斜に構えてしまい、結局劇場鑑賞を敢行するまでの意欲をかき立てられなかった本作だが・・

今からおよそ1800年の昔、後漢末期・建安13年(=西暦208年)。時の漢王朝は衰退し、国の各地で反乱が勃発、世は乱世へと突入して行った。

(後に“魏国”の礎を築く)丞相(じょうしょう)=曹操は朝廷(皇帝)を支配、いち早く天下統一への名乗りを上げる。彼の軍勢は北部を瞬く間に平定、南方に向け兵を進める。

南には(後に“蜀国”の礎を築く)劉備や(後に“呉国”を建国する)孫権の治める領地があったが、彼らを「討伐すべき逆賊」と責め立てる曹操軍。

大軍を前にし、流石に形勢不利で南へ南へと敗走を続ける劉備軍。
そんな中、劉備お抱えの軍師=孔明(金城武)は、孫権に仕える軍師=周瑜(トニー・レオン)に接近し、やがて彼ら2軍師の根回しの甲斐あって、劉備+孫権の同盟が結成される!

熱き魂の漢(をとこ)たち・・劉備、関羽、張飛、趙雲ら名だたる猛将。そしてその陰には、彼らを勝利に導く女たちのドラマがあった・・周瑜の妻=小喬(リン・チーリン)、孫権の妹=孫尚香(ヴィッキー・チャオ)。

やがて長江近郊の“赤壁”にて、曹操vs劉備&孫権の歴史的な大戦の幕が切って落とされる・・!

吉川英治の小説『三国志(全8巻)』では“黄巾党の乱”平定の辺りで(早くも!)脱落してしまったワタシ(=^_^=)>
劉備軍の面々(特に劉備・関羽・張飛)は(小説の)冒頭からもの凄くインパクトがあり、それぞれにキャラも立ってて好きだったが・・これが孫権側や曹操側となると、殆ど人名やら馬名(赤兎馬:せきとば、関羽が曹操に与えられた荒馬)やらの断片的な知識しかなかったり(×_×)

今回の(初)放送に当たっては、ワタシを筆頭に(=^_^=)“三国志アレルギー患者”が視聴者層に多数含まれてたであろうが、冒頭に分かり易い「物語の流れ」「キャラ紹介」が付け加えられ、劇中でも「(キャラ名)表示」が頻繁に行われ、かなり親切な造りとなってて、好感が持てた。

それにしても意外なのは「曹操は“ワルの親玉”ぽく描写」「曹操軍に“有能&魅力的な将軍キャラ”は不在」「劉備にさほど“魅力的なオーラ”は備わっておらず」「軍師に過ぎぬ(?)周瑜が“肉弾戦”でもめちゃ強い!」辺りのジョン・ウー流(?)解釈だったろうか。

また、私的にはヴィッキー・チャオさんが“かなり好きなタイプ”なんだが・・本作では「ヒロイン的存在である小喬」よりも数歩下がった(下げられた)起用スタイルで貫かれており、残念だった(×_×) メイクやカメラワーク(の差)からも「もっと“2トップ状態”で描いてもろて良かったんでは?」と思えて仕方なかったぞう。

ほかには、
♦結構な“流血描写”はある意味「見所」とも言えたか?
♦「変幻自在なカメラワーク」は流石にウー監督の面目躍如と言うべきか?
♦孫権が孔明、周瑜らを伴い“虎狩り”に出かけるシーンが中盤(?)にあるが、虎を写したシーン群が“如何にも別撮りですよ”って感じで、ちと苦笑させられた。大迫力の乱戦シーンより、よほど(撮影が)難しかったのか?
♦(後方の)優雅な軍師たちと、(前線の)血みどろな兵士らの「映像の対比」は印象的。
♦孤軍奮闘過ぎな関羽さん! そして張飛、趙雲と同様の「ソロプレイ」が続く!
♦ウー作品にしては「爆発&炎上」が見受けられず残念(×_×) パート2に“その手のお楽しみ(=ファンサービス)”を残してやがるのか?(=^_^=)
♦「矢じりの先」に毒は塗ってなかったようで。
♦トニー・レオン(周瑜役)が“やや三ツ木清隆さん系”に見えた(=^_^=) ネットでも、同様の意見がチラホラと(=^_^=) 因みに三ツ木さんとは、往年の刑事ドラマ『特捜最前線』などに出ておられた俳優さんである(・ω・)

何にしても、見応えのある歴史ドラマには違いなかったな、と。
結構(視聴)率も取れたんじゃなかろうか?

