2009年12月17日 (木)

☆『パブリック・エネミーズ』☆

15日(火曜)。
朝から“銭形”“観音寺まんじう”などで有名な(香川県)観音寺市郊外に出張して来た。一生懸命に走り回ったんだけれど・・結果的には狙ってた件数までは回れず、少し悲しい気分となった。。
昼食抜きで頑張ったのにねぇ、、唯一口にしたのは「缶ジュースのおしるこ」だけだったのにねぇ(・ω・)

帰社時点でかなりヘロヘロになってて、もはや机上のPCを立ち上げる気分にもなれなかったんだが・・疲れてるが故に、
「外で食べて帰ろ」⇒「食べるんなら寄り道もしよ」⇒「寄り道するなら、いっそ1本こなして帰ろ」と野生動物的に(=^_^=)思考がグングン太まって行き、フラフラだけどウキウキした気分で(←どないやねんな)“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かった次第。

「高松サティ」3階の一角にシネコンがあるんだが、1階の(しばらく閉店してた)中華料理店が再オープンした(←店名違うが、、)ので、食べに行ってみた。
内装は殆ど前店のままだが「早い」「安い」「まぁ美味い」とそこそこの感触だったかな。
ここのサティは全体的に元気がなく、余裕があれば少しなりとカネを落として(=使って)あげたい気持ちになる。
特にシネコンが閉鎖されちゃうと、現時点では死活問題やし(=^_^=)

1933年。大恐慌から4年目を迎えたこの年、国民は喘いでいたが、ジョン・デリンジャー(以下“JD”)(ジョニー・デップ)率いる強盗団にとっては“黄金時代”でもあった。
当時の法律では、州をまたぎ犯罪を行う輩に対し、自在に動き回れる捜査機関(=連邦組織)が整備されていなかったのだ。それを憂うジョン・エドガー・フーヴァー長官(ビリー・クラダップ)は委員会に働きかけ、捜査局増強のための予算増額を訴えるが「(長官)自身の現場経験不足」を理由に、マッケラー議長に却下されてしまう。

次にマスコミを利用し「社会の一番の敵(Public Enemy No.1)」として悪名を馳せていたJD逮捕を大々的にPRするフーヴァー長官。彼はまた、猟奇犯=チャールズ・フロイドの殺害に成功したメルヴィン・パーヴィス捜査官(クリスチャン・ベール)をシカゴに迎え、支局長のポストに任命しつつ、後にFBI(連邦捜査局:1935年に改称)となる捜査機関の前身としての体質強化に注力する。

一方、JDは部下たちをまとめ、鮮やかな手口で全米各地の銀行を襲っていた。

そんな中、彼はビリー・フレシェットと言う美しい女性に心を奪われてしまう。

決して仲間を見捨てぬ、そして恋人を見捨てぬJD。彼のそんな性格までも分析し、逮捕への歩を進めて行くパーヴィス。

裏切りや報復の続く中、2人の対決の日は迫るのだった・・

監督がマイケル・マンってことで、何の気なしに(=^_^=)観てる内に、それとなく気付かせられるのである。
「基本は『ヒート(1995)』のアレンジ版やん?」ってことに。とにかくこの監督ってば、

・市街地での長尺のガンファイトシーンが大好き
・仲間の裏切りや女難によって、傾いて行くダーク・ヒーローを描くのが好き
・発砲シーンに於ける「音響」「構図」など、銃関連の描写に対する姿勢&意気込みが尋常でない
・どちらかと言えば、女の描き方が下手(←結局は男目線の域を脱しない)

などの特徴があるのだ。

本作も、上記に挙げた“得意とする部分”に関しては、パワーアップ著しい訳なんだが、全体的にはどっか物足りない感が強かった。
そこをワタシなりに分析させて頂くと・・

・『アンタッチャブル(1987)』を狙うには、捜査官チームの各キャラに描写不足がある。特にパーヴィスの私生活が全く描かれず、不気味ですらある。
・『ヒート』を目指すにしては、JD&パーヴィスの絡ませ方に不満が残る。会話らしいシーンも1度しか展開されないが、そこも“踏み込み不足”があったんでは? と。
・『俺たちに明日はない(1967)』に突き進むでもなく、ヒロインの絡み方が(中盤以降で特に)薄い。
・『レオン(1994)』の後半を意識したとすれば、切なさに不足がある。

などが目立ってたのではないか?

それと、本作では「市街地」「山荘」と2度の“大規模な銃撃戦”が楽しめる(?)んだが、後者(=山荘)での(夜間の)ドンパチ付近から以降の映像が、何と言うか“重厚さを失ってた”ようにワタシは感じた(・ω・) 巧く表現しにくいし、単なるワタシ1人の先入観によるモノかも知れないんだが・・まるで「TV番組における“再現映像”のような」明るく、軽く、安っぽい質感に変化したように思えたモノだ。

コレは、撮影手法&撮影機材の変化によるモノかも知れないが・・何だろ? どうにもワタシの中で、物語の吸引力がいきなり弱まってしまったように感じたのだ。ここは、映像に詳しい方の意見を是非うかがいたいトコである。

〜 ほかにこんなトコなど 〜

♦フーヴァー長官の後半の“不在っぷり”がスゴい。んでも、演じるクラダップは『M:i:3(2006)』の頃に比べると“大物感”がはるかに増してた☆
♦後半辺りの「劇中で唯一のJDの涙」には、グッと来るしとも多いのでは? しかしワタシは全く来なかった。。
♦劇中で「デ・ソート」と呼称されてたクルマは「クライスラー・デソート」のことだそうだ。
♦字幕担当は松浦美奈さん。ホンマに“エエ仕事”を取って来はるわ〜
♦「メイヤー製糸会社」の箱って・・中に“アレ”が隠してあったら「明らかに重さが違う」と思うんだが(・ω・)
♦恐慌下のシカゴは、まさに“犯罪の巣窟”みたいな様相を呈してたらしい。
♦銃声が普通の作品と異なってた。「重い」のである。
♦キューバのバラデロ・ビーチはエエとこらしい。
♦当時の有名人とし「アル・カポネ(既に服役中)」「ベーブ・ルース(“予告ホームラン”の翌年)」「ジェームズ・キャグニー(まさに『民衆の敵(The Public Enemy)(1931)』なる作品に主演)」「シャーリー・テンプル(当時の子役スター)」の名が出てた。
♦「トンプソン・サブマシンガン」や「ブローニング・BAR」が大活躍。
♦クラーク・ゲーブル主演の『男の世界(1934)』と同時期に公開されたシャーリー・テンプル主演作って・・?
♦「殺害可能」を“Dead or Dead”と言ってた。
♦インディアナ州ムーアズヴィル出身のJD。回想シーンは特になし。
♦ウィンステッド捜査官(スティーヴン・ラング)のシブさが光る! 『スターリングラード(2000)』でのエド・ハリスに迫るシブさだ!
♦ラストで字幕により語られる「パーヴィスのその後」には、違和感が拭い切れない(・ω・) 裏でフーヴァーが絡んでるのか?

