2009年8月27日 (木)

☆『ホッタラケの島/遥と魔法の鏡』☆

25日(火曜)。都合さえつけば是非観たかったのが、プロダクションI.Gの製作(『攻殻機動隊(1995)』『キル・ビルvol.1(2003)←のアニメシーン』『イノセンス(2004)』『スカイ・クロラ(2008)』などで有名)による新作CGアニメーション『ホッタラケの島/遥と魔法の鏡』である。

デジタルアニメとしての“新境地”が楽しめそうな点と・・何と言っても主人公の声をアテたんが“綾瀬はるか”ちゃんってことで、、コレはもう!(←マジキモいってば、おっさんはよ(=^_^=))

そもそもは、仕事が終わり次第さっさと“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に向かおうと予定してたンだが、何やら片付けにダラダラとかかってしまい、、(上映開始)18:05の回に間に合わなくなってしまったのだった(×_×)

ここで「日を改める」って選択肢もあったが・・明晩も、明後晩(?)も、ちょっとまとまった鑑賞時間が取れなさそうなため、取り敢えず1度帰宅⇒夕食を済ませ、色々やることをやってから自宅を再び出発⇒(上映開始)21:10の最終回にて鑑賞することとしたワタシ。

こう言う時の決断&行動力だけは、何故だか分かんないがメチャクチャに速く、容赦なく、的確なのである(⌒〜⌒ι)

冒頭で「フジTV開局50周年記念作品」と表示される・・

昔々、武蔵の国。“妻の形見”である古い櫛(くし)を見失ってしまった百姓の男が途方に暮れ、すがる想いでお稲荷様に毎日新鮮な卵を供えたところ、ある日の真夜中に狐がやって来、男の枕元にそっと件(くだん)の櫛を置いて去ったと言う。
村人たちは大喜びし、それからも毎日新鮮な卵を欠かすことなく供え続けたそうだが・・実は、忘れ去られた存在だったその櫛を持ち去ったのが、他ならぬ彼ら狐たちであった。

狐たちは今宵も、静かに喜び歌う・・

“♪貰っちゃえ 貰っちゃえ ホッタラケ(=ほったらかし)にしてるんなら 貰っちゃえ”

・・

埼玉県入間市(=かつての武蔵の国)に住む、16歳の女高生=遥(はるか)(声:綾瀬はるか)は、幼い日に母を失い、今は父(声:大森南朋!)と2人で暮らしている。
年頃の娘に成長した遥は、この時期の少女に特有の(?)“父親疎んじ傾向”を示す。

“今晩は残業で遅くなる”の携帯メールを受信するや「今晩“も”でしょ」と毒づいたり。

友人=美穂との何気ない会話の中で「無くしてしまった、母の形見の“古い手鏡”」の存在を思い出した遥は、“ホッタラケ伝説”の伝わる「出雲祝神社」へと出かけ、卵を供える・・

そのまま、拝殿の階段に座り眠ってしまった彼女。
夕暮れが近付き、ふと眼を覚ました遥は、狐の面(?)をかぶった、不思議な子供が境内を動き回る姿を眼にする。

そしてコレこそが、異世界を巡る、彼女の壮大な冒険物語の始まりであった!

『オズの魔法使(1939)』『不思議の国のアリス』や、近年では『千と千尋の神隠し(2001)』など“定番的冒険活劇”の影響&流れを露骨に感じもする本作。
現代のシーンでは「手書き風の(やや描写を抑えた)背景+CGキャラ」、異世界では「派手なCG背景+CGキャラ」と、その映像表現にメリハリを与えてた。

現代の場面では、神社の境内など“森林”ぽいテイストの目立ってた感があったが、ストイックなまでの“奥行きのなさ(のっぺりさ)”が面白い印象を観る者に与えてくれる。

一方、人物の造型面では“鼻の穴”“耳の穴”を敢えて省略しており、当初こそ「違和感」を覚えたが(・ω・)、まぁそれはそれで観てる内に気にならなくなったかな・・

はるかちゃん演じる主人公=遥だが、特に違和感は覚えず。逆に言えば、意識しとかないと余りファンとしての悦びは実感出来ないのかも知れぬ(⌒〜⌒ι) ただワタシとしては、ヘアスタイルは「もうちょっと長い髪」の方が嬉しかったかなぁ。

神社で遥が“テオ”と言うもう1人の主人公(狐?)に出会うシーンの演出が、非常に巧く考えられてて感心させられる。(神社)拝殿の「木の階段を用いた演出」に限っては、近年で最高の作品とも言えるんではなかろうか!

舞台が異世界に移ってからは、イッキに走り始める展開。もうちょっと現実世界との(リアルな)接点があっても面白かったかも知れない。

和風な異世界かな・・? と思いきや、結構“和洋の混在”した不思議なロケーションだった。

特筆すべきは「キャラと背景のマッチング」それに「繊維系のCG表現」だろうかな。前者は『イノセンス』辺りを観てた頃“頭打ち感”を覚えたのを完全に脱している(←ま、あちらはセル画キャラだったが)。皮とか布の再現ぶりもモノ凄い!

和製CGアニメーションの進化ぶりに驚かされるモノの、何処かに「駆け足さ」「物語の薄さ」「各演出に対する既視感」を感じ続けもした本作。

“観客をホッタラケにする”部分を何とかしてくれたら、更に良くなったんじゃないか、と勝手なことを思った次第だ(・ω・)

~ ほか、こんなことも ~

♦美穂さんも“眼鏡ッ娘”を代表する、イイキャラだと思った。もっと主人公に絡ませて欲しかった気が。
♦遥の部屋の本棚に収められた少女向けコミック『てんてん天使』の背表紙デザインがそれらしい。
♦テーブルに突っ伏して泣くテオ。・・ちょっとその、涙の量は異常では・・?(☉д☉)
♦“男爵”の正体が(『オズの魔法使』のように)アレではないか・・? と予想してたんだが。。ちょっとあっけなかった気もするなぁ。
♦本作の観賞後、縫いぐるみのお腹を裂いて(うげ!)「アレ」を入れようとする子供が続出したりして。。
♦遥が顔を隠すため「とあるモノ」をかぶる。アレのサイズと比較して考えるに、現実世界の1/6ぐらいの寸法に縮んでたのかも知れない。
♦いわゆる“3悪”ってキャラが出て来るが、ちょっと絡み方が中途半端で薄い気もしたかな。
♦“屋形船スタイル”の自転車モノレール! この造型はかなりブーツ飛んでる!
♦物語のラスト、遥の食べたがってたモノとは?(ヒント:菅原洋一(=^_^=))
♦主題歌はスピッツの『君は太陽』! 即座に「iTunes Store」に突っ走りましたよ、ええ(=^_^=)
♦巨大縫いぐるみと戦う(?)シーンでは『もののけ姫(1997)』の“デイダラボッチ(大太郎法師)”と『ナイトメア・ビフォア・クリスマス(1993)』の“ウギー・ブギー”を連想した。
♦本作を機に「ゴム動力ならではのエコ&パワフルなエネルギー」に脚光が当たれば良いんだが(=^_^=)
♦タイトルは『ホッタラケの街』でも良かったように思う・・?
♦ニンテンドーDS版ゲーム『ホッタラケの島』の主人公は“カナタ”と言うそうだ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

遥「水が、温かい・・?」
 「ちょっとあんた! こっち見なさいよ!」

美穂「昔はとても大事にしてたのに、いつの間にか無くしてしまったモノってない?」

美穂「大事だったモノでも、ホントどっか行っちゃうんだよね」
遥「思い出も、そうかなぁ・・」

テオ「盗んだんじゃない! 全部あんたらがホッタラケにしてるモノだ!」
  「人はすぐ、何でもホッタラケにするから・・助かる」
  「鏡には、カミ(神)が宿る」
  「ごめん・・それが言いたくて」

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2009年8月25日 (火)

☆『ぼくとママの黄色い自転車』☆

24日(月曜)。週始めながら、何だか電話対応多過ぎて疲れつちまつたので(何せオフでは殆ど他人と会話しないもんで(=^_^=))「気分転換じゃ〜!」ってことで“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと繰り出し・・正直、余り興味はなかったが、ファミリー系の新作『ぼくとママの黄色い自転車』を観て来た☆ 『ぼくとママと黄色い異常者』ではないので悪しからず!(←ってかそれだと『シン・シティ(2005)』でしょ!)

神奈川県横浜市の郊外(港北区篠原町)。
お気に入りの黄色い自転車を乗り回す少年=沖田大志(武井証)は、設計事務所を営む父=一志(阿部サダヲ)と2人暮らし。大志には琴美(鈴木京香)と言うべっぴんなママがいるが、彼女は(大志の)物心ついた頃から“パリのファションスクール”へ長期留学しており、たまに送って来るエアメール&写真で近況のやり取りをするだけだった。

そんなある日、大志は偶然にママが若い頃に海外旅行をした時のアルバムを発見する。その中でパリの写真が1枚剥がされており、どうやら最近ママの送って来た「凱旋門をバックに撮ったポートレート」と一致するらしいことに気付く。

「・・ママはパリにいない?」

一方、差出人住所すら書かれていない、山岡静子なる人物からの(父宛の)手紙を見つけた大志。消印が「北浦郵便局」であることから、ママのホントにいる街が「秋田県、茨城県、宮崎県、香川県(小豆島)」のいずれかの管内であること、静子が父に送った“ママが撮影した写真”に「二十四の瞳・平和の群像」の写り込んでたことから、

「ママは小豆島にいる?」と突き止める。

キャンプに出かける、と(父に)ウソをついて小豆島へ向かう大志。しかし(横浜から)岡山港までは遠過ぎる・・
駅員に(改札で)妨害され、新幹線にも乗れない彼の取った“秘策”とは? そして彼は、ママに会うことが出来るのだろうか?

うーん、サクッと軽いファミリー作品ではあったか(・ω・) 主演の武井くんが自転車で走り回ったり、大雨に打たれたり・・と頑張ってはくれてるんだが、イマイチ吸引力に欠けてたよーな・・ま、製作陣もその辺りの「弱さ」を自覚してるようで、武井くん(の存在感&演技)に観客が集中し過ぎぬよう、適切に“(彼に絡む)旅先キャラ”を(前面気味に)配してくれてた。

余り予備知識のないままに観て良かったのは、ピンポイントで登場する豪華俳優陣や、終盤の展開など。

てっきり「ママがとうにアレしてる」と予想してたワタシは、ああ言う展開&演出となった点にちと意表を憑かれた感。
瞬間的に作品世界がドンヨリもしちゃう訳だが、それはそれで大志くんの「人生の糧」とはなったようである。

鈴木京香さん・・『重力ピエロ』同様「主要キャラの記憶の中でこそ光る」ってな“独特な役回り”を好演されてたが、まぁ個性的な演技ではあったとは評したい。

それにしても・・台風9号の荒れ狂う岡山の港で、とあるジイさまが登場するんだが・・このジイさまと大志くんの絡むシーンで何故だかポロッと泣かされてしまった。初登場シーンこそ、どっかわざとらしい(=^_^=)このベテラン男優さんだが、結構“美味しい立ち位置”だったし「やるじゃない!」と、こちらも好評しときたい。

大志くんの愛犬=アンが、割とキーキャラぽいハズなんだが・・あんまし光ってなかったような、、きっと食事場面とか(リアルな飼育シーン)がなかったからだろう。でも、(自転車の)前カゴに行儀良く入ってる姿は可愛かった☆

前半の(妙に親切な)ヤンキー姉ちゃん=陽子さん、中盤のコテコテ母娘in西明石(浩子&由美)、“自転車に書かれた住所の不自然さ”までを看破しつつも“詰め”の甘かった巡査(=^_^=)など、他にも個性的な人々がいた。

ただ、大志が雨中でヒッチハイクするシーン。計2台のクルマが「ドライバーの姿さえ描かれず」「いとも簡単に(彼を)乗せて」走る演出にだけは「はしょってんじゃん!」と突っ込んてしまった。
ある意味、あそこは「警官シーン」「駅員シーン」を多少カットしてでも(ある程度)しっかり描いとくべきやんか、と私的には思うんだが・・(・ω・)

〜 こんな辺りもチェック! 〜

♦朝食の一幕。食パンに醤油かけて食べてる阿部サダヲ! NGシーンが連発したなら辛かったかも?
♦「岡山運送」のトラック。確かに「品川ナンバー」やし(=^_^=)
♦お客の荷物(?)を積んだまま、あないに遅配(?)しちゃうと・・それだけで倒産に数歩近付く気がする(×_×)
♦劇中に登場する「明石焼・そば焼・玉子焼の“ふなまち”」は明石に実在する有名店らしい!
♦大志が電話を架け、一志が電話を受けるシーン。カットバックな表現が『羊たちの沈黙(1991)』ぽさげだった(=^_^=) ←そこまで大げさかい!
♦自転車の背後を「1両編成の列車」が走るのどかなシーン。シチュエーションは明石〜岡山間なンだが・・実際のロケ地は静岡県らしい。。
♦「北浦郵便局」の窓口の子、可愛さが何とも似つかわしかった(・ω・)
♦(野笹川の)濁流に飲み込まれた自転車少年・・その顛末がヒジョーに気になるんですが・・
♦「ママのセリフ」が大志くんにばかり向けられてた気が・・。パパも(大志くん以上に)寂しくて辛いんスけどぉ・・
♦エンディング曲『抱きしめて』・・ってあんたが歌うんかい! 山は死ぬんかい! ま、ちょと覚悟はしておくんかい!
♦本作、メイキング映像はきっと面白いと思う! 鈴木京香さんのコメンタリーが是非聞きたい!

〜 こんなセリフもありました 〜

大志「大好きだから、ウソをつくことだってあるんだ!」
  「ぼくがママに会いに行くのと同じ位“大事なこと”だから」
  「きっと会えるよ。こんなに近付けたんだもん」

琴美「こうしてる今も、どんどん進んでる・・」
  「歩いても歩いても・・※が見つからなくて」
  「このままじゃ、もっと傷つけてしまう」

一志「僕が琴美を守る!」
琴美「でも私は、大志を守れない」

※「ぼく、カラダは小さいけれど、勇気は大きいんだ」

由美「今日はここまでにしといたろ」
  「手紙やったら、なんぼでもキレイごと書けるわ」
  「大人なんか、みんなウソつきや!」
  「手紙って・・会いたい人にしか、書けへんもんな」

大志「乗せて下さい」
運転手「ああ、イイよ」 ←2つ返事かい!