まぁでも・・ジョン・ウーでなくとも本作の監督はつとまったかな? とコソッと思いました(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

劉備「我を慕う民すら守れぬなら・・この戦(いくさ)に何の意味がある?」

曹操「我が軍に、あのような強者が何故おらぬ?」
  「賢臣は主君を選ぶものだ」
  「一度(ひとたび)使うと決めたら・・疑うことはならん」
  「欲は人を若返らせる」
  「我、天下を1つとせん!」
  「例え“烏合の衆”とは言え、甘く見てはならぬ」

孔明「民を守って撤退する。民を苦しめるでない!」
  「大切なことは仁義です」
  「しまい込んだ宝剣を、今こそ抜き放つ時です」
  「鳩を太らせると、飛べなくなりますよ」
  「常に冷静であること」

周瑜「曹操は“漢の国賊”です」
  「曹操の軍は大群だが・・大義すらない」
  「今こそ、迷いを払うのです」
  「盟友となれば、もはや礼儀は無用です」
  「1本の藁も合わせて編むと、丈夫な草鞋(わらじ)となります」

関羽「今、勉強をしておけば、これで飯が喰えるようになる」

張飛「あれ(←曹操の水軍)を総て薪にすれば、きっと100年でも燃やし切れぬな」

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2009年2月13日 (金)

☆『レッド・ウォーター/サメ地獄(2003)』☆

ああっ・・! こんなん観てもぅた!(⌒〜⌒ι)

12日(木曜)の夜、残業を終えフラフラになったアタマで帰宅。
遅い夕食を食べつつ・・つい魔が差して(=^_^=)観てしまったのが“木曜洋画劇場”で地上波初放送(=^_^=)された“サメパニック映画”の『レッド・ウォーター/サメ地獄』であった、、(×_×)

基本路線は、主人公の石油掘削技師(ルー・ダイヤモンド・フィリップス!)が、麻薬組織の下っ端と、巨大人喰いザメの両者に左右からプレッシャーをかけられつつ、生き延びるために色々ごちゃごちゃとやりまっせ、みたいな展開(←テキトーやなぁ)

久々に「ご健在である」ことを確認出来たルー様(←とは言え、既に本作から6年も経っちゃってますが、、)やら、麻薬組織から派遣された、やることなすこと全てが荒っぽく「まんまバカそう」なギャングスタ役にラッパーのクーリオ(おおっ!)やら、ピンポイントで話題性のある(←オレの世界の中だけの話題性かも知んない(=^_^=))キャラを配しつつ、余りに分かり易い「定番的進行」でもってハナシは流れてゆく・・

タイトル通り、でっかいサメが登場するにはするが・・こいつが川底をのんびりと(?)泳いでる映像に「えっ? あんた淡水魚かよっ?!」とまずソコに違和感、、どうやら「その手の性質のサメ」と言うことだが、、

川底を掘削する大掛かりな機械に『アルマゲドン(1997)』『ザ・コア(2003)』などを連想し、
隠された大金をめぐるガチンコバトルには『トレスパス(1992)』なんぞを連想してしまった。

正直、サメについては「何匹おったのか?」すら良く分からず、余りに“喰いしん坊”過ぎな彼(?)のキャラにも納得の行かないトコがあったり。

一方で「ナニしでかすか分かんない」ってな暴走ぶりに関しては、陸(おか)(?)の上のギャングスタチームの方がよほど存在感を放ってたもんで、私的には“ギャング地獄”とサブタイトルを付けた方が、違和感は少なかったようにも思えた(=^_^=)

どうやら本作、劇場公開じゃなく、テレビ向けに製作された映画だったようで。
にしては、ロケやら小道具やらにはそれなりのこだわりがあり、爆発シーンでの火薬量にも妥協のなさはあった(=^_^=)

