2008年12月15日 (月)

☆『ユナイテッド93(2006)』☆

※古いレビューとなります。ご容赦下さい。

さる11月20日(木曜)の夜。
「木曜洋画劇場40周年記念」の一環として“地上波初放送”された『ユナイテッド93』を観た。
公開当時に劇場で鑑賞した本作。予想していた以上に“エンタテインメント性”が削ぎ落とされており、臨場感溢れるカメラワークの効果も相まって、作品世界に引き込まれ・・「辛い」「悲しい」より先に「悔しい」「ただ悔しい」と強く感じたものだった。

※当時のレビューは以下のリンク先にて一読頂ければ幸いです(06年9月17日(日曜)の記事)。

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/16/index.html

今回の「吹替えによる放送」では、特にテロリスト側、乗客側ともに(確か)一度は口にした言葉「何を待っている?」が印象深かった。

また、作品が迎える悲劇の結末を知っているが故に・・
・同僚に「ご苦労さま、また後でね」と声を掛ける客室乗務員(CA)の女性。
・離陸直前、ぎりぎり搭乗に間に合った男。 ←『タイタニック(1997)』のジャックと同じ描かれ方、、
・出張を終え、帰宅すべく同機に乗った男。
などの言動は、心にこたえるモノがあった。

お互いに、常日頃から乗務に心身を削らせてるのか、ふと交わされたCAたちのセリフ、
「今日もラクな仕事になりそうで良かった」
「今日はラクよね、お客が少なくて」
もまた、耳に残ってしまう。

テロリストたちがいよいよ動き出すと、乗客間では様々な危機的情報が飛び交い始める。この辺りからの緊迫感と言おうか、機内に充満し始める“合衆国の終焉のイメージ”みたいなモノの漂い方がスゴい。映像的に大したテクニックは使っていない筈なのに“絶望”が作品世界を覆っているのだ。

間もなく乗客に「(通常の)身代金目的のハイジャックでは済まないこと」の伝わった瞬間、彼らの絶望感はピークに達する・・

「木曜洋画劇場」でお茶の間にサラッと流して良いタイプの作品だったのか? ワタシの心の何処かに引っかかるものはあったんだが“エンタテインメント作品”と表面上を取り繕ってでも「伝える」べき作品ではあるのだろう。

そして本作は、同機の墜落現場(ペンシルヴァニア州シャンクスヴィル)に建てられた慰霊碑よりも、ある意味“雄弁に”この事件を鮮やかに語り継いでも行くのだろう・・

〜 こんなセリフもありました 〜

※「忙しい? 時間は作るもんさ」
 「(機が)半径50マイル以内に入れば・・ワシントンは守れない」
 「これは戦争と同じ状況なんだ、分かるな?」
 「この機は着陸しない、空港になんか戻らないぞ」
 「愛してるって言いたかった」
 「愛してるって伝えてくれ」
 「あなたを誰よりも愛してた、忘れないで」
 「自力で何とかしないと、誰も助けてはくれないぞ」
 「ただ、愛してると伝えてくれ」
 「無事に帰れたら、明日にでも仕事をやめるから」
 「子どもたちに愛してるって伝えて」
 「みんな、そろそろ行こう」

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2008年9月13日 (土)

☆『山猫は眠らない3/決別の照準(2004)』☆

11日(木曜)。「木曜洋画劇場」で確信犯的(=^_^=)に放送された“B級系作品”と思しき(←ファンの方、済みません〜)1本『山猫は眠らない3/決別の照準』を終盤のみながら、興味半分で観てしまった(⌒〜⌒ι)
トム・ベレンジャーが「凄腕スナイパー」を演じるらしい本シリーズ、この「3」が取り敢えずの完結編となっているそうだ。
悔しくも(←ホンマにそう思ってるんか?)全く未見な本シリーズであるが、

この完結編でもベトナムをメインのロケ地とし、途上国に回帰(?)させたような物語に『ランボー』にも通じるテイストを覚えた。根っからの傭兵や戦士にはきっと「最先端技術に囲まれた暮し」「IT企業への就職」など考えられないのだろう・・

ラストでいよいよ最後の敵ボスを狙撃する展開となるが・・相棒である刑事を人質に、その背後に隠れる標的を、異なる狙い方でもって1発で仕留めるベレンジャー兄貴がやっぱしカッコ良かった☆