正太郎「それは、出来ません。“男と男の約束”じゃけん」
   「有難な。長生きはしてみるもんじゃ」
   「小豆島で何があっても、強ぇまんまのお前ぇでいろ。そして・・
    お父さんのこと、悪く思わんでくれ」

琴美“生まれてくれて、有難う”
大志「ぼくのママでいてくれて、有難う」

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2009年7月27日 (月)

☆『フィッシュストーリー』☆

26日(日曜)の夕方、雨の中をアーケード内のミニシアター“ソレイユ”に向かったワタシ。
今日は久々に“寝だめ”もし、起きてからも雨がちだったんで、当初は「何処にも行かずゴロゴロしよう」と決めてたんだが・・来週も忙しくなること必至なので「余裕ある内に1本こなしとこう!」と決めた訳で(・ω・)

本作こそ『鈍獣』以上に、予告編で心を鷲掴みにされた作品である。
時代を超えた複数の物語が、どう最後に繋がって来るのか・・この手の構成の物語に、弱いワタシでして(=^_^=)>

2012年の東京。とある無人の商店街をカメラが映し出す。見渡す限り人っ子1人おらず、路上にはゴミが散乱・・
その中を電動車椅子でやって来た男(石丸謙二郎)。
「誰もいるまい?」と思っていた彼は、街角でただ1軒、通常通り営業しているレコード店「ココナッツディスク」に驚く。

店内に入り「何で店、開けてんの? 客なんか、来ないでしょ?」と憮然と問う男に、店長(大森南朋)は「レコード屋ですから」と平然と答える。
そんな彼らの頭上・・東京上空には、迫り来る“直径5キロメートル”の巨大彗星が・・!
地球に残されたリミットは、残すトコロ5時間。ある者は(政府指定の)防災対策地区に避難し、またある者は富士山頂に登り“やがて押し寄せる大津波”をやり過ごそうと考えたり。
店長はそんな騒ぎをよそに、曰くありげな1枚のレコード「フィッシュストーリー」を店内に流し、その歌詞に静かに耳を傾ける・・

1975年。パンクの先駆者=“セックス・ピストルズ”結成の1年前。
“逆鱗(げきりん)”と言う売れない4人組のバンドが長年のアマチュア活動を脱し、プロデビューしていた。
彼らをスカウトした“レモン・レコード”の岡崎(大森南朋)は、その前衛的で攻撃的(パンキッシュ)なパフォーマンスを“買う”んだが、世間にはフォークサウンドを歓迎する風潮が大きく広がっており、デビューから2年経った今も“逆鱗”はクスぶり続けてるのだった。

メンバー間にも諦念と自嘲の空気が流れ始める中、リーダー&ベースの繁樹(伊藤淳史)は岡崎に渡された1冊の文庫「フィッシュストーリー」にインスパイアされ、新曲「フィッシュストーリー」の制作、録音(レコーディング)を始める・・

1982年。気弱な大学生・雅史(濱田岳)は、合コン(?)の場で知り合った津田塾大学生=晴子(はるこ:高橋真唯)に“驚くべき予言”を聞かされる。結局はその夜も、悪友に「帰っちまぇ!」と一喝され、いつものようにすごすごと帰路につく彼だったが、そこに予想外のトラブルが起こり・・

2009年。修学旅行で神戸⇒東京間の船旅を楽しんでいた山葉女子校の麻美(多部未華子)は、東京で寝過ごしてしまったため、(引き続き)苫小牧への船旅を余儀なくされる。船内で泣きじゃくる麻美の前に「私は“正義の味方”になりたかったんです」と語るコックの青年(森山未來)が現れる。
彼のハナシを聞き、少し気持ちの和んだ彼女であるが、次の瞬間、フェリーはシージャックに制圧されてしまう・・

いやー、良かった! 「壮大におっ始まったは良いが、終始駆け足で散漫なテイストのまま、何となく終わって行っちゃう駄作では?」なる不安も少なからずあったんだが、丁寧に描くべきトコロは、しっかりと時間を割いて描かれており、好感を持った。
(「レコード店内」「“逆鱗”のレコーディング場面」「深夜のトンネル脇のシーン」など)

誰かが(誰が?)何らかの手段で(どうやって?)「地球を救う」と言うクライマックスに向け、細々したまどろっこしい(=^_^=)運命の“フリ”が時代をまたいで描かれる。

「正義の味方って誰?」「コックの父親って誰?」「(曲間の)無音部分の意味って何?」辺りの“フリ”が、観客によっては(物語の背後で)常に気になって仕方ないトコロだろうが(=^_^=)、それらも終盤でイッキに“パズルのピースがはまり”解決するのが気持ちいい。
特にコック青年が誕生する辺りの映像群には、何故だかウルウルさせられてしまった(⌒〜⌒ι)

もっとショートカットな“世界の救い方”もあったハズ、と突っ込みたくなる一方(=^_^=) 「いや、それぞれのキャラが(自らも)予想し得ないカタチで“世界を救う仕事”(の一端)を担っているんやな〜」と妙な感心もしてしまう。

(ある意味ナンセンスで)不思議な味わいながら、爽快な気分にもなれる、今までにない(?)群像劇の誕生に拍手を送りたい! そして、ワタシは本作をとても気に入ってしまった(・ω・)

〜 こんなトコにも注目 〜

♦「秘密戦隊ゴレンジャー」のTV映像がちらっと登場。
♦米国による“アルマゲドン作戦”と言うのが行われたようだ。
♦セリフの中では“逆鱗”のメンバーの1人が死に、1人が発狂したと言われてた(×_×)
♦「地球滅亡まであと※※年」のテロップが幾度も挿入される一方、「シージャックまであと3分33秒」「正義の味方が出来るまで」ってな“変わり種”もあった(=^_^=)
♦中島敦の短編『弟子』がセリフの中で紹介されてた。
♦劇中に登場の「レストラン栗の里」は、実在するらしい。
♦“正義の味方”となるべく、父に育てられた少年。道着で「腕を上下に動かし(塀の)ペンキ塗り」「腕で円を描きつつ窓拭き」をこなす映像は面白かった! とってもラルフ・マッチォ!(=^_^=)
♦2、3シーンほど、真上からテーブル(食卓)を映す映像演出があり、印象的だった。アレはイイ!
♦レコード店で“イヤごと”をさんざんかますおっちゃんだが、4時間ほどは店内にいたようだ。何だ、結構気に入ってんじゃん(=^_^=)
♦“弾丸3発避け”だけは、製作費があったら「マシンガン撮影」で描いて欲しかったかも〜(=^_^=)
♦麻美さんの“あの習性”ってば『マイ・プライベート・アイダホ(1991)』なアレなんだろうか?
♦“逆鱗”を「ぎゃくりん」と読むしとは、きっと“鈍獣”も「どん、けもの」と読むんだろう(=^_^=)
♦「アルン」と言うのはタイ語では「曉」「曙」の意味だそうだ。
♦ジョン・G・ファーニホウ、富樫哲郎をネットで検索したしと〜。は〜い(⌒〜⌒ι)
♦『ビッグ・フィッシュ(2003)』ちぅ作品も、そう言えばありましたなぁ、、

〜 こんなセリフもありました 〜

男「終わりですよね。何処にも希望なんかないよね」
 「知っていたからね。こう言う日が来ることを、10年も前から」
 「もし明日、世界が終わるとしても・・私は林檎の樹を植えるだろう」

“僕の孤独が 魚だったら その巨大さ、獰猛さに 鯨さえ逃げ出すだろう”(歌詞より)
“音の積み木だけが 世界を救う”(歌詞より)

晴子「今日、私と会う男は・・いつか“世界を救う”男」
  「あなたは今日“運命の女性”に出会う」
  「あなた、1度でも何かに立ち向かったことがある?」

客「もし今日、世界が終わるとしても・・僕は自分の好きなレコードを聴き続けたい」

コック「“正義の味方”にとって大事なのは、職業や肩書でなく“準備”だ、と父に教わりました」
   「“禅”の修行が目指すのは、澱みも暴れもしない“川の流れのような精神”です」
   「悪は本当に報いを受けているのか? 今日まで悪が栄え、正義が虐げられて来たとすれば、
    それはバカバカしいし、悔しいですよね」
   「“正義の味方”になる時なんて、そうそう訪れはしない」
   「礼なら父に」

シージャック犯「抵抗しなくても、撃つかも知れないけど」

岡崎「お前たちの(進む)道は間違っていない。しかし、理解されるには時間がかかる」
  「あってもいいんじゃないかな、そのぐらいのことが」

亮二「俺たちの曲は理解されねぇ。そして何より厄介なのは・・俺たちは“自分の音楽が正しい”と信じてる」
  「俺は、魂でギター鳴らしてんだよ」
  「バラード調? しみじみしてどうすんだよ」
  「この曲だけは、お前に触らせねぇ」

五郎「俺たちの曲、誰かの心に届くのかよ?」

繁樹「盗作じゃねぇよ、引用だ」
  「うるせぇぞ、坊ちゃんプロデューサー」
  「またアマチュアに戻るかぁ」

谷「曲間に意図的な無音部分? ・・ビートルズがやるならともかく」

追記1:私的に“5人”は「岡崎」「繁樹」「雅史」「コック」「麻美」だと解釈した(・ω・)
追記2:多部ちゃんが、石川遼くんと姉弟っぽく見えてしまうのはワタシだけやろか、、
追記3:“和製イライジャ・ウッド”にも見えて来る(=^_^=)濱田岳くん。妙に気になる俳優さんだ(ちとジャッキーも入ってるかも、、)。

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2009年6月 9日 (火)

☆『ハゲタカ/劇場版』☆

8日(月曜)。
仕事を終え退社⇒区切りの付いた時点で18:05頃であったが・・「1本、行っとこ!」と雷にうたれたように決意し(=^_^=)、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて新作邦画『ハゲタカ/劇場版』を観て来た☆

そもそもが、先週から「都合が付けば即刻行こう!」と心に決めてた1本であり、行ける時に行く気は常にあったんだが・・上映開始時間が18:20ってことで、いつもに増して劇場に突進する心意気だった。

通常は会社前⇒劇場ロビー内まで、大体15〜20分かかるんだが、今日はどんな“神の力”が作用したのやら(=^_^=)10分で到着することが叶った☆ ある意味、クルマで行くより早い到達時間だったかも知んない(⌒〜⌒ι) オレってすごぅい!

さて。『ハゲタカ』と言えば某国営放送局(=^_^=)制作の“骨太金融ドラマ(?)”とし、初めて放映された当時(2007)には、さながらTVにかじりつく(?)姿勢で観た覚えがある(と言いつつ「第1話」と「第5話」は、再放送が繰り返されてる今も観れてないままだが、、)。
満を持して(?)の劇場版ってことで、いやが上にも期待値を高めてしまったワタシである・・

弱体化した“今の日本の姿そのもの”であるような巨大自動車産業“アカマ自動車(=赤間自動車製造(株))(売上高=5兆円)”は代表取締役・古谷隆史の指揮のもと、社運をかけた渾身の新型車“アカマGT”の発表会(2008)を行う。

が、直後に謎の中堅ファンド“ブルー・ウォール・パートナーズ(BWP)”によりTOB(株式公開買付け)を仕掛けられる。
BWPの提示した株式の買付額は1300円。この額に株主がたちまち動き始める・・
これに慌てたアカマの経営陣は“企業再建のプロ”芝野健夫(柴田恭兵)を招き、突き付けられた“敵対的買収”の刃を防ぐよう要請する。

芝野はかつての戦友でもある“伝説のファンド・マネージャー”鷲津政彦(大森南朋)を南の島(?)にようやく探し当て「アカマを、いや今の日本を救ってくれ・・!」と熱く語りかける。

一方、BWPの若きCEO(代表)=劉一華(リュー・イーファ:玉山鉄二)は「3大支援提案」なる好条件をアカマに提示する。それは「海外戦略」「国内展開」「現経営陣」の総てに対し配慮された“友好的買収の証左”とも取れる内容であった。

いよいよ鷲津率いる“鷲津ファンド”がアカマに対する“白騎士(ホワイトナイト)”とし名乗りを上げ、2大ファンドの戦いの火蓋が切って落とされる・・

劉の真意は? 鷲津の勝算は? そして鷲津がファンド・マネージャーとし名を上げた外資系ファンド“ホライゾン・インベストメント・ワークス”時代の劉と鷲津の因縁とは?

BWPの背後に“CLIC:中国政府直轄(!)の投資ファンド”の存在が静かに浮かび上がった時、アカマの総ての関係者は戦慄を覚えることとなる・・

(筆者注:ストーリー冒頭で、アカマ自動車の「資産価値=5兆円」、と記載してましたが、「売上高=5兆円」と謹んで訂正させて頂きます)

ぬぅ・・「カタい!」「熱い!」そして「空しい!」と、2時間ちょいの“お勉強”のような鑑賞だった(⌒〜⌒ι) いや、展開や、描き方はそれでも十分に「エンタテインメント作」なんだが・・ドラマ版の頃から“キャラ造型”をある程度は掴んで(=形成して)おかないと、彼ら同士の言動や(そこに現れない)絆みたいなものが「良く見えて来ないまま」に過ぎてしまいそうな、そんな気がした。

「TOB」やら「ホワイトナイト」やらの言葉(業界用語?)自体が、サブプライム問題⇒リーマン兄弟(?)ショック以降、資産家の投資信託(ファンド)離れも手伝い(?)、いまいちピンと響いて来ない気もしたんだが、、その辺りは正直、詳しくない世界なので・・ワタシごときがあんまりどうこうコメントしない方が賢明だろう(⌒〜⌒ι)

私的には、劉&鷲津それぞれの「(心の内面の)表からは窺い知れない動き」や「非公式な行動」などが、たまに(発言と)チグハグだったり、何故だか妙に感傷的だったりするのが「人間なんやなぁ〜」と面白く思われたか。

「カネで人間は動くのか?」「そも、企業とは何なのか?」なんてな、答えの出しにくい(或いは答えのない?)問いが露骨に観客に投げつけられたりもする本作。

やったこともないワタシながら・・「投信(投資信託)は、やっぱやめとこ」と・・そこだけはすんなり結論が導き出されたのだった(=^_^=)

〜 こんなトコロも 〜

♦国内で「既に死んだ」とまでウワサされてた鷲津。にしても、その間のブランクはどう埋めたんだろ? 現場の勘とか、かなり鈍ってしまってたと思うんだが、、
♦ドバイの石油王にとって、投資をする理由は「子孫の為」とのこと。(金銭的に)余裕ある範囲で子孫のため資産運用をする・・これって至極全うな投資家の姿やな、と。
♦突き詰めると「相手の企業イメージの落とし合い」みたいな“ヤラしい世界”でもあるのね(×_×)
♦這いつくばってかき集めて400万・・何かを掴むと同時に、何かを確実に喪失する瞬間でもあろう、、
♦「お前は、誰なんだ?」の問いが2度、鷲津の口から放たれた。問われた相手の反応に変化が・・
♦劇中の誰も(終盤の1名を除く)“アカマGT”に乗ってへんやんか! そんなんじゃイメージ戦略のイロハの失敗だっての(=^_^=)
♦ドラマ版の醍醐味である「親子のドラマ」「下請工らのドラマ」はばっさりカットされてた。。
♦“クルマ産業”そのものに大胆に斬り込んだ造型(演出)は殆どなかった。。
♦“若きハゲタカ”の印象は意外と弱かったか?
♦終盤の展開は、ドラマ版をなぞり直しただけの感(×_×)
♦本作での芝野の立ち位置は“かなり”下がってた(・ω・) 友情出演レベル?
♦鷲津のキャラにもはや「謎」の部分は仕組まれてなかった、、これにより「ドラマ版でハゲタカ=鷲津を巡るハナシがほぼ総て描き尽くされていたこと」に改めて気付かされた(・ω・)
♦“あの事件”の下手人は誰? “所持してたナイフの形状”にフリがあるんやろか?
♦大森南朋さんの旅番組が是非観たい(=^_^=) 笑顔一切なしで、脱いだスーツの上着を片手にウロウロと・・(=^_^=)
♦“本作そのもの”を(かつての『SHINOBI/忍(2005)』のように、、)“映画ファンド”作品にしてはどうだったか?(ま、某国営放送が制作の中心にあるので有り得んか(=^_^=))
♦「人として何か大事なモノ」のすっかり欠けてる、極めて孤独な2人(鷲津&劉)の生き方が“反面教師”としては良いのかも、、

〜 こんなセリフもありました 〜

※「君の祖国である日本を、買い叩け」
 「鷲津なんて“過去の人”だよ」
 「日本人は“情緒的な民族”だ」
 「生ぬるい地獄だよ・・今の日本は」
 「圧倒的に(ニュース)バリューが違うだろうが!」
 “人生の悲劇は、2つしかない。1つはカネのある悲劇、もう1つはカネのない悲劇・・カネが悲劇を生む”

古谷「何とかしてみせろ! そのために高いペイを払っている」
  「憧れや夢で飯が喰える、そんな生易しい時代じゃない」

三島「彼は死んだ、とも言われているわ」
西野「表舞台から降りれば、そんな風に言われる世界だからね。
   ・・でも必ず戻って来るよ、あの人は」

芝野「世間では、お前は死んだと言われてる」
鷲津「だったら、そうなんでしょう」

鷲津「今の日本に、私の出来ることはありませんよ・・あの国は変わらない」
  「私は日本を棄てたんです・・もう戻る気はありません」
  「お前、たった200万で、人を殺したことがあるか?」
  「強くなれ。強くならなきゃ・・人を殺してしまう」
  「世の中はカネだ・・カネが悲劇を生む」
  「腐ったアメリカを・・買い叩く! 買い叩く! 買い叩く!」 ←大事なことなので、3回言いましたよ(=^_^=)
  「見に行きますよ、焼け野原を・・資本主義のね」

芝野「昼間からブランデーか?」
  「“腐った世界”を造ったのは俺たちじゃないのか? 旗を振って来たのは俺たちでは?」
  「腐ってしまったのは、お前の方じゃないのか?」
  「すぐにウォールームの準備を」
  「これから先は情報戦となる!」
  「企業を経営するのは、株主ではなくあなたです」

劉「アカマの死は・・日本そのものの死を意味するでしょう」
 「彼、友達なんで。いつでも通してあげて下さい」 ←“マンダリン・オリエンタル東京”に顔パス化!
 「俺は、あんたをずっと見ていたよ・・成功も失敗も」
 「あの時のあんたの言葉が、俺のバイブルに」
 「賢い人間は、運命には逆らわない」
 「カネを粗末にするな! ・・拾え!」

鷲津「お前は、誰なんだ?」
劉「あんただ・・俺はあんただ」

守山「アカマじゃ、派遣工の採用は人事部じゃなく、調達部が扱うんだ・・つまり、工員なんて“部品”なんだよ」

王子「何故、君は口を開かないのだ?」
鷲津「あなたが口を開かないからです、殿下。
   お言葉ですが、私は通訳と話しに来たんじゃない」

三島「憎しみからは、何も生まれないわ」

古谷「あんたが経営者だったら、どうしていた?」
鷲津「・・私は、経営者ではない」
古谷「・・・!」

芝野「まだまだこの国も、棄てたもんじゃない」
鷲津「クソが付くほど真面目だ・・」

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2009年3月27日 (金)

☆『秒速5センチメートル(2007)』☆

さる9日(月曜)の夜、先の『新S0S大東京探検隊(2006)』に続いて衛星第2で放送された『秒速5センチメートル』を観た。

こちらは「きっとロマンチストでナルシストに違いない!」と勝手に決め打ってしまいたくもなる、孤高のアニメーション作家=新海誠の原作&脚本&監督による中編のオムニバス作品。

同氏の作品としては、初の劇場版長編である『雲のむこう、約束の場所(2004)』しか観たことのないワタシだが(それも確か衛星第2だった・・)、本作も『雲のむこう〜』に骨格部分で酷似した世界観&映像テイストを放っており、ストーリー的に言うと「ちょっと気恥ずかしくて、付いて行けないわん」ってのが現時点でのワタシの評価であるが・・(⌒〜⌒ι)
描き込まれた風景描写の凄まじさは流石に素晴らしく、ある意味「実際の風景よりも物語性を内包しているんではないか?」とさえ思えて来る!