〜 こんなセリフもありました 〜

JD「“ミスター・デリンジャー”と呼べ」
  「2度のジャム(弾詰まり)があった。弾道が右上に逸れる傾向もあるぞ」
  「“金庫開けゲーム”の始まりだ」
  「死んで英雄になりたいか?」
  「テーブルの(カネ)はしまえ。狙いは金庫のカネだけだ」
  「来いよ。俺とドライヴしよう」
  「俺は誘拐はやらない。何故か? 大衆は誘拐を嫌うからだ」
  「腕の立つ弁護士は居るのか?」
  「今日が最高なら、明日のことなど考えない」
  「女のいない環境は、監獄に等しい」
  「君が何故、彼らをフッたのか知らないが・・嬉しいよ」
  「俺はウソはつかない」
  「こんな仕事は、今すぐにやめろ」
  「初めてでも、君が分かるのさ」
  「俺は“最悪な場所”を数限りなく見て来た」
  「荷造りは済ませた。君も連れて行く・・“刺激的な人生”の始まりだ」
  「人は自らの来た道ばかりを気にするが・・何処に向かうのかが大切だ」
  「俺か? 俺は・・“望むまま”に向かうさ」
  「誓え! 2度と俺の前から消えないと」
  「失せろ! チップは要らん」
  「映画に行こう・・暑さしのぎに」
  「カラカス(ベネズエラ)かリオ(ブラジル)へ逃げよう。地図から消えよう」
  「ボディチェックか? 武装してるとも」

パーヴィス「我々には2つの武器がある。最新の科学を駆使した捜査技術、そして(フーヴァー)長官の統率力だ」
     「覚悟のない者はここを去れ。今のうちだぞ」
     「“私の保証”をしてやる。私を甘く見るな」
     「このままだと、迎える結果は“私の辞任”か“部下たちの虐殺”かです」

ビリー「愛する女を痛め付けたと知ったら、あんたどうなるか分かってるの?」
   「シカゴで人生を変えたかったのよ」

ウォルター「欲の深いヤツとは組まない」
     「知らないヤツと組むな」
     「必死になるのはよせ」
     「必死になった時、選択肢はない」

レッド「My time is up(俺の運は尽きたのさ)」
   「お前はいつも、誰も見捨てない。だが・・今回は行け。俺のことは諦めろ」

記者「銀行を襲うのに必要な時間は?」
JD「そうだな・・およそ1分40秒・・きっかりな」

弁護士「何が心配だ?」
JD「電気椅子だ」

JD「死んで行く部下の眼を間近で眺めた気分は? 眠れないだろ?」
パーヴィス「お前はどうだ? お前を眠らせないのは何だ?」
JD「・・コーヒーだけさ。死にかけてる奴らを見るのは慣れてる」

ビリー「お仕事は?」
JD「時間を取り戻してる。君みたいな美人とね」

ビリー「望みは?」
JD「総てが欲しい。今、すぐに」

ビリー「眠らなくていいの?」
JD「その時間が惜しい」

ビリー「あなたはいずれ、捕まるか殺されるかよ」
JD「お前は占い師か? 俺は君と年老いて死ぬ。それだけだ。殺されはしない。
   俺は何処へも行かない。君もな・・分かったか?」

パーヴィス「残念ながら、今の我々の手には負えません」
フーヴァー「聞こえないぞ?」
パーヴィス「我々の手には負えません」
フーヴァー「聞こえない」

ウィンステッド「彼が山荘にいたら?」
パーヴィス「突入だ」
ウィンステッド「では、いなかったら?」
パーヴィス「やはり突入だ。もうヤツを取り逃がす訳にはいかん」

クラーク・ゲーブル「死を無理に引き延ばすことに意味はない。潔く受け入れることだ」

ルーズベルト大統領「デリンジャーは、この国の法律を舐め切っている」

追記:かの『レオン』でも、ジャン・レノ演じる主人公の殺し屋が、後半に“とんでもない場所”に乗り込んで行くムチャクチャさがあったが・・本作もそれに似た演出があってぶったまげた! 何だか“やり過ぎ”な感じ(⌒〜⌒ι)

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2009年10月31日 (土)

☆『ボーン・アルティメイタム(2007)』☆

31日(土曜)の夜、“土曜プレミアム”で地上波初放送された『ボーン・アルティメイタム』を観た☆

この水曜〜金曜には2泊3日の(愛媛県への)出張を経て、今日は早朝から和歌山・加太界隈で釣り活動をこなして来たもんで・・とにかく“運転過多”な感があった。高松⇒和歌山⇒枚方だけでもゆうに400キロ超えてるし。。

明日はなるべくクルマのことを考えずに過ごしたい(=^_^=)
・・って言っても、夜にゃまた帰松しなくちゃならないんだが・・(×_×)

CIA特殊工作員=ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)の、失われた記憶&総ての秘密が明らかになるシリーズ第3弾。今年の始めにDVD版で鑑賞した本作だが、心理戦に軸を据えつつ、アクション面も絶妙なバランスで配されており、ちびっ子を拒む(?)ようなシブい作品世界が展開している。

ダニエル・クレイグ版の“007シリーズ”にも影響を与えてそうな(?)「前作の直後から物語が始まる」「短時間ながら容赦ないカーチェイス」「ダイナミックなパルクール&格闘戦」などのエッセンスは素晴らしい。

今回は改めて「ボーンのバイクアクション」も挿入されてたことを思い出した☆
(しかし、デイモンくんがこんなに欧州の路地裏走行に精通してるとはね(=^_^=))

また、精神的な面のみでしか描かれないが、ボーンを巡ってパメラ・ランディ調査局長(ジョアン・アレン)と工作員ニッキー・パーソンズ(ジュリア・スタイルズ)のそれぞれが恋愛感情に準ずるような気持ちを漂わせてるトコも良かった☆

特に今回はパメラが後半の接触時、ボーンに「デヴィッド」と本名で呼びかけるシーンに「エエなぁ」と感じた。女性から名前で呼びかけられると何となく男ってもんは嬉しいものなのである(=^_^=)

それと、ボーンからの直電に「ノア・ボーゼンだ」と対応した、対テロ調査局長ノア(デヴィッド・ストラザーン)の(名乗り)行為が“モノ凄い失態”に直通する訳だが(=^_^=)・・あそこで「はい」とか「もしもし」とか返答されたら、どうする気だったんだろ、ボーンくんってば(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

ボーン「待て、何かおかしい」

ノア「おかしなもので、物事はどの角度から見るかで違って来る」
  「部外者がとやかく言うのは簡単だ」
  「発砲を許可する・・近付いて射殺しろ」

ハーシュ「自分がやったことからは逃げられん。結局は自分に向き合わなければならんのだよ」
    「このプロジェクトに、自分の総てを捧げろ」
    「この計画に専念出来るか?」

パメラ「いい弁護士を探すことね」

ニッキー「何も覚えてないのね?」
ボーン「ああ」

ボーン「殺し屋はまたやって来る。逃げるなら今だ」
ニッキー「・・・」

パメラ「あなた、何処迄突っ走る気?」
ノア「それは無論、勝つ迄だ」

追記1:劇中でひと言もセリフを発しなかった。モロッコ・タンジールの現地工作員(?)=デッシュ。ボーンとの格闘戦では2人がそれぞれ「分厚い書籍」「真鍮の燭台」を手に殴り合うのが印象的だった。
追記2:すれ違いざま、一瞬で相手のバイクのキーをすり盗るボーンの動き・・到底人間業とは思えない(=^_^=)
追記3:10階建てのビル屋上からイーストリヴァーに転落するボーン。流石にちょっと、無傷では済まないと思うんだけど(・ω・)

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2009年10月20日 (火)

☆『ファイナル・デッドサーキット:3D』☆

17日(土曜)。
翌週明けに会社(大阪市内にある本部)で研修の控えてることもあり、金曜の夜から慌ただしく帰阪した。

「帰阪前には掃除機をかける」ってのがそれまでのルールであったが(←誰に対してのだ?)、初めてそれを破ることに。
ま、今週はあんまり汚れてなかったし、エエか(・ω・)

この日は「(大阪)市内方面へ出かける」、翌日(日曜)は「遠出ドライヴをする」・・と漠然と考えてたが、その一環で“帰阪記念”と勝手に銘打ち、市内で1本「オオサカならではの作品」を観よう! ちぅことで、白羽の矢を立てた(?)のが『ファイナル・デッドサーキット:3D』であった! ・・って何でコレやねん。。