「誰でも書ける」レベルの脚本にも思えたが・・そこにはきっとプロ脚本家なりの意地ちぅか「あのペンタグラムな(=^_^=)イケメン男優=ルー・ダイヤモンド・フィリップスが、あの大物ラッパー=クーリオが、首を縦に振った!」と言う、プロ俳優を唸らせる「懐の深さ」が存在してたのかも知んない。

・・少なくとも、オレには理解出来んかったが(=^_^=)

追記1:ルー様速報! 何と『チェ/39歳・別れの手紙』にも出演したはるらしい!
追記2:続編では「大都会の地下水路(←当然ながら淡水(=^_^=))」を舞台に、「配管工である主人公」「麻薬組織」「巨大人喰いザメ」「ゾンビ集団」の4ツ巴のバトルを展開させて欲しい(=^_^=)

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2009年1月12日 (月)

☆『ラースと、その彼女』☆

11日(日曜)の午後。
久々に(?)新梅田シティにある“シネ・リーブル梅田”に行き、これまた久々の小品(?)『ラースと、その彼女』を観て来た。う〜ん、やっぱし平日に行くとしたら“少々面倒な立地”ですなぁ・・今日にしても、寒風がなかなか肌に厳しかったのれす(×_×)

午後からの回で観たが、開場時間前のロビーにガキ・・じゃない、ちびっ子(連れのお父さんなど)が多くて当惑(・ω・) 『ラース〜』って、こんな“幼き者たちのハート”をすら、鷲掴みにしてるのかしらん?? と“末恐ろしきモノ”を感じてしまっ・・てたら、何のことはなく、直前まで上映されてた『トミカヒーロー・レスキューフォース/爆裂MOVIE〜マッハトレインをレスキューせよ!〜』なる特撮映画を観終わったしとたちに過ぎなかった(⌒〜⌒ι) ←案外メチャメチャ面白かったりして。。

リンクさせて頂いてる幾つかのブログでも評価が高く「これは押さえとかな!」と関西弁で直感した本作。殆ど予備知識を仕入れずに観に行った次第だが、さて・・?

アメリカの何処かの田舎町(←ややイギリスっぽくも映る、実際にはカナダで撮影されたそうだ)。27歳のラース(ライアン・ゴズリング)は、兄夫婦の住む“本宅”の斜め(?)に建つ“ガレージ”を改造した家で暮らす純粋で心優しき青年。
町の皆には“ミスター・サンシャイン”と親しみを込め呼ばれているが、彼がいつまでも1人で悶々と(?)生活を送っていることに、義姉カリン(エミリー・モーティマー)は心を砕いていた。
「せめて食事ぐらいは一緒に」とラースを再三誘うカリンだが、口約束こそは結ぶものの、彼が実際に実兄ガス(ポール・シュナイダー)たちの食卓に座ることは殆どなかった。

そんなある日、ラースは職場で同僚に“リアルドールはいいぞ”と聞かされる。ホンモノの人間(の女性)そっくりの肌触りに体重。また、オプションの選択によっては、年齢や国籍をも自在に設定出来ると言う。ラースの心の何処かで、確かに“響くモノ”があったようだった・・

6週間後、ラースが珍しく兄夫婦の家の戸を叩く。
「会わせたい女性(ひと)がいる」と、ラースはもじもじしながらも嬉しそうだ。
「彼女は外国人で、言葉が不自由なんだ」「移動には車椅子が必要なんだ」弟が眼を輝かせ続ける言葉に、うんうんと頷くガス&カリン。
しかし、ラースが“彼女”として紹介したのは“リアルドール”のビアンカであった。

ポスターなどで有名なのは「右にビアンカ、左に微笑んだラース」を配したショットなんだが・・まぁ、言ってみれば「この1枚が本作(全体)を明確に表現してる」とも思う訳で、この点に限れば『リトル・ダンサー(2000)』のソレ(ポスター)にも通じる“ヴィジュアル・インパクト”を有してたような気がする。

物語の展開はタイトルである“ラースと、その彼女(ビアンカ)”に端を発するものの、中盤以降は“ラースの家族と、その町の人々”って風に広がってもゆく。
彼ら(一家)に対する愛情故に、町全体で(?)ラース&ビアンカを受け入れ、見守り、祝福しようと、ストーリーは流れて行く。

