2014年9月 6日 (土)

☆『マーサの幸せレシピ(2001)』☆

ブログの更新に関し、くじけそうになっとります、、(⌒〜⌒ι) まぁでも、気長にお付き合いいただければ幸いです。

・・

ハナシは(かなり)遡って、8月2日(土曜)の夜。
ご近所(=お隣の駅)にあるにも関わらず、全く訪れた事のなかったシアター「塚口サンサン劇場」に初めて行ってみる事にしたワタシ。

(むろん)新作も色々と上映されてたんだが、1週間の期間限定でリバイバル上映されてた『マーサの幸せレシピ』ってなドイツ作品を“レイトショー”で楽しんで来た次第(←料金:1000円)。

何でも、この8月は「ドイツ映画祭」と銘打ち『マーサ・・』『善き人のためのソナタ(2006)』『ソウル・キッチン(2009)』の3本を1週間交替で上映してくれてたようだ。何故「ドイツ映画祭」なのかはハッキリ分からなかったが・・きっと、サッカーW杯(WORLD CUP)のドイツチーム優勝記念だったんやろかね?

なお、シアターに入る前、界隈のイタリアン食堂『アレグロ』で夕食を済ませたんだが、ここは美味しいし、注文した料理を絶妙なタイミングでテーブルに運んでくれる配慮が珍しく、妙に感動してしまった!
ちゃんとこちらの食べるスピードに“目配り”しつつ、(例えば)ピザを焼き始めてくれる・・そんな感じである。コース料理を頼んだワケでもないのに、そこまでして頂けて、ホンマに嬉しかったです!

「サンサン劇場」を擁する「塚口さんさんタウン」に関しては、ちょいとくたびれた(昭和期の)雰囲気なんかも漂う施設なんだが・・色々と探検してみる価値もビンビンに感じる、古き佳き商業ビルと言えそう。
これからもまた、ちょくちょく遊びに来たい! ってか、もっと早く来とくべきだった!(×_×)
(ただし、地下駐車場に通じる入口の、左右の通路幅がハンパなく細いため、(3ナンバー車なんかだと)結構緊張する、、(⌒〜⌒ι))

「人前で食事が出来ない」「興奮すると過呼吸の症状が現れる」そして「孤独を好む」・・ ドイツ・ハンブルグの有名レストラン「LiDO」の料理長であり、オーナーのフリーダから「この街で2番目に優秀なシェフ」と高く評価されているマーサ・クレイン(マルティナ・ゲデック)は、仕事に関する完璧主義な姿勢&頑固でプライドの高い性格から、厨房のスタッフや来店客とも、衝突を繰り返す事が多かった。

そんなある日、彼女は“とある事情”から姉夫婦の娘である8歳の少女=リナをしばらく預からねばならなくなる。突然の共同生活に、お互いに抱く「ぎこちなさ」をなかなか解消する事の出来ないマーサとリナ。

決して“マーサのこしらえた食事”を摂ろうとしないリナは次第に弱って行くが、そんな彼女に「食事の愉しさ、素晴らしさ」をさり気なく教え示したのは、マーサが激しくライバル視するイタリア出身の陽気な料理人=マリオご自慢のパスタだった。

その件をきっかけに、マーサはマリオを料理人として認め、また異性としても意識し始めるのだった。

マーサ、リナ、マリオの3人の関係が良好になって来た頃、リナの父親であるイタリア人=ジュゼッぺ・ロレンツォがマーサのもとを訪ねて来る。リナを引き取り、イタリアで暮らす事を義妹に伝えるジュゼッペ。

マーサは当惑しながらも彼の提案を受け容れるのだったが・・

以前にも、BSP(プレミアム)で放送されたものを観た記憶があるが、今回は「松浦美奈さんご担当の字幕」の(質の)良さも手伝ってか「更に分かり易く、耳触りの良いセリフ群」を、大スクリーン映像と共に楽しむ事が叶った。

「いきなり同居人が増える!」ちぅ辺りの演出ってば、コメディ系ドラマなんかに有りがちな“ムーヴィーのお約束ネタの1ツ”とも言えるワケなんだが・・そこは主人公を演じるマルティナさんの「落ち着いてるけど、その実、テンパったりもする」「成熟した美しさを持つんだけど、その実、内面は子供っぽかったりもする」ってな相反する要素(?)を幾つも内包させたキャラ造型のチカラで十分に補い、独自の魅力を高めてたように感じた。

こちらに以前の記事がありますた。

〜 こんなトコも 〜

・リナの「ナ〜イン(=イヤだ、ドイツ語で「NO」)」ってな言い方が可愛かった。
・マリオ役のセルジオ・カステリットのご尊顔が、映し方によってはジャン・レノっぽくも見受けられる(・ω・)
・「ノーブラ+シャツ」な姿で歩くマーサを眺めてて「・・誘ってる?」とさえ感じてしまった(⌒〜⌒ι)
・オーナーのフリーダさんは何となくジュリアン・ムーアっぽい雰囲気をたたえてはった。
・イタリア人同士でもある、マリオとジュゼッペの共演シーンで「2人が何を喋るのか」に期待してたら・・何の会話もなかった!(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

マーサ“鳩はローストが1番。より風味が増す”
   「フォアグラは完璧よ。知ってるくせに」
   「煙草の吸い過ぎで、味が分からなくなってるのでは?」
   “シンプルな料理こそ、シェフの腕が分かる。
    シンプルな料理ほど、誤摩化しが利かないから”
   「正確さとタイミングが要なのは、料理も同じ」
   「退院したら“世界一の御馳走”を作ってあげるわ」
   “伊勢エビは水槽の中で痩せ細る”
   「召し上がれ(Bon Appetit!)」
   「午後は食べない事にしてるの」
   「私のせいだと言うの?」
   「フランスにマスカルポーネがなかったから、
    ナポレオンの料理人は絶望の余り、自殺したそうね。
    ・・ルイ14世(の料理人)だったかしら?」
   「幾ら努力しても、変えられない事があるの」
   「努力はしてるのよ」
   「ママは永遠にあなたのママなのよ。忘れないで」
   「リナは私に似ている・・内気なの」
   「これが“レア”でないのなら、いっそ“生”で出せば?」
   「塩でも振って、生で食べなさい!」
   「・・イマイチね・・何かが違うのよ」
   「砂糖はベルギー産のを使った?」
   「いいえ。でも“何を使わなかったのか”は分かるわ」

マリオ「“良く喰う料理人”こそ本物さ
   「あなたの鳩料理がないと、この世は虚しい」
   「働く以上“僕を認めてくれる店”でないと」
   「ここはあなたの店だが、厨房は彼女のものだ。
    シェフが居なけりゃ、此処はただの台所さ」
   「燃えてるよ」
   「ちゃんと作らないと、ニョッキは固くて食べられない」
   「“嘘をつく理由”が知りたい」
   「美味い! 抜群だ!」
   「・・全部喰うなよ」
   「あの娘は“家庭”を求めてる」
   「こう言いたいだろ? 『今、何時だと思って?』
    ・・そう、とても遅い時間だよ」
   「リナは君が好きなんだ・・分からないのか?」

リナ「ママはベジタリアンだったの」
  「・・忘れてたくせに」

クリスティン「(あなたは)いつも“そうね”ばかりね」

※「マーサ、話題を変えて良いかね?」
 「男なんて子供と同じね」

フリーダ「帰りなさい。あなたの意見は聞いてないわ」

シュタインベルク「独り身より寂しいのは・・独りの食事だ

医師「リナは何も食べません。何か食べさせないと」

リナ「ママは死んだの?」
マーサ「・・ええ」

リナ「お腹は空いてないの」
マーサ「・・私もよ」

マーサ「お早う(Good Morning.)」
リナ「今日は(Hello.)」

リナ「・・遅いわね」
マーサ「(彼は)いつも遅いのよ」
リナ「・・これだから男は困る

リナ「あなたはママになんかなれない」
マーサ「なりたくないし、その気もないわ」

マーサ「2度とこんな真似しないで!
    死ぬほど心配したのよ!」
リナ「・・ごめんなさい」

マーサ「力になって欲しい」
マリオ「・・行こう」

フリーダ「母上は御健在だと」
マリオ「そう、とても助からないと諦めていた。
    だが“奇跡”が」

フリーダ「今、出て行くのなら・・明日から来なくていいわ」
マーサ「それでも、出て行くわ」

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2014年8月 2日 (土)

☆『マレフィセント』☆

7月13日(日曜)の夕刻。

ご近所のシネコン“MOViXあまがさき”にて観て来たのは、何だかスクリーンではお久しぶりな(?)感のある、アンジェリーナ“アンジィ姐さん”ジョリー主演最新作『マレフィセント』だった。

ジャンル的には「ダーク・ファンタジィ」っつぅ事で、物語のベースになっとるのは、同じく「ウォルト・カンパニー」謹製の古典アニメーション作『眠れる森の美女(1959)』なのだが・・ オリジナル版では「至って客観的に」描かれてた“悪の魔女”マレフィセントの存在に大きくスポットが当てられる事となり、それとは逆に“ヒーローキャラ(=本来「美味しい」キャラ)”であったハズの、フィリップ王子の立ち位置が大きく後退する事態となっている(×_×)

まぁ、それこそが・・いわゆる女子層を狙った「ウォルト社」の「イマドキ&したたかな新(?)戦略の一環」って事なのだろう(・ω・)

これは、昔々の物語。

敵対する2つの国家が隣り合って存在し、それぞれは「人間の国」「ムーア(妖精の国)」と呼ばれた。
“ムーアの守護者”とし、人間界の「度重なる侵略」を先頭に立ち喰い止め続けていたのが、大きな両翼をその背(せな)にたくわえた、美しき妖精=マレフィセントである。

だが、貪欲で嫉妬深い人間界の君主=ヘンリー王の密命(?)を受けた、ステファン青年の「裏切り」によって、彼女は唐突に、その美しい両翼を奪われてしまう。
そして、例えようのない悲しみを味わった事で、マレフィセントはその心を冷たく固め閉ざしてしまうのだった・・

・・

復讐に燃える彼女は、新たに国王となったステファンの、生まれたばかりの赤子=オーロラに「永遠に解けぬ呪い」をかける。それは「16歳の誕生日の日没前、糸車の針先で指を突いてしまう事により、オーロラが“2度と醒めぬ、死の眠り”に就く」と言う予言めいたものだった。

マレフィセントの呪いから逃れるべく、ステファン王の密命(?)で、城塞から遠く離れた森に隠れ暮し、3人の妖精(ノットグラス・シスルウィット・フリットル)に預けられ、育てられる事になった赤子のオーロラ。

やがて・・美しく育った彼女であったが“予言”された16歳の誕生日を翌日に控えたある日、とうとう自らにかけられた呪いと、それをかけた人物の正体を知らされる事となるのだった・・

非常に分かり易いハナシ(の展開)や、マレフィセントの立場に(視点を)置き換えての「みんなの知ってる物語」の超訳ぶり(?)が、新鮮でもあり、楽しかった本作。

その一方で、演出の幾つかが(その超訳っぷりの犠牲となってか)放置&崩壊しちゃってるトコもあり、そこは「ウォルト謹製」としては「そ、そのレベルの(仕上りの)脚本で良かったん?」と他人事ながら心配にもなってしまった(⌒〜⌒ι)

「ムーアの国の妖精たち」とか「ヘンリー王の側近&騎士団」「ステファン王の側近&騎士団」とか、もっと丁寧に描くべきトコがあったと思うんだけど、それらはまとめて割愛、、 もっとしっかりと見せて欲しかったトコやなぁ。あと、翼を取り戻してからの、大空を翔るマレフィセントの歓喜っぷりを表現するシーンとかもね。

ヘンリー王、ステファン王、フィリップ王子・・と主要な男性キャラはいずれも「華」を持たされておらず、最も前面に出てたのは、正体がカラスである青年=ディアヴァル。
そこそこにイケメンで、初登場シーンも“全裸+泥まみれ”と言う『ロック・ユー!(2001)』に於けるポール・ベタニーなんかを思い出させてくれるサービスカット(なの?)なんだが・・結局は「女主人(マレフィセント)の下僕」みたいな立場から脱するワケでなく、終始“クスんだ立ち位置”だった。。
ステファン王をあそこまで「狂気&極悪なキャラ」に仕上げるのも“お約束”としては良いんだろうけど、私的には「マレフィセントの思惑とは別に、裏で色々と画策してたディアヴァル」みたいなキャラ造型を組んでくれたら、それはそれで見応えが増したような気がする。
ちょっとダークな味付けでも施しとかないと「フィリップ王子以上に前に出ちゃう男子キャラ」ともなってしまうもんで。

オリジナル版『眠れる森の美女』の「最大の見せ場」とし「終盤で、マレフィセントがドラゴンに化け、フィリップ王子と一騎討ちする!」ってシーンが控えてるワケなんだが・・今回は「マレフィセントに魔法をかけられたディアヴァルがドラゴンに変身する」「ドラゴンはフィリップ王子と戦わない」ってな仕上りになっており、そこはどうにも消化不良だった(×_×)
って言うか、イマドキ「画面にドラゴンがど〜ん! と登場」しても、さほど驚きもないしねぇ、、 これが『ドラゴンハート(1996)』辺りの時代だったら、さぞ興奮しまくりだったんだろうけど(・ω・)

本来「コメディリリーフ役」であるべき、あの3妖精の言動も妙にムカつくだけだったなぁ。アレなら、代わりに「魔法の師匠キャラ」とか「剣技の師匠キャラ」を配し(例・・『風の谷のナウシカ(1984)』に於けるユパ翁)、幼いオーロラ姫に対しての「特訓シーン」なんかを挿入して貰ってた方が、よほど見応えがあったかも(・ω・)