久々に“なんばパークス”へと。地下鉄の駅から遠過ぎるのは相変わらずだが、不思議とミナミを歩くのんが楽しかったり。
こんな商業施設ってば、高松ではちょっと見当たらないし。。

邦画で1作、そして本作と・・“3Dモノ”がそこそこ賑わって来てるここ最近(?) アニメーション作品では珍しくもないンだろうが、こと“ホラー/スプラッタ系”に関しては、ちょっと眼の付けどころが新鮮な気もする(・ω・)

特徴とし「入口で借りられる3Dゴーグルが(意外に)しっかり造られてる(使い捨ての紙製ではない)」「料金が2000円、と少しお高い」ってのはあったか。
あと“日本語吹替え版”だったので「字幕が飛んで来る!」みたいな映像エフェクトは楽しむべくもなかった(=^_^=) 巨大なテロップが飛び出したりなんかしたら、それはそれでバカっぽくて面白いンだけど・・

「映画に行く」と言う当初の(ダブルデートの)予定をねじ曲げ(?)、“マッキンリー・サーキット”での周回レースイベントを楽しむこととした4人の男女=ニック&ローリ、ハント&ジャネット。
人数分のドリンクを運んで来たニックが腰を下ろした瞬間、ベンチに亀裂が入る・・3人はそんなコメディ的な展開に笑うが、ニックはどうにも気になり、サーキットを見回す。

すると・・壁から天井にかけても亀裂が走り、コンクリートは今にも崩壊寸前。また、コースと客席を隔てるフェンス(金網)を固定するボルトは、数本が揺るんで今にも外れそうになっている。

次の瞬間、ニックは「フェンスを超え、レーシングカーが猛スピードでこちらへ突っ込んで来る」「客席自体もコンクリートの倒壊&猛烈な火災に襲われ多数が死ぬ」「そんなオッソロしい惨状の中、自らも含め、(自分たち)4人もその場で即死する」と言うリアルな悪夢(予知夢?)を見ることに!

不安を覚えたニックは3人を連れ、客席から避難する。その際のトラブルで、彼らを追いかけ客席を離れたのがナディア、カーター(偏見野郎)、サマンサ(2児の母)、アンディ(整備工)、ジョージ(警備員)・・の面々だった。

直後、果たして“ニックの予言通り”大事故が発生! 52名の死者を出す悲劇は現実のモノとなった。

死を免れ、安堵する彼らだが・・“死の運命”は意外な不可抗力をもって、彼らの生命を確実に奪わんと、静かに動き出すのだった・・

う〜ん・・良くも悪くも「シリーズ1作目『ファイナル・デスティネーション(2000)』のエッセンスをちょこっといじくり、3D映像を前面に出して安直にリメイクしただけ」って印象が強かった。

確かに、1作目の時は、粗筋だけを知ったワタシは「かなりワクワクしたモノ」だった。
と言うのも「どう知恵を絞って生き延びるか?」って部分が見所だと思ってたから。

ところが、実際に作品を鑑賞してみると・・「どう惨たらしく死んで行くか」って部分を観る(楽しむ?)怪作に成り下がっていたのだ。

まだそれでも、1作目には“ミステリアスさ”が多少はあったが、コレが2作目『デッドコースター(2003)』になると、死に方に“悪ノリ”“お笑い”が見受けられるようになった(×_×)

そのせいもあり3作目『ファイナル・デッドコースター(2006)』はアホらしくなり、結局は未見なのである(・ω・)

さて、本作。まず笑えたのが本編開始前の「みなさま 3-Dメガネをかけてください」と言った親切なテロップ。
「おお、そうかそうか」と装着すると・・いつものように“カメラをかぶった映画泥棒のおっさん”がクネクネ踊りながら登場した・・ってお前、全然3D映像とちゃうやんか!(=^_^=)

“トンガリ系アイテム”を積極的に見せてくれる、そんな3D映像演出こそは「らしくて」面白いが、一旦それらに見慣れてしまうと、他はあんまり面白くも目新しくも映らない。
正直、こんな出来だと知ってたら「2D仕様で1500円」であっても「高い!」と感じたかも(=^_^=)

「ホンマにマンネリやな〜」ってのは贔屓目に観ても感じるトコロ。
マンネリなのは仕方ないとしても「死に繋がるまでの“ピタゴラ装置”が余りに単調で、ヒネりがなさ過ぎる」のは致命的だった。。
とあるケースでは“杖に絡まったヘビが鎌首をもたげる”みたいな強烈なヴィジュアルが(ニックの見る“予知夢”の中で)映し出されるんだが・・実際に起こった事件の中では「どうでもいい要素」「推測しようのないヒント」にしか過ぎなかった(×_×)

いや、そもそも“本来死ぬべきだった人間が、その順番のまま次々と「より惨たらしい死」を迎える”って(コンセプト的な)部分に限って言っても「“本来の死”の方が悲惨やし、苦しそうやったやんか!」ってのがあったりもして「この監督は何をどう描きたかったんや?」と分かんなくなるシーンもあった。

劇中で「既に3人が死んだ」みたいなセリフがあり「え? 2人とちゃうん?」と思ってたら“タイヤミンチ”が1人目だったことに思い至った。いや、あんなん、ほぼ同時やんか・・(・ω・)

万人ウケを狙ったのか? 「子供キャラ」には一切“死の危険が迫らない”ってのがスピルバ※グ主義(?)な感じで奇妙に感じられたりも。

『ゴルゴ13(1983)←アニメ版』か『ロミオ・マスト・ダイ(2000)』か(=^_^=)って感じの“Xレイ・ヴァイオレンス”がオープニングで炸裂してたが、流石に・・エンディングではあんな風に「テキトーに」終わらせて欲しくはなかった。
ああ「CG丸出し」でまとめて決着(ケリ)をつけられては、何の余韻も衝撃も走らないってば。

ってことで、本作は“ゼロ災運動”“労働災害(=労災)防止”推進の一環で「中災防(中央労働災害防止協会)の推奨作品」とし、全国各地で上映するのが最も相応しいような気がする。

考えたら労災だって「危険要素により構成された“ピタゴラ装置”」みたいなモノかも知れないんだし・・(・ω・)

〜 こんなことも 〜

♦観終わり、劇場外に出てからは、とにかく頭上や左右をキョロキョロと(注意深く)見回してしまった(=^_^=)>
♦欲しいぞ! 双眼鏡型ボトル!(バーボンを注ぐのが通らしい)
♦耳栓代わりに、子供らの両耳に「ちぎったタンポ※!(←タンポポではない)」 これぞ“とっさの母の知恵!”←おい!
♦「夢ネタの新鮮味」が段々薄れて来た後半(×_×) ←(夢を含み)3回も「死」の描かれちゃうしともいて可哀想だった。。
♦「死んでからのニュース」でやっと名前の判明するキャラがいたりして苦笑。
♦リハビリ室のお爺さんの“戸惑った感じ”が何かトボケてて良かった。
♦案外沢山の人々が(一方で)救われた気もするが、そこは次作に繋がるンだろうか?(そこまで製作陣は考えてなさそな気がする(=^_^=))
♦劇中シネマ『愛の終わり(Love lays dying):3D』・・スクリーンを突き破る(=^_^=)大爆発の描写がスゴい!(アクション・ラヴロマンス?)
♦続編『死が分かつまで』ってのもあるらしい・・もうエエけど!
♦ニックの吹替えを担当してたのはココリコ田中氏(←後で知った)。『チーム・バチスタの栄光(2008)』みたく「まるでカーニバルですよね・・!」とか嬉々として言って欲しかった(=^_^=)
♦レーサー側からの視点も描き方も、全くされてはいなかった(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