良き映画を観て、つい「ロケツアーしてぇなぁ〜」と思ってしまうのがワタシの常なんだが、本作の場合だと「実際に足を運んでも、こんな現実離れした情景は、きっと拝めようハズもないよな」と諦めの気持ちすらわいて来たり(×_×)

『雲のむこう~』でもテーマとなっていた(と思しき)「宇宙」「道(=軌跡)」「恋人たち」「記憶」などが、本作でも同様に大きく取り上げられていた感。

第1話「桜花抄」、第2話「コスモナウト」、第3話「秒速5センチメートル」の3エピソードの中で、栃木県岩舟町(第1話)、種子島(第2話)、東京(第3話)の風景が情緒豊かに綴られる。

主人公は、遠野貴樹・篠原明里・澄田花苗の3人であるが、エピソードごとに語り手(主役)が変わる(?)ため、彼らの言動が主観的になったり、客観的に描かれたり、と“3人それぞれの心情にすき間が設けられ、観客に、それを自在に補う余地が残されている”辺りが「エエなぁ」と思った。

ただ、キャラの顔が妙にアニメアニメしてるのだけは、風景から浮き上がってるようで残念だった(・ω・) が、劇画調に描けば良いか? と言うと・・「そうなると今度はファンタジックな部分が欠落してしまう」のもあり、難しいトコロではある。

きっとこの先も“新海作品”を観るたび、同じことに思いを至らせてしまうワタシのいるような気がする(・ω・)

ちょっと気の利いたタイトルとし響く「秒速5センチメートル」は“桜の花びらの落ちる速度”である、と劇中でネタバレ(?)されていたが、宇宙開発事業団(NASDA)のロケットを格納したコンテナが、発射場に移動する際の速度が「時速5キロ」と語られてもおり、こちらも何故だか心に残ってしまった。

〜 こんなセリフもありました 〜

貴樹“時間ははっきりとした悪意を持って、僕の上を流れて行った”
  “僕らの前には、茫漠とした時間が横たわっていた”
  “あのキスの前と後では、世界の何もかもが変わってしまったような気がする”
  “僕はただ、彼女を守れるだけの力が欲しいと思った”
  “ただ生活をしているだけで、悲しみはそこここに募る”
  “昨日、夢を見た。まだ僕らが13歳の頃の”
  “今振り返れば、きっとあの人も振り返ると、強く感じた”

花苗“彼は優しくて、私は時々泣いてしまいそうになる”
  “出す当てのないメールを打つ癖が付いたのは、いつからだろう?”
  “潮は少しずつ、涼しくなって行った”
  “彼は優しいけれど・・私の向こうを、私のずっと向こうを見ている”

明里“夕べ、昔の夢を見た”

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2009年1月10日 (土)

☆『ハッピー☆フライト』☆

9日(金曜)の夜。
昨秋より漠然と「行きてぇな〜」と考えてた1本『ハッピー☆フライト』をようやく観て来た。

いや、実を言えば“ホントに観たい作品”は他にあったんだが、、←まだ言ってるよ(・ω・) ま、こちらも綾瀬(はるか)ちゃんが出演してるし〜♡ ってことで、その「快進撃ぶり」をこそ楽しみに拝見してみようかな〜って軽いノリで(=^_^=)
(大阪)市内で観る手もあったが・・少しばかり残業ぽくなり、バタバタしてしまったので、メジャーな(中心部の)劇場で「チケット売り場の混雑に巻込まれ、上映開始に遅れる結果となってもアホらしいし」と考え、地下鉄で守口市内の“ワーナー・マイカル・シネマズ大日”までわざわざ(?)足を運んだ次第。

羽田発、ホノルル行きの全日空(ANA)1980便(ボーイング744型機)。
その機ではフライトに備え、余念なき清掃&給油作業が行われていた。
乗客は同社&同機を無意識に(?)信頼し、次々と搭乗手続きを進めて来たが・・実はこの便、「国際線デビュー」となるフレッシュなCA(客室乗務員)や「機長への昇進」のかかったコ・パイロット(副操縦士)らが奇しくも顔を合わせる、ある意味“記念すべき”フライトを控えた機体でもあった。

タッグを組む機長が当初“仏の望月(小日向文世)”でありホッとしていたコ・パイ=鈴木(田辺誠一)は、彼が体調不良によりいきなり“鬼の原田(時任三郎)”に変更されたことに、激しく動揺する(⌒〜⌒ι)

新人CA・斎藤(綾瀬はるか)は“搭乗寸前”に職場(=空港)に駆け付けた両親(父:柄本明)から、激励と共に“お守り&正露丸(←パチもんではなくホンモノ(=^_^=))”を渡される。
“持ち前の明るさ”がウリの、そんな彼女の前に立ちはだかるのは“鬼チーフ”と恐れられる山崎麗子(寺島しのぶ)であり、プライドの高い先輩(吹石一恵)であった。

空港の受付では、業務に疲れを感じ始めてる案内係・木村(田畑智子)やその後輩(平岩紙)が、器用に搭乗客をさばき始めた。

コントロールセンター(指令室)では、ベテランだが最新の機器に付いて行けてない高橋室長(岸部一徳)がのんびりと孫の手で背中を掻き掻きしながら、追われるように(=^_^=)喫煙コーナーに“退避”していた。
そんな中、スタッフが懸念するのは、関東一円に迫りつつある“台風13号”の存在だった。

ドック(格納庫)では“定刻の離陸を第一に考える”ベテラン整備士・小泉と“ギリギリまで修理に取り組もうとする”若手整備士・中村が、互いのプライドを絡め火花を散らしていた。

その他、ある者は管制塔で、またある者(ベンガル)は空港周辺で(“ライフルを準備”しつつ)、空港上空に眼を光らせていた。

乗客の視点からはなかなか想像しにくい「旅客機に携わるプロたちの“地味な”仕事ぶり」を丹念に抽出⇒再構築し、総体的に“群像劇スタイル”で描いたセミ・ドキュメンタリー(=^_^=)とも言うべき作品。
息もつかせぬ(?)ハプニング(人為的&不可抗力的)の集合体、みたいな展開なので、そこそこの吸引力は持っているが・・ちとワタシの期待してた(軽い)ノリとは違った気がする(・ω・)

グウィネス・パルトロゥ主演の『ハッピー☆フライト(2003)』の和製リメイク(=^_^=)を何処かで期待してたワタシなんだが、どうにも連想したのは『アポロ13(1995)』だった(×_×) つまり「トラブルづくし」って感じ(×_×)
緩急のバランスが良くなく、意外と笑えず、何だかお金を払って「全※空製作のプロモーションドラマ」を延々見せられたようにも。。

更に「スタッフ以上に乗客各位にインパクトがあり過ぎた」感も。“ズレてる”笹野高史さんを筆頭に、温厚そうだが怒らせると実に厄介なビジネスマン、不細工な新婚夫婦、座席でやにわに入れ歯を外すおばちゃん(←そうする理由は描かれるが・・)、愛鳥連盟のしとたち(身分詐称!)、イケメン2級建築士の太田君、飛行機マニアども、出っ歯&ヒゲ&ホクロ&小僧の4人衆(←いや、それぞれは互いに面識ないンやけど、、)

「ドラマやね〜」で笑って済ませられる演出もある一方、「一歩間違うと乗客軽視とも言えるんでは?」的な印象のエピソードもあり、楽しみつつも“ちと引っかかるモノ”があったりした。パッと思いつく中では「機内のデザートが尽きてしまい、何とかしなきゃ〜」のシーンとかね(・ω・) まぁ“公認の綾瀬ちゃんレシピ”なら許せるけど(=^_^=)

「本作の何処がハッピーやねん!」とは誰もがふと突っ込んでしまうトコではなかろうか? 専門用語混じりの会話で「煙にまかれてる」印象も少なからずあったし。。

ってことで、全※空の皆さんの仕事ぶりにはしっかりと敬意を払いつつ・・でもやっぱり「こんな飛行機には、絶対乗りたくねぇ!」と正直、思ってしまったワタシでした(⌒〜⌒ι)

〜 他にこんなトコロも 〜

・特定のクレーム客が“ハリウッド印アクション大作”で言うトコロの「テロリスト的役回り」に見えた(=^_^=) 寺島しのぶvsクレーム客のやり取りは“屈指の緊迫シーン”と言えましょう!
・韓国映画に影響されたか? 「下品なヴィジュアルの乗客」「嘔吐シーン」などの“インパクト重視型演出”がちらほら見受けられた。
・基本的にヒーロー&ヒロインは不在な気がした。
・田畑さんや岸部さんを巡る「恋のようなもの」の描き方は曖昧ながらも“大人な感じ”で好印象だった!
・ラストシーンは、どう観ても『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』な映像演出が入ってる。。
・ポッキリ折れた(機外の)ピート管(?) ちょっと「ヒヤリ」とさせてくれます。何か『トワイライトゾーン/超次元の体験(1983)』の第4話(ジョン・リスゴー主演のエピソード)のラストを連想させられた。。
・「例え毎日乗ったとしても“400年に1回”起こるかどうか」と墜落の確率がセリフで語られていた。航空事故に遭われたご遺族の方々にとっては「何の説得」にもならない言葉だろうが・・
・カラスやハトは賢く、飛行機にぶつかったりしないが、カモメは馬鹿だそうで(・ω・)
・「ギアアップ」を「ギアラップ」と言ってて面白かった。きっと発音は良くないと思われるが。
・操縦桿を預ける際の「I have(私が預かった)」「You have(あなたに預けた)」の挨拶(?)が好印象だった。
・機長とコ・パイでは献立を別々にするそうだ。これは「同じ物を食べることで2人共が食中毒となるトラブル」に備えてのことらしい。何だか“伝統”って感もありますけどね。
・正露丸のフタはちゃんと締めとこう!
・工具を盗み出した“あいつ”に損害賠償請求をしよう!(=^_^=)
・田畑さん、動物で言うと“カエルっぽい”方ですが、何とも言えぬ魅力がありますね☆ 美味しい部分は全て綾瀬ちゃんにかっさらわれてしまってましたが・・(それは吹石さんも然り)
・マニアがプロ(本職)を圧倒する・・ってノリは『ギャラクシー・クエスト(1999)』以降の“新しい演出”とも言えるんやろか?

〜 こんなセリフもありました 〜

教官「訓練で良かったな」 ←シミュレータで海面に激突してますた(×_×)

上司「(離陸までの)あらゆる文句は全て、我々“地上係員”に来る。オンタイム(定刻)のフライトは半分以下の現状だ。
   “オンタイム厳守”で取り組んで貰いたい!」
  「誰かがやらなきゃならないんだ! 分かってるだろ?」

同僚「(帽子を)冠ってると、寝癖も治るぜ」

望月「もう訓練は、始まっているんですから」

斎藤「あのぅ、デザートって私たちのも、あるんですかぁ?」
  「(CAを目指すのは)やめといた方がいいかも・・」
  「(CAは)厳しいわよ!」

鈴木「有難うございまする」 ←アナウンスで乗客の緊張を解く(?)

鈴木「“上昇気流”とかけて“緊張しぃ”と解く。その心は・・“アガッている”・・どうです?」
原田「・・(無視)」

原田「“良い着陸”とはどう言うものだと思う?」
鈴木「それは・・“接地したことを感じさせない”ソフトランディングでしょう?」
原田「そう答えるパイロットは多いな・・」

鈴木「失速しかけている?!」
原田「違うな、スピードが出過ぎている・・速度のことは無視し、機の姿勢とパワーに集中しろ!」

原田「“こう言う時はまず笑え”って教えている・・笑ってみろ」
鈴木「・・無理です」

原田「どうして帽子を冠らないんだ?」
  「帽子を冠ってなかったな?」
  「そっちの都合で勝手に(話を)進めるな」
  「本機が揺れたら、この鈴木君のせいだから・・あ、メモらなくていいよ、冗談だから」
  「そんなに緊張してて、良いフライトなんか出来るか?」
  「お前が(コクピットに飛んで来たカモメを)避けてどうする」
  「問題があるかないか、は君の決めることじゃない」
  「美味いんだろうな・・そのカニ飯」 ←和食を食べ損ねた
  「“その時はその時”だろ?」
  「意地でも(機の進路を)曲げるなよ!」
  「ナイス・ランディング」

山崎「(CAを)もっと“華やかな世界”とでも思ったの?」

乗客「俺がタカってると思ってんだろ? 機長を呼べ!」
山崎「キャビンでは、私が責任者です!」

乗客「俺の言ってることがおかしいのか?!」
山崎「そうなります・・!」

CA「あれって(機長じゃなく)コ・パイだね・・」 ←がっかり
CA「あ、ホントだ・・」 ←がっかり

CA「(チーフパーサーの)山崎さんと仕事する前には、水を出来るだけ沢山飲んどいた方がいいよ〜
   ・・だって、いっぱい泣くから」
  「それはそっちの都合でしょ?!」

小泉「手ぐらい振ってやろうじゃないか」
  「(紛失した工具は)“エンジンの中”じゃないよな?」

木村「(笑顔で手を振りつつ)さっさと行って〜」
後輩「(笑顔で手を振りつつ)戻って来るなよ〜」

愛鳥連盟「飛行機を守るために“鳥を殺す”なんて・・人間のエゴです!」
バードパトロール「大丈夫ですって、※※ですから」

追記:エンドロールで紹介(表示)されてたが・・「2010年は航空100周年」らしい☆

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2008年11月19日 (水)

☆『犯人に告ぐ(2007)』☆

16日(日曜)の夜。「日曜洋画劇場」で「地上波初放送」されたサスペンス映画『犯人に告ぐ』を観た。
豊川悦司主演ってことで「まぁ、悪くはないんかな?」とそこそこに期待して観始めたんだが・・意外とポンコツな完成度だったもんで、ソコにこそびっくりしてしまった(×_×)

2000年の大晦日。神奈川県警は総力を挙げ「桜川健児くん誘拐事件」の捜査に当たっていた。
犯人が児童の母に“身代金(3000万円)の受渡し場所”とし指定したポイントは“新宿・小田急百貨店前”⇒“横浜・展示場広場”と切り替わる・・
現場で陣頭指揮をとる巻島史彦管理官(豊川)はこの事件とほぼ同時に、救急搬送された妻の難産にも気を揉んでいた。

解決を焦った巻島は部下に命じ、母親に接触した若者を確保するが・・それはただのナンパ目的の男だった。
カウントダウンの混乱の中、巻島は容疑者と思しき男を見かけるも、姿を見失ってしまう・・

やがて事件は「雨中の河川敷(?)で、健児くんの遺体が発見さる」と言う最悪の結末を迎えた。

矢面に立たされた記者会見で「我々はやるべきことをやりましたが・・残念ながら、結果はついて来なかったと言うことです」と他人事のような態度でコメントする巻島。会見を切り上げ足早に立ち去ろうとした彼に報道陣が取りすがる。
巻島はついにメディアの前で叫ぶのだった「女房が死にかけてんだよ・・どけよ!」