全体的に、登場人物の造型をもっと「丁寧に」「分厚く」描いて欲しかったモノである、、

〜 こんなトコも 〜

・アンジィ姐さんの頬骨の“痩(こ)けっぷり”がちと異常な感じだった。大丈夫なのでしょうか?!
・ディアヴァル役を演じたのはサム・ライリー。サム・ライミやサム・リーと響きが似てるが別のしとです。因みに、ご尊顔はちょっとブレンダン・フレイザー入ってる感じやと思います。
・ステファン王を演じたのはシャールト・コプリー! あの“ヴィカスおじさん”だったとは! 最期は城壁から転落して行ってたが・・更に『エリジウム(2013)』のクルーガーばりに「転落+爆散」して欲しかったかも(おい!)
・CG満載なファンタジィ映像のどこを眺めても『アバター(2009)』以降の映像なんやな〜 って事に気付かされる(=^_^=)
・この調子で、男女を逆転させた『ジュリエット&ロミオ』『オペラ座の怪女』などの企画を次々と実現させて貰いたい。
・中盤で病死してしまう王妃様。キャラ造型としては「皆無」に等しかった・・ひっでぇ(×_×)
・『アリス・イン・ワンダーランド(2010)』同様に「映像こそ、そこそこ鮮烈だったけど・・きっと記憶には残んないだろうな」ってな作品感ではある(=^_^=)
・“悪の魔女”にも背景があった! ってのは、ネタとしてはミュージカル作『ウィキッド(2003)』の二番煎じなんやろか?
・ステファン少年の投げ棄てた「(鉄製の)指環」が後々の“フリ”になると思ってたが・・
・「両翼を切り取られる程の痛み」でも目覚めない睡眠薬・・ってどんだけ強力やねん! 糸車の針先に塗られてた(?)のと同じ成分だったんやろか?
・妖精の王国の「まとまりのなさ」がちょびっと気になる(・ω・)
・国中から集めた糸車ってば、城内に隠しとくんじゃなく、どっか辺境にでも棄てに行っとけば良いのに。。
・「かけた当人にすら解けない呪い」ってば、考えたらオッソロしいね(×_×)
・ステファン王に酷使されてた国中の鍛冶職人・・ 鉄の武器を造らせてたんかな(因みに、ボウガンの既に存在する時代だった)?
・劇中での「Castle(城)」の発音は「カーソル」に近かった。“Cursor”との響きの違いが分かんねぇ(×_×)
・城へと急ぐマレフィセント。それなら「馬」でなく「巨鳥」に化けさせたら良かったんでは?
・戦闘シーンのマレフィセントは、誰もが思うように、まんま「キャットウーマン」だった! これがふた昔(?)も前の企画だったら、ステファン王=マイケル・キートン、マレフィセント=ミシェル・ファイファーで演って欲しかったな。
・マレフィセントには「連続バック転」で王のそばまで来て貰い、背後で建物を唐突に爆発(=^_^=)させて欲しかった。ミャオ!
・「美しいヒロイン」であるハズのオーロラ姫なんだけど・・エル・ファニングを眺めてて「う〜ん」と正直、感じてしまった。まだしも、少女時代のマレフィセントを演じてた女の子の方が、可愛かったような気がしたぞ、、
・改めて『ドラゴンハート』を観直してみたくなった(=^_^=) 当時は「LD(レーザーディスク)」版のソフトを買ったんだよなぁ。
・ステファン青年に対しての「宝石よりもはるかに高価な、妖精の心を盗んでしまった少年」ってなナレーションを耳にして、どうにも『ルパン3世/カリオストロの城(1979)』の終盤に於ける銭形警部のセリフを思い出してしまったワタシ(=^_^=)

~ こんなセリフも ~

マレフィセント「出て来て(Come out.)」
       「盗みは悪い事だけど、殺したりしないから」
       「棄てたんじゃないわ。
        “それがあるべき所”に戻しただけ」
       「引き返すがいい!」
       「お前は“私の王”ではない
       「共に戦え!(Rise and Stand with me!)」
       「思い知れ!」
       「カラスよ、男になれ!」
       「我が翼となりなさい」
       「玉座が欲しくて、私の翼を奪ったのね!」
       「おやおや(Well,Well..)」
       「とんでもない(Why not.)」
       「可哀想なぐらい醜いわね」
       「醜い子は大嫌い」
       「あれじゃ“飢え死に”するわ」
       「もう行きなさい(Go away.)」
       「どうしてやろうか・・(I wonder..)」
       「お休み・・“モンスター”さん」
       「呪いよ、消えろ・・これっきりに」
       「この世には“悪”がある。
        私はあなたを護り切れない」
       「“真実の愛”など存在しない」
       「馬が必要ね」
       「・・遅かった」
       「来なくていいわ。
        これは“私の戦い”だから」
       「愛は天から降っては来ないわ」
       「“真実の愛”なんてないの(I told you.)」
       「赦しは請わない・・赦される事じゃない」
       「憎しみと復讐心で心が曇っていた」
       「生きる限り“あなたを護る”と誓うわ」
       「ドラゴンになれ!」

オーロラ「あなたは“妖精のゴッドマザー”よね」
    「何処へ行こうと、いつも
     “見護る気配”を感じていたの」
    「・・話す事があるの」
    「両親は死んだ筈では?」
    「止めて!(Enough!)」

ステファン「お前は“招かれざる客”だ」
     「静かに・・余が“会話をしている”のが
      お前には分からぬか」
     「射よ!(Shoot her!)」

ディアヴァル「“運命の人”だ(That boy is the answer.)」

フィリップ「父が“王に逢え”と」
     「こんな美女は初めてだ」

3妖精「近付かないで!(Stay away!)」
   「これからは飛ぶのも禁止。魔法も封印よ」
   「ズルしたわね!(You Cheating!)」
   「当日!(on!)」
   「翌日!(after!)」
   「(あんたはキスが)下手くそなのよ!」
   「私達の16年も犠牲になって・・
    ・・いえ、何でも」

ディアヴァル「犬(に化ける)なんてごめんだ」 ←狼ですが、、
マレフィセント「“何でも従う”と」

オーロラ「妖精には皆、翼があるの?」
マレフィセント「・・大半はね」

オーロラ「帰りもこの道を?」
フィリップ「もちろん」
オーロラ「ではまた、すぐに逢えるわね」
フィリップ「すぐにね」

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2013年9月14日 (土)

☆『マジック・マイク(2012)』☆

8日(日曜)の夜。阪急・西宮北口駅に直結してる大型商業施設「阪急西宮ガーデンズ」内にあるシネコン“TOHOシネマズ”にて鑑賞して来たのは・・(意外にも)期待値を高めてた(=^_^=)『マジック・マイク』と言う作品だった。

因みに確か、ここのシネコンで観るのは“お初”だったと思う。

近年『君への誓い(2012)』や『G.iジョー/バック2リベンジ(←未見)』そして『ホワイトハウス・ダウン』と、その活躍ぶりの目覚ましい若手男優=チャニング・テイタムの青年期の実体験をベースにした(とされる)物語。

フロリダ州タンパの街にあるストリップ・クラブ『Xquisite(エクスクィジット)』を舞台に、ストリッパーたちの日常を軸に据えつつ、現実と夢の間で揺れ動く主人公ストリッパーの成長(?)が描かれる。

・・

30歳のマイク・レーン(テイタム)は「オーダーメイド家具を製作・販売するショップを開く」と言う夢を抱く青年。そのための貯蓄も既に1万3千ドルほどあり、それを担保に銀行に融資を受けようと試みるも、これまでのカード利用歴や職歴のせいで、なかなか計画は巧く運ばない。

「出張洗車サービス」をしたり、時には「建築現場で屋根瓦を葺く作業」等をしているが、ここ6年間、メインに据えているのは木曜~土曜の夜に地元(タンパ)の有名ストリップクラブ『エクスクィジット』でトップダンサー“マジック・マイク”として踊る事だった。

オーナーのダラス(マシュー・マコノヒー)に眼をかけられ「いずれはマイアミに移店・進出し、更に儲ける」と言う彼の夢や「その時はお前が“共同経営者”だ」なる言葉がやはり気になっているマイク。

そんな6月のある日、マイクは建築現場でまだ19歳の少年=アダム(アレックス・ペティファー)に出会う。

現場監督とケンカし即座にクビを言い渡されてしまう彼だが、その姿に「6年前、ダラスにスカウトされた頃の“ひたすらに生意気だった”自身の姿」を見出したマイクは『エクスクィジット』に来ないか? とアダムに声を掛ける。

当初、未成年であると言う理由から「小道具係」とし雇われたアダムだが・・その夜、急きょステージに出られなくなったダンサーに代わり、無理やり舞台に上がらされる事になる。

その結果、まだまだ洗練されてないながらも、取り敢えずのステージデビューを見事に果したアダム。

ダラスに気に入られ、マイクもその“教育係”とし面倒を見る事になったアダムだったが、彼には「お目付役」とも言うべき手強い姉=ブルック(コディ・ホーン)の監視の眼が光っていた。

アダムが『エクスクィジット』で働いている姿を(本当に)観に来たブルックは・・意外にも「弟をあんたに託すわ」とマイクに告げる。

そんなブルックは、マイクにとって「これまでに出会った事のないタイプ」の女性だった・・

8月。ダラスによる“マイアミ出店”が現実味を帯びて来る中で、それまで彼の背中だけを追っていたマイクは、アダムやブルックのそれぞれの生き方に触れる毎に「自身がこの先、何を目指して生きてゆくのか?」と言う問題を突き付けられ、激しく戸惑うのだった・・

監督がスティーヴン・ソダーバーグって事を知らず、エンドロールで初めて気付いたワタシ(⌒~⌒ι) 『オーシャンズ13(2007)』以来ぐらいの作品鑑賞となるが、、ヘタすれば「ただのB級ムーヴィー」として“一過性で終わってしまう”ような物語を、適度な「シリアスさ」「不条理さ」を絡めつつ、巧く描いていた!

これまで「多作&速撮りなだけで、手がける作品に魂のこもってないおっさん」などと勝手に決め打ってしまってたワタシだが(スンマセン)ちょっぴり観直しました。ホントにね。(しかし本作の前後に『コンテイジョン(2011)』『エージェント・マロリー(2012)』『サイド・エフェクト』を撮ってるってんだから、その仕事ぶりはなかなかに凄まじい!)

主人公を演じたチャニングの「18歳頃の実体験」がベースになってるって事で、きっと当時のチャニング自身は「アダムの立ち位置」でダンサーとしての経験を積んでたんじゃないかな? と勝手に想像。

ダンサーたちの私生活には“視点”が殆ど置かれず、どちらかと言えば「(ステージ等の)明るい部分」のみにスポットを当てて描いてるが、現実的な部分では「タンパの街の背後に潜む、ヤバい組織」の存在もまた、絶妙な絡め方で演出されている。

そっち方面をもう少し具体的に覗いてみたい気もしたが・・それをやると上映時間も足りなくなるし、作品の“軸の部分”が妙にブレてしまったかも知れないので、結果的には「あの程度」で良かったんだろう。

キャラとしては、チャニングの「極めてええヤツ」ってキャラの対極に「インパクトあり過ぎ!」なマシュー・マコノヒーのキャラがそそり立ってて、どっちかと言えば、見所は『ダラスの言動と存在感、それらの総て』って感じだった(=^_^=)

近年観た、彼の主演作『リンカーン弁護士(2011)』では、まぁ「ダーティだけどスマートな弁護士」ってキャラだったので「カッコ良ろしおすなぁ~」と嫉妬心の湧いてしまう程度だったが(=^_^=) 本作では、妙な自信を常に漂わせつつ、セ※クスアピールしまくってくれてて、おまけに「ダビデ像かい!」って突っ込めるぐらいに全身を鍛え上げてくれてるので・・ある意味、同様にセ※クスアピールしまくってくれてた『マグノリア(1999)』に於ける性教祖=トム・クルーズ同様に「同性から観ても、愛すべき人物像」を確立してくれてたと思う。んでも、アカデミー助演男優賞には「ノミネートすらされなかった」らしく、そこは首を傾げざるを得ない(=^_^=)

公称=身長185cmの(だけどティム・ロビンスばりに童顔な)チャニングの鍛え上げられたボディとキレの良過ぎるダンスパフォーマンスに酔いしれるもよし、狡猾でニヒルなマコノヒーにあちらこちらを濡らすもよし、近年稀にみる“立ち位置”の「女子会ムーヴィー」にしっかり仕上がってくれてると思う。

って言うか、今後ハリウッドでこの手の「女性向けマッチョパフォーマンス系ムーヴィー」が増え、いずれは1ジャンルとして確立するんじゃないやろか? などと勝手な決め打ちをしたくなってるワタシである。

~ こんなトコも ~

・洗車サービスをやってるマイクの姿も見たかった。業務車両(の描写)だけだと、ちと説得力に欠ける気も。

・ダラスが劇中で「これは立派なビジネスなんだ」なる自説を繰り返してて「おお! ショービズの世界なんやな~」と再認識させられた。

・「ダンス出来るかどうか」は後からどうにでもなる問題らしい。

・マコノヒーの“ここまでの個性の噴出”は『サラマンダー(2002)』以来だったかも(=^_^=)

・アダムの選択を「約束された成功へと続く道」と見るか「やがては奈落に至るイバラの道」と見るか、、は観客それぞれの判断に委ねられるのだろう。

・同性からすれば「だからどうした」って感じだが、冒頭でチャニングの(バックショットながら)オールヌードが拝める。

・ジョアンナやノラのキャラ造型は中途半端な感もあった。

・総じて「美人」は出て来なかったように思う。ヒロインは「それなりに魅力的な」水着姿を披露してはくれたが・・

・マリリン・モンローのコスプレで、ブルック&アダム姉弟の自宅に押しかけるチャニングのハジけぶりはなかなか! 道中ではどんな気持ちだったんやろ?(⌒~⌒ι)

・場末の(?)ストリッパー(のセリフ)に小説『蠅の王』の粗筋を教えて貰えた(⌒~⌒ι) 詳しいねぇ、兄さん(←『ターミネーター(1984)』のアラモ銃砲店主の口調で)

・『GHB』ってどんな食べ物だ? 「酔うけどカロリーゼロ」って特徴があるらしいが。

・投資家のロバート・キヨサキ、ヘイウッドの家具、ラッセルライトの食器など、知らない単語が次々と!(←知っとけよ)

・海兵隊員、ガンマン(西部劇)、水兵、ボクサー、炭鉱夫、警官・・等の「集団扮装+群舞」は見応えがある。

・寸暇を惜しんで、ダンベルで鍛えたりする、その“プロ意識”の素晴らしいダンサーの皆さん。

・「音楽(効果音)と動作の一致」もなかなかスゴい!