そのまま「劇終」(←香港映画かよっ!)となっても、それはそれで良かったかも知れないが・・後半では、ラースが「意を決してビアンカに“プロポーズ”したけど、彼女の返事は“ノー”だったんだ!」と兄夫婦に告白し、その心境に“微妙な変化”の訪れたことが観客にも明示される。
そして“意外な人物(?)による幕引き”を経て、ラースに“喪失と再生”がもたらされるのだが・・(・ω・)

私的に、本作で一番「光ってる!」と感じたのはダグマー・バーマン医師だったろうか。この方の「冷静で毅然と振る舞いつつも、踏み込めば温かい」と言うキャラ造型は、かなり本作の質を高めてくれていた。連想したのは『スカウト(1994)』で医師を演じてはったダイアン・ウィーストさんかな。

パトリシア・クラークソンさん、ワタシの中で「要注目の女優さん」となりそうですなぁ。

実はラースの間近には、彼に想いを寄せるマーゴと言う女の子(同僚)がいたりもし、彼女なりの“やきもき”“じたばた”する様子も、見所の1つと感じた。
美人、とは言えないしとだが(ファンの方、済みません)“コメディエンヌとしての才能”のスゴそうな女優さんである。

意図された演出とし、冒頭&終盤で神父の語るシーンがあるが、特に前者におけるセリフ(うろ覚え)

「神の仰る究極のルールはただ1つ・・“互いを愛しなさい”です」

と言うのが、それが放たれた瞬間から、作品世界全体に染み渡って行くようで「エエなぁ〜」と妙に気持ちが安らいでしまった(=^_^=)

総括としては“町ぐるみの、実話めいたええハナシ”って域を超えるモノではなく、私的には涙腺を刺激されることもなかったが・・

「妄想を作り出すのも、それに幕を下ろすのも、結局は自分と言う人間なんやね」
「みんなが1人を変えることって、逆に言えば1人がみんなを変えることでもあるんやね」

と何だか“アホみたいなこと”を観賞後に改めて思ってしまったワタシである(⌒〜⌒ι)

〜 ほか、こんなことも 〜

♦海外にも“アクション・フィギュアおたく”のおることを再確認(・ω・)⇒安心(=^_^=)
♦「テディ・ベア」の救命(蘇生?)シーンは“ミスター・ビーン”っぽくて微笑ましかった。ローワン・アトキンソンがやるよりも断然魅力的だし(=^_^=)
♦主人公の第一印象は「(『スクリーム(1996)』『スパイダー・パニック!(2002)』に出てた)デヴィッド・アークエットに似とるね」である。どないでしょ?
♦ビアンカは「ブラジルとデンマークのハーフ」であり宣教師。看護師の資格もある、と紹介されていた。日本人好きのしとなら「トウキョウからやって来たコギャルの“ミドリ”」っておなごもチョイス可らしい(=^_^=)
♦ビアンカの下腹部を「チラ見」したカリンが「やだ、ウソ・・!」と驚愕するシーンに、観てるこっちも驚愕(⌒〜⌒ι)
♦ラースには“リアルドール”を勧めつつ、(多分)自身は購入しなかった同僚くん。「X−boxの新型を買って、金がなくなったんだ」とか言い訳してたが・・「たかだかゲーム機が、幾らのモンやねん!?」とぶん殴ってやりたい気分だっ(おいっ)
♦バーマン先生による治療は(時間的にも)手厚過ぎる気がした(・ω・) 「入院させるだけの(金銭的)余裕はない」とか兄夫婦は言ってたが、あそこまで入念な通院(の質&回数)ともなると、結構(費用が)かかったんではなかろうか?(にしては薬を処方してなかったようにも思う?)
♦兄夫婦を写した「同じ」写真が「2ヶ所」で飾られてたのが印象的だった。
♦ボウリング場でのラースの「1投目」には笑った! あのネタは合コンでも使えるね(←まだそんなんやっとんかい!(=^_^=))
♦ラスト寸前“ラースと、その彼女”を手前に配しつつ、その背後を戻って行くバーマン先生の後ろ姿にキュンとしてしまった。きっと「やれやれ、治療は終わったようね・・」とでも呟いておられたことだろう。
♦中盤からの“サスペンス劇”を何処か期待してしまってたワタシ・・(ビアンカが)ベッドで自然に(左に)倒れる演出には・・ヒヤリとしました(×_×)
♦最後は、やっぱり「あの木箱」を“再利用”したんやろか?(←おいおい)
♦「犬」や「警官」の存在しない世界でしたね(・ω・)
♦エミリーさん、激した時の“声のかすれ具合”も含め、デミ・ムーアっぽさはそこそこ健在ですね☆
♦何のかんの言って(←言わないが)、結局は沢山の女性に愛されてたラース君でしたな(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜 ※メモなし鑑賞につき細部は異なります、、