ゴルゴ13(=架空の人物ながら世界一有名な日本人スナイパー)が物陰に隠れた“見えない敵”を倒す際なんかには、柱に1度弾丸を当て、角度を変えて狙う・・なる“跳弾”ってな超絶テクニックを使ったりするんだが、それとも違うやり方で面白かった。ワタシが思うには、

・人質自身が反撃(肘鉄、足の甲を踏む等)し、敵がひるんで丸見えとなった瞬間を撃つ
・人質もろとも撃ち、貫通させた弾丸で倒す
・人質の足などを撃ち抜き、敵がひるんで丸見えとなった瞬間を撃つ

の大体3パターンが描き得ると思うが、本作の演出も「ちょっと計算と角度が狂ったら大変だヨ!」と思わせつつも、珍しいオチだったかな、と。

またいずれ心にビシッと命中するもんが出て来れば、DVDボックス(全3作の本編3枚+メイキング3枚)を買っちゃったりなんかして(=^_^=)>

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2006年11月30日 (木)

☆『ケヴィン・コスナー(1997)は2度ベルを鳴らす(のか?)』☆

ハナシは2つの段落に分かれる。

その1:さる20日(月曜)。衛星第2で放送されたドキュメンタリー番組「ルキノ・ヴィスコンティ」をだらだらっと観た。イタリアを代表する映画監督であり、“巨匠”と呼ばれる映像作家の人生とその作品を、彼を知る人々のコメントや資料映像などで綴ったドラマである。
『郵便配達は2度ベルを鳴らす(1942)』『山猫(1963)』『ベニスに死す(1971)』など、パッと手がけた作品名が出て来るほどの巨人ではあるも、正直どんな風貌の人物なのか、分かってなかったりもした。
生没年・・1906〜1975年。(助監督を経ての)監督デビュー作が『郵便配達は〜』であり、そう考えると、若くして恐ろしい才能をいきなり開花させてた感を受ける。
かつての作品に絡め、当時の心境&裏話を(出演)俳優&(参加)スタッフが振り返るシチュエーションが少なくなかったが・・さすがに皆さん、当時との落差が激しかった。。老いて尚「俳優としてのプライド」が(顔出しの)出演を許さない・・そんな抵抗感とか、なかったんやろか(⌒〜⌒ι)
ラストで監督自身はこんなコメントをしていた。

ヴィスコンティ「大事なのは、テーマだ」
       「多くの作品をただ撮ることは容易(たやす)い。だが、私は自らが正しいと信じる作品をこそ撮りたい」

その2:本日29日(水曜)。ヴィスコンティ作品がしばらく特集されてる中(そしてそれらが観れぬままに過ぎてく中)、ようやく監督デビュー作『郵便配達は2度ベルを鳴らす(1942)』を中盤からながら、かいつまんで観ることが叶った(新聞を切りながらの鑑賞だったんで、観たと言えないレベルだが)。
流れ者の短気な青年ジーノと年上の旦那との生活に倦怠を感じる人妻ジョヴァンナの出会い。惹かれ合う2人はやがて邪魔者の存在(=旦那)を計画的に亡き者とする。訪れたかに見えた蜜の時間。しかし2人の想いは間もなくすれ違いを見せ始める。
別離と再会を繰り返すジーノとジョヴァンナ。ようやく2人の気持ちが1つになった・・その瞬間、恐るべき報いが2人に下されるのだった。
そんな流れだろうか。
半世紀以上も昔の物語なのに、物語のエッセンスが殆ど古びてないのがスゴいなぁ、と。当時としては「カースタント(≒カーアクション)」も斬新で大胆でハイカラ(←死語)な演出だったんじゃなかろうか。ラスト近くの幸せそうな2人の描写が、如何にも「もうすぐ何かが起こりそう」な不安をかき立ててくれる。そう、まるで後年の名作『俺たちに明日はない(1967)』のボニーとクライドのように(・ω・)
※『俺たちに〜』はヴィスコンティ監督の関連作ではありません。
ジーノが終盤、自分たちに言い聞かせるように「これが人生だ、これが人の生きる道なのだ」「運命は決して俺たちを見捨てない」と放つ台詞が何とも哀しい。直後、彼は全ての希望を失ってしまうのだから・・。

因みに本作、原題(イタリア語)が「Ossessione(意味:妄執、妄想)」であり、英題だと「The Postman Always Rings Twice」となるのだが、劇中に“郵便配達夫”は登場しない、確か。もちろん“ポストマン”に扮した近未来のヒーロー気取りのケヴィン・コスナーも出演しないし(=^_^=)
以前、学生時代に教師のどなたか(誰だったか?)に聞いたハナシでは「The Postman」は“郵便配達”ではなく、正しくは“過去の男性(恋人)”を指す表現であると言う。確かに、その方がストーリーとの辻褄は合っているかも知んない。
だけど、ベルを2回鳴らすシーンがあったかどうかは分かんなかった。「ピンポンダッシュ」するシーンは少なくとも盛り込まれてなかったようだが・・(←コメディだろ、そういう演出だと)