・望んだ愛は得るも(?)代わりに殆ど総てを失ってしまう(?)展開のラスト。次はワシントンに行き、警護官の面接を受けるしかない??

~ こんなセリフも ~

マイク「面白い女だったな」

   「(車の内装の)ビニールは、

    売るまで剥がさない主義でね」

   「その格好じゃダメだ」

   「時間がないから、今すぐ“貸し”を返せ」

   「女の服の露出度の高いのは

    “私に構って”って合図だ」

   「俺らの子供たちに乾杯」

   「ハジけたけりゃ、ショーに来ない?

    “たぶん(行く)”じゃダメだよ」

   「脱ぎながら歩いて行け」

   「もう童貞は失った。後は腕を磨くだけだ」

   「財政困難は俺じゃなく、あんたら銀行の方だ

   「“楽しい事”は嫌いかい?」

   「あいつはまだ19歳だ。

    “女と金と快楽”には逆らえないさ

   「俺に任せてくれ、いいか?」

   「“面倒みる”って言ったろ?」

   「スゴいな(That's huge.)」

   「この状況ってケンカかよ?

    仲直りしようぜ」

   「お前は“話し過ぎ”だ。俺が話す」

   「昨日は色々言ってたが、あれで充分か?」

   「今の生活は“俺の総て”じゃない

   「“確かな人生”が欲しい」

   「君は少しも、俺の話を信じてないんだな?」

アダム「俺は“ネクタイ拒否派”なんだ。

    この掟だけは破れない」

   「まさか? ジョークじゃないよね?」

   「チンケな俺が、たった3ヵ月でここまでになった。

    前までは、ただのザコだった俺が」

ダラス「さぁ、ブチかますぜ!」

   「ルール1だ! “触っていい”部分、

    “触ってはいけない部分”がある」

   「ここはどうだ?(Can you touch here?)」

   「ここは“禁止”と法律で決まってる」

   「言われた事は何でもしろ」

   「いいか、こいつは遊びでも趣味でもない。

    ビジネスなんだ」

   「トバイアスがキュー(合図)を出す」

   「アイデアを俺にくれ

   「稼いだ金はお前の金だ

   「プロの世界は厳しいぞ」

   「客とのキスは御法度だが、今夜は“吉”と出た」

   「お前のあの歩き方は・・クソだ」

   「見せつけろ・・女たちを支配しろ。

    1人1人の女の眼を見て、焦らせ」

   「最高のタイミングで・・突き刺せ!

   「こいつはゲイの遊びじゃない。仕事なんだ」

   「あと1打で“カップイン”さ」

   「身の程をわきまえろ」

   「ダンサーの価値は稼ぎで決まる」

   「若さはいつか消えるんだ」

   「燃えたぜ・・ステージはいいな」

   「ガンガン攻めてけ!」

   「女たちを支配しろ!」

   「さっきは火を起こしたが、

    今度は雨を降らせよう」

ダンサー「“狂乱”の仲間入りだな」

    「童貞喪失は1度だけさ」

    “女子をク※ニ!”

警官「何か“刺すもの”は持ってるか?」

ブルック「またいつもの“モゴモゴ言うゲーム”なの?」

    「毎朝起きて、何をするのが幸せ?」

    「もう限界よ(I can't do this anymore.)」

    「朝までまだ7時間あるわ。

     7時間で何が出来る?」

トバイアス「“連中”が関心あるのは、書類じゃなく現金だ」

マイク「スニーカーはNGだ」

アダム「この靴しかないんだ」

アダム「ここのドリンクはタダか?」

マイク「まさか。働いて払うのさ」

ダラス「危ない橋を渡ったな」

マイク「でも成功した」

ダラス「ヒヤヒヤしたぜ」

マイク「あいつは踊れない」

ダラス「それは教えりゃいい」

アダム「俺たち、親友になろう」

マイク「いいとも」

アダム「何だこれ? 後ろがない」

マイク「そりゃ“Tバック”だからな」

マイク「観に来たのは弟だけ?」

ブルック「冗談だと思ってたわ」

マイク「姉貴に“来い”と?」

アダム「言ったけど、ホントに来るとは

ブルック「総て1ドル札で貯めたの?」

マイク「たまに5ドル札も」

ブルック「20ドル札はないの?」

マイク「“ディープな事”でもなきゃ」

ブルック「これってデート?」

マイク「別の呼び方でもいいけど」

ダラス「今、何て言った?」

マイク「この距離だ、聞こえたろ?」

ダラス「“飼い主の手を咬む”ってか?」

ブルック「“メシでも喰いながら”話す?」

マイク「それってデート?」

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2013年9月 7日 (土)

☆『マン・オヴ・スティール』☆

9月1日(日曜)の夜、比較的ご近所なシネコン“MOViXあまがさき”にて「レイトショー」で鑑賞して来たのは、公開が始ったばかりのSF大作(?)『マン・オヴ・スティール』だった。因みに。この日は「ファースト・デー」でもあった。

元々は(故)クリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン(1978)』シリーズ(特に1作目と2作目!)が好きで、後年の『スーパーマン・リターンズ(2006)』もまた、期待値を「過剰なまでに」高めて鑑賞に臨んだワタシなので(←結果的には、高め過ぎて失敗した)、以前から劇場予告編に於ける“断片的な映像群”にワクワクさせられっぱなしだったが・・いよいよ完成の運びとなり、劇場に駆け付けた次第だ。

高度な文明を擁する惑星=クリプトンは、10万年もの長きに渡り繁栄を誇るも・・今や「滅亡の危機」に瀕していた。かつては周囲の星域に積極的な植民政策を展開したが・・それを取り止め、自らの星の採掘活動を過剰に押し進めた結果、地軸を乱してしまい、残すところわずか数週間で自星の爆発する運命は、もはや誰にも避けられないものとなっていた。

クリプトン随一の科学者=ジョー・エル博士(ラッセル・クロゥ)は“数百年ぶりの自然出産”に成功した、妻=ララとの間にもうけたひとり息子=カル・エルを密かに外宇宙に脱出させる計画を実行に移す。

幼子を乗せたカプセルには、クリプトンの“叡智の結晶”とも言うべき、細長い鍵状の物質(記録媒体)=コデックスもまた積み込まれた。

カプセル射出の寸前、将校らを率い元老院に対するクーデターを起こしたゾッド将軍(マイケル・シャノン)は、ジョー・エルを殺害するも反乱には失敗、コデックスの失われた事実を知るや「必ず“コデックス”を捜し出してやる!」と恨みを吐きながら“ファントム・ゾーン”へと300サイクルの追放刑に処されたのだった。

一方、はるか彼方の“黄色い太陽を廻る惑星=地球”に不時着したカプセルから見つけられたカル・エルは、カンザスに住むケント夫妻=ジョナサン(ケヴィン・コスナー)&マーサ(ダイアン・レイン)の手で大切に育てられた。

自身が“特別な力”を持っている事に早くから気付き、その事に悩みながら育ったカル・エル=クラーク・ケント。養父であるジョナサンは、自らの死を前にしても尚『その力を使ってはならない』とクラークに言い遺すのだった・・

周りの世界、周囲の人間との“違い”に孤独を募らせながら逞しい青年へと成長を遂げたクラーク(ヘンリー・カヴィル)は、世界各地で“自分探しの旅”を続ける中、いよいよ「本当の父」に出逢い、自らに課せられた使命を知る。

一方で、母星=クリプトンの崩壊の衝撃で冷凍睡眠(?)から目覚めたゾッド将軍らは、コデックスが地球に隠されている事を掴み、大胆な地球侵攻を開始するのだった・・

アクションにせよ、ハナシとしての展開にせよ「恐ろしくテンポの速い事」には驚かされた! たっぷりと描かれるアクション・シーンや飛行シーンなど「描写の余りにもの速さに、視覚がついて行けないトコ」も少なくなかった。きっとワタシは「制作陣の想定する観客の年齢層」から(既に)大きく外れてしまってるのに違いない(⌒~⌒ι)

さほど物語を詰め込んでるワケでもないハズなのに、構成が「時間軸置換(=回想挿入型)」「群像劇的手法」を多用し組立てられてるので、多少なりと「考えたり」「他の(キャラの)進行をアタマに置きながら観たり」しなくてはならず“アタマ空っぽ”で楽しみたいつもりが・・正直疲れてしまったのもあった。

そしてまた「コミカルな要素」が殆ど盛り込まれてない点も、残念と言えば残念だったか。例えば、凶悪かつユーモラスなキャラ=レックス・ルーサーの一味を持って来たら良い・・などと単純に決め打ったりするつもりはないが、、もう少し「軽妙」かつ「深く」脚本を仕上げてはどうだったかなぁ、と。

私的には、幼少期からのカル・エルの成長物語をしっかりと眺めたかったので、いきなりヒゲ&胸毛のおっさん(?)が出て来た時には「なんじゃあ??」と違和感が拭えなかった。ああ言う登場演出なら、ヒュ※・ジャ※クマンに任せときゃ良いんじゃないかな?(=^_^=)

ロイス・レイン(エイミー・アダムス)、マーサ・ケント、ファオラ・ウル(アンチュ・トラウェ)・・と言う“3人のヒロイン的存在”を擁しながら、そのいずれもが魅力的に映らなかったのは何故だろう? 女性キャラの描き方が単にヘタなのか、ミスキャストなのかは分からないが、女性陣に面白味のなかったトコは、正直ワタシの中でかなりのマイナス点となった。

『スーパーマン』『スーパーマン2/冒険篇(1981)』を1本にまとめ切った“おトク感”はなかなかのものだった(=^_^=) って事は、続編での敵は・・ニュークリアマン・・なの??(=^_^=)

~ こんなトコも ~

・ケヴィン・コスナー、ラッセル・クロゥ、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーンなど「ちょっと最近、お元気なさげ?」なベテラン勢が、物語を彩ってくれてた。

・ダイアン・レインは意図的に過剰な仕上げの“老けメイク”だったんやろか? ちょっと分かんなかったぞ(×_×)

・エイミー姐さん・・本作のヒロインにしてはちと老け過ぎておまへんか?(まぁ、旧作でのロイス役=マーゴット・キダーも老けてはったが)

・ケヴィコスが“ツイスター”にやられちゃう展開とは知らなんだ。んでも、このシーンは(劇中で唯一)ウルウル来ました。

・まんまニューヨークがモデルと思われる架空の都市=メトロポリスだが、あそこまで徹底的に崩壊しては、復旧に何年もかかる気がするぞ? って言うか、市民がどれだけ犠牲になったんだ? 地殻も致命的なダメージ受けて、住めなくなってね?

・アピールさえすれば、スーパーマンは「眼の前で死にかけてる市民」だけは取り敢えず(見棄てず)助けてくれるようだ。

・「3悪人」の内、でっかい奴は名前はおろか顔つきすら分かんなかった。

・ゾッド将軍たちがやって来るのは「月面」⇒「ヒューストン」の順番じゃなかったんやね、、

・ちょっと“悪人顔のディカプリオ”にも見えてしまったゾッド将軍役のしと。

・意図的にスピーディーな特撮シーンを描写してるのかは分かんないが、とにかく「肉弾戦シーン」でのキャラたちの高速な動きがハンパなかった。殆どついて行けてなかったワタシ(⌒~⌒ι)

・まるで「ネット投稿動画」のような「手ぶれ」「フレームアウト」を意図的に多用した飛行映像は狙い通り、リアルで面白い!

・ラストの舞台はグランド・セントラル駅か? 両眼から射出するレーザーで暴れるもんだから『Xメン(2000)』のサイクロップスを思い出してしまった(=^_^=)

・終盤の“タイマンバトル”は『マトリックス/レヴォリューションズ(2003)』のラストバトルみたいな印象。クライマックス(シーン)なだけに迫力充分なんだけど、何処か斬新さがなく、ダラダラしとる感じ。

・「生粋の戦士」であろう某将軍があっさり※をへし折られてしまう展開、、カカロ※トに叶わなかったベジ※タみたいな屈辱感だったろうなぁ。

・少年期が「断片的に語られる」展開なので、隙間があり過ぎ感情移入出来なかった。ちゃんと丁寧に「ひとまとまり」で描いた方がストレートで良かった気がする。「トラックを持ち上げる赤ちゃん」の場面とかも入れてね。

・スクールバスに乗ってた少女はロイスじゃなかったの?

・少年期を代表する友人は、あのおデブ(ピート)だけだったのか?

・「惑星に残って必ず訪れる死を(じっと)待つぐらいなら、冷凍睡眠で流刑にされた方がよっぽど賢い」って言う良いお手本。「飢え死にするぐらいなら羅生門(の上層)に昇って盗みをやれ」って生き方にも通じる??

・ラストになって“デイリー・プラネット”に入社されても。。

・スーパーマン俳優として、初めてのイギリス人を迎えた本作。ピンで眺めると「ちと弱い」感もあったか。ヴィジュアル的に言えば、やっぱりグランドン・ラウスの方が好きやなぁ。

・額の広さ等から、何故だか連想したのは『恋人たちの予感(1989)』の頃のビリー・クリスタルだった(⌒〜⌒ι)

・レックス・ルーサーは(本シリーズに)もう出て来ないのか?