ラース「僕を抱きしめようとする人もいるけど、抱きしめられるのが嫌いな人だっている」
   「これは造花だから、美しさは永遠に損なわれないよ」

マーゴ「涙の理由はそれだけじゃないの」
   「彼といても面白くなかった、だけど・・寂しかったのよ」

ラース「いつ、大人を自覚した? セックスを知ってから? そもそも“大人”って何だ?」
ガス「皆に正しいことをする、例えそれが辛くても・・それが“大人”だと俺は思う」

バーマン「心の病の全てが悪いわけではないわ」
    「ビアンカが現れたのには“理由”が有る筈よ」
    「これから先、を決めるのは彼自身よ」

バーマン「寂しさの余り、患者の名前の綴りを間違えることもあるわ」
ラース「先生は・・面白い人ですね」

※「満員だと? 女どもを帰らせろよ!」
店員「そんなこと出来るかよ、八つ裂きにされちまう」 ←ボウリング場にて

ガス「弟は“町の笑い者”になる」
バーマン「あなた方もね」

彼女「そろそろ私たちも、みんなの所に戻らない?」
ラース「少し歩かないか?」
彼女「いいわ」

同僚「解剖学的にも“精密”らしいぜ」

おばさん「人生なんてそんなものよ・・“幸福”と“不幸”が一度にやって来るの」
    「まるで大きな子供ね・・夫みたい」

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2008年12月 5日 (金)

☆『レーサー(1969)』☆

3日(水曜)の夜、“追悼ポール・ニューマン特集”の第3夜とし(?)衛星第2で放送された『レーサー』を観た。

スランプに悩まされ始めた孤独なレーサー=フランク・キャプア(ニューマン)。ある夜、彼は気晴らしに出かけたレンタカー店で、受付をしていた美しき女性エローラ(ジョアン・ウッドワード)と出会い、たちまち恋に堕ちる。

やがて2人は結婚。フランクは(実はシングル・マザーだった)彼女の息子=チャーリーにも実の父親のように愛情を注ぐ。

だが“家族3人での生活”を大切にしたいエローラの気持ちは伝わらず、フランクは成績を上げるためにガレージやテストコースにひたすら泊まり込み、練習&整備に明け暮れる日々。

愛に飢えた妻は、夫のチームメイトであり、最大のライバルでもある若手レーサー=ルー・アーディング(ロバート・ワグナー)との深い関係にはまり込んでしまうのだった・・

実生活において、ニューマンの妻でもあったジョアンさん。それにしては“モノ凄い”(ドロドロした)展開であり、驚いてしまった(⌒〜⌒ι)
ライバルである男に愛妻を寝取られる役、、と言うのは脚本として「よほどの決意」がないと承諾しにくいとも思うんだが、まぁそこを難なく(?)OKしちゃうトコロが、ニューマン夫妻なりの“スター性”なのかも知れない(・ω・)

タイトルこそ『レーサー(原題:WINNING)』となっているが、物語の軸は「フランクのプライベート」であった感が強かった。
飽きさせぬよう、要所でレースシーンが展開されるも、マックィーンの放った『栄光のル・マン(1971)』とは、何処に重きを置くかなど、その(両者の)テイストには大きな違いがある(それぞれの作品性の問題なので、甲乙は付けられないが)。