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2006年9月28日 (木)

☆『夕陽のギャングたち(1971)』☆

21日(木曜)の鑑賞。セルジオ・レオーネ監督が、ロッド・スタイガー&ジェームズ・コバーンを主人公に、革命の熱気に揺れるメキシコを舞台に描いた“一大叙事詩”である。
クリント・イーストウッドを「ダーティーな善のシンボル」に据え置いて描いた『ガンマン』シリーズに比べると、主人公らのパワーがやや常人レベルに下がっており(=^_^=)、ヒーローの超人的な活躍を楽しむ映画と言うより「激動の時代の中で翻弄される男らのドラマ」と評した方が分かりやすいだろう。例えれば「船戸与一の冒険小説」のような感じである。主人公らが頑張るんだけど・・ってなちとほろ苦さの残る鑑後感、である。

毛沢東の言葉「革命は晩餐会ではない、それは優雅さや礼節では成し得ない。何故ならば・・革命は暴力的行為だからだ」がはじめに映し出される。そして、馬車に乗ったブルジョワな人々がフアン・ミランダ(スタイガー)率いる山賊の一味に襲われ散々な眼に遭う冒頭。何とも言えぬ「きな臭さ」が漂って来る展開だ。
そしてぶらり現れる“アイルランドの花火師”ジョン・マロリー(コバーン)。「動」の悪党と「静」の悪党が出会い、成り行きでメサ・ベルデ国立銀行の地下金庫を破る計画が動き始める。
銀行を襲い、大金をせしめるつもりが・・地下に囚われてた150人の政治犯を解放・・たちまち“革命の英雄”に祭り上げられるフアンの複雑な表情が実に面白い。
そして中盤、アジトを襲撃された山賊らが無惨に殺される場面があるが・・長回しのカメラワークがなぞる中、子供らまでもが見事な「死に顔キープ」。悲しみより先に、こいつらの役者魂ってば凄い! と全く常軌を逸した感覚で唸らされてしまった(←おいこら)

ラストのコバーンもカッコいい! ふと「発破士の散り様、かくあるべし!」と勝手な解釈をし、ここでも1人頷いてしまった(・ω・)
コバーンと言えば、どうにも『電撃フリント(1966)』での“究極奥義=死んだフリ”なる姑息さ(=^_^=)や『シャレード(1963)』での爆笑必至の死に顔(ビニール袋で窒息させられる・・)、がすぐ脳裏に浮かんでしまうが、本作や『戦争のはらわた(1976)』と言った、素晴らしい出演作もあるんやなー、ととても評価を高めつつある俳優さんである☆

〜 こんな台詞がありました 〜

フアン「本の読める裕福な奴らが号令をかけ、読めない貧乏な奴らが死んで行く・・それが革命だろ? 結局そいつの繰り返しさ」

ジョン「ダイナマイトを使い始めた頃は、色んなものを信じていたが・・今となってはダイナマイトしか信じない」
   「オレのことなら気にするな、好きにやる」

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2006年9月20日 (水)