ニック「感じなかったか? 今ここで、何かを?」
   「何て言うか・・ただ“見えた”んだ」
   「ずっと何かがそばにいる・・そんな気がする」
   「“死の連鎖”を止めなきゃ」
   「安全が一番だ」
   「ここにいるのも“筋書き”通り?」

ハント「一瞬でも気を抜けば、ドライバーなんてバラバラだ・・みんな、そんなクラッシュを心待ちにしてるのさ」

ジャネット「優しい男は絶滅してなかったのね」

街角のホームレス「1セントなんぞ、クソの役にも立たん」
        「その場にいるのが、大事な時もある」

ジョージ「デジャヴでも見てるみたいだ。亡くなった妻が言ってたが、デジャヴってのは・・」

追記:ジョージ役を好演してたミケルティ・ウィリアムソンってば・・『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』の“ババ・ブルー”役のしとなんやねー! お元気そうで何より。現在は断酒に苦しんでそうだったけど(←役柄だっての)

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2009年8月12日 (水)

☆『HACHI/約束の犬』☆

11日(火曜)の夜。
仕事帰りに「気分転換してぇよぉぉぉ!ひぇおぉぉぉ!」と発作的に思い立ち(←いわゆる“ポポポーポ・ポーポポ”状態 ←おい!)、北方の“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて、ちょっと期待値の上がっちゃったりしちゃったりしてた(=^_^=)新作『HACHI/約束の犬』をダラッと観て来た。

本作で期待してたのは・・何と言ってもヒロイン的立ち位置(?)であるジョアン・アレンさん(=^_^=)
『フェイス/オフ(1997)』の頃は「旦那のカラダを間違えんなよ!」とか「寝てるしとの腕に針を刺すなよ!」とか、細かいツッコミをし放題だったが(その折はすんませんでした、、)『カラー・オヴ・ハート(1998)』で「おや?」と(トキメキを)感じ始め(=^_^=)『ボーン・スプレマシー(2004)』『ボーン・アルティメイタム(2007)』に至り、すっかり“大好きな女優さん”となってしまったのである(激照)

近作『デス・レース(2008)』では、待望の(?)ドライヴィング・シーンこそなかったモノの“サディスト女刑務所長=ヘネシー”ちぅ、ファンですら想像もつかぬ(=^_^=)特異なキャラクター像を嬉々として(?)演じ切っておられたのが記憶に新しい!

それに引き替え、ラッセ・ハルストレム氏(監督)も、リチャード・ギア様(主演&製作)も「うーん・・なんか弱い・・」って感は否めなかったなぁ。
ま、ソレを言い出すと、字幕担当=戸田奈津子女史なんかは「ぜんぜん意訳(超訳?)が弾けてねーじゃん!」とツッコミ放題だったが。。(戸田しゃん、ホンマ近年は精彩を欠き過ぎてマス、、)

クラス・ルームでは、学童が1人ずつ“MY HERO”なるテーマに因むスピーチをしていた。「コロンブスは私のヒーロー」と語った女児に続き、ロニー少年が語り始める・・
「ハチコウ(HACHIKO)はお爺ちゃんの犬です。何処からやって来たのか、ハチは“謎の犬”でした。ハチは“迷い犬”だったのです」

そして・・物語は日本の山間部の寺に始まり、ロニーの祖父である音大(?)の教授=パーカー・ウィルソン(ギア)とその妻=ケイト(ジョアン)が“ハチ”に出会った夜に遡ってゆく・・

冒頭から、日本のお寺(後に山梨県内と判明)で坊さんが仔犬を海外に輸出(?)する流れが描かれる。。この時点で、ワタシは何処か「物語世界に置いてかれた感」を早々に覚えてしまった(⌒〜⌒ι)
坊さんが生類(しょうるい)を「壊れ物在中」の扱いでアメリカの東海岸へと送り出す流れが、まず「余りに唐突だし(説明もないし)」良く分かんない。。
ついでに、お寺マニア(の端くれ)から言わせて頂くと、あの「鐘楼で梵鐘を撞く際の効果音」がどうにも「変!」に思えた。音もおかしいし、撞き方(所作)もどっか(ガサツで)妙だった。。

「低位置&モノクロなカメラワーク」に数多く切り替わるのは、まさに“ハチの視点”ってことだろう。かつて、小津安二郎監督のカメラワークは、その「低さ&動かなさ」から“犬の目線”などと称されたそうだが、ハルストレム監督は、それを更に追求し“犬の目線”を補完した! と言っても良いと思う。余り多用されると、ソレが陳腐に感じられても来たが、、(←どやねん!)

監督がおかしいのか、製作ご担当(←もギア様!)がおかしいのか、定かではないが・・変に「日本人は・・」と我々(日本人)の美徳やら美意識やらを紹介したがるような脚色には「んん?」と奇妙さを覚えたり(・ω・)

・“八”には「天に昇りし後、地に降りる」の意味がある。
・秋田犬は、4000年以上の血統を誇る。
・秋田犬は、人類の飼った“史上初の動物”である。
・秋田犬は「人を喜ばせること」に関心はない。
・日本人は「モノにつられぬ民族」だ。

注)上記は、いちいち驚愕しつつメモったモノで、多少(動揺による)読み間違いがあるかも知んない(⌒〜⌒ι)

こうした、日本人が耳にしても気恥ずかしくなるような講釈(?)の数々は、いずれもケイリー・ヒロユキ・タガワ(日本名:田川洋行)演じるパーカーの友人=ケンの放ってくれたセリフによるモノ。

で、全体的に評すれば「笑いも泣きも・・どうもねぇ・・」って感じだったか、ワタシは(・ω・)

ま、でも、ケイトが“冷淡なまま”のキャラに終わってなかったのはファンとしてもホッとしたな、と。

あと、90分ちょいの上映時間も、ダレるまでもなくてちょうど良かったデス。

〜 こんなトコも気になったり 〜

♦本作は「フジテレビ開局50周年記念作品」らしい!
♦ウィルソン夫婦の飼っていた前の犬(?)の名は「ルーク」。
♦パーカー&ケイトの“ムフフシーン”が徹底的にカットされており・・涙(×_×)
♦この手の作品に共通するンだが・・「仔犬がいきなり成長しデカくなる」点に、どうも冷めてしまうワタシ(・ω・)
♦ホットドッグ売りのおっさんが「ウウッ」と貰い泣いてしまうシーン。テッシュ(?)を手に取り、眼に押し当てるか当てないかの瞬間、映像が切り替わる! ここのタイミング&描写センスはなかなかイイ!
♦パーカーを襲った「アレ」の原因を色々と考えてみた・・(・ω・)
・庭先で4ツん這いになってくわえてた“あのボール”に毒物が塗布してあった
・スカンクの※に含まれていた毒素による
・ケンと剣道(スポーツチャンバラ?)の練習(?)時、強打された“小手”の打撲傷が引き金となった
♦妊婦には“アンチョビのピザ”が良いらしい?
♦自作の録音を決して許可しなかった、作曲家ジョン・スーザの交響曲を、こそっと蓄音機で録音したエジソン・・コレが史上初の“海賊盤音源”らしい(☉д☉)
♦(ハチにこそっとエサをくれる)総菜屋の夫婦が微笑ましい! 奥さんは「旦那には内緒だよ」、亭主は「カミさんにゃ内緒だぜ」等とそれぞれに(=^_^=)
♦ケンがいきなりハチに“日本語で語りかける”展開にびっくり!
「もう1年になるな・・(中略) (彼を)待ちたいなら待てばいい。そうしたいんだな? だったら長生きしてくれよ、ハチ」とか語ってたし。
♦ひたすら待ち続けるハチの頭上、樹木が『タイムマシン(2002)』の屋敷の窓の外(の風景)みたいに、モノ凄い速度で四季を辿る・・モロにCGだけど、なかなか印象的な映像。
♦「あのしと」の墓碑には1947-1998と刻まれてた。その後10年が経過する。