ワタシの記憶に残るのも、恐らくはレース&クラッシュシーンの数々より・・すれ違い始める2人(フランクとエローラ)の関係がどう転がってゆくのか、その予測不能な展開(ある意味“レース展開?”)の方こそ、な気がする・・

黙して屈辱に耐え続けたフランクが最後の最後に怒りを爆発させるんだが、あの持って行き方も“ある意味、アクション映画的(任侠映画的?)”で苦いんだけれど、溜飲の下がる部分が確かにあったか。

終盤は、歩み寄る2人の会話で幕となるんだが、観てて「あ、コレが言いたかったんやな」と、レースにおける勝利場面以上に、気持ちがスッとしたのだった。

〜 こんなセリフもありました 〜

フランク「車を借りたい」
エローラ「あなた、酔ってるわ」
フランク「シラフなら借りたりしないさ」 ←今では冗談でも交わせぬやり取り、、

エローラ「ここは狭い町よ、娯楽は噂話だけ」
    「時々、遠くへ言ってしまうのね・・うわの空みたい」
    「あの頃の私は孤独が怖かった・・誰でもいいから側にいて欲しかったの」
    「離れてても、思っているわ」
    「私には私の人生があるのよ」 ←息子に

エローラ「休まないの? 神様も日曜は休んだのよ」
フランク「俺は神様じゃない」

フランク「ドアは開かん、窓から入れ」 ←レーシングカーのこと
    「転がして、身体で覚えろ」 ←バギーカーのこと
    「車を信じるしかない、無理にでもね」

ルー「結婚して2週間でうんざりだ、いつも隣には“違った顔”がいる方が新鮮だね」

チャーリー「(離れるんなら)なぜ結婚するの?」
フランク「いい質問だ・・だが“答えのないこと”もある」
    「夫婦を続けるには愛情が必要なんだ・・それは理屈じゃない」

チャーリー「僕は“持ち物”じゃないぞ、心がある」
     「レースを見る・・あの男に勝ってよ!」
     「親が別れたら・・子どもは傷つくさ」

インタビュアー「なぜゴール後も周回を?」
フランク「止まりたくなかった」

ルー「幸せになってくれ」
エローラ「・・あなたも」

※「勝ったんだから、もっと素直に喜べよ」
フランク「勝利だけが喜びか?」

エローラ「私の望みはあなただったのよ・・彼に抱かれたのは、それが満たされなかったから」
    「この結婚は失敗だったわ」
フランク「まだ始まってもいないさ・・これからはちゃんと向き合いたいんだ、車にも君にも」

エローラ「私はあなたほど強くないわ」
フランク「強くなれるさ・・でないと、何のために苦しんだのか分からない」
    「やり直せると信じよう」

追記1:後半のレースシーン(インディアナポリス・スピードウェイでの“インディ500”)。しょっぱなのクラッシュで、客席に外れたタイヤがドデ〜ン! と落下するショットが強烈だった! 多分軽い素材でこしらえた(=はりぼて)タイヤを(観客の頭上から)落としての“再現映像”とは思うんだが・・
追記2:勝者を取り囲む喧噪の中、セールスマンのおっちゃんが早速「不動産投資をなさる気はありませんか? 老後に備えて」などとすり寄って来るシーンには苦笑させられた。今も昔も変わらんのね。。

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2008年8月17日 (日)

☆『ランブルフィッシュ(1983)』☆

うう、レビュー書くの忘れてた(⌒〜⌒ι) どんどん鑑賞が進んで行くもんだからして。。

さる10日(日)の深夜(土曜の“24時以降”と言うべきか)に放送されてたフランシス・フォード・コッポラ監督の『ランブルフィッシュ』を中盤以降ながら観た。
衛星第2で何気なく放送されてたのを寝しなにたまたまチェックしてみた、程度の“軽い気持ち”ながら、しっかりラストまで連れてかれてしまった(=^_^=) コ〜ポラ(←違)、恐るべし!