・・そして彼は足柄署へ左遷されるのだった。

6年後。再び神奈川一円は「川崎連続児童殺害事件」に揺れていた。自らを「BADMAN(バッドマン)」と名乗る正体不明の人物は、県警やマスコミに対し挑戦的な言動を放ち続ける。

県警本部に「特別捜査官」とし呼び戻された巻島は、報道番組「ニュース・ナイト・アイズ(NEWS NiGHT eyes)」の生放送を使い「BADMAN」を挑発する作戦に臨むが・・

この手の作品の場合は「意外な犯人像」「犯人なりの(ある種、共感し得る)痛烈な社会批判」「(確執を経ての)捜査陣の団結」「主人公(=主任捜査官)の公私の描き分け」などの要素で、幾らでも“本筋”を太く補い、面白くすることが可能なハズだが・・そのいずれもが全く出来てなかった。
いや、きっと原作では「心理描写」「側面的な演出」をきっちり描いてたのだろうが、この映画版では(製作費か作品時間かの問題で?)全くの描写不足なのだ。

中でも「事件そのものより、県警内部の“腐敗”し切った実態」にこそ衝撃を受けた! 事件が断片的にしか描かれぬ半面、捜査本部内での「足の引っ張り合い」が妙に生々しく展開するのだ(×_×)
終盤ではイッキに「3つの事件」が解決をみるんだが、、「それって“結論”だけやんか!」と正直、突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。

キャラ的には巻島の腹心の部下=津田を演じた笹野高史、そして一瞬の出演ながら、テレビのコメンテーターを好演してた大阪府警(!)の元刑事=迫田和範役の石橋蓮司のお2人が特に良かった。彼らをもっと巧く本筋に絡ませられたら良かったと思うんだが、、まず前面に押し出されてた上司=曽根(石橋凌が演じる)やライバル=植草(小澤征悦が演じる)の不愉快さにより、台無しにされてしまってた感。

あ、そう言えば・・殆どセリフもないのに、それでもなお強烈な個性を放ってたのは根岸季衣さん! ただ慟哭するだけで、画面を“Jホラー”のテイストに変えちゃう、あの存在感はどうしたものだろう!?(=^_^=) 私的には、ぜひ根岸さんヴァージョンの『黒い家』が観てみたいものだ!(特に「吸え!」「ヘタクソ!」の名シーン(?)が観たい(=^_^=)>)

〜 教訓など 〜

♦物的証拠に「指紋」を残さぬよう注意しても「掌紋(しょうもん)」ってのも残り得る。「しょうもんばっかしとると、ぼうこんがくるぞ〜」ってアレだろうか?(←全然ちがうし!)
♦要所要所で観る者の気分をザラつかせてくれる“宗教(邪教?)的なプロパガンダ”には何の意味があったんやろ?
♦日夜、張り込み続けてる意味のなかった刑事さん。。玄関だけ監視しててもあかんでしょ!
♦(後半に写真のみ登場の)アイドル“みゆりん”について、もっと知りたい(=^_^=) スピンアウト作品をきぼ〜ん(=^_^=)
♦犯人に無防備な背を向けるな! 罪人をかばうな! と“彼”に言っときたい。あと「寄せ鍋」にも(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

津田「愚痴も過ぎれば、醜いものだ」

BADMAN「ガキ共は、醜い大人のミニチュアだ」

誘拐犯「昔のことを、きれいさっぱり忘れたような顔しやがって」

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2008年10月31日 (金)

☆『はなれ瞽女おりん(1977)』☆

30日(木曜)。昨夜はグッチョングッチョンに(←どんな形容だ!)泥酔してしまい、起きていたのか眠っていたのか、生きていたのか死んでいたのか自分でも良く分かんない状態での帰宅となった(×_×)

流石に今夜も寄り道して帰ったりしたら・・「この週末は反動で寝込むことになるやろな、、」と“自身がもう若くないって事実”に素直に向き合い始めたワタシなので(=^_^=)、今日は残業を切り上げ、スタコラと帰らせて頂くことにした。

前回のレビューが新作『ICHI』であり、その中で主人公の境遇とし設定された“はなれ瞽女”の強烈な印象が忘れられなくなったワタシは・・ここでハタと気付くこととなる。

「あ、そう言や邦画『はなれ瞽女おりん』のDVDソフト版を折角買ったってのに観てなかった!」と。

んな訳で、いそいそとかの作品を鑑賞した次第である(⌒〜⌒ι)

※そも『はなれ瞽女おりん』を購入するきっかけとなった経緯(?)については、

2月7日(木曜)の拙記事『“若州(じゃくしゅう)人形座公演/はなれ瞽女(ごぜ)おりん”を観て来た』を併せご覧頂けたら幸いです(・ω・)

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/cat30597104/index.html

世の中が「米騒動」と「シベリア出兵」に揺れていた大正中期。
仲間から落とされた“はなれ瞽女”の女=りん(岩下志麻)が「人生の漂泊をみつめ、魂のありかを求める」物語。
越後高田にある、里見の瞽女屋敷を追われ、天涯孤独の身となったおりんの前に、下駄の修理を生業とする、鶴川と名乗る大柄な男(原田芳雄)が現れる(背丈=5尺8寸との設定)。

おりんは「これまでの人生で出会って来た」男ら同様、鶴川もまた自分の「躯(からだ)」を狙って付いて来ているものかと初めこそ疑ったが、彼は「お前ぇを抱けば、わしらのこの関係は崩れてしまう・・だから抱けん」と頑に彼女を拒む。

表向きは「兄妹」とし、各地を旅する2人だったが、そんな彼らの前に越中富山から来た薬商人=別所彦三郎が現れ、おりんの肉体をつけ狙い始める。
そんな折も折、鶴川を追って、福井県鯖江憲兵分隊から袴田陸軍憲兵中尉(小林薫)がやって来る。

鶴川の犯した“とある罪”から彼を庇おうとするおりん。旅仲間の“はなれ瞽女”おたま(樹木希林)との束の間の友情も交えつつ、おりんの旅路は続く。
そして、彼女の辿った漂泊の行く末は・・

冒頭で「芸術祭参加作品」と大きくテロップの表示される本作。
とにかく、ロケーションが多岐に渡っており“確実に失われつつある、日本の原風景”をこれでもかって感じで切り取りまくってくれる、その意気込みにまず圧倒された! ベテランの撮影監督=宮川一夫が泣きながらファインダーを覗き、彼をして「これが俺の遺言だ」と言わせしめたと言う本作でもある。

※前記述は、以下のサイトの記載を参考とさせて頂きました。無断リンク失礼します。

http://www.nihoneiga.info/classic/0007/02.html

これまでの作品群には首を傾げさせられっぱなしだった(監督、すんません)篠田正浩氏によるメガホンだが、正直ここまで気合の込められた傑作だとは思わなかった!

・「一度も瞳を見開かぬ、盲目の演技」ながら、艶やかさの漂って来るようだった岩下志麻さん
・外道なヤツながら、何処か憎み切れぬ、若き日の西田(敏行)局長(=^_^=)
・盲目の演技の凄まじさが観る者を圧倒する樹木希林、奈良岡朋子の両女優。
・冒頭で「小林薫(新人)」と紹介される(!)イキのいい奴(=^_^=)、小林さん。この頃は寡黙で不気味な演技もこなしてられたんですね〜! 軍服もお似合いですた(⌒〜⌒ι)

など、キャスト陣も風景描写に負けず頑張ってくれている。

♦「報われぬ下層の2人が旅の日々を続けれど、真の自由の訪れることはなかった」と言う無情感。
♦「最も近くにいる男とのプラトニックな関係すら、やがては引き裂かれる」と言う悲しみ。
♦「おりんの躯を汚したくない」と願う鶴川の気持ちとは裏腹に「凍えるような寒い夜には、男に寄り添って“温もり”が欲しい」と性への渇望(?)を隠さないおりんの「ゆれる」心情。

と言った要素は、そこそこに人生の辛酸を舐めた者にしか伝わって来ないような気もする。
ってことで・・これはやはり「芸術作品」と呼べるのではなかろうか。堅苦しくはないけれど。

おりんの話す言葉は新潟弁(上越弁)だそうだが、感動する程に完璧に“その土地の女”になり切ってるように感じた。
岩下志麻と言う女優について「若い頃ってどんな作品に出てたっけ?」と思うしとは、是非本作に触れ、その女優としての力量のもの凄さを知って欲しいモノである。
・・ってナニをお前ぇはエラそうに(=^_^=)>

〜 こんなセリフもありました 〜

※「眼は見えねども“へそ合わせ”は出来るべ」
 「貧乏人は、何やっても損するように出来てるんだ」

里見の親方「おらさ、“め△ら道”歩いて来た甲斐がありました」
     「め△らにゃ地獄が見えねぇように、阿弥陀様がおらがの眼(まなこ)潰して下さったんじゃ」
     「瞽女は“神様の嫁御”にして貰ぅたんじゃ」

鶴川「若い衆が牙剥いて、おまんの躯さ、くすねようとしてるだで」
  「お前ぇはいい娘だ、こげないい娘が、め△らに生まれたばっかりに、こげな暮しをせにゃあならん。
   おらぁ、つくづくこの世の中ちぅものが“地獄”に見える」
  「人の話は、信用出来ねえや」
  「金のある奴は徴兵を逃れられた、しかしおらがのような貧乏人は銭のために体を売るしかなかった。
   戦争は貧乏人を犠牲にしてる!」

おりん「何ぼ諭されても、おら自分で自分の躯の火照りを抑えることが出来ね」
   「男と寝るちこと、こげに温(ぬく)いものかと思いました・・おらほんに罰当たりなこと、しましたす」
   「また、戯(おど)けなすってぇ」
   「おみゃあさん、なんでおらの躯、抱きなさらんのじゃ?」
   「め△らの女が拒んだとて、男衆の大きい力に組み伏せられて、言いなりになるより仕方御座りませなんだ」
   「どうかも少し、おらの躯、温めて下せぇ」
   「おらの躯、こんげに冷えとるに何で温めてくれんのじゃ」
   「おみゃあは、おらが・・おらがこの世で一番好きな人じゃ」←このセリフに泣きそうになりますた
   「おら、“しだらおなご”でねぇ」
   「待ってけれ、自分で帯さ解くだから・・」
   「日暮れは、空気の“匂い”が変わります」
   「弱気過ぎます、あの婆さまは・・」
   「松林、松林言われても、何処が松林で、何処が浜なのか、おらには“境目”が分かりません。
    世の中、どげんな“境目”があるのか・・ただ掌(てのひら)で触ったり、匂うたりしながら
    阿弥陀様に導かれて歩いているだけで御座ぇます」

別所「辛抱出来るのかや? おみゃあも女なら、抱いて欲しい夜さりもあるべし?」

追記1:善光寺境内でのロケーション。カメラに映る限りの人々(の全て)に大正期の風体をさせている徹底ぶりに驚愕!
追記2:中盤、海辺で地震&落石が起こるんだが、あれは作品に必要な演出だったんやろか?
追記3:要所要所でしっかり「雨を降らせる」こだわりぶりがイイ。山門での雨宿りシーンは映像的にも素晴らしい。
追記4:定点撮影で(宿の)軒先を映し「女中が提灯を畳む」動作のみで“祭りの終わり”を表現する演出にうならされる!
追記5:「磨歯ンオイラ」「まばを/濱小」「のらひんし」などの戦前表記が面白い。因みに駅看板の英語表記は左読みの「OBAMA」だった。
追記6:終盤、無表情な男=鶴川が初めて落とした涙に、こちらまでウルウルさせられてしまった(×_×)
追記7:樹木希林、小林薫ら助演陣のあっさりとした“退場ぶり”が面白い。何の余韻もないのだ。。
追記8:ラストシーン・・“描き過ぎ”な感もあったが、ある意味衝撃的ではある。。

※本記事の中で、(現代では)差別的な表現と思われる言葉に関し、伏せ字にて表記させて頂きました。他意は御座いません。

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2008年10月 8日 (水)

☆『ハチミツとクローバー(2005)』☆

6日(月曜)の夜、衛星第2で放送されたものを鑑賞。
劇場公開当時、そのメルヘンチックな(?)タイトルと、カラフル&ポップな意匠のポスター(確か、、)に何処か惹かれつつ、劇場へは足を運ばなかった覚えがある(・ω・)

今回、殆ど予備知識もないままに観てみたんだが、ワタシの好きな「美大ネタ」「青春モノ」「群像劇」「天才系」などの要素がなかなか(自身の)ツボにはまり「観て良かった!」と素直に感じた次第である☆

『人のセックスを笑うな』を観た時も感じたことだが、、次の人生があるとすれば、きっと美大に通いたいなと思っている(⌒〜⌒ι) ←そう言えばあちゃらにも蒼井優ちゃん、出てましたね☆

冒頭に、詩人エミリー・ディキンソン(1830-1886)による一節「草原を作るには、蜜蜂とクローバーが必要だ」が示唆的に表示される・・

トウキョウ郊外(?)のとある美大を舞台に、集まった学生たちの青春の日々を断片的に描いた群像劇。

建築科を専攻する主人公=竹本(櫻井翔)の人生に、2つの大きな変化が訪れる。
1つは“チョモランマで消息を絶った”とも言われた、伝説の彫刻科8回生=森田(伊勢谷友介)が、竹本の隣室にひょっこり戻って来たこと。
もう1つは、講師の花本(堺雅人)から、親戚筋の少女=花本はぐみ(油絵科、通称“はぐ”)(蒼井優)を紹介されたこと。彼は人目で恋に堕ちてしまう。
内気で口数も少ないながら、それでいて豪快&奔放な抽象画を感覚的に仕上げてゆく“はぐ”・・そんな彼女に対する恋心を手探りで深めて行こうとする竹本。
だが、森田もまた、この年下の天才少女に強く惹かれていたのだった。

建築事務所でバイトする真山(加瀬亮)は事務所の女先輩=理花(西田尚美)に憧れ続けている。
その気持ちが内向的(?)に募り過ぎるが故“(理花の)使用済アイテム収集”“尾行”“部屋の監視”などの「よろしくない挙動」にも走ってしまう日々。
が、そんな一途な真山の姿を、これまたストーカー気味に静かに見守る山田(陶芸科)(関めぐみ)がいた。
彼女の恋心はいつか、報われるのだろうか?