〜 こんなセリフもありましたワン 〜

パーカー「驚いたな・・こいつ“ヤンキースファン”だ」
    「ハチが逃げ出してね(セリフでは"I missed the train.(直訳:乗り損なっちまったよ)"だったが?)」
    「どんな時も、その“大好き”と言う気持ちを忘れるなよ」
    「“音楽の心”は捉えられない。人生や人の心が決して捉えられないように」
    「創造は“一瞬のインスピレーション”なのだ」

ケン「君が犬を見つけたのか? それとも犬が君を? どちらにせよ、(この出会いは)“運命”だな」

ケイト「ハチがあの人を見つけたのよ」

ロニー「ハチは“忠実であることの大切さ”を教えてくれました」

追記:エンドロール終了直後、ジョアンのセリフ(独白)で『舐めた真似してくれたわね・・私に逆らう奴は、たとえ犬だって絶対に生かしておかない』とか言って欲しかった☆ ←そりゃ『デス・レース』だっての(爆笑)

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2009年5月 2日 (土)

☆『バーン・アフター・リーディング』☆

1日(金曜)の夜。“黄金週間(GW)”にいよいよ突入! ってことで、高松の支局員もワタシを除き殆どが帰阪してしまった様子。
ワタシも、やはり帰阪する予定ではあるが・・今夜からそそくさと帰るのもしんどいし、色々と片付けたいこともあるし、ってことで、今宵はある種の解放感(?)に包まれ「劇場で1本観とこう」と言う気分になったのだ。

で、またまた“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、狙ってた新作『バーン・アフター・リーディング』を観て来た次第。

今回はいつもより大きめのシアターを案内され、かつ“全席指定”だったので驚いた。加えて料金も千円だった(←毎月1日のサービスデーでしたネ)。
どう言う基準で“指定席”“自由席”に決めてるのか、未だ良く分かっていないし(×_×)

ヴァージニア州ラングレー。ここに本拠を置くCIA(中央情報局)では、今しも分析官=オズボーン・コックス(ジョン・マルコヴィッチ)が“飲酒問題”を理由に、強引に情報分析部の解任を言い渡されたばかりであった。
オジー(オズボーン)は潔く退職を決意するも・・回顧録を執筆し、それをステップに次の仕事(コンサルタント関係)にありつこうとしたたかに考える。

そんな中、執筆に関連する機密情報の詰まったCDロムがひょんなことから流出(×_×)

それを手に入れた“ハード・ボディ・ジム”のインストラクター=リンダ・リツキ(フランシス・マクドーマンド)&チャド(ブラッド・ピット)は流出源がオジーであることを突き止め“アッタマ悪いやり方”で彼を脅し5万ドルをせしめようとする。
特にリンダには、ライフワーク(?)たる“全身整形”をするための大金が必要だったのだ。

一方で、オジーの妻=ケイティ(ティルダ・スウィントン)と不倫関係にある連邦保安官=ハリー・ファラー(ジョージ・クルーニー)は、意外な流れでリンダ&チャドに接近することとなる。

そのまた一方では、密かにリンダに想いを寄せ続けるジムのオーナー=テッド(リチャード・ジェンキンス)にもまた、オジーとの避けられぬ“因縁”が待ち受けていたのだった・・

監督のコーエン兄弟と言えば、昨年鑑賞した『ノーカントリー(2007)』における、後半からの“衝撃的ではあるも、何だかおかしな物語の流れ方”が未だに強烈な印象として残っているが、、本作も中盤以降の“粗過ぎる”“洗練、なる言葉にほど遠い”脚本の展開が、どうにもワタシの感性に響いて来なかった(×_×)
それぞれの登場人物の顛末の描かれ方も「CIA上官と主任の会話の中で片付けられる」と言う何とも肩すかし&放り投げられた形に終わっており「コーエン兄弟ともあろうアンタらが、こんな落とし方でエエのか?!」と消化不良感が尾を引いた形で残される。
コーエン兄弟、いよいよ“枯れて来た”のだろうか?

まぁ、彼らならではのエッセンスは本作にも色濃く流れてるようで、

・主要な登場人物それぞれが、予想と違う状況に放り込まれ、じわじわと追い込まれて行く。
・総じて女性キャラの方が逞しく、自らの置かれた状況に果敢に立ち向かって行く。
・断片的ながらも、暴力描写が容赦なく描かれる。

などの特色が挙げられようか。

観る前から予備知識のあった“ブラピが誰かに殴られ鼻血を流すシーン”をワクワクしながら待ったモノだが(⌒〜⌒ι)本作には、さらに印象的な“流血のシーン”が直後に準備されている!
ここは余りに“いきなり”だったもんで、苦笑(失笑)と驚愕の波が同時に押し寄せ、実に複雑な気持ちに包まれたワタシ(=^_^=) ご覧になった皆さん、如何でしたか?(=^_^=)

ワタシなりの見所としては、

1.ハリーが工夫してこさえた“地下室の摩訶不思議なマシーン”(=^_^=) 特にあのマシーンを「誰のためにこさえたか?」と言うトコロにある種の意外さやらドロドロさやらがあって、面白い!
2.『マルコヴィッチの斧』って感じで、手斧を片手に往来で暴れる(?)マルコさんがスゴい! 斧で相手の頭部を殴り付けた瞬間、そこに切れ目(割れ目?)が入り、血がパァッとこぼれ出す(一瞬の)カットにクラクラ来てしまった。。

〜 こんなセリフもありました 〜

オジー「CIAを辞めたよ」
ケイティ「どうして?」
オジー「“流れに逆らって泳ぐ”のに疲れてね」

オジー「冷戦時代が終わり、国務省も変わった」
   「この国を愛するからこそ書くんだ」
   「全てのアホの代表として、俺の前に現れたんだろ? 世間のバカ同盟のな!」

弁護士「離婚を阻止するのも、弁護士の仕事です」

美容整形医「40歳を越えると急激に脂肪のつくのは・・身体がそう命令するからです」

ハリー「歳を重ね、死を意識し始めるにつれ“嘘をついてる時間”が惜しくなった」
   「眼の前のものに納得しなきゃ」
   「食物アレルギーなんだが・・食べてみるとしよう。人生は賭けだからね・・たまには“ゴムなし”で」
   「“別居しよう”・・結婚生活で初めて、妻と意見が一致したよ」
   「何て文句の多い女だ!」
   「ショッキングな体験を通じ“人生には限りがある”と気付いた」

ケイティ「私は1度もブレていないわ」
    「離婚を決断して。この関係は“遊び”じゃないのよ」
    「今の言葉はすぐに撤回して!」

チャド「マノロ、お前はロッカールームでCDロムなんか拾わなかったよな? な?」
マノロ「いいえ、私はロッカールームでCDロムを拾いました」 ←おい、話を合わせろよ(=^_^=)

リンダ「こんなぶよぶよの身体じゃ、人生終わりなのよ!」
   「これはチャンスよ! 高級店の前の氷で滑って転倒し、賠償金を要求するのと同じように」
   「奴のタマ(弱み)はしっかり握ってるわ・・それも運転席でね」
   「スゴい! やるじゃない!」 ←“それ”を誰のために作ったかと言えば・・!
   「“全身整形”はただの遊びじゃないのよ!」
   「45分も待たせるなんて、何処までふざけた大使館よ!」
   「あんたなんて“ダメ出し”ばかりじゃないさ!」

テッド「(整形なんかしない)今の君を愛する男が“案外近くにいる”かも知れんよ?」
リンダ「いても“負け犬”よ」
テッド「・・・・」

チャド「これは恐喝じゃない。いわば“善意のサマリア人に払う税金”だ。
    ・・って言うか税金じゃないけど」
   「これを見ろよ! 日付に数字に、日付に数字に・・とにかくやっべぇよ!」 ←アホ丸出しや!(=^_^=)