・初登場時が「ヒゲ&胸毛ボウボウの船員の兄ちゃん」だったので、ちょっと入って行き辛かったな。少年期のエピソード群から徐々に加速して欲しかった。

・最大の武器は、どうやら“両眼からのレーザービーム”だった。

・(氷壁内の)宇宙船に乗り込んでからの展開は『プロメテウス』と何処か似通ってた。

・全篇を通じ「ユーモアが極端に少ない」「インパクトあるテーマ曲に欠く」「(市井の)人々との交流がない(軍との交流ばかり)」

・アレだけ大型トラックをムチャクチャに“スクラップ化作業”してたら、店内でも「何らかの物音」は聞こえたんじゃないの?

・ゾッド将軍とララの間に「何らかの過去」があった・・と決め打ちたいワタシ(⌒~⌒ι)

・橋の上で突然、スクールバスのタイヤがパンクしたのは、ケント少年の「恨み念法」によるものだったのか? マコーレ・カルキンが上から人形を落としたからか?(←何のハナシしてんだよ!)

・ハミルトン博士の運命は「あの作戦」に参加した時点で決まってたんやろか? ああ言う退場の仕方は(少し)意外に思えた。

・ロイス愛用のカメラは『ニコンD3s』だった。間もなく壊されてしまうが・・(×_×)

・我々にはどう観てもアルファベットの「S」の字にしか見えないが、クリプトン星では「善の力」「希望」を現す“紋章”“印”だそうだ。

・ジョナサンの墓碑に「1951-1997」とあった。き、享年46でしたか、、?!

・劇中のクラークの年齢は33歳。童貞の設定か?(知らんがな)

・タイトルは・・つまりは『アイアンマン』の事なの?

・劇中の街で「Sears」「iHop」などの看板が目立ってた。

・軍や警察の連中と(取調べなんかで)ウダウダやってるシーンを観てて『ハンコック(2008)』を思い出した(=^_^=)

~ こんなセリフも ~

カル・エル「僕には“特別な力”があるんだ」

     「ゾッド将軍は信頼出来ないが、

      地球人も信頼出来ない」

     「有難う、信じてくれて。嬉しかった」

     「逆らうと不安を与える」

     「この『S』は文字じゃない。

      “希望”をあらわす印なんだ」

     「ヤツらが来る・・行け、ロイス」

     「よくも母を脅したな!」

     「少し下がって・・もう少し」

     「“やり方”は僕に任せてくれ」

     「信じるしかないさ」

ロイス「“危険な題材”でないと書く気がしないの」

   「“牽制”はイイから、早く見せて」

   「“否定する”のがペンタゴンでしょう?」

   「この記事を世に出すのは、

    本人に観て貰いたいからなの」

   「“プラネット”へようこそ」

エル「“滅び行く星”を征服して何になる?」

  「知的生物が存在するようだ」

  「この星は滅びる・・この子が唯一の希望だ」

  「さらば息子よ・・お前に夢と希望を託そう」

  「人類を導き、彼らに希望を与えるのだ」

  「“力”の限界を自分で確かめてみろ」

  「限界を超えろ」

  「決着はわが息子がつける」

ララ「あなたには見つけられないわ」

  「逃げ場などないわ・・終わりよ」

ゾッド「“異端者”め!」

   「“奪われたもの”を取り返すぞ・・必ず」

   “24時間を過ぎれば、この世界に災いを”

   「母星の滅亡によって、監獄が

    救いの方舟(はこぶね)となった」

   「どちらの味方だ?」

   「歴史が証明している・・“進化した者が勝つ”とな」

   「お前が1人救えば、100万人を殺す」

   「死んでもなお“説教”とはな」

   「暴力も残虐さも、総ては民のためだった」

   「連中がそんなに好きなら・・嘆くがいい」

ファオラ「“名誉の死”を遂げさせてやろう」

ジョナサン「何故か? 彼らには理解出来ないからだ」

     「“政府の役人”がすぐに来るかと思ったが、

      誰も来なかった」

     「お前は“宇宙に生命がいるのか”と言う

      問いの答えなのだ」

     「“理由”があって、お前はここに来た

     「正体がばれると、拒まれ、恐れられる」

     「あいつを殴ってどうなる?」

     「善人にせよ、悪人にせよ、

      どんな大人になるのかはお前が決める事だ」

マーサ「本当のあなたは素晴らしい。

    いつか世界に受け入れられるわ」

   「怖かったのは、あなたと引き裂かれる事よ」

   「くたばれ!(Go to hell!)」

   「素敵なスーツね」

   「物が壊れただけよ。取替えがきくわ

編集長「2週間の停職だ。

    ・・“素直過ぎる”から3週間だ」

神父「まずは相手を信じなさい。

   信頼関係は後から築かれる」

将軍「派手に現れたな」

大佐「この男は・・敵じゃない」

  「“名誉の死”を遂げられて本望だ」

大尉「いえ・・“セクシー”だな、と」

兵士「“青い服の男”も狙うんですか?」

エル「将軍、何をしている?!」

ゾッド「“やるべき事”だ」

クラーク「僕には、この世界は大き過ぎるよ」

マーサ「じゃあ、小さくしたら?

ジョナサン「“力”の事は秘密にするって約束したよな?」

クラーク「・・助けたかったんだ」

クラーク「“見殺し”にすべきだったの?」

ジョナサン「・・かもな。お前のした事は、周りの人の

      人生を変えてしまう事だ。

      そして、人間についての“これまでの常識”も」

ジョナサン「大丈夫か? ケガは?」

クラーク「・・ある訳ない」

ロイス「トイレは?」

兵士「隅のバケツに」

カル・エル「・・力が出ない」

ゾッド「(環境に)順応するのだ」

博士「こんな筈では・・?!」

将軍「どうなる筈だ?」

博士「“キー”が入らない!」

ロイス「“最初のキス”の後は冷めるって言うわ」

カル・エル「それは“地球人”の話さ」

マーサ「“世界を救っていない”時はどうするの?」

クラーク「働きたい・・“世界中の情報が集まる”場所で」

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2012年12月10日 (月)

☆『ミッドナイト・イン・パリ(2011)』☆

11月25日(日曜)の夜。商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で観て来たのは、ウッディ・アレン監督による「近年稀にみる(=^_^=)傑作」との評判も高いファンタジック・ラヴロマンス『ミッドナイト・イン・パリ』だった。

後で考えたら、近所の「ツ※ヤ」にて、既に「新作レンタル」も可能だったりしたんだが・・「ここはやっぱ、大きなスクリーンで贅沢に観ときたいよね~」的な気持ちが高まり、敢えて劇場へと突進した次第である。

“売れっ子脚本家”とし、ハリウッドである程度の成功をおさめている中堅ライター=ギル・ベンダー(オーウェン・ウィルソン)は、処女小説の執筆に専念するため、婚約者=イネズ(レイチェル・マクアダムス)の両親と共に、しばらくパリに滞在する。

以前からパリに憧れていたギルは「この街に住んでみたい!」とさえ考えるようになるが、イネズは「あなたと住むのならマリブに」と全く耳を貸そうとしない。

そんなある日、2人は街でイネズの友人であるポール(マイケル・シーン)とその妻=キャロルに偶然にも再会する。

ポールの誘いでパリ近郊を観光するギルたちだが・・何処に出掛けても“やたらと知識人ぶる”ポールの言動に、ギルはやがてウンザリし始めるのだった。

正直、スランプ状態に陥り執筆の止まってしまっていたギルは、酔ってホテルに戻る途中だったある晩、見知らぬ坂道で真夜中を告げる12回の鐘の音を聞いた直後、謎のクラシックカー(旧型のプジョー)に便乗する事で、不思議なパーティに招かれ合流する。

何処か古臭い印象のある会場で、ギルが出逢ったのは、フィッツジェラルド夫妻(スコット&ゼルダ)、コール・ポーター、アーネスト・ヘミングウェイ、ガートルード・スタイン・・と言う往年の名士たちだった!

真夜中に、その坂道で待機してさえいたら“1920年代の「古き佳き時代」のパリにタイムスリップが出来る”事を知ったギルは、先達たる文豪らに触発されスランプからの脱却に成功するが、一方で「ロマンティックさ」を欠片(かけら)ほども持ち合せないイネズとの関係は、次第にぎくしゃくとし始めるのだった・・

アレン監督作としては作品全体では『ギター弾きの恋(1999)』以来、劇場鑑賞に至っては『それでも恋するバルセロナ(2008)』以来となるが・・ホンマに楽しんで撮ってはるなぁ~ と何故だか羨ましく思えてならなかった。

「スランプ状態の主人公が過去に飛び、そこで出逢った人物に影響され、ひいては現在置かれた状況からの脱却のヒントを得る」みたいに物語を煮詰めて1行で語ると(=^_^=) 実に、気恥ずかしくなる程のベタさに、書いてるこっちまでが恥ずかしくなって来るほどなんだが(おい!) そう言ったベタさを「飄々とした、気負いのない演出群」でサラリと描き、なおかつ観客に“幸福感”までも与えてしまう・・って芸当ってば、アレン監督ぐらいにしかやってのけられない事なんじゃなかろうか?

「さんざんニューヨーク(マンハッタン)を礼讃しといて、今になってパリ万歳かよ!」

「主人公を“自らの似姿”として配するにせよ、(美男でガッチリ系の)オーウェン・ウィルソンかよ!」

とか、ファンでなくても赦せない点も多々見受けられる(=^_^=) ワケではあるが・・本作の「形容出来ない心地良さ」って言うのは、心の何処かでロマンティックに生きてみたい男性諸氏にとっては「んもぅ! タマりませんでごぢゃいまするがな~!」の世界観をほぼ完璧に近い姿で構築してるんじゃないやろか。

って言うか“知識人ぶってる中年男性”のハートを見事に射抜いてくれる、そんな良作と評したい!

にしても、、近年『それでも恋するバルセロナ⇒スペイン』・・『恋のロンドン狂想曲(2010)⇒イギリス』・・本作⇒フランス・・『トゥ・ローマ・ウィズ・ラヴ(2012)⇒イタリア』・・と「敢えてニューヨークと訣別する」ぐらいの勢いで海外展開&海外礼讃しとるアレンのおっちゃんだが・・ ぼちぼち「スイスに永住(←それはチャップリンだろ!)」だの「日本に帰化(←それはドナルド・キーンだろ!)」だのと言った壮大なプランでもおっ立てて行ってはるのやろか??(⌒~⌒ι)

~ こんなトコも ~

・本作のサイトによると“問題の坂道”は「モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴ通り」ってトコらしい。

・ギル以外にも「タイムスリップに成功した」人物が(2人は)いた! って事は、時間&場所さえ合致すれば、誰でも飛んで行けそうな気はする。

・「何処の時代へ飛ぶのか」「どうやって戻るのか」は、詳細には描かれなかった(⌒~⌒ι)

・ヒロイン役(?)のレイチェル・マクアダムスには、殆ど良い印象を受けなかった(×_×) 『シャーロック・ホームズ/シャドゥ・ゲーム(2011)』に於ける“あの扱い”と言い・・ ちゃんと脚本に納得した上で、お仕事を受けてはるんやろか(⌒~⌒ι)

・オーウェン&レイチェルは『ウェディング・クラッシャーズ(2005)』なるラヴコメ作で、既に共演済らしい。

・看板に「SAUF(ソフ)」と書かれてて、その時は意味が分かんなかった。。後で調べると「~を除く(=除き通行可)」って事らしく、重要なのは「文字」と共に「そこに描かれてるもの」なのだった(・ω・)

・「カフェ・ド・フロール(サン・ジェルマン・デ・プレ教会前の老舗カフェ)」「ブラッセリー・リップ(同教会近くの老舗レストラン)」「ブリストル・ホテル(フォーブル・サントノーレ通り)」「ポリドール(リュクサンブール公園近くの老舗大衆食堂)」「マキシム・ド・パリ(老舗高級レストラン)」「シェイクスピア&カンパニー書店(セーヌ川左岸の老舗書店)」と言った有名なスポットが登場してた。

・ダリはどうにもエイドリアン・ブロディにしか見えず、ガートルード・スタインはどうにもキャシー・ベイツにしか見えなかった(=^_^=)

・反対にポール役のマイケル・シーンは、どう眺めても『クイーン(2006)』に於けるトニー・ブレアと同一人物とは思えなかった。。

・美術館の美人案内係を演じてたのは、何とカーラ・ブルーニ。サルコジ(前)仏大統領の奥様なんですね・・(⌒~⌒ι)

・「ヴェルサイユ」は「耕作のため草を焼いた野」と言う意味の古いフランス語を語源にしてるそうだ。

・コール・ポーター作曲の“Let's do it(1928)”の歌詞がなかなかにキワどくてスゴい! “♪ロマンティックな海綿体も恋をするらしい”とか“♪オイスター湾の牡蛎も恋に堕ちる”とか唄ってはります。

・1920年代から、恐らくは1890年前後の時代(ロートレックの活動していた時期)に“再タイムスリップ”してるような後半だったが、詳細は殆ど解説されなかった(×_×)