改めて「うぉ、ムチャクチャ豪華な俳優陣ですやんか!」とびっくり。主役格かと当初は思ってた田辺誠一(原田役)が写真オンリーの登場に過ぎなかった(?)一方で“特別出演”とクレジットされてる中村獅童が「結構、重要で美味しい役」にちゃっかりおさまってたりもし、その予測不能な起用のバランスも心地良かったか。
ただ、本来は主役であるハズの竹本を演じた櫻井が(ジャニーズ系アイドルグループ“嵐”の一員にしては)、もっさりした外見&言動でちょっと“隊列を乱してた”ような気もした(これは私的な感想ですよ!)。

演出的なものかも知れないが、一応は“製作シーン”を披露してくれる蒼井&伊勢谷に引き換え、櫻井&関&加瀬の面々は、殆ど作品に取り組んでるシーンすら描かれず「映像的に“ちと説得力に欠ける”よなぁ・・」などとも(・ω・)

もの凄い(←きっと)芸術的才能を持つ人間であっても「愛だの恋だの」に煩わされ、創作の筆も止まる辺りなどは「青臭いぞ!」と思わされる一方で「やっぱり恋愛こそが創作の最上のエネルギーなんかも知んないなぁ」「恋愛って、普遍的に人を強くも弱くもするものなのかもなぁ」・・とこちらまで青っぽいことを感じさせられてしまう。。

♦凡人は不運に打たれ強く、ぶれない。引き換え、天才は脆く不安定な人生を辿ることとなる。
♦駄作を(愚なる衆人に)賞賛され、戸惑いつつも「よし」としようとする天才。そして、そんな彼の本心を根幹から揺さぶる、別な天才の視線が“対(つい)のように”存在する。
♦凡人にこそ与えられた“ただじっと見守る力”“変わらぬ優しさ”“ひたすらに耐える力”が天才を癒すことだってある。
♦「感覚で動く」人間の大胆さ&繊細さは、魅力に溢れる。
♦本来“後から発生”すべき資産的価値が、まず作品に求められる悲しさ。
♦休まず走り続けたら、やがて自分が見付かるのだろうか? と言う不安と期待感。
♦その場にいないと座が寂しくなるような存在が、案外と凡人であったりする不思議。

なんてことも考えつつ、結構楽しんだワタシであった。

〜 こんなセリフもありました 〜

竹本「桜の花が散ると、ホッとする」
  「僕はこの日のこと、この日から始まったことの総てを決して忘れないだろう」
  「この人が一生、絵を描いて行くとすれば・・10年後の僕は一体何をしているんだろうか?」
  「こいつらの眼で見たら、世界はどんな風に見えるんだろう?」
  「そして僕は、自分が彼女のために出来る事の少なさ、小ささに愕然としていた」
  「テレビに出てる場合かよ・・! 森田さん」
  「そして僕は逃げ出した、転げ落ちるみたいに」
  「気がつくと走っていた、ひたすら」
  「あの日の海はあんなにきらきらしてたのに・・」
  「逃げてる場合じゃなかった・・今逃げたら、総てはなかったことになってしまう」
  「いつの日か、君を支える強さを持ちたいと思う」

真山「人が恋に堕ちる瞬間を、初めて見てしまった」
  「美味い・・でも熱い・・でも美味い」 ←焼き肉について
  「負けるのが嫌だから、リングに上がらないで試合放り出す訳か?」
  「いいんです、傷つけても・・俺、傷つきませんから」

山田「子供って、匂いとか声とかだけで描けるからスゴいよね」
  「竹本君ってさ、幸せそうなの似合わないよね」
  「今・・私、振られた?」
  「振られてしまったけど・・“逢いたい気持ち”は強くなってしまった」
  「いい加減、負けることも覚えないと、こっから先の人生が大変ですよ」
  「私の好きな人が、私を好きで居てくれる・・たったそれぽっちの条件なのに、永遠に揃わない気がする」
  「何か難しいよね、生きるって・・幸せになりたい」
  「何か楽しいね、身体を動かすと」

森田「すげぇのは俺じゃなくて世界だよ・・何たって世界は“ホンモノ”だからな」
  「(作品に)値段をつけるのはギャラリーだ、だから全然俺は悪くねぇ」
  「札束燃やしてる気分だな・・安心しろ、今ここで燃えてるのは札束だ、作品じゃない」
  「お前は1人じゃない、だから勝手に1人になるな」

花本「はぐは、はぐが描きたい絵を描きたいように描けばいい・・賞を獲る獲らないは重要じゃない」
  「俺たちにも“美術評論家を殴ってた頃”があったんだよ、もう忘れたか?」
  「今は気まぐれではぐの心を乱すな、頼む」
  「“無軌道な才能”で突っ切ってくれると思ったんだが」
  「見守るしかない、俺たちには」

はぐ「あの彫刻・・1週間前(=原木の時)の方が良かった」
  「なんか“いつも通り”が出来なくて・・」

藤原兄弟「いいこと? 芸術である前に商品なのよ、これは」
    「彼の才能からすれば、こんなのは通過点ですらないわね」

※兄弟の名前はそれぞれ“マリオ”“ルイージ”と言うらしい(=^_^=)

幸田先生「自分のやりたいように、では公募展は勝ち抜けない。
     奔放に、自主性を大事に、で消えて行った才能を・・これまで沢山見て来ました」

竹本「これで完成ですか?」
花本「まだだろ、サインも入ってないし」

山田「諦めるってどうすればいいんだろ?」
森田「つうか、諦めなきゃいいじゃん」

森田「何で人は絵を描きたいんだろうな?」
はぐ「描きたいから・・描かずにいられないから・・」

森田「俺はこの国を出る」
はぐ「・・そうするだろうと思ってた」

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2008年9月15日 (月)

☆『パコと魔法の絵本』☆

15日(月曜)。起きたのが正午前で「3連休が終わっちゃうじゃ〜ん! こんなのいやぁぁ〜!」と叫びつつ(←おい、大丈夫か!)ドライヴがてら市内のシネコン「シネプレックス枚方」を再訪した☆
実は他に観ときたいのが2本ほどあるんだが、、今回は「観れるモノを、観れる劇場で、観れる内に観とこう!」ってことで、邦画のファンタジー『パコと魔法の絵本』と、先行上映されたハリウッドアクション『ウォンテッド』をわずか30分の間隔を空けたのみで連続して鑑賞した(⌒〜⌒ι) いやー、ちょいと“作業”っぽくなってしまったなぁ、、

とあるキャラをして“ゴミためみたいな場所”と呼ばれる郊外の病院が舞台。
そこには一代で大会社(=(株)ルワール)を築き上げた大貫会長(役所広司)を筆頭に、自殺未遂を繰り返す“元・有名子役”の室町(妻夫木聡)、消防車に轢かれた消防士=滝田(劇団ひとり)、おせっかいなオカマ=木之元(國村隼)、縫いキズだらけのチンピラヤクザ・・などのエキセントリックな面々が入院していた。
自身の不在に伴う(自社の)売上げ減を心配し、何もしない毎日に苛立つ余り、大貫は医師(上川隆也)、看護師(小池栄子&土屋アンナ)にも患者らにも見境なく不満をぶつけ、悪態をついていた。
そんなある日、彼が出会ったのは「絵本」の好きな女の子=パコ(アヤカ・ウィルソン)。
とある勘違いから彼女をぶってしまう大貫だが・・翌日、左頬にガーゼを当てた痛々しい姿のパコに詫びようとした彼に、彼女は「おじさんは誰?」と問う。
彼女が自動車事故により、1日しか記憶を保てないことを知った大貫は・・次第に「クソじじい」のキャラを脱皮し、パコのために何か良いことをしてやろうと決意するのだが、そんな彼の心臓には、既に“最後の発作”が近付きつつあるのだった・・

「ごてごてしたCG群に興醒めするんやないかなぁ」とそこがまず不安だったが、エキセントリックなキャラ群&世界観とそれなりにマッチしてて助かった。特に何度か画面の端に出没した「黒猫」の動きが良い。如何にも「後から描き足してます」なタッチなんだが、そこがイイ味を出してるのだ☆

サブタイトルか何か(クレジットがあった)で“ミッドサマー・キャロル”と銘打たれてたように、物語の軸はディケンズの小説『クリスマス・キャロル』をネタにしてることは明白なようだ。そこに『ガチ☆ボーイ』の記憶ネタ、『クワイエットルームにようこそ(2007)』の閉鎖的世界、『嫌われ松子の一生(2006)』の身内絡みの回想スタイル・・などを色々と取り入れ、器用に仕上げてるかな、と感じた(たまたまの一致かも知れないが)。

実際に観る迄「ミュージカルか?」と思っていたが、さほど楽曲ががんがん流れてた訳でもなく、國村さんの歌う(中途半端な)ジュディ・オングが耳に残るぐらいだった(=^_^=)

前評判でだか、ストーリーを大体知ってたので、それほど驚くべき展開はなかったんだが・・本作の場合は「キャラ群の言動を楽しむ」「キャラごとに用意されたオチを楽しむ」って部分こそが観るべきトコではなかったかな、と。

私的には「パコ⇒大貫」の影響は勿論のことだが「※※⇒室町」「医師⇒大貫」と言った影響の及ぼされ方も好きで「ああ、こんな関係っていいよなぁ〜」とうっとりしてしまったものだ(=^_^=)>

中盤で大貫老人が「あああああ〜!」と号泣するシーンに、ついワタシもボロボロっと来てしまった。頑固じじいが(ひょっとすると人生初の)「悔い」と「不安」の感情を人前に露(あらわ)にするこの場面、ピクリとも心に迫らないヤツはきっと「ガキ」に違い有りません(・ω・)

キャラ的には“狂言回し”でもあった堀米けんじ(阿部サダヲ)の弾けっぷりが凄まじかった! あの言動は『マスク(1994)』時代における“絶頂期のジム・キャリー”をも圧倒してた気がする。
共にモンスターっぽくなってた2大看護師(小池さん&土屋さん)もお互いの接点(ってか会話)は殆どなかったけど、共に良いアクセントとなってました(⌒〜⌒ι)

また、やはり忘れられないのがパコを演じたアヤカちゃん。何故だかその面影に「将来の長澤ま※み」を観てしまった気のしたのはワタシだけではありますまい(=^_^=) この先“太りそう”な感じもして不安だけど、今後も頑張ってね、と☆

本作を観終え「自宅の畳の上で死ぬより、どっかの集会所で(老人会の)出し物中に、コスプレのままぶっ倒れて死ぬ」って方が鮮やかで気持ちの良い“逝き方”かも知れんなぁ・・と感じてしまった。カッコ良く言えば『ライムライト(1952)』のカルヴェロ(チャールズ・チャップリン演じる主人公)なんだろうけど・・

〜 こんなセリフもありました 〜

大貫「お前が私の事を知ってるだけで、腹が立つ」
  「明日じゃ駄目なんだよ!」
  「私はこの子の心に入りたいんだよ」

堀米「写真になれば“頑固じじい”もこの通り、静かなもんです」
  「人間はこの世で一番悲しく醜い生き物なんです」
  「悪いのは僕じゃない、思春期がいけないんだぁ!」
  「出た!その理論」
  「ボタンがあったから押した? まるでさおりちゃんのリコーダーが
   教室にあったからそっと舐めた小学生時代の僕のようですね」

医師「そもそも人間に殻なんてないんですよ」

木之元「オカマの人生はね、1度で2度美味しいのよッ」

堀米「残念! 正解はタニシでした」
ヤクザ「だから、何のハナシやねん!」

堀米「お聞きになりたいんですね?」
青年「あなたが話したいんでしょ? ・・って言うかもう始まってるし」

大貫「私は弱い人間になったのかな?」
医師「人間は、強くなきゃいけないんでしょうか?」

大貫「教えてくれ、この涙をどうやって止めればいい?」
医師「簡単です、いっぱい泣けば、涙は止まります」

大貫「あの子といると、自分が弱い人間に思えて来る」
医師「それは辛いですか?」
大貫「いや、却って心が軽くなる」

パコ「触ったよね? 昨日このほっぺに?」

室町「死ぬのは怖い・・でも、生きるのはもっと怖い」

看護師「♪ハラワ~タえぐ~り、鍋で煮込~む」←“蛍の光”の歌詞で
患者「こわっ!」

追記1:原作者=後藤ひろひと氏が冒頭「エルヴィス・ゴトー」とし「ハワイアン&タヒチアン・スクール」で踊ってる!
追記2:ボタンを押すと上から“たらい”が落下、、観客もきっと同時に突っ込んでた(=^_^=)「ドリフかい!」

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2008年7月22日 (火)

☆『白痴(1951)』☆

19日(土曜)の夜、衛星第2で放送されたものを鑑賞。
観始めるまで「クロサワ映画やし、そんなに長くもないやろ・・」と軽く考えてたら、、これが前&後篇ぶっ通しで2時間46分もあり「ぐえぇぇ・・」と凹んでしまった(×_×)
考えたら、原作がロシアの文豪ドストエフスキーの長編小説なんだから、仕方ないトコでもあるんだが。。
まぁ、それでも当初の企画では何と! 4時間25分もあったそうだ・・!
流石にこのオリジナル版では会社側が許可せず、フィルムを切られたとか何とか・・で、黒澤明監督が「これ以上フィルムを切ると言うなら、タテに切るがいい!」と憤慨した、なる逸話が残ってるそうだ。

良くも悪くも大河ドラマ的な大長編・・分かりにくい部分や唐突な部分はきっと「消された1時間39分」の中に封じ込められたまま、闇に葬られたのかも知れない・・??

戦後間もない極寒の地・北海道を舞台に、戦地から復員して来た青年・亀田(森雅之)を中心に、愛憎の火花を散らす那須妙子(原節子)、赤間(三船敏郎)、大野綾子(久我美子)・・の4人の男女の物語。

ポイントは何と言っても、戦地で死の恐怖にさらされた挙げ句“白痴:てんかん性痴呆”となってしまった青年・亀田の言動と、それが巻き起こす波紋の数々であると言えよう。
(なお“白痴”と言う表現は、差別的な意味合いを含んでおり、誤解を招かぬよう使い方に注意されたい)

愚直な人物が主人公となり周囲に変化を与えて行く物語としては、
『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』
『イワンのばか』(ロシアの作家トルストイによる教示的小説)
『さぶ』(山本周五郎による時代小説)
などがパッと思いついたトコで挙げられるだろうか。

ただし・・本作では、そんな主人公の生き方が、余計に周囲に“ねじれ”を生んでしまった・・そんな気もした。

第1部:愛と苦悩
北に向かう汽車の中で赤間は「悪夢にうなされていた」亀田と出会う。2人は辿り着いた札幌駅で別れるが、その直前、駅前の某写真館のショーウィンドー内に飾られた美女のポートレイトを2人は眺めるのだった。その1枚の主こそは“恋多き女”那須妙子その人である。
妙子はとある大物政治家の愛人であったが、60万円と言う(巨額の)持参金付きで、香山と言う男のもとへ嫁ぐ運びとなっていた。そこへ殴り込んで(?)来た赤間が100万円をポンと投げ出し・・結局、妙子は赤間と共に香山のもとを去ってしまうのだった。
何処かへ去ってしまった妙子に、亀田は「美しさと秘めたる寂しさ」を見出し、彼女を追い求める。一方、彼が身を寄せる大野(志村喬)家の2女=綾子もまた、表立っては烈しい性格ながら「自らと正反対の分け隔てない優しさ」を持つ亀田に想いを寄せ始めていた。
亀田は札幌に舞い戻った赤間と再会するが、赤間は「近くにいながらも心を開かない妙子」に苛立ちを感じ、その心が今も亀田にあると知るや、いきなり隠し持っていた刃物で彼に襲いかかるのだった・・!

第2部:恋と憎悪
襲われた瞬間、亀田は発作を起こし昏倒してしまう。そんな彼を見て逃げ出す赤間。
しばらく療養していた亀田も次第に良くなり、大野家の人々と「氷上カーニバル」(後の“さっぽろ雪祭り”?)に出かけられるほどに回復する。そこに現れた(仮装した)妙子が亀田に接触をはかり、それに鋭く気付いたのはやはり綾子だった。
終盤。赤間の屋敷では、彼を背後に控えさせた妙子が、亀田への想いを伝えようとするが・・そこに綾子が現れ、亀田は妙子に「私か、この娘か、どちらを選ぶのか決めなさい!」と迫られることとなる。

うーん・・書いてても重いだけでつまらん(×_×)
極端、途中を端折っても、ポイントさえ押さえとけばOK的な作品の気もする。いわゆる「名シーン」ってヤツですね。正直、ワタシとしては「もっともっと短く切っても良かったんでは?」と感じるトコもあった。そもそもが「重く」て全く「エンタテインメント路線」ではない故、長編映画として放つより、連続ドラマとして分割放送した方が正しかったんじゃないか、などとも・・
クロサワ監督は「何としてもこの重厚なロシア文学を映像化したかった」なる意欲を本作に叩き付けたようだが「あなたでなくとも描けた物語かも知れませんよ」と言ってあげたい気もする(済みません)

ただし・・森、原、三船、久我・・の主要キャストのアップ映像がいずれも素晴らしく、ポートレイトにそのまま使えるし、ぜひ使いたいような、そんなイキイキ&キラキラした表情だったことは特筆に値する! 当時、久我さんが20歳で原さんは31歳だったそうだが、2人ともが強烈な「ヒロインオーラ」を放っており、(モノクロ画面なのに)圧倒されたのは確かである。

後で知ったんだが(=^_^=) 主人公4人はそれぞれオリジナル版の人物名を微妙にアレンジしてるそうで、
ナスターシャ ⇒ 那須妙子
ムイシュキン ⇒ 亀田欽司
ロゴージン ⇒ 赤間伝吉 (間違えて「ご老人」と言ってはならない(⌒〜⌒ι))
アグラーヤ ⇒ 大野綾子
となるようだ。

中でも、ナスターシャのアレンジセンスはなかなか光ってるなぁ〜などと“そう言う切り口のみ”には素早く反応しちゃうワタシであった(⌒〜⌒ι)

〜 こんなセリフもありました 〜

赤間「世の中は狼ばっかりだ、気を付けな」

亀田「あなたはそんな人じゃない・・そんな人じゃないのに」
  「僕、黙りませんよ。あなたは1人で苦しみ過ぎたんです」
  「僕、あなたの写真を一目見た時から、あなたが僕を呼んでいるような気がしたんです」
  「僕はただ、あの人が可哀想なんだ・・あの人が幸せでさえあってくれれば、それでいいんだよ」
  「それ、うそですね」
  「それも、うそです」

妙子「私、あなたみたいな赤ちゃんの・・一生を台なしには出来ませんわ」
  「愛と哀れみはね・・同じことなんですよ、お嬢さん」

綾子「人間の知恵には、大切なものとそうでないものと2つあって・・誰にもそれが分からないんだわ」
  「こんな大きな・・奇麗な心は生まれて初めてです」

亀田「これ紙切りナイフじゃないね」
赤間「肉を切るナイフだ」
亀田「それにしても・・ずいぶん新しいね」

(以下は観客の想像力を刺激する“スゴい演出”と言えましょう! 監督、こここそが描きたかったか?)