リンダ「あなたの“銃”・・“暴発”したりしない?」
ハリー「“別の部屋”で確かめてみよう」 ←このセリフも“フリ”だったんやね(⌒〜⌒ι)

元同僚「老いたスパイの悪い癖だが・・後ろの2人、君をじっと見ているぞ」

CIA上官「奴のアクセスレベルは?」
CIA主任「3です」
CIA上官「なら放っておけ。理解不能な状況になったら、報告しろ」

CIA上官「何ともクソややこしい話だな」
     「手の焼ける一件だ、全く」

CIA上官「この一件で何を学んだ?」
CIA主任「さぁ・・」

追伸1:劇中に出て来る映画『幸せのデイジー』にはクレア・デインズ&ダーモット・マルロニーが出演☆
追伸2:公園に止められたままのチャドの自転車・・この先どうなって行くのかが気になる(⌒〜⌒ι)
追伸3:パソコンのOSを確認する際のセリフが「PC? or Mac?」だった。これで「ウィンドゥズかマックか?」の意味となるらしい。ってこたぁ、マックはPCじゃねぇのか?(=^_^=)
追伸4:ハリーの20年の連邦捜査官人生で“初の発砲”とは・・?(×_×)
追伸5:「自分にとって、咄嗟の時にホントに頼れる人とは?」ってことを考えさせられもする本作。で、案外そう言う人がいないことに気付き愕然とさせられもする(=^_^=)

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2009年5月 1日 (金)

☆『僕の、世界の中心は、君だ。(2005)』☆

23日(木曜)の夜、衛星第2で放送されたのを観た。
まぁ、いわゆる『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』の韓国版リメイクなのだが、、(・ω・)

「テミョン高校」の卒業生らが集まり、同窓会の開催されたその日。
10年ぶりにキム・スホが街へと戻って来た。
かつての級友たちが「今もペ・スウンを想っているのか?」とスホをからかう。

そして、スホの中で“生涯忘れ得ぬ彼女”との物語が、静かにそのページを開く・・

オリジナル版(?)を極めて忠実になぞってる印象があり、そうなるとヒロイン役の女の子が「長澤まさみをどこまで圧倒してるのか?!」と言う、ただその1点(のみ)に男性観客の視線は落ち着く訳であるが(=^_^=)・・私的には「キャスティング面だけだと、流石にオリジナル版に迫れてないよなぁ」と正直感じた。

しかし! 素晴らしかったのはスホの祖父が『マングム葬儀店』を経営してる・・って設定。
これにより、爺さんの初恋の女性=スニムに対する“最後のけじめ”の部分に『おくりびと』で言う山崎努に通じるようなインパクト(厚み)の増した気がしたものだ!
冩眞舘の店主(ってなオリジナル版の設定)も良いが、イマドキの眼で見たら、やっぱり“葬儀屋”って方が“よりしっくり来る”気がしたりする(・ω・)

あと、オリジナル版については“柴咲コウさん演じてた某キャラ”の立ち位置がイマイチ自分の中でスッキリしておらず「ひょっとしたら不要だったかも?」とまで思ったこともあり、その観点からすると「実に潔く、かつスッキリしてて」良かった☆

・・にしても“田園地帯で自転車を2人乗り”って行為が、ささやかながら何とも素晴らしい! “性のかほり”が漂わなさ過ぎて「まどろっこしい」部分は少なからずありながらも(=^_^=) こう言うのはこう言うので(シチュエーション的に)ホンマに微笑ましい。

〜 こんなセリフもありました 〜

スウン「(私が自転車の後ろに乗ると)意外に重いでしょ?」
スホ「覚悟してた程度だよ」

スウン「台風の中心は静かで穏やかだそうよ」
スホ「じゃあ今も台風の中心にいるのかな? 僕ら」

スホ「地球はヒーローが守り、スウンはこのスホが守る!」
  “いつか分かるかな? 雨が玉のように1粒ずつ降るのか、長い糸のように繋がって降るのか?”
  “寝ている母の背中を見ると、悲しくなる”
  “残されるのは死ぬよりも怖い・・君は僕が覚えているが、僕は誰が覚えてくれる?”

スホの母「お前、自分の母親に色目を使う気かい?」

スウンの父「私にしてやれるのは、君に頼むことだけだ」

教師「人間は進化したと言われるが・・人の心の奥にあるものは2000年前と余り変わらんようだ」

スウン“初めてあなたに会った時、海だと感じたわ・・告白しないと溺れそうだった”
   “あなたは嘘をつくと言葉が詰まるけど・・そこが好きよ”
   “約束して・・幸せに生きると、元気になると”

マングム「神の決めたもうた“単純な運命”かと思えば、そうではない。
     それは複雑に絡み合い、少しの狂いで人生は大きく変わるのだ」
    「有難うな、わしを覚えていてくれて。お前の“死に装束”はこのわしが仕立てた。
     少しだけ待っていてくれ・・わしもすぐ行く」

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☆『僕の彼女を紹介します(2004)』☆

22日(水曜)の夜、衛星第2で放送されたモノを鑑賞。

実を言うと・・この日まで「衛星放送は受信出来ない」と勘違いしており、ハッキリと「何だ、観れるんじゃん!」と確信出来たのが、実に“本作がテレビ画面に映し出された瞬間”だった(・ω・)

ってことで、咄嗟に観ることに決めたのもあり、ちと“メモを取りつつ”ってなスタイルを失念してしまっての鑑賞だった(×_×) ま、以前に地上波でも観た覚えがあるので(今回は)ダラダラ観るのも悪くはなかったかな、と。

教師である主人公=コ・ミョンウ(チャン・ヒョク)の「僕の彼女を紹介します」なる独白で、本作は幕を開ける・・
粗暴で猟奇的な美人婦警=ヨ・ギョンジン(チョン・ジヒョン)との出会い、そして凸凹な関係から始まった2人が次第に「互いの心の距離」を近づける中、とんでもないアクシデントが起こってしまい・・

“恋愛もの”“刑事もの”“教師もの”・・コメディとしては、いずれも「中途半端で未完成」としか贔屓目にも評価出来ない本作であるが・・そこをヒロイン=チョン・ジヒョンの魅力でもって「強引に描き切った感」があり、それはそれで「ま、エエか」と妙に納得させられてしまったワタシ(=^_^=)>

『僕の彼女はサイボーグ(2008)』を観ても感じたことだが、このクァク・ジェヨンと言う監督さん、ホンマに「アイドル系女優のプロモーション的映画」を撮らせたら、めちゃくちゃに才能を発揮しまくる“器”な気がする!