~ こんなセリフも ~

ギル「脚本の方が(小説より)簡単なのさ」

  「あいつ・・何でも“通”なんだな」

  「君の振り撒くフェロモンに、ムラムラしてる」

  「偶然にしちゃ出来過ぎだ」

  「確かに少し酔ってた・・でも泥酔じゃなかった」

  「さぁ、教養を仕入れよう」

  「昼のパリと夜のパリを比べる事なんて出来ない」

  「総てはパリに叶わない。あらゆる通りや路地が芸術品なんだ」

  「此処は宇宙一、活気のある街だ」

  「たわ言さ・・多少は洒落てるけど」

  「そりゃ、悲し気な眼にもなりますよ」

  「状況が複雑でして」

  「僕はシュールな想像力に欠けるのかな?」

  「説明のつかない理由で(彼女に)惹かれている」

  「人生は不可解過ぎる」

  「瞬間に永遠を感じた」

  「僕にとっての“今”は2010年なんだ」

  「ミケランジェロに訊いたら、13世紀辺りに憧れてるのかも」

  「現在は不安なものなんだ・・それが人生だから」

  「パリは恋の街だ、此処じゃ浮気も仕方ないさ」

イネズ「あなたの“神たち”が夢に出て来たの?」

   「それって、脳腫瘍かも?」

   「敗北主義に陥らないで」

ポール「懐古主義なんてものは、現代に対する拒絶反応に過ぎない」

   「酒は欲情を煽りつつ・・性欲を奪う」

アドリアナ「もう引き込まれたわ(I have already hooked.)」

     「彼は毎日、離婚との間で揺れてる」

     「是非、パリに住むべきよ」

     「芸術家なんてみんな子供よ」

     「今こそ“黄金時代”よ」

     「私にとっては心が大事」

ゼルダ「私の才能は、やはり“呑む事”だけね」

ヘミングウェイ「戦場に於ける泥まみれの死は、高潔にほど遠い。

        しかし・・潔い死は高潔だ」

       「作家なら“観察”しろ」

       「上手であれ、下手であれ、俺にとって

        他人の小説は不快だ」

       「作家同士はライバルだ」

       「死を恐れていては何も書けん」

       「最高の女を抱いた事が?」

       「小心は愛のなさ故に生じる」

       「最高の女を抱いた瞬間のみ、

        死の想念を忘れる事が出来る」

       「女は勇敢な男に匹敵する」

義父「此処は、政治では好かん国だ」

義母「安物は安物」

ピカソ「女は“性と創作の対象”でしかない」

ダリ「どうやらフラれたな、君」

フォークナー“過去は死なない。それは過去ですらない”

ガブリエル「此処に住むの? 虜になるわよ」

     「パリは雨が1番素敵なの」

イネズ「夢に恋を?」

ギル「いや・・君に恋してる」

イネズ「それだけ?」

ギル「細部は大事さ」

ギル「大体に於いて、僕と婚約者は意見が一致する」

アドリアナ「重要な事でも?」

ギル「いや・・些細な事で」

ブニュエル「俺には、映画が見える」

マン・レイ「私には、写真が見える」

ダリ「我輩には、サイが見える」

追記1:あの探偵の「その後」が心配である。。

追記2:ロダン、ジャン・コクトー、カミーユ・クローデル・・は登場せず。

追記3:本作は“第84回アカデミー賞(2012)”に於いて「脚本賞」を授賞している。

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2012年6月 1日 (金)

☆『マリリン/7日間の恋(2011)』☆

30日(水曜)の夜。
仕事を終え帰宅し、夕食後にクルマを出し“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、レイトショーで鑑賞したのは、香川県内ではこのシネコンのみにて「2週間限定(5月26日〜6月8日)」で公開中の『マリリン/7日間の恋』である。

前々から「何とか時間を捻出し、観たい!」と考えてたモノで、多少の無茶をしてでも鑑賞が叶って良かった!
シアター内こそ、ワタシを含めても男性2名+女性5名ほどのわずかな観客数しか揃わなかったが・・なァに「分かる者が観れば、それで良い」んである(・ω・)

後年、映像作家とし成功をおさめるコリン・クラークが、青年時代に体験した真実の物語。

1956年。渡英したマリリン・モンローは、名優=ローレンス・オリヴィエ(愛称:ラリー)が監督・主演する『王子と踊子』の撮影現場にヒロイン=エルシー・マリーナ役として参加する。

時をほぼ同じくして、ロンドンにある「オリヴィエ・プロダクション」に“サード(第3監督=何でも屋の雑用係)”とし採用されたばかりの当時23歳の青年=コリンは、ラリー(ケネス“ラヴレス”ブラナー)との撮影現場に馴染めず、次第にナーバスな精神状態に陥って行くマリリン(ミシェル・ウィリアムズ)に近付く機会を得るのだった・・

“比較的短め”な上映時間の中に、マリリンの人生観&私生活(の片鱗)や、女優として漂わせる“陰翳”なんかを余す事なく(?)練り込んでて、期待以上の1作に仕上がってた!

「第84回アカデミー賞」における“主演女優賞”は、誰もがご存じ(?)のように『マーガレット・サッチャー/鐵の女の泪(2011)』のメリル・ストリープが獲ったワケだが、ワタシとしては本作の方が「メイク技術(=老けメイク)に逃げてない点」「主演女優とその演技の、総じての瑞々しさ(=若々しさ)」「(老若の)ダブルキャストに逃げてない点」に於いては、ハッキリ勝ってたと思う次第で(・ω・)

どうにも、これまでの出演作(『ブロークバック・マウンテン(2005)』とか『私が2度愛したS(2008)』とか『ブルー・ヴァレンタイン(2010)』とか)で観て来たミシェルの“なんか腫れぼったい眼をしたご尊顔”がイマイチ好きになれず、彼女がどうこうって言う部分には(そもそも)何の関心もなかったんだが・・本作における彼女の存在は、妙にワタシのツボにハマった感じで良かった!

何だか、本作のインパクトがデカ過ぎ、今後の女優人生に(大きく)影響してゆくんではないか・・とまで心配になってしまう。

バックショット系ながらも「良い脱ぎっぷり」だったし「弱そうに見え、その実“したたか”なんかも?」「何だか、精神的にかなり切羽詰まってはるンかも?」って感じの“何かが演者自身の下地になければ、なかなかそこまで表現し切れないであろう(かも知れない)”演技(言動)の数々が、ホンマに突き抜けもし輝いてた。

その一方、彼女と対峙する(させられる?)事となる“史上最高の舞台俳優”オリヴィエを演じた「ユアン・マクレガーが老けたらこんな風になって行きそな(=^_^=)」ケネス氏の「マリリンに対し、苛立ちや嫉妬や敬服、その他あらゆる感情をぶつけて行く」的な言動の数々も“天才vs天才”のレベルの高さが終始漂ってて、ある種の緊迫感に満ちてた!

この辺りの“演技バトル”の高め方、盛り込み方が好きだった。

何だか『ピンポン(2002)』に於ける“天才論”をある意味、彷彿とさせてくれてワクワクしたモノだ。
他で言えば『海の上のピアニスト(1998)』や『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』にも何処か通じる“あの感じ”である。

何はともあれ・・「マリリン・モンローにさほど詳しくない」が故、ご本人のイメージと(半ば)切り離したままで鑑賞出来たのは良かった(=^_^=)

『お熱いのがお好き(1959)』と『バス停留所(1956)』ぐらいしか観てないからなァ・・せめて『イヴの総て(1950)』程度は観とかないと、マリリンを語る資格なぞ、ワタシには全くないンだろう・・(×_×)

〜 こんなトコも 〜

・当時のマリリンは30歳。ご存命なら今年で86歳。どうやらあの「菅井きん」さんと同い年らしい(⌒〜⌒ι)
・本作も字幕担当は戸田奈津子女史。和訳テクは地味だが、比較的良い仕事をしたはったと評したげたい(←ナニをエラそうに!)。
・コリンの好んだ映画人は「アルフレッド・ヒッチコック」「オーソン・ウェルズ」「ローレンス・オリヴィエ」の3人。
・セリフにのみ登場の「ノエル・カワード」はイギリスの俳優・脚本家らしい。
・「オリヴィエ・ブロの電話番」から始まったコリン。当初は“かなりの自腹”を切ってたようで、結局は“名門の御曹司”としてのパワー(資金)をガンガン使ってたようにも思える(⌒〜⌒ι)
・マリリンの3人目の旦那=アーサー・ミラーを演じてたのはダグレイ・スコット! “ショーン・アンブロウズ兄貴”じゃん!
・オリヴィエは「自身の名を冠した煙草」を吸ってた! 史上2番目の「俳優名のブランド化(銘柄)」だそうで。で、1番手は誰やろ?
・オリヴィエの妻はヴィヴィアン・リー!(当時43歳) 演じてたのはジュリア・オーモンドさんなんですね。。あの「老けぶり」がメイクだと良いんですが・・(そう信じたい)
・オリヴィエとヴィヴィアンの共演した舞台劇『眠れる王子(1953)』の映像化が『王子と踊り子(1957)』らしい。
・「赤狩り」ネタにも触れられてた。
・“メソッド演技”の第一人者=ポーラ・ストラスバーグの“枯れ具合”も、ヴィヴィアン同様に半端なかった(×_×)
・写真家=ミルトン・グリーンは、それなりにマリリンに寄り添い続けたようだ。
・“グルシェンカ”って何の作品のキャラかと思いきや『カラマゾフの兄弟』だったのね(×_×)
・ポーラの週給は2500ドル! 一方、コリンの家賃は週に3ポンド。
・爵位“デイム”を持つ老女優=シビル・ソーンダイク役にジュディ・デンチ。彼女自身もリアルに“デイム”に叙せられてはったりする。
・「モラヴィア」ってのはチェコ共和国の東部の名称らしい。因みに西部が「ボヘミア」だと。
・マリリンの記憶に残り続ける「ジョニー・ハイド」とは何者?
・劇中で歌われた“Heat Wave”は『ショウほど素敵な商売はない(1954)』で、“That Old Black Magic”は『バス停留所(1956)』で歌われていたナンバーである。

〜 こんなセリフも 〜

マリリン“寒暖計が上がってゆくのは、このあたしのせい”
    「胸元を出し過ぎ?(too much?)」
    「“こんな顔”で赦してね」
    「役を理解出来ないの・・嘘っぽいわ」
    「貴方はとても若くて・・穢(けが)れがないわ」
    「貴方はあたしをスパイしに来たの?」
    「貴方は誰の味方?
    「マリリンと呼んで」
    「あたしが恐いの?」
    「助けて欲しいの」
    「貴方は“状況の両面”を知っている
    「庭の茂みに新聞記者が隠れてるかもよ?」
    「あの撮影所には嫌な雰囲気を感じる」
    「さぁ、冒険旅行に出発よ!」
    「1週間ずっと“好きな事”だけをしたいわ」
    「あたしもホルバインの描いた絵のように、
     400年間、今のままでいたいわ」
    「娘は母に“可愛い”と褒められる事で、
     母の愛を知るのよ」
    「年下の人とのキスは初めて。
     ハリウッドはオジさんばかりよ」
    「まぁ! それが“イートン校のマナー”なの?」
    「最高のデートにするわ」
    「本当のデートは13歳が最後だった」
    「本当のパパが誰だか分からないから、
     リンカーンをパパにしたの」
    「貴方は幸せね。ご両親に愛されてる」
    「“普通の女”として愛して」
    「女神だなんて」
    「あたしが愛した男は、皆去って行くわ。
     マリリンが“幻”だと分かると、皆逃げて行くの
    「貴方は違う。“そう言う男”じゃないわ」
    「素敵・・“重ねたスプーン”みたい」
    「車みたいにすぐエンジンがかかるとでも?」
    「この仕事が終わったら、彼の良い奥さんになるわ」
    “初恋って、甘くて辛いものよ”
    「あたし、病気だったの。でも努力はしたわ。
     あたしだけを責めないで欲しい」
    “この先どうするか・・あたしは貴方に恋をする。
     忠告しておくわ。あたしはそう言う女なの”
    「発つ前にお別れを」
    「味方してくれて有難う」

ラリー「彼に給料を払ってやれ」
   「彼女に“メソッド演技”を教え込む必要はない」
   「名優の諸君、芸術作品の創造に挑もうではないか!」
   「監督が2人存在するのか? この現場には!」
   「私に“彼女を輝かせる力”があればいいが」
   「何故いつも遅刻を?! この私だって“スター”だぞ!」
   「NGから学ぶべきだ! 私の我慢が分からんのか?!」
   「君はただセクシーであればいいんだ。得意だろ?」
   「役者人生は恐怖との戦いだ。恐いのは皆、同じだ」
   「周りの連中は、すぐ彼女に薬を飲ませる」
   「こんな“軽いコメディ作品”に、昼過ぎまで役作りを?」
   「別の煙草を呉れ。“オリヴィエ”の味はヒド過ぎる」
   「覚えておけ。年をとっても、女の自尊心は傷付くのだ
   「スクリーンの私は眼が死んでいる。よみがえろうとしたが、
    彼女の輝きが映し出すのは、私の欠点だけだ」
   「忠告しよう・・彼女に助けは必要ない
   「その行いはどうあれ、彼女には敬服する」
   「“何故、彼女が此処にいないのか”それを調べて来い」
   「今日は1時間の遅刻か・・まだマシな方だな」
   「“彼女を変えよう”なんて試みた私が愚かだった」
   「だから、彼女はあんなに不幸なのだ
   「監督業はこれまでだ。次はジョン・オズボーンの
    舞台劇をやる」
   「この世界を知っただろ?」

コリン“人生で初めての仕事のハナシをしよう”
   “23歳の時、映画の仕事に関われるチャンスが到来した”
   「こう言う事もあろうかと、実は2軒を借りておきました」
   「見つかったら、逮捕されるよ」
   「明日は本当の貴女を見せて。
    ラリーを唸らせる演技を見せて」
   “僕に出来るのは、眼を閉じない事だけだった”

ヴィヴィアン「“愛してくれる人”が減って行くの。いずれは貴方も」
      「ラリーが求めるのは“真実”だけなの」
      「あんなに美しいなんて・・スクリーンが輝いてるわ」

シビル「“若さ”って良いわね」
   「カメラの前でどう演技するのか・・
    貴女はそれを知っているわ」

ミラー「私には彼女を護ってやれない・・一緒だと仕事が出来ない。
    彼女に喰い尽くされてしまう

ルーシー「“サード”は、仕事よりナンパが目的なんじゃ?」
    「信じてたのに」
    「私なんかより、もう少し上を狙ったら?」
    「頑張ってね」
    「心が傷付いた? なら良い薬だったわね」

ポーラ「役の置かれた状況を信じないと、演じられないの」

※「組合に入れる条件? 此処は“仕事がしたい”なら入れる世界さ」
 「小道具に勝手に触るな! ストを起こすぞ!」

ミルトン「彼女の部屋に10分いられりゃ、キスだって抱擁だって出来るさ」
    「大人になれ、小僧(Grow up,kid!)」
    「火傷する前に身を引け」
    「深みにハマるなよ」

ロジャー「彼女は行動が気まぐれなんだ。酒? それもある」
    「マリリンが君を呼んでる」
    「君もすっかり大人になったな」

店主「グレース・ケリーと相部屋になるが、我慢してくれ」

プロスペロー“眠りが我々の儚い人生の仕上げをする”

記者「“ベッドの中では、香水しか身に付けない”と?」
マリリン「ここはイギリスだから、ヤードレー(の香水)にするわ」

マリリン「ポーラを呼んで!」
ラリー「まただ!」

ポーラ「役に入るのに、チャップリンは8ヵ月かかるそうよ」
ラリー「この状況が8ヵ月も続けば、私は自殺する」

マリリン「勉強なさいな、学生さん。鞭打たれるわよ」
生徒「あなたの鞭なら!