☆『夕陽のガンマン(1965)』☆

19日(火曜)の鑑賞。今週はセルジオ・レオーネ監督作が特集される衛星第2☆ 折角、放送開始直前の帰宅(20時前)が間に合ったってのに、家人が台所のTVで「皇室大百科スペシャル」とかナントカ言う、下世話な番組を観てたため(←決して皇室批判ではありません。バラエティ番組化させてる某局を批判してるだけです)冒頭のみ、観逃すのだった・・ぐふっ(×_×)
レオーネと言えば、最近になって知ったのが「生涯わずか7作品」と言う、スタンリー・キューブリックどころじゃない寡作ぶりである!(因みにキューブリック監督は16作品と意外に多い・・マイナー作も含むが)
そんな中、前にも観たことあるけど、今回もやっぱし観てしまった『夕陽のガンマン』。クリント・イーストウッド&リー・ヴァン・クリーフの2人のヒーロー(ってか両者とも善人とは言えぬ単なる賞金稼ぎだけど)が、ときに裏切り、ときに出し抜き、ときに挑発し合う・・そんな独特の緊張感とユーモアの冴える佳作である☆ ラストの砦(隠れ家?)での銃撃戦シーンは何度か観たことあるが、今回初めてモンコ(クリント)とダグラス・モーティマー大佐(クリーフ)の初対面の場面を観ることが叶い嬉しかった。
互いの靴先を踏みにじる行為からスタート、次に帽子を撃ち飛ばし、早撃ち&長距離射撃の腕前を競い合うのだが「それって、銃の照準狂ってたらどうすんのよ」とか「そこで、瞬間的に横風吹いたらどうなんのよ」とか妙にリアルな方向に意識が走ってしまい(=^_^=)、監督の狙い以上に観てて緊張してしまった。。
2人が「old man(老いぼれ)」「kid(小僧)」とぶっきらぼうに呼び合うのも字幕放送ならではの「耳サービス」である☆ 女性が殆ど登場しない世界観、インディオと言う大悪党にもそれなりの「悔悟の念」みたいなものが心中にあったのか・・と思わせる静かな眼差しの描写、クリント映画の定番(?)とも言うべき“主人公らがリンチに遭うシーン”など、結構ダレずに楽しめた次第。
ここでも私的に思ったのは「(青年期のクリントにかなり似てる)ヒュー・ジャックマンよ、若いうちにポンチョをまとい、西部劇に主演しなさ〜い!」ってことだろうか。
サム・ライミ監督の放った『クイック&デッド(1995)』の時も「新時代のウェスタンの登場や!」って感じでちょっと興奮したものだが、SF系にも恋愛ドラマにもある程度の限界がみえて来てる現在のハリウッド。今こそ、スタイリッシュなウェスタンの復活を! ・・って感じでどないなもんでっしゃろ?!(あ、ワイヤーアクションは禁止ね、念のため(=^_^=) 代わりに2丁拳銃と爆発とハトは許す(=^_^=))
ってことで、明晩は『続・夕陽のガンマン(1966)』が放送される、ワ〜イ。残業がなければ観ようっと(この作品もラストのオチは知ってしまってるンだが・・)

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2006年9月17日 (日)

☆『ユナイテッド93』☆

※この評は『シネバカ日誌/フリシボットル』にて公開されていた内容の再掲載です(サービス終了に伴い8月末で削除)。現在も劇場公開中であることから、内容を読み返した上(必要により一部修正の上)でもう一度載せることとしました。
これから鑑賞される際の参考となれば、と思います。

8月26日(土曜)、自室にこもり「溜まりまくってる」新聞関係をさばき切ったる!! と考えたものの、夕刻に車検あがりのクルマを引き取りに大阪市内まで行かなきゃならんこともあるし・・と考え、映画を観に行くことに。
一番観たかった作品は『スーパーマン・リターンズ』、次が『時をかける少女』だったが、結局観たのは“2001.9/11”を描いた映画の1本である『ユナイテッド93』となる。『ボーン・スプレマシー(2004)』(←未見・・)の監督であるポール・グリーングラスが描く、ハイジャック機内を舞台とした「極限の条件下で繰り広げられる人間ドラマ」。
因みに字幕担当は戸田奈津子氏(・ω・) お忙しいことで。。

「アラーフ・アクバル(神は偉大なり)」
朝。某ホテルの客室でサウジ男性がコーラン(イスラムの経典)を復誦するシーンから物語は幕を開ける。やがて他のメンバーがサウジ語で彼に呼びかける・・「時間だ」
そして異国人らはニュージャージー州・ニューアーク空港へと向かう、余りにも暴力的な「殉教」を決行するために。

「NY上空、異常なし」
テログループ(4人)に続き、乗務員、乗客が同空港の17番ゲートに集まる。サンフランシスコ行「ユナイテッド93便」に搭乗するために。予定では5時間25分後、彼らは無事に西海岸に下り立つ筈であった・・
管制センター(ハーンドン、ボストンなど)こそ「危機感」と言うアンテナを素早く立て、空域閉鎖の必要性にまで気を回すのだが、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)やFAA(連邦航空局)など、本来テロ(当初の解釈は「同時多発ハイジャック」だったが)解決に向けてのスピーディーな決断が要される機関の「もたつき」が目立った。
結局軍部が動き出すのは「NY世界貿易センタービル/ノースタワー」「同ビル/サウスタワー」「国防総省」・・そして「93便」が墜落(ペンシルベニア州シャンクスビル郊外)してからのことである。全てが後手に回ってしまった、そんな印象が否めない。