構成としてはオープニングで“すごい状況”をまず見せつけておき、時間軸が戻って行く手法を大胆に(?)取り入れている。
流れとして、観客を飽きさせはしないが、少々唐突で散漫なテイストではあったか。。

しかし、それにしても・・ラストに登場する“某人物”には驚かされ、ニヤリともさせられたモノだ。
クァク監督による“彼女シリーズ”第1弾『猟奇的な彼女(2001)』を観た人間なら、あのラストを見せつけられては・・もうそれだけで“納得するしか道はない”んじゃなかいか、と思う(=^_^=)

韓国人の死生観が何となく垣間みれる感もある本作。
監督お好みの(←たぶん)「窓辺の風景」「過激な暴力描写」「都会の夜の情景」もしっかり楽しめる。

さて。
チョンちゃんと言えば、新作『ラスト・ブラッド』の公開が控えてるハズでもあり(←5月末より)、一時的に(綾瀬はるかちゃんから)浮気して(⌒〜⌒ι)「観に行ってみようかな?」と考え始めてたりする・・美香子センセイ、赦して!(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

医師「彼女は、生きようとしている・・!」

彼「こんな姿は見せたくない」
彼女「どんな姿でも構わない」

彼女「逢いに来て! 風でもいいから!」

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2009年3月18日 (水)

☆『パッセンジャーズ』☆

16日(月曜)の夜。そこそこに残業をこなし、もう1つ“やらねばならぬ作業”もあったんだが・・どうにも我慢出来なくなり、(それはうっちゃっといて)JR高槻駅のすぐ北にある「ロコ9シネマ」に新作『パッセンジャーズ』を観に行った☆

先週半ば、同じように仕事後で梅田に観に行くと・・「残席:×」と電光表示されており、すごすご帰宅させられた記憶も新しい本作。
いやが上にも期待値が高まっちまったちぅねん! ってことでかなりワクワクしてましたズラ、ええ。

「NEWSKY社」の109人乗り旅客機がアメリカ東部(恐らく)の海岸に胴体着陸、直後に爆発炎上を起こす。
この事故で、乗客&乗務員総ての生命は絶望視されたが・・現場では、奇跡的に一命を取り留めた5人の人々が、事故の衝撃もさめやらぬまま、呆然とした表情で浜辺を彷徨っていた・・

彼ら生存者は直ちに医療施設に収容され、若きセラピスト(臨床心理士)=クレア・サマーズ(アン・ハサウェイ)が即座に5人のカウンセリングを一任される。

生存者は鬱状態の4人(ディーン、ノーマン、ジャニス、シャノン)と躁状態の1人(エリック・クラーク)に大別され、中でもエリック(パトリック・スチュワート)は意味深な言動でクレアにモーションをかけ、グループ・カウンセリングに一度も顔を見せず、個別のカウンセリングを彼女に要求したりもする。

そんな中、グループ・カウンセリングを重ねるたび、参加者の4人が次々に行方不明となり始める。
やがて、クレア自身の周辺に2人の“謎の男”が現れる。

1人は航空会社の調査官アーキン(デヴィッド・モース)、そしてもう1人は「あの事故の生存者だ」とクレアに衝撃の告白をする!

果たして事故の本当の原因とは? そして姿を消し始めた5人の背後には、どんな真相が隠されていると言うのか?

若きヒロインが生存者への聞取り(?)を進める中、旅客機墜落の直接原因が「飛行中のエンジンの爆発」にあるのか否か、を気にし始める展開が色濃くなり、そこは何となくミスリード(引っかけ)にも思えた。

無論、航空会社側は「パイロットの誤操縦による人的ミス」を公的見解にしようとするが、5人の中には「まず閃光と爆発があり、その後に墜落した」と証言する者もおり、もしそれが事実なら「エンジンの故障⇒会社側の整備ミス」が原因とし浮上して来るのだ。

総てを知っているような(?)エリックは真相を答えず、アーキンは「事故以外には考えられない」と「故障説」を頭ごなしに否定する。ついにはクレアの上司=ペリー(アンドレ・ブラウアー)までもが「君は良くやった、だが君の知りたがっている真実はそうではない」と意味深なことを告げ始めたりする。。

「知らぬはクレアばかりなり」・・ん?

本作、これ以上書いてしまうと“ネタバレ”にしか至らないので、ここまでにしておく。

が、正直「衝撃のラスト」を過剰に期待してしまうと・・“既に(大きな)前例のあるパターン(の応用型)”にしか思えず、そう言う意味では「10年前に公開されてたらもっと話題になったろうし、11年前に公開されてたら監督=ロドリゴ・ガルシアの名がサスペンス映画史に刻まれたに違いなかろうな」と、そこだけは惜しく感じた。

※そういや邦画にも似たようなテイスト(切り口)のモノがあったような・・2005年頃に(・ω・)

私的にはアン・ハサウェイの「お人形さんのような美顔」をアップで眺め続け「ほぁぁぁぁ!」とホレボレする一方、困惑の表情・険しい表情・軽く歯を剥き出して笑う表情などに「美の崩れ始める、微妙な境界線の存在」を何処かに、確かに感じてしまい、そんな“制作側の(たぶん)意図しないトコロ”にこそ、何ともゾクゾクさせられてしまった(⌒〜⌒ι)

ってことで、基本的にハサウェイさんは「お澄まし顔」が一番良いと思う(なお、劇中で1シーンのみ(?)“眼鏡ルック”が拝め、そこは眼福だった!)。

脇を固める中では、色々とクレアの私生活を詮索する、隣人(?)のおばさん(トニさん)を演じたダイアン・ウィーストの“不気味かつ優しい表情”も外せない(=^_^=) ウィーストさんの笑顔を眺めてて「レニー・ゼルウィガーさんが年を重ねたら、こんな感じにならはるんかも、、」とふと感じたりもした(⌒〜⌒ι)

サスペンス劇としては物足りなかったが、エドワード・シャルマー(シェアマーとも?)によるピアノベースの静かなスコア(楽曲)(←私的には彼の出手がけた中では『光の旅人/K−PAX(2001)』のスコアが好きだ! で、ちゃっかりサントラCDも買いますた(=^_^=))が心地良いし、パトウィル(←略すな!)とクレアのラブロマンス、ちぅ見方をすれば、それはそれで丁寧に、美しく綴られてたんじゃなかろうかな。

パトウィル氏の容貌を眺めてて、何処となく「ケヴィン・コスナー+クリスチャン・スレーター」を連想してしまったモノだが、実はこの男優さんって『オペラ座の怪人(2004)』で準主役だったんやね・・気付かんかった(×_×)

あと、ひと昔前は「どう観てもレオナルド・ディカプリオにしか見えんかった」クレア・デュヴァルさん(シャノン役)が、ようやく彼女らしい個性をその表情にあらわし始めたな〜とも思った(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

クレア「正しい事実の把握を」
   「負の感情を封じ込めると、後でその反動が来るの」
   「例えば、子供たちの多くは真実をファンタジーで飾っているわ」
   「You don't know me!(見損なわないで!)」

エリック「君に姉妹がいるなら・・まだ“間に合う”うちに連絡すべきだ」
    「事故について一番思い出すのは・・顔に当たる風だ」
    「始めてしまえば、(絵画なんて)そんなに難しくはないさ」
    「美人は・・無意味な言動で自分の価値を隠そうとする」
    「人生が現実となる、それが結婚の恐ろしい所さ」
    「あの事故以来、まるで生まれ変わった気分だ」
    「簡潔だけど、曖昧な人だな・・君は」
    「来いよ? 来ないなら、なぜ今夜、会いに来た?」 ←おっ!
    「これでもう、僕を追い払えないよ」 ←おおっ!
    「希望を捨てるな! 信じろ!」

エリック「イチジクはいかが?」
クレア「結構よ・・それ、洗って食べたら?」

ペリー「真実こそ癒し」
   「君は探偵じゃないんだぞ」
   「嘘には、真実の一部の混ざることがある」

トニ「慎重になり過ぎて、チャンスを逃したの」
  「人生なんてあっという間よ・・翼を広げなさい」
  「会うのをやめないと・・彼を忘れないと・・」

アーキン「自らの仮説を押し付けるのは止せ」
    「突き詰めれば、事故は総て人的なものさ」
    「君の言動など信用出来んな」
    「君の思い違いだ」

ペリー「何があった?」
クレア「・・一線を越えたの・・」

クレア「もしご両親に会えたら、何を伝えたい?」
シャノン「あれは事故だったのよ、と」
クレア「他には?」
シャノン「2人を赦す、と」

※※「人に言われることじゃない」
  “△△△の居ない人生は、厳し過ぎるわ”

追記1:「超感覚的知覚」なんてな専門用語(?)も登場していた。
追記2:夜の街を駆け出し、幻想的に振る舞う(?)エリックの言動にパトリック・スウェイジのイメージがダブったり(・ω・)
追記3:クレアとの間に確執のある姉エマ。彼女の「不在」の続くのがちょっとしたポイントかも。
追記4:改めて劇中における「眠り」と言う行動の不思議さを思った。
追記5:終盤における、回想シーンでのエリックの「笑顔」が良かった!
追記6:子供キャラは不在だった本作。少しは欲しかった。
追記7:世界設定には、やはり物理的な違和感を覚えた(・ω・)
追記8:ポイントとなる「グループ・カウンセリング」のシーンが結構あっさり描かれてて残念だった気も。。
追記9:基本はラヴロマンスなテイストの本作。連想したのは『シティ・オヴ・エンジェル(1998)』ですた。
追記10:あんな悲惨な結果にせよ、胴体着陸にまで持って行った機長の操縦テクニックは、それなりにスゴいと思う!
追記11:ロドリゴ・ガルシアは『彼女を見ればわかること(2001)』『美しい人(2005)』の監督さん!