コリン「マリリンを棄てては?」
マリリン「そんな事、出来ないわ」
コリン「こんな狂った世界・・」
マリリン「・・あたしも狂っていると?」
コリン「このままじゃ、幸せは掴めない」
マリリン「あたしは幸せよ」

マリリン「あたしを忘れないで」
コリン「・・忘れるなんて」
マリリン「スタッフは(あたしを)忘れたがってる」
コリン「それは“本当の貴女”を知らないから

追記1:リー・ストラスバーグ、ポーラ・ストラスバーグ、マリリン・モンローと言う“アクターズ・スタジオ”“メソッド演技”一派と“反メソッド演技”を唱えるオリヴィエとの戦いは「メソッドかどうか」を超越したトコで、女優マリリンがオリヴィエ、ヴィヴィアンを圧倒し「幕」となったようにも見受けられた。で、ホントのトコ“メソッド演技”って、現代演劇界ではどないな評価なんやろ?

追記2:あの“ハーマイオニー・グレンジャー”が、すっかり成長したんやねぇ。系統的に(若い頃の)リース・ウィザースプーンや、ジェニファー・ジェイソン・リー辺りの雰囲気を感じました(⌒〜⌒ι)

追記3:本作のジュリアに『ブラック・スワン(2010)』に於けるウィノナ・ライダーのイメージを、ミシェルに『シカゴ(2002)』に於けるレニー・ゼルウィガーのイメージを(何故だか)重ねてしまった(・ω・)

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2012年5月31日 (木)

☆『M:i:B(メン・イン・ブラック)3』☆

27日(日曜)の夜。

明朝(早く)からの(1泊)出張に備え、色々と準備をするために市内中心部(=^_^=)へと向かったワタシ。
思ったより手際良く、そちらが整ったため「ついでだし!」と考え“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に足を運ぶ事にした。

公開が始まったばかりの、人気(?)SFシリーズ最新作『M:i:B(メン・イン・ブラック)3』を観るためである。

ハナから「“3D版”を敢えて観る必要性など、全くナシ!」と見切ってたので(=^_^=) “2D+日本語字幕版”の上映開始時間にターゲットを絞ってたが、結果的に「それはそれで成功だった」と考えている(・ω・)

某所に存在する、凶悪犯の永年収容に特化(?)した“ルナマックス刑務所”から、ボグロダイト星人の囚人=アニマル・ボリスが脱走を遂げた。

強靭なボディと、冷酷なハートを併せ持ったボリスは、自身の左腕を1969年に奪った、MiB(メン・イン・ブラック=全宇宙の秩序を極悪異星人の脅威から護る、米政府の極秘機関)のベテラン捜査官=K(トミー・リー・ジョーンズ)に恨みを抱いていた。

1969年7月16日、ボリスをフロリダ州ケープ・カナベラルで逮捕したKだが、その時の事は、14年来の相棒=J(ウィル・スミス)がしつこく訊ねようと、決して口を開こうとはしないのだった。

Kと40年来の同僚だった部長=Zが亡くなり、その追悼式を執り行った数日後(?)のある夜、今度はKが忽然とJの前から姿を消す。

それに加え、不思議な事には“前日までのKの存在”を知る者は、MiBの中ではJ以外に誰もいないのだった。

Zの後任である新部長=O(エマ・トンプソン)のみは、何かを掴んでいるようだが・・

Jはそれまでに得た情報から「ボリスがKの過去に飛び、何らかの細工をした事」が総ての原因であると睨み、ボリスに関する事情に詳しい男=ジェフリー・オバダイアに会いに行くのだが・・

う〜ん・・本来の持ち味(?)である「K&Jによるバディ・ムーヴィー(=コンビもの)」を楽しみに行ったんだが、、ある意味「トミー・リーが“巧妙な(脚本上の)仕掛けによって”殆ど物語(の前面)に出て来ない」と言うしたたかなテクが用いられ、その点に驚かされた。

それに加え、前作(2002)、前々作(1997)、、と「Z役を好演してくれた、リップ・トーン氏」が出演しなかったり、意味深な印象ながら「まだまだキャラ造型の粗(あら)過ぎるO役のエマトンさん」など・・私的には、何とも残念なキャラ陣の扱いだったように(×_×)

中盤以降は“異星人との戦い”と言うよか“時間(=過去)との戦い”が軸になってハナシは転がって行く展開に。
まぁ良くある『バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)』とか『タイム・コップ(1994)』やらのノリだろう。

「現在の自分が過去の自分を眺める」って演出が終盤に控えてて、そこは「感動モノ」を狙ったフシがあるんだけど・・私的には「どうにも強引かつ乱暴なネタのくっ付け方(=オトし方)」に思えて、泣けもしなかったし、反対にちょっぴり不満すら残ってしまったぐらいだった。

って言うか・・過去の2作もそうだったんだが「敵エイリアンの実力」みたいなモノが、どいつもこいつもショボ過ぎて萎えてしまう。

既に記憶すら殆ど薄れてしまってるが・・かつて『ハワード・ザ・ダック(1986)』に出て来てた“暗黒魔王”ってヤツに似た感じで、、それまでのセリフで「さんざん高めて来る」割にはぜんぜん恐ろしくないのだ(・ω・)

今作でも「右掌に甲殻虫(?)を収納する(←『吸血鬼ハンターD』の主人公の左手にそっくりな設定)」「トゲを飛ばし人々を殺害する」ぐらいの特技(?)しかなく「大した事ないやんか!」と突っ込めたボリスは、ボスとしての貫禄自体が不充分過ぎた(×_×)

面白いのは、過去の世界で“若き日のK”を演じたジョシュ・ブローリンの起用。
トミー・リーとは『ノー・カントリー(2007)』で、既に何となく(?)共演を果してたりもする!

まぁ、確かに雰囲気は似通ってた2人だったけど・・(他にも「ジョシュ・ハートネットを起用する案」とかはなかったんやろか?)。

ウィルスミも、以前ほど「全力疾走シーン」とか「ヴォイス・パーカッション芸」とかを披露してくれるワケでなく“売れっ子ラッパー時代”からのファンとしては「そつなく演じてくれてんだけど、何処かモノ足りんなァ」と呟かざるを得なかった。
ギャグ(ブラック・ジョーク)関係も余り冴えてなかったし・・

KとOの関係や、JとAA(=^_^=)の関係なんかも、まだまだ(次作以降に残してるのか?)描き切れてないトコはあるんだけど・・正直「ボチボチ、このシリーズも“潮時”かなァ?」と感じた次第である。

〜 こんなトコも 〜

・字幕担当は戸田奈津子さんだったが・・いつもながら“和訳テク”はパッとしなかった。
・ケーキを載せた皿は「陶器:6%」「有機物:94%」とか分析されてた。もっとしっかりケーキの内部まで調べたら、別なモノもしっかり検出できたハズだが。。
・今回の「MiBカー」は“フォード・トーラス・SHO(Super High Output)”だった。以前はキャデラックだったっけか?
・同僚の報告(=報告書)次第で、捜査官には2〜4週間もの停職処分が下されるらしい(×_×)
・Kは『アクア・ヴェルヴァ』なるローションを愛用してるそうだ。
・時空破壊を経験すると頭痛が起こり、何故だかチョコミルクが飲みたくなるようだ。。
・ワタシの大好きな建造物=クライスラー・ビル(全高:320m)が登場! どうせなら、もっと上層階からタイムジャンプして欲しかったぞぅ。
・「バイアグラン星人の開発した新薬」ってのが気になる〜(=^_^=)
・「コード43」とは?
・ウィルスミが飛んだ過去の世界では、結局それほど「黒人である事」で苦労する事はなかった。(その点が不安だったので)少し安心した。
・ブローリンの実生活の妻はダイアン・レインらしい!
・劇中のセリフから推測するに・・1969年:Kは29歳、1994年:K(54歳)とJのコンビ誕生、2008年:Kは68歳、ボリス脱獄・・ってトコやろか? 何か辻褄の合わん気もするが。。
・芸術家のサロン(?)「ザ・ファクトリー」入口の合言葉は「ジャニス・ジョプリン」だった。
・アンディ・ウォーホルが逢おうとしてた「ヨーコ」と言うのは“あのしと”の事やろか?
・当時、ミック・ジャガーには「人間の女性との繁殖疑惑」が持たれてたようだ。。
・破壊されたMiBのエージェントカーから、あんな超未来的な(?)ファンキーマシンが! それも2台も!
・あの演出ってば『ダークナイト(2008)』の“弱パクリ”やろか?
・Kが(エージェントカーの)トランク内の荷物の重さを気にしてたが・・それより、常時搭載してるあのマシンこそがそうとう重かったんでは?
・主題歌にはウィルスミは関わってないんやろか? タイアップしたらエエのに。
・打上げ施設には、あんな“冗談のようなカゴ(野猿?)”がホンマに設置されてたんか?!

〜 こんなセリフも 〜

J「“奥の水槽”を見せてくれ」
 「地球人には、地球の魚を喰わせろ」
 「“衛生条例32条”違反だぞ。宇宙からの密輸食材だ」
 「何処が中国人だよ!」
 「こっそりトイレに流した金魚がああなる。
  子供に“金魚は逃げた”なんて嘘をつくな」
 「君たち“アカデミー賞もの”の演技だな!」
 「同じジョークを言うなら、せめて笑えるものを」
 「このビルから飛び降りろと?」
 「黒人が高級車に乗ってても、盗んだ車とは限らん。
  ・・確かに盗んだけど、肌の色は関係ない
 「ショック銃のパワーをもっと落としとけ!」
 「いつもメニューを10分眺めてから
  “スペシャルは?”と訊くのがKなんだ」
 「女は“O”で、男は“K”と呼ぶことにしてる。
  男と女なら“OK”だ」
 「嘘は1度つくと、連鎖的に・・」
 「29歳? にしちゃ“老け顔”だな」 ←ホンマは44歳。。
 「リボルバー銃じゃなく、スペースガンをくれ」
 「モデルには異星人が多いんだ」
 「“ノッポ”じゃなく“J”と呼べ。
  こう見えても、俺は繊細なんだ
 「バカでかい携帯だな! 電磁波がヤバいぜ、それ」
 「君にはこう見えるのか!」
 「やっぱ4輪がイイ! せめて2輪を!」
 「“真実を話せ”だと? もう懲りたよ」
 「たまには“職場恋愛”もイイじゃないか」

K「呼吸と一緒に、言葉を吐き散らかすな」
 「感情は出さん主義でね」
 「過去を引きずるな」
 「俺の幸せの秘訣を? “嫌な事は訊ねない”って事だ」
 「総てを知ろうとするな」

K「“嘘をつく時の顔”は分かった。
  今度は“正直な事を言う時の顔”を見せろ」
 「この様子じゃ、ゲロッたな」
 「俺の爺さん曰く“面倒が起きたら、
  パイを喰って、それを忘れろ”と」
 「何かを楽しむ時は、それ1ツに集中しろ
 「“仕事に関係ない事”なら何でも訊いてくれ」
 「今の“2発目”は、真実を伝えてくれた事に対する礼だ」
 「俺がお前を採用したのは正解だった」
 「覚えておけ。君のパパは“本当の英雄”だ」

O「“ケープ・カナベラルで起こった事”を詮索しないで」
 「“嫌な事”を訊ねないで」
 「彼(=K)は利口な人よ」
 「宇宙ダニが脳に?」

ボリス「俺はロマンチストでね」
   「止めとけ。それはお前の体に悪いぜ」
   「イイぞ、でかした」
   「何か臭うぜ(I smell something.)」
   「俺の意見は違うぜ」
   「此処はエラく暑い。“風通し”を良くしよう」
   「悪いなダーリン。ケーキをありがとよ」
   「歴史を書き換えてやるぜ、K」
   「この世に俺を閉じ込めるムショなどない!」
   「お前は過去で死ぬのだ、K」
   「俺は俺よりも強い!」

W「今は駄目だ。“ゾーン”に入ってる」
 「次のハプニングがハプンした後で来てくれ」
 「シタール音楽なんざウンザリだ」

グリフィン「ヤバい未来が近付いて来る」
     「1ツの死を救うと、別の死が生まれる」
     「未来が想像出来ない時、こう言うだろ?
      “運を天に任せろ”ってね」
     「・・この先は見たくない」
     「・・1ツの死に代わる死だ」
     「Kが※※※を置かないと・・!」
     「・・今のはヤバかった」