亀田「あれは・・君がやったんだね?」
赤間「奇麗な身体してるぜ・・夜が明けたらお前も見てやんな・・ただ臭いが出やしねぇかと心配でな」
   しかし、猪口(ちょこ)に一杯も血が出ないんだぜ」
亀田「それは僕、知ってる・・内部出血って言うんだよ」

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2008年7月 2日 (水)

☆『僕の彼女はサイボーグ』☆

1日(火曜)の夜。
趣味かつ依存症的に(=^_^=)切り続けてる、新聞記事関係の溜まって来とるここ最近であるが・・勤務時間終了時に「あ、今日はシネマサービスデー(¥1,000均一)だったんや!」と気付いたので、がぜん元気が戻り(おい)、会社帰りに梅田へ出て“ブルク7”へと向かった。

鑑賞の第1希望はやはり『僕サイ』こと『僕の彼女はサイボーグ』であった☆

なんばの“敷島シネポップ”で上映されてる某スペイン映画や、以前から観たい“なんばパークスシネマ”での某邦画も候補には挙がったものの「劇場への距離・開始時間・興味の高さ」の総合バランスの最も良かったこの作品を「もう一度鑑賞しよう!」と前向きにチョイスした次第だ☆

詳しいレビューに関しては、6月11日にアップした記事をご覧頂けると幸いである。

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_a5f8.html

今回は新たに気付いたトコロを列挙するにとどめる。

♦「誕生日に麺を食べると長生き出来る」とは(主人公)ジローの母の言葉。スパゲッティでも可☆
♦ジローと“彼女”が2008年に再会した店は「旧神戸居留地十五番舘」にあるレストラン(震災後の再建ながら、重要文化財に指定されてる)

http://www.nozawa-kobe.co.jp/15ban/pdf/15ban02.pdf (参考リンクです)

♦“彼女”がジローの部屋に飾られた某フィギュア(台座)のボタンを押すと「あんたバカぁ?」の音声が!
♦劇中では描かれないが「レストランで襲撃される1週間前に購入したロトくじが当選、身体の自由を失うことと引き替えに巨万の富を得る」なるジローの人生もあり得た。
♦86歳のジロー(老人)が21歳のジロー(現在)に伝えたかったのは「悔いのない人生を送れ」ということ。
♦竹中直人演じる“怪教授”のチョーク箱は「俺」「夢」と書かれた区画で上下に分けられてる(・ω・)
♦カピバラの※※※を食べるのはトルコの辺境に暮らすクロマ族(実在すんの?)
♦インタビューを受けてた“シーランド少年サッカークラブ”の子供は「小暮くん」と「矢野くん」。
♦ジローが“彼女”と故郷へ向かったのは品川ナンバーの「大霧交通」のバス。
♦故郷の駄菓子屋で居眠りしてたおっつぁんが蛭子能収氏(・ω・)
♦バス停の名前は「稲香」(!) どうやら「いなか」と読ませるようで、、
♦蘭山女子高に籠城した男の名前は阿部武(37歳)
♦(ジローの部屋の)窓の外、大看板に書かれてたメッセージは「まどをあけてね!」 ←劇中で唯一拝める“彼女”の筆跡!
♦“彼女”の次にオークションにかけられたのは“エルヴィス・プレスリー”のサイボーグ。
♦“彼女”の前にオークションにかけられたのは、何と“ブルース・リー”のサイボーグ! 『死亡遊戯(1978)』の終盤における黄色コスチューム(トラックスーツ)姿で、これまたお揃いの黄色のヌンチャクを持ってたし!
♦「未来のあなたが“頼んだ”」と“彼女”は言う。「未来のあなたが“命じた”」ではないトコが重要かも知れない。
♦2133年。何と未来の博物館(?)には奈良美智氏の大きな絵画が展示されてた!

〜 こんなセリフもありました(追加) 〜

ジロー「変えられた時間は、僕に何をすると言うんだろう」
   「お見事! やっぱり君は僕の“彼女”だ」
   「愛してるって言えないなら“あなたの心を感じる、感じることが出来る”と言ってくれたらいいのに」

彼女「撤収!」

追記1:岐阜・郡上八幡でロケされたらしきジローの故郷のシーン、もう今回はボロボロ泣きっぱなしでした(⌒〜⌒ι) とどめは“がばい”吉行和子さんの「ジロー? ジローなのかい?」の呼びかけですわ。ここで泣かない中年男はもはや人間ではありません(そこまでゆうか!)
追記2:結構“熟女”だったハズの吉行さんと閨を共にし、ご懐妊させた男性の存在・・劇中では一切語られなかったが、ちょっと気になるです(・ω・)
追記3:ジローと“彼女”の関係が「時間の流れ」を考慮した場合、やたらと難しくなるんだが・・特に“彼女”がジローに渡した“マスコット人形”が何処から出て来たモノかもややこしい、、未来の玩具だろうか? にしてはチープな造形だが、、

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2008年6月17日 (火)

☆『秘密結社鷹の爪 THE MOVIE/総統は二度死ぬ(2007)』☆

さる2日(日曜深夜)の放送を録画しといたモノを、14日(土曜)に鑑賞。
先日かいつまんで(=^_^=)紹介させて頂いた短編アニメ『古墳ギャルコフィー/桶狭間の戦い』に続き、ホンマに唐突に物語は始まるんだが・・残念なことに「バレーボール中継の延長のため25分繰り下げての放送」ってことで・・終盤で無情にも終わってしまったのだった(×_×) う〜ん、消化不良〜

地味な時間帯ながら“地上波初放送(!)”された劇場版長編アニメ。監督&脚本&声の出演を“FROGMAN”なる島根県在住(?)の人物が1人で担当しており、バカバカしいんだけど、凄い!
しょっぱなに“「作ったのはね!」蛙男商会”なる彼のロゴが表示されるんだが、それが妙に誇らし気にも見えてしまった☆

島根県で結成され(?)現在は東京・麹町の何処かにアジトを構える“ベンチャー秘密結社”『鷹の爪団』。「たぁ〜かぁ〜のぉ〜つぅ〜めぇ〜」を合い言葉に、日々世界平和の実現に向け頑張っている(何をだ?)。

が、資金難とそれに乗じた(?)天敵(=^_^=)“デラックスファイター”の恐喝(=^_^=)により、銀行から何とか融資の叶った110万円も彼に奪われ(?)・・遂に団員らは“夜逃げマシーン”で深夜の逃避を敢行!
・・が、立ちはだかった“大家のオバさん(50歳)”の追撃を振り切るべくブースターを最大出力で噴射したトコロ“夜逃げマシーン”は宇宙空間へ飛び出してしまうのだった、、

そのマシーンに「大気圏突入能力」などない事実を知った団員らは死を覚悟したり、数少ない食い物(=たった1つのパン)を奪い合ったり(=^_^=)するが・・そんな彼らの前に“ナチュラルトランス財団”の所有する巨大宇宙実験ステーション『ピースボール』がその姿を現す!

「渡りに船」とばかり、ステーションに乗り込む団員らだったが、その施設こそは人類最大最凶の存在“フェンダーミラー将軍”とその6人のクローン人間の潜む、悪の本拠地なのであった・・! みたいな流れ。

ストーリーは強引だし、あんまり面白くもない(・ω・)
本作で観るべきは“FROGMAN”氏の持つ、自虐的かつサブカルチャー崇拝主義っぽい精神世界から次々と放たれる、驚きの小ネタ群と、全編を通じ交わされる登場人物らのとんちんかんで狂ってるような会話の数々と言えよう(=^_^=)

画面右端に“バジェット・ゲージ”なる縦長のバーが設置され、コレが本作に残された予算額を視覚的に表示している。
で、ムリしてタイトルでCGを多用するもんだから・・オープニング終了時点で既にゲージが半分近くまで減っている、、ナニやってんだか(×_×)

前述の通り“フェンダーミラー”による「世界各国の要人誘拐計画」「全人類老人化計画」などが具体的に動き始めた辺りの「CM突入」をもって、ワタシの本作鑑賞はいきなり終わってしまったんだが・・まぁ面白い部分は大体楽しめたかな、とそれなりに満足している。

セリフの一部がどうにも“小学生レベル”で、思わず気恥ずかしくなりTVのボリュームを下げたりしてしまう箇所もあったが(⌒〜⌒ι) 特に「総統」と「戦闘主任・吉田くん」の掛け合いのパワフルさはなかなかのモノだった!
エッセンスを抽出し、更に洗練すれば、そこいらのプロ漫才師を圧倒出来るぐらいのネタに仕上げられそうな予感がする☆

内容のなさにちょっとゲンナリもしてしまうが、たまにはこう言う「何も残らないが、思い返すと部分的におかしさが黄泉がえり(=^_^=)、こみ上げて来る」そんな作品も大事なんじゃないか、と感じた。

〜 是非、実際に聴いて欲しいセリフ&掛け合いの数々 〜

吉田くん「劇中に告白タイムを設けていますので、結婚されている皆さんは、この機会に離婚して下さい」
    「もうエッチな本は読みません! もうエッチな本は読みません!」
    「エッチな本を差し上げます、エッチな本を差し上げます」
    「ここの劇場の売店で売ってそうな微妙なグッズならあるぞ〜!」
    「あっ“外資系OLの基礎体温”だ」
    「総統、気を付けて下さいよ! 本作のタイトルによれば、
     まだもう1回死ななくちゃいけないんですから」

総統「(そんなことを)もう何度もやらせていたのかね!」
  「人間なんて宇宙から見れば、ほんの(地球の)表面に生えたカビほどにも目立たん存在じゃ」
  「誰かがこの世界を1つにまとめなくては」
  「泣くんじゃない、世界には我々が流す涙よりも、もっと悲しい涙があるんじゃ」

レオナルド博士「うるせぇな、興が乗っちまったんだから仕方ねぇだろ!」

デラックスファイター「悪の秘密結社に資金提供するような銀行は、まとめて木っ端微塵だぁ〜」
          「僕らは仔馬よ〜! 緑の丘を駆け抜ける仔馬よ〜!」
          「仔馬のように汗をかけ〜!」

デラックスファイター「みんな一般庶民だったら、構わず(デラックス)ボンバーやっちゃうけどな〜」
総統「お前、ホントに人間のクズだな」

総統「菩薩峠くんが何処にもおらんぞ!」
吉田くん「エッチなケーブルテレビのカードを買いに行ったんじゃないでしょうか?」

総統「何だね、この不気味な部屋は?」
吉田くん「まるで島根県みたいです」 ←このやり取りが一番笑えた(=^_^=)

総統「これはクローン人間じゃよ・・!」
吉田くん「長い下積み生活を続けているってことですね?」
総統「それは苦労人じゃろ!」

総統「わしの予感が当たっていれば・・これはとんでもないことじゃ」
吉田くん「予感って恋の予感ですか?」

フェンダーミラー「お前たちは余程のバカか、救いようのないバカだな」
吉田くん「結局バカ扱いですよ、総統」
総統「う〜ん・・みんな気軽にバカバカ言い過ぎ!」

吉田くん「トイレは何処にすればいいんですか?」
敵兵「部屋の隅っこにでもしてろ!」
吉田くん「何だ、いつもと同じことか」
総統「部屋の隅におしっこをしていたのは吉田くんじゃったのか?!
   ・・こんな時に衝撃的なカミングアウトされても、怒る気になれんが・・」

総統「吉田くん、わしはもう駄目じゃ・・」
吉田くん「総統が駄目なのは、何も今に始まったことじゃないじゃないですか?」
総統「何気に厳しいことを言うねぇ〜」

副官「副大統領、大変です!」
合衆国副大統領「どうした? ワイフが弁護士と駆け落ちでもしたのか?」

日本の大臣「どうしたものかなぁ・・」
他の大臣「まぁア※リカに従っていればいいんじゃないか?」
一同「そうだな!」

総統「舌を入れて来るな! ・・歯の裏側を舐めるな!」
大家のオバさん「仕方ないだろ、(人工呼吸の)途中であたしの“女”が目覚めちまったんだから・・
        イヤだよ、久しぶりに“体の芯”が熱く疼くじゃないさ」

大家のオバさん「何だよ、何であんな情けない男の顔なんか思い浮かべるのさ・・
        イヤだよ、すっかり体が火照っちまったよ」

追記1:“映像ネタ”では、オープニングCGの中で、受精卵が上下にパカッと分かれ、(中から出て来た)猫のシルエットが腰(シッポ)を振る演出が最高に素晴らしかった! タマじゃんか!(=^_^=)
追記2:「日本の“住”」につきものの「家賃、敷金、礼金、共益経費」を「そんな生ぐさいもの」とセリフの中でバッサリ斬り棄てた“FROGMAN”氏に、心の中で思わず喝采を送ってしまった(=^_^=)
追記3:悪の元凶=フェンダーミラー(オリジナル)とその6人のクローンがとにかく連携出来てないのが面白い。同じ人間のコピーと言っても、思考&言動がピッタリまとまる訳じゃないんやね。。相手を侮蔑する際の「黙れ、おそ松!」ってなセリフも「ネタなんやな〜」と。
実際の(クローンの)研究がどうなってるのかには詳しくないが・・案外“この程度”なんかも知れない(・ω・)

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2008年6月11日 (水)

☆『僕の彼女はサイボーグ』☆

6日(金曜)、、8日(日曜)、、、と立て続けに“上映開始時間”の折合いがつかず、涙を呑んで帰路についた(←大げさな!)期待の1作『僕の彼女はサイボーグ』を本日10日(火曜)の仕事帰り、ようやく鑑賞して来た☆ いや、正直言うと今夜も危なかったんだが。。

ご贔屓のシネコン“ブルク7”で観ようと、劇場のチケット販売カウンターまで進んだが、ふと電光案内を見上げると・・上映時間が変わってたのだ! 次回の開始まで1時間半ほども待たねばならず・・とっさに“梅田ピカデリー”に問い合わせると「15分後の(最終)上映がある」ってことで、梅田の地下道を西から東へと突っ走るおっさんですた(⌒〜⌒ι)

監督&脚本に『猟奇的な彼女(2001)』『僕の彼女を紹介します(2004)』を手がけたクァク・ジェヨン(郭在容)を、主演に(ワタシの中でお株急上昇中の)綾瀬はるかを迎えた青春ファンタジー映画(で良いのか?)。主人公(で良いのか?)に小出恵介(『キサラギ(2007)』など)。彼らの脇を固めるのも、吉行和子、竹中直人、小日向文世、伊武雅刀、蛭子能収・・となかなかに味のある面々。
そんな、そこそこ豪華な俳優陣を配しつつ、彼らの殆どに“大した絡み方”をさせてないことにも好感が持てた。

2008年11月22日の19時26分。「誕生日を祝ってくれる恋人もいない」青年・北村ジロー(小出)はちょうど1年前のこの日を思い出していた・・同じデパート(ロケ地:大丸神戸店!)に突然現れた、アヴァンギャルドなボディスーツ姿の女の子(綾瀬)。微笑みながらジローに近付いて来た“彼女”・・大食いで、馴れ馴れしく、盗癖があり、ミステリアスな“彼女”は、何処から来たのか、何と言う名なのかも語らず、数時間ばかりのデートを終えると“此処でない何処か”へジローを残して消えてしまうのだった。

そして今夜、再びジローの前に“彼女”が姿を現す。が、1年ぶりに現れた“彼女”は何処か様子が変わっていた。自身を「ロボットとは言わないで。私は“サイバーダイン”103型」と紹介した“彼女”は、ジローの周囲で次々に起こる「事件」を鮮やかに解決してゆく。
その行動の理由は? そして“彼女”の究極の目的とは?
戸惑いつつも、次第に“彼女”の粗暴さや(自分からの)感情の伝わらないもどかしさに苛立ち始めたジローは、自身を待つ大きな運命の存在も知らず“彼女”に絶縁を言い渡すのだった・・

うむむ、クァク監督らしい! と言おうか、、漫然と観るだけであれば、全体的に既視感があり、物語もかなりな強引さを維持したまま終わってしまうだけなんだが・・一歩引いて物語世界を眺めると、妙に「深さ」を感じてしまう。
何の取り柄もない、きっと童貞だろう(←放っといたれよ!)ジローと言う主人公が、平凡な人生を生きた最後の最後(61年後=2070年)に(金銭的な)幸せを掴み「決意したこと」が彼自身の過去を変え、そして自らも与(あずか)り知らぬ未来(更に63年後=2133年)の人物に大きな影響を与えたりするのだ!