ある地方都市を舞台に、不良グループのリーダーとし数々の“伝説”を一代で(=^_^=)築き上げた男“バイクボーイ”(ミッキー・ローク)と、彼を兄に持つ“跳ねっ返りだが勢いの空回りしてる”弟ラスティ・ジェームズ(マット・ディロン)の交流を軸に、真っ当に生きようともがくワルの悲劇を「モノクロ映像」の中に描いた作品。

ネットで粗筋を辿るに、中盤までは比較的躍動感ある展開だったようだが、ワタシが観始めてからの世界はかなり静かな流れで、とにかく「モノクロの画面に漂う深夜の街角の霧」「その霧に白く浮かび上がるネオンサイン看板」「“バイクボーイ”がぽつりと語る、達観したような、答えをすくい取れとでも言いたげな深いセリフ群」などに酔わされてしまった。
また、描かれる全てがモノクロであるハズの世界の中で“とあるモノ”だけが鮮やかな色合いで表現されており、そのパートカラー演出の用い方に圧倒された!

「ミッキー・ロークの起用」「パートカラー」ってな要素は、ひょっとしたら本作を観て刺激を受けた(?)ロバート・ロドリゲス監督が『シン・シティ(2005)』を映像化する際、大いにオマージュを捧げたと言えるのかも知れない?

主人公はラスティであるが、彼を取り巻く助演俳優陣も凄まじく、彼女=パティ役にダイアン・レイン、父親役にデニス・ホッパー(!)、同じ不良グループの仲間スモーキーを演じてたのが・・しばらくは気付かなかったが(=^_^=)・・何とニコラス・ケイジなのだ!!
流石に精悍で、とある部分がフサフサしてて、甘いマスクのカッコいいあんちゃんであった(=^_^=)

ラストでは“とある行動”をとった“バイクボーイ”を、待ち構えてた警官が襲うのであるが、運んでる※※で両手の塞がってる、(恐らくは)丸腰の人間を、いきなり問答無用で銃撃するってどうなんやろ? と疑問に感じたものだ。K国の国境警備隊じゃあるまいし、、

中盤より観たからこそ、その静かなモノクロ世界に惹かれたのかも知れないが、こんなに魅力的な作品とは思わず、次回放送時には、きっと最初から観てやるぞ! と心に決めた次第である(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

バイクボーイ「人を率いるなら“行き先”がなくっちゃな」
      「忠誠ってのは・・悪徳だ」

ラスティ「この街はクールだな、あらゆる色が溢れてるぜ」

スモーキー「知恵がなきゃ、抗争も出来ねぇ」

追記:後半、チンピラに襲撃されたラスティが手前の地面に横たわり、その体が“幽体離脱”するシーン(一種のワイヤーアクションと思われる)に、奇妙な余韻があった。当時のコッポラ先生、どっかの宗教集団がなんかに心酔してはったんやろか。。

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2008年7月 9日 (水)

☆『レッドライン』☆

8日(火曜)の仕事帰り。
「気分転換でもしよう!」と考え、梅田に出て“ピカデリー(泉の広場上ル)”で上映中の『レッドライン』を観て来た。

資本主義の到達点(?)とも言える「ゲッスい系富欲層」が魑魅魍魎のごとく集う街・・ロサンゼルス&ラスベガス・・を舞台に、1レース=数百万ドルの賞金を賭け、公道レース(無論のこと非合法(=^_^=))を繰り広げる連中がいた。
そんな“限界速度(レッドライン)”に挑む若者たちの希望と退廃ぶりを描いたアクション作品である。

基本的に「レーサーを雇う側」と「ブルジョアに雇われる側」の2つの視点しか、本作にはほぼ存在しなかったんだが、何やら観終わってからは「カネにモノを言わせて運転させるより、権力をにおわせ脅しつける方が、ドライバーがよほどしっかり仕事してくれるんじゃないの?」と思ってしまったり(・ω・)
「人は金でなく、恐怖で本当に動く」なんてな格言ってのも有り得るのかも知れない。

主人公はナスカーで活躍したレーサー=ブレット・マーティン(1960-2003)を父に持つナターシャ(愛称:ナット)。母サリーと共に“ナットのドライバー養成所”を運営する若く(ハデだけど)美しい彼女は、父譲りの卓抜したドラテク(運転技術)を持ちつつ、自身がヴォーカルを担当するバンド“ムーヴィング・ヴァイオレーション(moving violation)”の全米メジャーデビューの方にご執心な女の子だ。