看手「こいつはまぁ、ケーキだろうな」
  「“そう言う(濃厚な)キス”が赦されるのは夫婦だけだ」

女の子「この人、オバマなの?」

大佐「君たちの任務の重要性が分かった」

船長「俺たちは何も見ていない。
   報告なんかしたら、即“打ち上げ中止”だぞ」

看手A「あのケーキは消毒済かな?」
看手B「彼女もかな?」

K「宇宙一の破壊力を持つものを?」
J「・・砂糖か?」
K「・・“悔い”だ」

J「成功は確かか?」
ジェフリー「じき分かる・・ハズだ」

K「この武器は?」
J「輪投げで貰った景品でね」

J「コレは“正直な顔”だぞ!」
K「見たくないね」

J「あんたに何が起きた?」
K「まだ何も起きてないさ」

K「“泥水みたいなコーヒー”だな」
O「きっと豆に泥が付いていたのね」

ヒッピー「“暴力より愛”よ」
ボリス「俺はどっちも好きだ」

グリフィン「お陰で助かったよ」
K「それが我々の仕事だ」

J「これをどうやって宇宙へ?」
グリフィン「“人類の小さな一歩”だよ」

J「未来を見せたのか?」
グリフィン「“必要最低限”のね」

ボリス「お前の負けだ」
J「俺の意見は違う」

K「あんた、極秘機関で働く気はないか?」
※※「残念だが」

J「何も知らない?」
K「分かるワケない」

追記:次作(=4作目)に関し、色々と想像(妄想)してみた。

1.とうとうメインキャストまでもが大幅に代わり“劇場未公開”扱いとなる(涙)
2.ご自慢の“仏頂面”が演技じゃなく“マジモン”に見えても来たトミー・リー(って言うか「フル出場」それ自体がキツそう)。今度は「異星人(←CG処理)に姿を変えられる」とかで、更に巧く(?)出演シーンを減らすつもりでは?
3.「Kの死」ってな“とっておきのネタ”を放つため(だけ)にも、したたかに企画の実現されそな気はする。。

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2012年4月 3日 (火)

☆『マーガレット・サッチャー/鐵の女の涙(2011)』☆

31日(土曜)の午後。帰阪の折、大阪府内の某シネコン(アリオ系)に立ち寄って鑑賞したのは・・イギリス発の新作評伝ドラマ『マーガレット・サッチャー/鐵の女の涙』だった。

英国史上初の女性首相(第71代、在任:1979〜90)=マーガレット・サッチャーの(引退後)の“老いた姿”を軸に「マーガレット・ロバーツ」の名で食料品店の娘として生まれた1人の女性が、政界入りを果たし、英国保守党を率い・・やがては東側諸国(主に旧ソ連)に“鐵(てつ)の女”と称されるまでの大物政治家になってゆく年月を、虚実織り交ぜた(?)「回想劇」の形で描く。

字幕担当=戸田奈津子女史、主演=メリル・ストリープ女史・・って事で、何となくスペック的(?)にはワクワクさせられたモノだが・・観終わるや、何とも言えぬ「失望感」に打ちのめされてもしまったワタシ(・ω・)

サッチャーを取り囲む人々・・厳格な父親=アルフレッド、若き日の夫=デニス、政治家としての人格形成に大きな影響を与えたと思しき(少なくとも、劇中では意図的にそう描かれてた)議員=エアリー・ニーヴ・・などの素晴らしい男性キャラ陣を準備し、配しながらも、殆ど彼らが“活用”されてなかったのだ。

観たかった「若き日のサッチャー」のエピソードはズバッと削られてるし、エリザベス2世をはじめとする“英国王室の人々”も全く登場しなかった。

それに加え、首相としての「トレーニングシーン」も“殆ど”描かれないし、総じて“更に面白く仕上げられたハズの演出、要素が徹底して(?)削られてしまってた”事が残念でならなかった(×_×)

マーガレット・サッチャーと言う“プライベートを(余り)知られてない人物”の未知の部分(?)にこそ脚光を当て、脚色を施せば、これ程ワクワクさせる人物伝はなかったハズなのに、、どうしてまぁ、こんなにも凡庸でつまらない作品に仕上がってしまったんだろうか。。

〜 こんなトコも 〜

・例えば、ハイライトである“フォークランド紛争(1982)”に於いて、アルゼンチン側との政治的対話は描かれなかった(×_×)
・「(フィンチリー区での)選挙戦の奮闘の日々」や「国会に初めてやって来た日の緊張感」とかをこそ「もっと踏み込んで」描いて欲しかったのに。
・やはり「メリハリ」に欠け過ぎる物語(脚本)だった。
・制作費的に言えば、TVドラマの域を出てなかったんではなかろうか?
・主人公を演じる俳優がメリルに切り替わった途端・・「あ~あ」と思ってしまうのは何故なんだろう(=^_^=) 既に、彼女の言動や演技に対し“食傷気味”になって来とるんやろか・・
・「抜けたまつ毛に願い事をして吹き飛ばす」おまじない(?)が英国にはあるそうで。
・ベリーニ作曲のオペラ『ノルマ』や、フォレット作の小説『針の眼』が登場。
・「ダウニング街10番」に何があるねん? と思ったら“英国首相官邸”だったんやね。。
・“庶民育ち”が切り札でもあったサッチャーだが「父がグランサム市長」「オックスフォード大卒」ってのは、なかなかに強烈なスペック(?)だと思われ。
・“ルアーパック”“アンカー”と言ったバターのブランドがあるそうだ。
・(スロープを昇ってく前に)地下で“爆発”してたら、大変だったやろネ。。

〜 こんなセリフも 〜

サッチャー「バターが多過ぎるわ」
     「牛乳が高価(たか)くなったわ。49ペンスですって」
     「いつも“私たち”は此処よ」
     「絶対にグレーがいいわ」
     「マフラーを忘れてるわよ」
     「バカな人ね」
     「うるさい女は嫌われるわよ」
     「私は“男性が相手”の方が好きだわ」
     「人は誰も、自らの脚で立って行動すべきです」
     「“暮らしに事欠かない方”には分からない感覚ですわ」
     「男には財務責任が。そして、女は家計のやりくりを」
     「政治家にとっては“力を得る”事じゃなく、
      “何をするか”が大事なの」
     「私は“しおらしい妻”なんかにはなれないわ。
      大切なのは“生き方”なの」
     「大事なのは私の話し方ではなく、その内容です」
     「他のドライバーは乱暴かヘタクソだと思えばいいわ」
     「党主選挙に立候補するわ」
     「主張を通す誰かが必要。ヒース政権は弱腰よ。
      攻める時は攻めないと」
     「党員たちに保守党の理念を再認識させてやりたいの」
     「米国人は成功を恐れません。
      彼らは過去に眼を向けず“今、何が築けるか”を考えます」
     「私の生きてる間は、女性首相なんて有り得ないわ」
     「お任せします(I'm in your hands.)」
     「我が“グレート・ブリテン”を、
      その名に恥じぬ“偉大(グレート)な国”に」
     「考えやアイデアこそが面白いわ」
     「考えが言葉になり・・考えが人を創るの。
      ・・これは父の言葉だけど」
     「意見があるなら隠さないで」
     「苦くても薬を飲まないと、患者は死ぬわ」
     「今更怖じ気づくの?」
     「イエスマンなんか欲しくないわ」
     「それでは、いつものように仕事を進めましょう」
     「真珠湾(ハワイ)が奇襲攻撃を受けた時、
      アメリカは東條に和平を申し入れたかしら?」
     「“信条を貫くかどうか”が今、問われているのです」
     「沈めて(sink it.)」
     「遺族に手紙を書くわ」
     「野党の皆さん。今日だけは“意見の相違”を脇に置きましょう」
     「欧州共通通貨には反対です」
     「支持されなくても、これは正しい政策です」
     「事態に対応する勇気はないの?」
     「以上です(Good morning.)」
     「私はただ、この世界を良くしたいと思っただけ」
     「子供たちには、少なくとも私たち以上に幸せになって欲しい」
     「正直に言って。あなたは幸せだった? あなたの幸せも望んだわ」
     「私を独りにしないで」
     「今日は何処にも行かないわ」

デニス「いいとも、ボスは君だからな」
   「連中は警備が仕事だから」
   「今が何時か? 太陽の位置から見るに“お茶の時間”だな」
   「薬を(飲まずに)隠してるの、バレたぞ」
   「あの票差で戦ったんだ。君は立派だったさ」
   「ゴルフはヘタだったな」
   「君が過去を振り返るとは・・だが過去は巻き戻せんし、
    嫌な事もまた思い出すぞ」
   「そうやって、僕の声が聞こえないフリしてるんだな」
   「ユル・ブリンナーはロマ族の血を引いてるそうだ」
   「彼は『王様と私』をロンドンとブロードウェイの
    舞台で4625回も演じたそうだ」
   「僕が※※なら、君は誰と話してると?」

エアリー「ようこそ“狂乱の世界”へ」
    「党を変えたいなら、党を率いろ。国を変えたいなら、国を率いろ」
    「そしてそのままトップへ」
    「決して“君”と言う人間の中身を変えるな
    「僕は牝馬に賭けるよ」

父「他人は他人だ。お前は“自分の道”を行け
 「我々英国人は“商人気質”だからこそ、
  ナポレオンやヒトラーに勝てたのだ」

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2012年3月20日 (火)

☆『メランコリア(2011)』☆

19日(月曜)の夜。

(長引く)咳と頭痛が“ピーク状態”になってたんだけど、仕事終わりに近くの耳鼻咽喉科を受診すると、それなりに回復した(気がした)モノで・・「頑張って、観て帰ろう!」と決めたのが、商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”で公開中の『メランコリア』だった。

監督=ラース・フォン・トリアーって事で、観る前から「何となくの相性の悪さ」は薄らと感じてたのだった(=^_^=) 『ドッグヴィル(2003)』『マンダレイ(2005)』と『アンチクライスト(2009)』は未見なんだが、前に観た『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』のある種の「後味の悪さ」が10年以上を経た今でも、まだ記憶の何処かにこびり付いているワケである(×_×)

今回はそれに加え、主演=キルスティン・ダンストと言う苦手な(=^_^=) 女優さんが“出ずっぱり”だったのも、結構な鑑賞時のストレスとなってしまった(ファンの方、スミマセン)

珍しく“メンズデー”の鑑賞が叶ったワケだが・・特に中盤辺りから咳込みが酷くなり、周囲の方々に迷惑がかかってしまったかも知れない。赦せ。

結局、観終わると・・発熱と頭痛と咳で、更にフラフラになってしまい、その夜は帰宅するや否や、倒れ込むように寝込んでしまったのだった(×_×)

世界の何処か。

“城塞”をイメージさせる、とある豪邸に人々が集まっていた。彼らは2時間の遅れで到着する事となる、ジャスティン&マイケルの結婚披露宴に呼ばれていたのだ。

披露宴は遅れに遅れつつ始まったが・・新婦=ジャスティン(キルスティン)の奇行や、彼女の母親=ギャビー(シャーロット・ランプリング)の不愉快な言動が、華やいだ雰囲気を次第にぶち壊してゆくのだった・・

・・

邸宅に辿り着いた時、ふとジャスティンは空を眺め「あの赤い星は?」と訊ねる。

彼女の姉=クレア(シャルロット・ゲンスブール)の夫で、科学者であるジョン(キーファー・サザーランド)は「さそり座のアンタレスさ」と答えるが・・それは地球の軌道に合わせ急接近する、いわゆる“死のダンス”を繰り広げる事となる存在の惑星“メランコリア(Melancholia)”であった・・

「第1部:ジャスティン」「第2部:クレア」・・の2部構成で「地球規模の存亡の危機」が叙情的に(?)描かれる本作。

結論としては「惑星メランコリアの衝突から、我が地球は救われんの?」ってトコに尽きる訳だが、そこに至るまでのゴチャゴチャさが何とも(鑑賞中は)全く油断出来ない展開であり、妙に気合を入れて観ようとする余り、必要以上に疲れてしまった(×_×)

何だかロバート・アルトマン監督の『ゴスフォード・パーク(2001)』を想起させる“群像劇”っぽい仕上がりを狙った(?)第1部は、異常に「賑わい」を印象づけてくれるストーリー展開なんだが・・続く第2部では、登場人物がゴソッと激減してしまい驚かされる!

ジョン・ハート、ステラン・スカルスガルド・・など名だたる俳優陣が色んな理由やら経緯でいなくなってくのは、ある意味でびっくり! 「(勝手に)逃げる奴」「(理由をつけて)帰る奴」「(自分だけ)退場する奴」など、それぞれの人物像とその去り方を眺めるに、やはり思うのは「他者ってのは、ままならんものやなぁ・・」って事だろうか。

第2部では、それまで余り脚光を浴びてなかった「レオ」と言う少年が出しゃばって来るようになる。
「子供が出て来る」って点から、つい“スピルバ※グの法則”に照らし合わせ「ハッピーエンドなんやろかな?」とも感じるんだが、それはそれで『ミスト(2007)』なんかの前例も考慮すべきだった(⌒〜⌒ι) これからは“ダラボンの法則”ってのもアタマの片隅に置いとかなきゃアカンね。。

(総じて)魅力的なキャラがいなかったり(←恐らくは意図的なモノと思われるが)、観終わってから「実に冗長やな〜」とイッキに疲れの押し寄せる感があったりするが・・まぁ「予備知識なしに、1度は観てみる価値のある作品」と言えなくはないか、、てトコで(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・キルスティンは“巫女(シャーマン)的”な立ち位置だったんやろか? 「彼女の精神状態と惑星の位置(=接近具合)が関連していた」とすれば・・もっとムチャクチャな言動をさせてれば、更に時間は稼げたんやろか?
・キルスティンのヌードがしっかり拝める・・が、興奮しないんだなぁ(×_×) まぁでも「たわわなバスト」ですた〜
・惑星に関する疑問が幾つかあった・・「赤いのは何だった?」「赤と青の2つが存在した?」「いったん遠ざかった?」ってトコ。
・銀幕における(?)キーファーはどうにも冴えない・・
・マイケル役のアレクサンダー・スカルスガルドは、ステランおじさんの実の息子らしい!
・チャチなグッズ(?)が大きくフィーチャーされてる辺りは『サイン(2002)』を連想した(=^_^=) 究極に「ミクロ的視点」なのも共通。ネットだけが世界との繋がりだったんかな?
・終盤の印象は『ノウイング(2009)』に似てた気もする・・(・ω・)
・ワーグナー作曲の『トリスタンとイゾルデ』がメインテーマに起用されてた。
・元々はペネロペ・クルスの主演で企画されてたらしい!
・オープニングで描かれる“終末映像”の中には、実現しないパターンのもあった。
・花嫁衣装のジャスティンと“オフェーリア”を重ねた映像イメージは何を表現したかったのか?
・指先から火花(プラズマ?)が出るのって、ちょっとカッコいい!(おい)
・ダスティン・ホフマンなら、正確に「678粒」と即答したんでは?
・“スチールブレーカー”って何なんやろ?
・18番ホールのグリーン上で、しゃがみ込んで放尿してる花嫁・・って演出的に狂い過ぎてて好き!(おい)
・料理は必ず左から右に回す事、だそうだ(・ω・)
・クルマが動かなくなる辺りは『宇宙戦争(2005)』を観て、予習しとくべきだったかも?
・特に第1部に於いて、手持ちカメラのブレまくるのが「疲れた」原因だったのかも知んない(×_×)