本作を観終えた日にゃ「生きてる内に精一杯の“エエこと”をしとけば、或いは“未来人”の眼に止まり、巡り巡って“現世での幸せ”に繋がるんかも☆」と言う“何ら根拠のない希望”すら湧いて来るから不思議ってもんだ(=^_^=)

少し気になったセリフは“彼女”の「変えられた時間は、元に戻ろうと必死になる」ってヤツだろうか。時間が意思を持つとは到底考えられないが、何処か「深さ」の感じられる言葉だった。

作品としては『ターミネーター2(1991)』を軸に『A.I.(2001)』『アンドリューNDR114(1999)』『スウィートホーム(1989)』『エイリアン2(1986)』なんかのエッセンスも入ってましたか。“彼女”が2008年に現れる際の演出がまんま“ターミネーター”してて楽しかったが、惜しむらくは接地部分(?)が“球体”に陥没しなかったことか。あすこだけは(製作費がかかっても)徹底して欲しかった。

何処かで綾瀬さんの「瞬きをしないよう演技するのに苦労した」なるコメントを聞いた(読んだ?)気がするが、そうおっしゃってる割に序盤では結構パチクリしてたので「駄目じゃん!」と思ってたが・・ちゃんとそこには理由が隠されていたのでつね・・(×_×)

笑っても、怒っても、踊っても、万引きしても、食い逃げしても、窓ガラスを投石で割っても可愛い(=^_^=)綾瀬さんだったが、やはり最高の魅力は“酔っぱらった時の言動”ではなかろうか、このシーンだけは必見である! ジローの友人連中が余り騒ぎ立てないのも面白かった(=^_^=)

中盤で、妙に時間を長くとってジローと“彼女”が彼(ジロー)の故郷に出かける(疑似体験?)場面が描かれるが、ここでとある人物がジローを迎えるため待っているトコロで、腑甲斐なくもウルウルしてしまった。。
良く観たら・・“がばいばあちゃん”だったんだが、、とにかくこの辺りのシーンにおける妙な郷愁感の盛り上げ方って何じゃ〜い! って思ってしまう(=^_^=)

綾瀬さんに対して好感を持てるか? が本作の唯一かつ最大のポイントであろうが、ワタシとしては大満足のデキだった。「な〜んかしばらく故郷(くに)に帰ってねぇなぁ〜」とお考えの貴兄にも、是非おススメしたい佳作である(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

彼女「ここでアイツが、キスした」
  「あなた、バカじゃないの?!」
  「顔でも、洗って来な!」
  「あなたの心を感じる・・感じることが出来る」

友人「女で廻ってるんだよ、世界は」
  「キミ、なかなかグロいね」

ジロー「僕は歳を取って死んだのか・・僕も死ぬのか・・」

〜 ほか、こんなことも 〜

♦あっさりと“鍋料理”の具材にされちゃったアイツ。あれって「変えたい過去」には含まれなかったんか?
♦カピバラの※※を食べる某部族のハナシ。何かの“フリ”かと思ったんだが。。
♦右にジロー、左に“彼女”を写しての「画面2分割」が近付き、やがて「スムーズに1画面となる」演出があり「イイな!」と感じた。
♦故郷(ロケ地は郡上八幡らしい!)で昔の自分の※※を勝手に持ち出した(?)ジロー。返しといたれよ!
♦“彼女”が2008年に現れる際、パニックを起こしたクルマに通行人の跳ね飛ばされる描写が(一瞬)あった。。妙に生々しかったんですけど(×_×) 校舎から転落するしとの映像も。“吸い殻”で燃え上がるしとの演出も。。
♦不用意に“彼女”の髪を撫でようなどとすれば・・手がズタズタに(×_×)
♦物語の中で、主人公の周囲に起こる「日々メディアで報道される、リアルで不条理な事件」にちゃんと目を向け、丁寧に描いてた演出は何やら珍しく、感心させられた。後半にもなれば、そんなちっこい事件の存在など描きようもなくなるんやけど・・
♦22世紀の貨幣単位は「キャップ」と言うらしい(・ω・)
♦私的には“サイボーグ”と言うより“アンドロイド”かなと思ったが、、どやろ?
♦南京町など、神戸界隈のロケ地が目立っていた☆ メインの舞台は東京なのに? まぁエエけど(・ω・)
♦“ジロー”と言う名はやはり(?)「人造人間キカイダー」からインスパイアされたモノだったんだろうか?(・ω・)
♦バスの旅には「ゆで卵」と「ラムネ」が良く似合う?!
♦やっぱり時代が22世紀になっても“エルヴィス”は偉大でした(⌒〜⌒ι)

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2008年2月 4日 (月)

☆『人のセックスを笑うな/Don't laugh at my romance.』☆

3日(日曜)。
朝起きたら雪が降っていたが、それもしばらくすると止み、陽光が差して来たような気がしたので、デジタル1眼をリュックに詰め込みつつ、大阪市内へと向かった・・ら、雨が降って来やがった(×_×)
時間が許せば、午後から「大阪城公園内の梅林」など歩いてみようかな〜と思ってたが、すっかり“やる気”がしぼんでしまい、結局カメラを一度もリュックから取り出すこともないままの帰宅となった(⌒〜⌒ι)

・・って言うか“梅の開花”にゃ、まだまだ早かったかなぁ?

さて、梅田は「ロフト」の地下で観たのが、新作邦画『人のセックスを笑うな(Don't laugh at my romance.)』であった。あんまし期待してた訳でもなかったが、そのタイトルにとにかくインパクトがあった(=^_^=)のと、今をときめく若手男優である松山ケンイチが、永作博美と「年の差20歳」の無軌道なセックスライフにもつれ込む恋愛劇・・ってなちょっと妄想と股間を膨らませてくれそうなテイストの作品なのが、ワタシの足を劇場へと駆り立てたのだろうか・・(知らんけど)

本作、原作(小説)が発表された頃から、何となく気にはなってた物語ではあったか。
まずタイトルからして何だか人を小馬鹿にしてるし、作者の「山崎ナオコーラ」と言うのもどうもふさげてる(←私見です。ファンの方、済みません)。確か当時、新聞で近影を拝見した感じでは・・著者ご自身の容貌からして何かインパクトがあったような・・(以下自粛)

美大に通う19歳の主人公・礒貝みるめ(松山)。とある早朝、唐突で奇妙な出会いをした年上(39歳)のリトグラフ講師・ユリ(永作)に一目惚れ。キャンパスでの「3度目の再会」に偶然以上のモノを感じたか(?)、乞われる(?)ままに彼女のアトリエに導かれヌードモデルとなる。
同級生・えんちゃん(蒼井優)との間にも「友達のような恋人のような」微妙な感情の漂っていたみるめだが、えんちゃんとは違う「無軌道」で「天衣無縫」なユリとの恋にのめり込んで行く。
そんな中、突然の(リトグラフ)授業の休講を心配したみるめがユリの住所を訪ねると・・ってな展開。

ま、その辺りでまだ中盤ぐらいなんだけど「ここがネタの1つ」でもあるので、敢えて書かない(=^_^=)

さて、この映画。
年齢・価値観(恋愛観も)の異なる男女4人による「3つの恋」の顛末を丁寧な映像を通じて描いた作品、と言えようか。
ただ、上映時間が137分と長いことからも察しがつくように・・「ちょっと各シーンが間延びしてる感」をたびたび覚えた。そこに余韻を楽しませる意図があったのなら仕方もなかろうが・・どうも「編集作業の中で思い切れなかった(=カット出来なかった)」ような印象も強い。
例えば、キャストが通り過ぎた後もしばらく無人の風景が延々映されてるので「この後、何か大変な事態が起こるのかも?!」と妙に構えてしまったり(⌒〜⌒ι)←(コツを掴むまで、その連続による)緊張と肩すかしで疲れますた。。
ま、余計な通行人なんかを入れず“長回し”テクニックをばんばん使ってたのは効果的だったんだけど。

タイトルに「セックス」のワードがババ〜ン! と放り込まれてることから、チケット購入時も妙に気兼ねしてしまい「テ、テアトル1で・・」とかボソボソ伝えてしまったワタシ(・ω・) 係員さんが何か意図的(?)に「テアトル1の『人のセックスを笑うな』の次の回ですねッ!」みたいに復誦したりするので、ますます照れてしまったぞなもし・・

キャスティングとし、途中までこそ永作博美の「オ〜、イエ〜ス」なキャラクターの存在感が爆発してたんだが、実のトコ後半戦(?)では(それまで薄い目だった)蒼井優の言動が作品世界をぐんぐん覆って行った感じだった。
現実(のしがらみ)から目を反らしてるような「みるめ」「ユリ」のキャラ造形に対し、自らの置かれた場面場面でしっかりと自身の立ち位置やすべき行動、言うべき言葉をズバズバ発信してくれた「えんちゃん」こそが、実は本作の主人公だったんじゃないかな〜とまで思えたものだ。
もし本作を「2度観ても良い」と言う方がおられたら、是非2度目は「えんちゃん」を定点観察して貰いたい。ワタシの言わんとしてることが何となく分かって貰えると思う。

男性諸氏が誰しも期待する(たぶん(⌒〜⌒ι))「セックス描写」に対しては「そんなに大したことはない」と言っておこう。1シーンのみ「全裸の上にパーカー1枚っきり」のユリが動き回るシチュエーション(ボーナスか?)があるが、ワタシの“神眼”を持ってしても、全く危う気なき場面に仕上がってしまってた(←ナニを期待してんだ!)

毛布にくるまった「みるめ&ユリ」がごろごろ床を転がったりしちゃう描写こそあるも、ワタシに言わせれば「ホンマのセックスの場合、そんなもんで互いを巻いたり、覆ったりなどせぬわ!」とキッパリ断言したい(=^_^=) ってことで、ペッティングの延長、ぐらいの関係と妄想を止めておいた方が失望も少ないと思うぞ(だから、何をエラそうに!)

過去の名画へのオマージュを感じたのは“観覧車内のシーン”と“単車で街なかを2人乗りするシーン”だろうか。何処からどうみても群馬県桐生市(←メインのロケ地らしい)なんだが(=^_^=)、そのスピリットだけはヨーロッパなのだろう、きっと(・ω・)

〜 こんなセリフもありました 〜

ユリ「好きな映画? テロとか動物の出るヤツ。 ・・エロじゃないよ」
  「“おごりおごられの仲”になろうよ」
  「キスも巧くなった・・」

堂本「それって、オンナの霊感?」
えんちゃん「オンナの直感!」

ユリ「それ、甘くない?」
えんちゃん「・・甘いのがココアです」

猪熊「慌てなくたって、人生は長いんだから」

えんちゃん「みんな寂しいんだったら・・「寂しい」って言うのなんて、意味ない」
     「みんな弱いんだよ・・だから「強い」って言うのなんて、意味がない」
     「よわよわだな、みるめは」
     「逢いたかったら、自分から逢いに行けばいいじゃん!」

※「会えなければ、(それで)終わりだなんて、そんなもんじゃないだろう」

追記1:劇中、2つのシーンで何気なく画面に存在感を放っていた「黄色い風船」。あのアイテムの意味は・・?
追記2:「能天気な和菓子コント」はかなり面白い! アトリエでの「みるめ&ユリ」のトークもある意味コントっぽくなってて、ジメジメしてないのが救われるかな、と。
追記3:制作費が余ってたら「※※※ロケ」を敢行したんやろか?(⌒〜⌒ι)
追記4:今日は2回目(の上映)で観たが、終わってロビーに出た頃には3、4回目の座席状況が「×」となってた・・恐ろし。。

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2008年1月19日 (土)

☆『バブルへGO!!!!!/タイムマシンはドラム式(2007)』☆

12日(土曜)の夜。「土曜プレミアム」で放送されたものを観た。公開当時から「な〜んか制作費より宣伝費の方に重きを置いてそなミーハーっぽい作品やの〜」ちぅ第一印象を受け、劇場での鑑賞を見送った(おい!)映画でもあった。

今回は“地上波初登場”ってことで、そこそこ期待して観たが・・「中途半端にバブル期の思い出が甦って、余計に寂しいやんか〜!」と感じた。それなりに勢いある脚本ではあったが・・演出等に対し“クレバーやな!”と感じる瞬間は殆どなく「やっぱし“ネタ”だけ(←勢いもそんなに良くなかった)では“上っ面を滑るのみ”で回し切れんもんなんやな〜」としみじみ感じた次第である。。

冒頭において「バブルは、それが弾けて初めてバブルだったと分かる」なるアラン・グリーンスパン(元・連邦準備制度理事会(FRB)議長)の言葉が表示される。

1990年3月30日。金融局長・芹沢良道(伊武雅刀)による「不動産融資規制の大蔵省発表」により、狂乱のバブルの時代は突然の終焉を迎えた。世に言う「バブル崩壊」である。

その後の2007年。日本は今や800兆円を超える借金を抱える国家となり・・更に身近な所では、主人公=田中真弓(広末涼子)が200万円もの負債を抱え、平成クレジットの田島(劇団ひとり)の取立てから逃げ回る日々があった。

真弓が頼りにしていた母・真理子(薬師丸ひろ子)は数日前に江ノ島の断崖から謎の飛び降り自殺を遂げ、3月の雨の夜、彼女の葬儀がしめやかに執り行われたのだった。

途方に暮れる真弓の前に、財務省から来たと言う初老の男=下川路功(阿部寛)が現れ「君のお母さんは、死んではいない」と衝撃の伝言を放つ。後日、下川路の案内で、お台場(?)にある「日立製作所・家電研究所」に連れて来られた真弓は「母と下川路が東大の同期生だったこと」「母は“バブル崩壊”を阻止すべく“タイムマシン”で過去へ向かい、消息を絶ったこと」を聞かされる。
下川路のハナシでは、このまま日本の経済状態の乱れを放置すれば・・2年以内に銀行が次々に倒産、失業者と犯罪が激増することとなり・・そして、日本経済の完全崩壊まではあと713日と13時間しか残されていない、と言う。

母を救うため、日本を救うため、って言うか自身を借金地獄から救うため(・ω・)、真弓は「洗濯機型のタイムマシン(日立製)」に乗り1990年3月25日と言う過去の時間へ向かうのだった・・ってな流れ。

薬師丸さん、今回も恋やら冒険に(?)生きる印象的な役回りだったが、この人、誰と共演しても何だか恋人(とか夫婦)になかなか見えんな〜と思う。役所広司(『レイクサイド・マーダーケース(2005)』)、堤真一(『ALWAYS/三丁目の夕日(2005)』)、そして本作での・・。
まぁ、広末との“母娘役”と言うのも何とも微妙な感じがあったか。
“若くて可愛いお母さんキャラ”のステレオタイプではあるものの、共演相手と並べて考えると、どうもしっくり来ない、そんな印象だ。

ヒロインは広末だが、私的に「頑張ってたな〜」と好感を覚えたのは(彼女よりも)吹石一恵さん(追っかけキャスター=宮崎薫役)だったか。真弓に「眉毛・・太っ! 黒いし」だの「服、ピタピタだし」だのと言われつつも、実に珍しい(?)ボディコン姿を披露してくれたり、終盤で大活躍してくれたり。よっぽど下川路とウマが合ってたような気がしたのはワタシだけか・・

ボディコン系と言えば、六本木の夜のシーン(前半)でちょろっと映ってたのは高岡早紀さんではなかったか? 違ってるのかも知んないが、少なくともワタシにはそう見えた(・ω・)

関西もんには「対岸の花火」とでも言おうか、とにかくピンと来ないロケ設定&演出ばかりではあったが(=^_^=)、流石にフジテレビが中心となって制作されているだけあり、とにかく「お台場」だの「レインボーブリッジ」だのを描写したがる(=^_^=) レインボーブリッジが3本に増殖してる“未来図”なんてのもちょろっと(CGで)描かれてたが、醜悪以外の何ものでもなかった。。

特筆すべき1つは音楽面であり、C+C Music Factory「Everyboby dance now!(Gonna Make You Sweat)」やM.C.Hammer「U can't touch this」など、ワタシ的には「この当時こそ黄金期!」と叫びたくなるぐらいのアツい楽曲群(いわゆるNJS(ニュージャック・スウィング)旋風なんかの吹き荒れたご時勢)が用いられ、そこだけは嬉しくなった♪

洗濯機に入って、洗剤と一緒にぐ〜るぐる回転することで、17年前と行き来できる(ただし、何故か身長160cm以下、最大円周80cm以下、体積50リットル以下・・なる厳しい条件アリ)、と言うアイデアは何ら説得力もなく(=^_^=)「タイムパラドックス」面での尤もらしい考証ってのもとんとなされてなかったようだ。観客もすっかり舐められたものである・・

どうせなら『タイムコップ(1994)』におけるタイムマシン論なんかに“真っ向からはむかう姿勢”で「異なる時代の同一人物がつかみ合いの大ゲンカを繰り広げる」みたいなおバカなシーンも挿入して欲しかった(⌒〜⌒ι) ←『タイム〜』の世界で、そんな接触をした日にゃ、どエライ事態となります(×_×)

「ヤ※ー」がネタになってるトコは、同じタイムトラベル系作品である『オーロラの彼方へ(2000)』を連想してしまった。間違って「ライ※ドア」とかを(ネタに)起用してたら、随分とイメージも異なったことやろね、、

後半で、主人公らが赤坂の料亭「豊川」に殴り込み(?)をかける展開となるんだが、もうちっとクエンティン・タランティーノ監督の描いた“青葉屋騒動(2003)”に迫って欲しかった気がした。お座敷と言えば・・やっぱ日本刀での大立ち回りっしょ!(そうか?)