そんなナットに目を付けた成金ラッパー、インフェイマスが彼女に「30万ドル+デビューアルバム制作」を条件に、ライバルである成金メタボォなおっさん、マイケル・ドラジオのお抱えドライバー、ジェイソンと闘わせようと企む。
このジェイソンもまた“ロス⇒べガス間を(通常は4時間かかるトコ)1時間45分で突っ走れる”超絶のドラテクを誇る若者。
実はこのジェイソン、マイケルの甥であり、カルロと言うイラク(派兵)帰りの青年を兄に持つんだが、対立する両者(叔父と兄)の間で揺れる繊細な青年でもあった・・。

いよいよナットvsジェイソンの一騎討ちが始まる。

(賭けレースの)経験が深い分、中盤まではナットを圧倒するジェイソンだが、彼女も天性のセンスでいよいよジェイソンに追いつき、抜き去る・・!
終盤、ゴールへのストレート(直線)、ジェイソンはついに“禁断のNOS(ニトロ)ボタン”を押し込むのだったが・・

全編を彩るスーパーカーの数々がやはり豪華と言うか、イイ具合に“観客を釣るエサ”になっている(=^_^=) 近年のスーパーカーにはとんと疎い(まぁ、恥ではなかろう)ワタシなので、何が何だか分かんなかったが・・唯一、序盤でチンピラの乗ってたのが日産シルビア(S14?)らしきことは判別出来た☆ うぉ、ニッポン車代表じゃん!(これのみは“買えるレベル”のクルマだったかも☆)

それにしても、本編の殆どが「ギャンブル」「乱闘」「賭けレース」だったなぁ・・(私的な)バカ映画の条件たる「無駄に全編を包むストリートラップ楽曲の数々」ってのも忠実にやってくれてましたし(=^_^=)

余りの荒唐無稽さに正直、唖然とさせられてしまったのはあるが、以下の2シーン

・序盤のナットによる全開走行時「ぶつかってるんとちゃうんか?!」と思う程に2台が幅を寄せて突っ走る演出
・“NOSボタン”を押し込んでからの描写

は見応えがあった。後者は特にムチャクチャである。。殆どブレーキングの意味がないって(×_×) しかしアレは“違法改造”として賭けレース自体が無効になるんでは? と思ったんだが、良かったのだろうか?

〜 ほか、こんなことも 〜

♦何が起こっても全損(全壊)必至な速度領域、、運が良ければ“爆発炎上”だけは免れる
♦どっかにタトゥーしてそうでしてなかったナットちゃんに好感☆(CGで消してたんかも?)
♦「ギャンブル」や「乱闘」の描写は削ってエエから、ナットちゃんのベッドシーンだけはちゃんと映せ!
♦高速でのレース中にドリフト走行する演出があったが、タイム的には無駄な動きって気がするぞ
♦クルマを愛してるんだかどうなんだか微妙な気もした作品世界(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

インフェイマス「いま俺を逃したら、損するぜ」
       「最後にモノを言うのは“馬力”だ」
       「気合を高めて行かなきゃ、即破産だぜ」
       「Time is my money(時はカネなり、だ)」

サリー「怖いのは、走りたい気持ちの裏返しよ」

バンドマン「金や俺たちのためじゃなく、あんた自身の希望のために走ってくれ」

※「そのシャツ、女モノかよ?」
※「あんたの彼女のだ」

マイケル「君の瞳が俺の魂を見つめた・・その瞬間、俺の中で全てが変わった」
    「80歳になった時、今日のことを孫たちに話そう」
    「今まで出会った女性はみな、俺を見限った・・母もその1人だった」

ナット「運(Luck)なんか信じないわ、信じるのは運命(Desteny)だけ」

追記1:本作ならでは(?)の表現で「プラチナ※本」ってのがあった。(純無垢のプラチナ棒)1本で130万ドル相当だそうだ☆
追記2:マイケル役のうさんくさい、メタボォなおっさん、何処かで観たゾ! と思ったら『リベリオン(2002)』の司令官役のしとだった! 確か、あの頃からメタボォだった!(⌒〜⌒ι)

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