〜 こんなセリフも 〜

ジャスティン「思うように動けないの」
      「“灰色の毛糸”が足に絡まって、引っ張られるの」
      「肌身離さず持つわ(I always keep (it) with me.)」
      「この家は・・恐ろしいのよ」
      「あんたは“無”以下よ」
      「努力はしたのよ」
      「好物なのに、灰みたいな味だわ」
      「また昇った・・月と同じように」
      「地球は“邪悪”なの・・地上の生命は“邪悪”よ」
      「地球が消えても、嘆く必要はないわ」
      「私には分かる」
      「地球にしか生命はない・・
       そして、残り時間は少ないの」
      「音を聞いてたの・・
       何かが違う。馬たちが静かになった」
      「村へ行ってもムダよ」
      「そのプランは、最低だと思う」
      「じゃ、枝を探しに行きましょう」
      「手を握って、眼を閉じて」

クレア「今夜は“バカな真似”をしない約束よね?」
   「マイケルにも、あなたの心が見えないそうよ」
   「時々、あんたが堪らなく憎いわ」
   「科学者の計算が違っていたら?」
   「惑星は“友好的”に見えるわ」
   「“その時”が来たら、一緒にいたいの」
   「“正しい方法”でやりたいの」
   「素敵に終わらせたい」

マイケル「僕は地球上で誰よりも幸せな男です」
    「謝る必要はないよ(Never say sorry.)」

ジョン「今夜の主役は君だ(Tonight is your night.)」
   「くそアマども、風呂に入ってやがる!」
   「君は幸せになるべきだ」
   「忌わしい? 素晴らしい星だろ?」
   「これだけ大規模な接近だと、
    計算に誤差も生じるのさ」
   「大気が奪われてるから、少しの間、息苦しくなる」
   「時速10万キロで遠ざかってる」

レオ「いつ“シェルター”を造るの?」

上司「理性が感情に負けたかね?」
  「我が社は、優秀なコピーライターを失ったのではなく、
   新たなアートディレクターを得たのだ」
  「広告の仕事に最も大切な知識とは・・?
   そうとも! “知識がない事”だ」
  「今の言葉は“辞表”か?」

ギャビー「せいぜい今のうち楽しんで」

ジャスティン「あの星は?」
クレア「さあね」
ジョン「どの星?」
ジャスティン「あの赤い星」
ジョン「さそり座のアンタレスでは?」

※※「それじゃ、僕も消えるよ」
ジャスティン「・・そうね」

※※「“別の可能性”もあった」
ジャスティン「そうね・・あった筈。
       だけど、分かってたでしょ?」
※※「そうだな」

レオ「パパは“何も出来ないし、隠れる場所もない”って」
ジャスティン「パパは大事な事を忘れてるわ・・
       “魔法のシェルター”を造ればいい」

追記:字幕担当は松浦美奈さんでした。

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2012年2月29日 (水)

☆『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(2011)』☆

25日(土曜)。
帰阪した折、大阪・なんばにクルマを停めて立ち寄る流れとなったモノで・・期待値を上げてた新作『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を“TOHOシネマズなんば(本館)”で鑑賞して来た。

かなり久しぶりな気のする「1010(マルイ)」行きである。常日頃、もっともっと通行人密集率(?)の低い地で暮らしているモノで、混雑したエレベータに乗る時など・・妙にパニックになりそうになる(⌒〜⌒ι)

・・

場内はなかなかの混み具合だった。おまけに空調が節電傾向だったのか、設定温度を乱すほどの集客ぶりだったのか、単にワタシが厚着し過ぎだったのかは分かんないが(⌒〜⌒ι)・・やたらと暑かった。

9.11・・「アメリカ同時多発テロ事件」から1年。愛する父親=トーマス(トム・ハンクス)を失った10歳の少年=オスカー(トーマス・ホーン)は、立ち直れず、ふさぎ込んだままの母=リンダ(サンドラ・ブロック)から距離を置くように・・父の遺品の1ツである“青い花瓶”の中から見つけた“1本の鍵”に合うハズの「鍵穴」を捜す壮大な旅に出る。

唯一のヒントは、鍵の入っていた“オレンジ色の封筒”のオモテに書かれた“ブラック(Black)”なる言葉。
コレを「鍵穴の在処を知る人物の名前」と推理したオスカーは、電話帳で「ブラック」と言う名前を総てリストアップする事に。

洗い出した472人の「ブラック氏」を、1人につき6分の面会時間、1日につき2名のノルマで調査し・・「3年がかりの計画」で突き止めようとする少年の前に、祖母のアパートの“間借り人”である謎の老人(マックス・フォン・シドー)が「一緒に手伝おうか?」と、その手を差し伸べるのだった・・

『親愛なるきみへ(2010)』を観た時も感じたが「事件から“10年以上”が過ぎ、いよいよ“乾き始めて来た”のかも知れないな」と思ってしまったワタシ。本格的に語られ(再検証され)始めるのか、結局は演出的なアクセントの域を超えないのか・・は分からないが、今もってインパクトもあり、重苦しい題材である事には変わりないだろう。

一方で、単なる“お涙頂戴な物語”には終わっておらず、後半からは「それはそれで“色んなパズルのピース”が勢い良くハマリ始める」って部分の演出には、感心させられもしたし、そして泣かされた。

中盤まで、とある中心キャラが「殆ど物語上で機能してない印象」を強く感じるんだけど、そこを「ああ言う風」に持ってく脚本力(ってか原作力?)には驚かされた。そのセンスが正直、羨ましく思えてならなかったなァ(・ω・) 

ってな具合で、後半からの母子のやり取りには、ボロボロとかなり激しく泣かされてしまったのだった(⌒〜⌒ι)

トムハンの堕ちて行く(冒頭の)イメージ映像やら、最後の留守電が“途切れる”瞬間のインパクトなど・・観ててツラい・苦しい点はあるんだけど、作品としての質の高さは気に入った。

きっと昨年内に鑑賞していたら、ランキング上位に喰い込んでた事は間違いなかっただろう。

そして、トーマス・ホーン君が「崩れてゆかない」事を祈りたい。

〜 こんなトコも 〜

・予告編で好印象だった“疾走感”“躍動感”には、著しく欠けてた気がする。難しいトコなんだけど・・
・父と子のドラマ以外にも、祖母との、祖父(?)との・・そして後半では母とのドラマがそれぞれにしっかり描かれてた!
・後半の母子のやり取りは、涙なくしては見られない。サンドラ姐さんは良い女優さんになったと思う。
・祖父(?)とのエピソードは、も少し踏み込んで欲しかったか(カメラネタも放置(?)されてたし)。
・「本作を犠牲者の方々に捧げます」的なコメントを一切入れなかったのが、逆に良かった。
・エンドロールでメイキング映像とかが流されなくて良かった(⌒〜⌒ι)
・「泣きながら手紙を破り棄ててるしと」が印象的だった。
・家族のドラマを強調して描くが故・・友人・恋愛関係は完全に割愛されてた。
・ラストの“静止ショット”はとても良い!(ちょいと昔のカドカワ作品風?)
・ミン皇帝(1980)がこないに“温和なおんじ”になってくとは・・!
・結局、あの鍵は何に繋がってたんだろう? ※※※を開けたら・・中に「(今度は)赤い花瓶」が入ってたらコケるよな(=^_^=)
・ワタシもパニックに備え、タンバリンを携行しようかな・・
・主人公の少年の名=オスカーは「あのディケンズ作品」に触発されてのものか?
・『アメリ(2001)』っぽい流れもイイ感じだった!
・某“奇妙な冒険”コミック風に言えば「殴るのがやめないッ!!(Notstop hitting)」って感じやろか?
・「お子さま観客」にはピンともスンとも来ない物語かも知んない(×_×)
・あのブランコの“撤去”される前で良かった。
・お爺さん役を志村喬にして、全編モノクロ映像にしたら・・全く別な作品になったやろね。。 ←要は「ブランコに乗せたい」だけやろが!
・(オフィスの)デスク上に置いた酒のグラスを隠すジェフライさんの「子供への配慮」が良かった。結局、後で呑むんだけど。。
・出来れば、あの“ハグ魔”をサンドラ姐さんには引き会わせたくなかった(=^_^=)
・『NY第6区・調査探検記録ファイル』の別称が『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』らしい。
・キング牧師の亡くなった月は8月。1月は誕生月との事。
・10歳の少年が、ホーキング博士の本を読んでるとは!
・アスペルガー症候群の人は“利口だけど不器用”と表現されてた。
・上空からの“ミニチュアっぽいカメラワーク”が意図的に演出されてた。もうしばらくは(この傾向が)続くんだろう(=^_^=)
・「左の掌に“YES”」「右の掌に“NO”」・・2通りの解答かと思いきや、ジョニー・デップ演じるサンズ捜査官のように、腕が(肩口から)ガシャッと外れ、新たにヌッと突き出された掌に“BEATS ME(知るか)”と書いてたらビックリするやろね(⌒〜⌒ι)
・ロッカウェイ島、ハミルトン・ハイツ、フォート・グリーン、ブロンクス科学高校、ラトガース大学・・と言った固有名詞が出てた。いったい何処が何処なんやら。。

〜 こんなセリフも 〜

オスカー“全人類の数は、これまでの歴史に於いて亡くなった
     総ての死者の数よりも多い”
    “人間の数は増えている・・だからいつか
     死者を埋める場所がなくなってしまうだろう”
    “ニューヨークにはかつて、6ツ目の行政区があったと言う”
    “パパは、僕が調査で他人と話すよう仕向けた。
     それが苦手だと分かっていたからだ”
    “それがパパとの最後の会話だった”
    “太陽がたった今爆発しても、誰も8分間はそれを知らない”
    “パパが死んで1年・・パパとの8分間の消えて行く気がした”
    “鍵には必ず鍵穴が、名前には必ず人がいる”
    “パパとの8分間を永遠に伸ばせるかも”
    “大きな橋は、特に僕をパニクらせる”
    「涙を流すのは、人間だけなんだよ」
    「そうだね(I guess so.)」
    “ママから遠ざかるほど、僕の靴は重くなった”
    “ママは「不在」と同じだった”
    「パパは粒子になって、街の壁や地面に散らばったんだ!」
    「オリジナル・コピー!」
    「ママは留守だ(Mom is out.)」
    「親切なんだね(You are nice.)」
    「9回、同じ事をパパは訊いた・・そして切れた」

トーマス「“アタマがイイ”と思ってるな?」
    「良くやった(You rock.)」
    「“アマチュア”は褒め言葉だ」
    「事実を別の角度から見てみよう。
     間違っちゃいないさ」
    「簡単じゃ意味がない」
    「ラクして大人になったら、どうなると?」
    「お前には早過ぎるし、私には複雑過ぎる」
    “事故らしいが大丈夫だ。心配するなと言いたかった”
    「何でもやってみなきゃ
    「ブランコから、勢いをつけて跳んでご覧。
     物事の見方が変わるハズだ」
    「真実とは、解放だ」
    “君のお陰でいい人生になった”
    “断然、愛してるよ”
    “そこにいるのか?(Are you there?)”
    「偶然の故意!」
    「みんなどうしてる?(What's everybody doing?)」
    「ママを愛してる。あんないい娘はいない」
    「何もしないより、失敗した方がずっといい
    “おめでとう! 遂に第6区を制覇したな!”

リンダ「イイわね?(I mean it.)」
   「どんなに考えても、分からないものは分からないの」
   「(電話を)切らないで。そのまま話し続けて」
   「次の“調査”は7年後だもの」
   「ドアの開く音がするまで、生きた心地がしなかったわ」
   「“愛してる”と言う、あの声が恋しい」

間借り人“時には、恐怖と闘う事も必要だ”
    “無を考えろ”
    “答えられない事も沢山あるさ”

アビー「色々と変わったのよ」

祖母「“間借り人”は長くはいないわ」

鍵職人「鍵は必ず何かを開ける・・だから面白い」

※※「忘れないで。(生きている)毎日が奇跡なのよ
  「祈ってもテロは起こった。“祈る神”が違ったと?」
  「ハグしようか?(Do you need HUG?)」

オスカー「これ、好きなの?」
アビー「・・前はね」

オスカー「さっきの言葉・・本心じゃないよ」
リンダ「・・本心よ」

オスカー「この鍵は何かを開ける?」
間借り人“YES”
オスカー「本当に?」
間借り人“YES”
オスカー「鍵穴は見つかる?」
間借り人“・・NO”

オスカー「“日曜の夜”に行くの?」
アビー「日本じゃ“月曜の朝”よ」

オスカー「赦してくれる?」
※※「出られなかった事を?」
オスカー「・・今まで誰にも話せなかった事」

追記:2001年9月11日(火曜)。ワールドトレードセンタービル「北棟」の106階ではレストラン「ウィンドウズ・オン・ザ・ワールド」で商談会が開催されていたそうだ。

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