以前に同じ日(9/11)を題材としたドキュメンタリー映画『華氏911(2004)』を観て、“そのとき、彼(合衆国大統領)がどこにいて、何をしていたか”を知ったワタシとしては、「ああ、ここでこういうことをしてて、大統領承認が遅れたんやなぁ」と複雑な気持ちにもなってしまった(とは言え、大統領決断が必要とされたのは「戦闘機によるハイジャック機の撃墜」なる指令だったのだが)。

マンハッタン上空でレーダー上から「アメリカン航空11便」の機影が消失、やがて民間TV局(CNN)が放送する、黒煙を吐く「ノースタワー」が映し出される。そして間もなく、ニューアーク管制センターのスタッフらは「サウスタワーに旅客機が激突する瞬間」をハドソン川の対岸に目撃する。
・国内便:全て最寄りの空港に着陸
・国際便:米空域に入らぬよう追い返す
とそれぞれの対処は決まるが、なかなかFAAの態度が煮え切らない。
「必要なのは行動だ!」「滑走路への進入許可をとれ! 相手(空港)の言いなりになるな!」「FAAなどクソ食らえだ! 無視しろ!」
各管制センターで苛立ちが高まる。

「取りかかろう」
正確な情報も届かぬまま離陸した「93便」の機内で、テログループがいよいよ行動を起こす。手製爆弾で乗客を脅し、操縦室を制圧したリーダーの男は操縦桿(?)に“標的の写真”を貼付ける。それこそは「合衆国議会議事堂(※実際には「ホワイトハウス」標的説もあり)」だった。首都ワシントンへの到達は約50分。やがて機内では乗客が団結し、テロ撃退に動き出す。
「待っていても助けは来ない、我々でやるしかない。武器になる物を集めて欲しい」
ナイフ、フォーク、熱湯、消火器・・CA(キャビン・アテンダント:客室乗務員)により集められた武器が密かに乗客の男たちに配られる。操縦室の確保のみに意識の殆どを注いでいたテログループにとり、乗客の団結&反撃は想定外の事態でもあった。
「爆弾を取り上げたぞ! やっぱり※※※※だ!」
キャビン内でテロリスト2名を倒す乗客ら、勢いづいてカート(台車)を何度もぶつけ、遂に操縦室の扉を打ち破る。
そして乗客の中には操縦の出来る者もいた!
テロリストのリーダーは覚悟を決め操縦桿を倒し、「93便」を急降下させる。
「操縦桿を確保したぞ! 上げろ!」
自分たちの手でテログループを制圧した男たちが勝鬨(かちどき)を上げる。
しかし既に、ほぼ垂直に墜落する操縦席の窓には、恐ろしい勢いで目前に迫る地表が映し出されていた・・

乗客らの言動のどこまでが真実なのかは分からない。ただ管制センターのスタッフなど、重要なキャラを演じる出演者の何人かに「本人(as Himself)」を起用、遺族にも「乗客本人から架かった“最後の通話”の内容」を徹底してリサーチしたと思われる、生々しくも真実を思わせる演出(台詞)が、総じて「慎重に、真面目に、制作された作品」と言う鑑賞後の余韻(決して悲しいだけではない印象)を与えてくれた。
「You call your people(これを使いなさい)」と、隣の座席の(面識なき)女性に自らの携帯電話を手渡す夫人。
「もし助かったら、この仕事は辞めるわ」仲間に自らの心境を吐露するCAの女性。
そして客席に飛び交う乗客らの“最後の電話”の声・・
「心から愛しているよ、さようなら」

追記1:恥ずかしながら、93便に邦人が1人搭乗していたことを初めて知った。当時早大生だった久下氏。改めてご冥福をお祈りしたい。
追記2:9/11に犠牲となった航空機については下記の通りである。
08:46墜落 アメリカン航空11便(ボストン⇒ロス) 乗客・乗員92人
09:03墜落 ユナイテッド航空175便(ボストン⇒ロス) 同65人
09:37墜落 アメリカン航空77便(ワシントン⇒ロス) 同64人
10:03墜落 ユナイテッド航空93便(ニューアーク⇒サンフランシスコ) 同45人(44人との報道もあり)
追記3:ウィキペディア(Wikipedia:Web上のフリー百科事典)の情報によれば、地表には時速580マイル(約930km/h)の猛スピートで激突したとのこと。
もう少し時間があれば・・もう少し・・と悔やまれてならない。私的には悲しみ以上に、痛恨の念の大きく膨らんだ作品である。

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