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2009年3月15日 (日)

☆『ハンコック(中盤から)』☆

8日(日曜)の夜。
4月以降の新生活に備え、その新居を決めるべく、某県某市へと1泊2日コースで出かけて来た。
1日目の夜は(同市内にある)支局メンバーに紹介して貰った、とある「鳥の美味い店」で少し飲んだりした。

結局、翌9日(月曜)夕方までの2日間で「10件+αの物件」を見て回ったが・・結果的には、2日目の朝にキャンセルの出たと言う、新築のマンションに決めた次第☆ 間取りは1Kに過ぎないが、それはそれで必要十分な気がした。

どうやら、実家の部屋も「空っぽにして出て行け!」と言う感じでもなさそうなので(?)ある程度の荷物は残して行って良さそうであり「住んでるうちにちょっと狭くなるかも知れんけど、そこを工夫する楽しみもあるかな」などと楽観視している(・ω・)

8日の夜は、市内中心部の某ビジネスホテルに泊まったが、部屋のチャンネルでは・・

・地上波で『トリプルX/ネクスト・レベル(2005)』
・シネマチャンネルで『ハンコック(2008)』と『SEX AND THE CiTY(2008)』

が放送されていた。他にもバラエティ番組みたいなのはやってたが、大阪府内に比べるとやはりチャンネル数に見劣りし、ただでさえ“消費系番組”の大嫌いなワタシは、欲張って上記3本をチャンネルを切り替え、それぞれを(貪欲に)楽しんだのだった(=^_^=)

『トリプルX/ネクスト・レベル』・・監督:リー・タマホリ、主演:アイス・キューブ、共演:ウィレム・デフォー、サミュ・L・ジャクソン・・とモノ凄い顔ぶれなのに「日本未公開」な悔しさの漂う1作。
恐らく前作(2002)で主人公を演じたヴィン・ディーゼルに比べ、アイス・キューブだと“見劣りがする”と配給側が考えたんだろうか。。
飲み会を終えてからの鑑賞だったので、中盤以降だったが(一応自宅で録画しといたんで、また近い内にちゃんと観ときたい)、少なくとも「テンポは良い」と思った。

『ハンコック』・・「主人公が数週間、刑務所に収監される」辺りから終了までを観た。(ぐるぐるリピート放送されてたので)2回ぐらい観たかな(=^_^=) 劇場以来の鑑賞だが「主人公と“もう1人”がロス中心部で激闘を展開するシーン」「主人公が“チョコバー”で強盗と対峙するシーン」の“駆け足気味な流れ”にちょっと面食らった(☉д☉)
もっと(展開に)余韻があると思ってたもんで。

セリフの中では、
「長く生きて、運命が絶対じゃないことを知った・・それは選べるのよ」
「分かるよ・・欲しいモノがあると、人は我慢出来なくなる、だから盗るんだ」
が印象的だった。

それと、ラストまで絡んで来る“悪のボス”が「どうやら生きてる」らしきことを改めて知った。アレも続編制作に向けての「余地」なんやろか?(=^_^=)

『SEX AND THE CiTY』・・劇場以来の鑑賞。公開当時は「誰も死なない!」点を筆頭に、結構好意的なレビューを寄せた本作だったが・・主人公を演じたサラ・ジェシカ・パーカーさんと『ハンコック』のヒロインを演じたシャーリーズ・セロンさんを比べると・・流石にサラさんはキッツいモノがあった(×_×)
中盤で「花嫁衣装で悲劇の主人公ぶりを遺憾なく発揮」されるサラさんだが・・「むむぅ・・美しくない・・」とちょっと画面から距離を置いてしまったほどだ(×_×)

後半から(?)ジェニファー・ハドソンが登場するが、容貌こそはハドソンさんも「ちょっと・・」なのに、画面に登場する限り、何故だかその言動に惹き付けられ、正直(それらのシーンでは)サラさんを「喰ってしまってる」感すらあった!

どこがどう、とは言えないんだが、ジェニファー・ハドソンはやはりスゴい女優(←本業は歌手だそう)です!

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2009年3月 5日 (木)

☆『プラトーン(1986)』☆

さる2月25日(水曜)の夜。
衛星第2で放送されたベトナム戦争映画『プラトーン』を、後半からのみであるが観た。

オリヴァー・ストーン監督による、恐らくは彼の「最高傑作」「代表作」とも言える本作。

初めてビデオソフト版(←確かレンタル)で観た時は「ひとくちに“ベトナムもの”と言っても、色んな監督による、色んな描き方やメッセージがある」と言う点にまでアタマが回らず、正直『ハンバーガー・ヒル(1987)』や『フルメタル・ジャケット(1987)』と本作の明確な区別すら、殆どついていなかったのだった(・ω・)>

・地味な戦闘シーンばかり続く ⇒ 『ハンバーガー・ヒル』
・訓練シーンばかり続く ⇒ 『フルメタル・ジャケット』
・3作の中で最も派手で華やか ⇒ 『プラトーン』

と言った先入観で3作を区別してた程度かな、と。

別な部分では、当時の若手スター俳優=チャーリー・シーンの“プロモーション的な作品”ってな歪んだ見方もしており、ほぼ同時期に公開された(?)『トップガン(1986)』のトム・クルーズと「どっちがカッコええか?!」みたいなゲッスい部分で、兄と意見を二分してたような記憶もある。。
(因みに、ワタシは“チャーリー・シーン擁護派”であった(=^_^=))

が、今回鑑賞し、やはり強烈だったのは・・主人公かつ語り手であるクリス・テイラー(チャーリー)より、彼の上官の1人を演じたエライアス軍曹(ウィレム・デフォー)の存在感である!
当時は、もう1人の上官=バーンズ軍曹を演じたトム・ベレンジャーの言動こそがとにかく(その容貌からして)恐ろしく、鮮烈だったが・・今にして考えると、デフォーの方が「ホンマは狂ってたんでは?」「実は“パンプキン爆弾”を多数、隠し持ってたんでは?」「故郷ではオーバーオール姿でハンマーを振り回し暴れてたんでは?」とか、色々と(その後に)予備知識の入ってしまったがため、邪推&妄想も広がるってもんだ(=^_^=)

とは言いつつ・・後半からの鑑賞であり“回想”風の数ショットでしか、エライアスの姿は映像に出て来なかったようで(×_×)

そうそう。フォレスト・ウィテカー&ケヴィン・ディロンの助演に気が付き、その気付いたことが妙に嬉しかったりもしたな(=^_^=)
一方で、今回も「ジョニー・デップの出演シーン」は分からぬままだった(×_×)

序盤だったんやろか? それはきっと『トップガン』でメグ・ライアンを見つけたり、『007/ネバー・セイ・ネバー・アゲイン(1983)』でローワン・アトキンソンを見つけたりするのと同じぐらいコツがあるんだろうなぁ(←ねえってば!)

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