〜 こんなセリフもありました 〜

芹沢「来客? 銀行関係か?」
秘書「いえ、銀座関係かと」

芹沢「タイムマシン? あったら乗ってみたいね」
  「この時代は“泡”のようなものだ。誰かがそれを弾けさせないといけないんだ」

真弓「そんなに浮かれてて、不安じゃない?」

田島「バカ言うなよ、銀行が潰れる訳ないじゃん」
  「今はそういう時代なんだから、ぜいたくして何が悪い」

下川路「真剣に聞くよ、今日の俺は昨日の俺とは違う。今日の俺は昨日の俺よりも、真剣に君の話が聞きたいんだ」
   「有り得なくないって・・どっちなのかハッキリしろよ!」
   「(ティラミスが)ヤバいって・・お前の日本語、おかしいだろ!」
   「家族は家族、愛人は愛人だからね」 ←おい!

薫「ケータイ? カメラ付き? 話しながら、どうやって写真撮るの?」 ←このセリフ、くすっと笑える

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2007年10月25日 (木)

☆『初雪の恋/ヴァージン*スノー(2006)』☆

24日(水曜)。だいたい「月イチ」って感じだが、地元の市民会館でささやかに(?)開催されてる映画上映会が好きで、可能な限り出かけようと考えている。
で、本日も『初雪の恋/ヴァージン*スノー』が上映されるってことで、やや“ダラダラ残業モード”に突入しつつあったのを何とかブッチギって会場へと向かった! ・・が、(着席の遅れで)冒頭の5分ぐらいを見逃してしまった・・うう(×_×)
これがM・ナイト・シャマラン監督作品とかだったりすると、この冒頭の見落としが結果的に“致命傷”になってたかも知れんトコだぞ。。

京都。陶芸家である父と共に、1年間の滞在予定でこの古都にやって来た韓国の高校生キム・ミン(イ・ジュンギ)は、とあるアクシデント(←この辺が不明・・)で乗っていたマウンテンバイクごと転倒、その膝の(擦過傷の)傷口を水で洗うため、手近にあった神社を訪れる。そこでキムは美しい巫女に出会い“一目惚れ”をするのだった。
彼女の名前は七重(ななえ)(宮崎あおい)・・実はキムの転入した市内の同じ高校(!)に通っていることも判明する。
当初こそ、それぞれの母国語しか話せない2人だったが、お互いに努力し、身振り手振りや英単語を交え、次第に心を通じ合わせるようになる。

巫女として働きつつ、余暇には絵筆を握り“京の風景画”を描いて過ごす七重。その姿を眺めるキムは「1枚の清水焼の絵皿に対し、焼く人と絵付けをする人がいるように・・オレが皿を焼いて、そこに七重にペイントして貰うんや!」的なことを考え、それまで毛嫌いしていた作陶を(父親の手ほどきを受けつつ)ぼちぼち始めることとする。

そんな中、同級生らにも連絡のないままに、七重(と彼女の一家)が姿を消してしまう。失意に沈んだキムもまた、ほどなく母国へと発ってしまったのだった。

かつて恋愛の絶頂期にあった頃、2人はこんな約束を交わしていた。
“京都かソウル・・どちらかの街で、初雪の日にデートをしよう・・言い伝えによれば“初雪デート”を経た恋人たちは幸せになれる、と言うことだから・・”

今や遠く離れてしまったキムと七重は、再びめぐり逢うことが出来るのか・・? そんな流れである。

そもそもは「京都が舞台や」と言うことで、ダイジェスト的に紹介される(であろう)名所をチェックしとこう、とばかり考えていたんだが・・結局のトコロは“宮崎あおいパワー”に圧倒されてしまい、古都の映像などは、もうどうでも良くなってしまうのだった(おいおい・・)

パッと思い付くトコでは『NANA(2005)』の出演ぐらいしか映画における彼女を観たことがないのであるが、初めてと言うか改めてと言うか・・ヒロインを演じる姿を眺めるに・・恐ろしい吸引力があるんやな〜とぶったまげた! とにかく、その存在自体が限りなく雄弁で、ある意味スッカスカな物語世界を、必要以上のパワーで引っ張っていってる印象だった。極端、セリフや動きが限りなく削られていたとしても、なお凄まじいオーラをガンガン放つ・・そんな女優さんである。

特筆すべきは(劇中でキムも語ってた)「裏側に何処か寂しさをたたえた笑顔」の表情だ。自然にあれが出せる演技はスゴい!

で、気になってウィキペディアで彼女の過去の出演作を辿ってみて・・ハタと思い当たった作品があった!
それこそは『パコダテ人(2002)』である! ははぁ、あの映画で主演してたあの娘だったか、、と改めて「やられた」思いである。。

京都のロケーションとしては・・清水寺、産寧坂(=三年坂)、八坂界隈、鴨川べり、渡月橋、松尾大社、嵯峨野・竹林、南禅寺・水路閣、知恩院・男坂、御室駅舎・ベンチ、JR京都駅コンコース、祇園祭の風景、嵐山トロッコ、そして(恐らくは)直指庵・・ざっとこんな感じで登場してた。ああ、やっぱり京都はええなぁ〜(・ω・)
なお、ほかに神戸エリアとして異人館、モザイク界隈なんかもちょこっと登場。
ソウルでは徳寿宮(トクスグン)にある石垣の道(トルダムギル)ってトコロが出て来たが「ここを歩いたカップルは・・別れてしまう」との言い伝えがあるそうな、、どないやねんな、それ。。

全体的にフレッシュで、不器用な若者たちの恋愛ドラマなのであるが、そこをドロッと濁らせてくれてたのが七重の母親役で力演し過ぎちゃってる余貴美子さん・・台所でヤケ酒呑むわ、得体の知れんおっさんにDV受けてボロボロで倒れ伏してるわ、と孤軍奮闘的に作品の対象年齢層を上げてくれてました(⌒〜⌒ι) 余さんにとことん執着しまくってるうさん臭いおっさんも、何か『青の炎(2003)』での山本寛斎さんに決して引けを取らぬ危なっかしさをプンプン漂わせてくれてた・・

勿体ない、、と言うか「分からんなぁ〜」と思ったのは、序盤でこそ“テコンドー3段”の見事な腕前を披露してくれたキムが、その後大したアクションを放ってくれなかったことと、級友・あずさかおり(?)の登場時に「この子は思っていた以上にとんでもない子なのだった」みたいなキムの独白が入る割に、その後「放ったらかし」となってたことだろうか?
他にも、乙葉演じる担任教師やら、(キムがいるトコロなら)何処にでも出没する怪僧(?)のキャラが良く掴めなかったり、と全体的に助演キャラの造形が破たん気味な印象がかなり強い。

そう言った部分は、ヒロイン役が宮崎あおいでなくば、もっともっと突っ込まれていたように思う(=^_^=)

何となく強引に「恋愛映画の大敵」たるケータイを“封印”させていた(=^_^=)本作。代わりに「手紙」が色々な形で、2人の愛を繋ぐのだった。中でも直指庵(たぶん)に据え置かれた「雑記ノート」を介してメッセージを伝える演出は「ええなぁ・・」と思ったものだ。きちんと施設側(?)さえ保管してくれるのであれば、ああ言うノートを使っても「数年間の伝言キープ」は出来る訳なんやね(・ω・)

某展覧会に自作の入選した七重。既に(館内に)展示中であるにも関わらず、そこに新たに“キムの肖像群”を描き加える、、と言う暴挙に及ぶのだけはちょっと引いてしまったかも・・知らん人が見たら、卒倒しまっせ(⌒〜⌒ι)

ってことで「1人の女優のすさまじい力量を持ってすれば、凡庸でアラの多い物語でさえ、珠玉へとその姿を変え得る」なる事実をしっかり眼にすることの出来た本作であった☆

〜 こんなセリフもありますた 〜

父「土を充分にこね、空気をしっかり抜け。何事も最初が肝心なのだ」

七重「このままやったら・・誰かが死ぬ・・ そやから・・」

七重「ミン、韓国語は難しい・・日本語で話して」
キム「君が去ったあの日から・・日本語はもう忘れた」

僧侶「椿(つばき)と言います。花言葉は・・“ひたむきな愛”です」 ←殆ど唯一のセリフ! 尚かつ唐突!

追記:“青春映画におけるお約束”みたいな「橋から川面へのダイブ」・・を鴨川で敢行するとどうなるか・・が本作で良ぉく分かった。。しっかし顔面から行ってたら“即死”でしょうアレは、、(×_×)

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2007年10月14日 (日)

☆『フラガール(2006)』☆

少ぅし遡って・・(・ω・) 時間軸が入れ替わりますが、書いておきたいので、書いておきます。

6日(土曜)。この日は結局、昼頃まで寝だめして・・その後も新聞切ったりしてぐぅたら過ごしてしまった(・ω・) まぁ、限りなく疲れておるのでしょう。
夜には「土曜プレミアム」で地上波初放送された、期待の邦画『フラガール』を観た☆ 劇場公開当時から好評価を聞いていて(どこからだ?)、その後、地元の市民会館で特別上映会が催されたモノの、都合がつかなくて観れず、髪をかき乱して悔しがっていた(←そなぃに悔しがるなよ)作品なのだ。“映画メモ”を取る手指も何となく武者震いしてしまったりして・・(=^_^=)

昭和40年代の福島県いわき市が舞台。当時、石炭から石油へと国内のエネルギー源が転換していた時勢、全国各地の炭坑もまた次々に閉鎖されて行った。そんな中「常夏の島」をテーマにしたリゾート施設「ハワイアンセンター」の設立に併せ急きょ編成された、ハワイアンダンサーの女性たちの奮闘を描いた実話。

うう・・何とまぁ分かり易い物語。次第に“フラダンス”に目覚め、めきめきと実力を高めてゆく主人公、そんな彼女と無理解な母との確執のドラマ、炭坑町全体に漂う何とない“絶望感”、そして作品のポスターを一瞥しただけで、ストーリーがほぼ把握出来てしまう“明快なテーマ”・・

即座に連想したのは、何と言っても『リトル・ダンサー(2000)』なのだった。あのエッセンスを軸に『スウィングガールズ(2004)』の“方言によるコミカル演出”や“女性同士の友情”などの要素を効果的に取り入れた、みたいな感じ(所詮は邪推ですけど)。

今回はお1人ずつ、私評をば・・

蒼井優・・主人公(と解釈している)の紀美子役。冒頭で親友・早苗に誘われ「ハワイアンダンサー」のオーディションに参加する。本人は当初余り乗り気でなかったが、実は恐るべきダンサーの才能を先天的に(?)秘めていたのだった・・てな設定。ちょっと笑顔がぎこちない感じもしたが、確かになるほど「内に秘めた女優魂」の燃え盛ってる感じがする。真面目な役は(本作で)良ぅく分かったんで、いずれは「コメディエンヌな悪女」にチャレンジして欲しい。それが出来る女優さんならば、ワタシは認める!(←まぁたシロウトがエラそうに!)

松雪泰子・・東京から招かれたダンス教師=平山まどか先生役。ひと昔前にバラエティ番組(『ダウンタウンのごっつええ感じ』)に出てはったと思いきや、今やなかなかな女優の貫禄オーラを漂わせている。ただ、予想してたよりぐっとダンスシーンが少なく、そこは残念だった・・もっとポイントポイントで模範演舞(?)をして欲しかったなぁ。

岸部一徳・・センターの代表=吉本部長役。いつも通りのふてぶてしい(?)キャラ造形に加え、本作では「炭坑炭坑ってバカにすんでね、このいんごったがり(頑固モン)!」から始まる、見事な磐城弁(?)セリフを披露して下さる☆ このシーンだけでも必見かも知んない(私的に)。『顔(1999)』の時みたく、いきなし“退場”してしまったらどうしよう・・と不安で仕方なかったが、本作ではラストまで頑張ってくれた。アロハシャツを隠すようにジャージを重ね着し、機会あらば下のアロハを露出しようとするこだわりが微笑ましかった(=^_^=) 実に「TPOをわきまえた」お方ではある。

山崎静代・・(輝かしき(=^_^=))初期メンバー代表の小百合役。これまではテレビCMにおける“しずちゃん”しか目にしたことがなかったが、大体のキャラクターが掴めたか(⌒〜⌒ι) 本来の言動がどうなのかは分からないが、本作ではエキセントリックさを前面に押し出しつつも、ときに“ピュアさ”を訴えてくれた。

豊川悦司・・紀美子の兄・洋二郎役。『レイクサイド・マーダーケース(2004)』や『NIGHT HEAD/ナイトヘッド(1994)』など、関東人(?)ぽいキャラを演じる“トヨエツ”は全く好きになれないんだが、田舎モンを溌剌と演じてる本作では素晴らしい存在感を放っている☆ 私的には「まどか先生とのロマンス」をもそっと具体的に描いて欲しかったんだが・・(・ω・)

富司純子・・紀美子の母・千代役。この人のキャラクターなくば『フラガール』は薄っぺらい作品幅のままで終始してしまったと思う。劇中では、その過去らしき過去が殆ど語られなかったが、このお千代さんを主役クラスにして「炭坑町おんな2代繁盛記」とかを描いても面白かったかも知んない(あ、作品のテイストが変わっちゃうか(×_×))

寺島進・・まどか先生を追い、はるばる“北上”して来る(=^_^=) 借金取りのおっさん役。物語の中で結局描かれなかった「トヨエツとのボクシング(?)対決」を是非観たかったなぁ〜。「完全版」には収録されてるんやろか?

如何にも運行本数の少なそうなボンネットバス。吹きすさぶ風に揺れる、だだっ広い曇り空に渡された電線。少女らの汚れた爪先。運命を受け入れたか、黙々と地下へ降りてゆく、石炭で黒く汚れた顔の男たち。テープで修繕された、ひびの走った家の窓。
それらの映像に、説明っぽい字幕解説やナレーションなどは必要ないのである。
この『フラガール』の一番の素晴らしさは“決してセリフに依存しない”そんな演出の潔さ。

序盤でいきなり田園地帯にトラクターでやって来るまどか先生。そこに通りすがる、山(炭坑)へと向かうバス(車内)の男たちが好奇と肉欲にギラついた(=^_^=)視線を女に投げてよこす。彼女を送迎する吉本が「アレは野獣です・・山のケダモノですよ」とボソリ。少し後のシーンでまどかが叫ぶ「何なの、ここぉ〜!」
これだけで、まどかの困惑も、炭坑夫らの暴発寸前の性欲(=^_^=)も、余すトコロなく観客に伝わるのである。必要充分。これぞ邦画が本来持つ“表現力”だと思う。

色んなシーンで泣いた各位がおられると思うが、ワタシが唯一ホロリとさせられたのは、※※が町を去るシーンだった。少し離れた場所でまどか先生がサングラスをかけ(これは表情を見せないため・・)しゃがみ込んでいるのだが、いよいよ一家のクルマが動き出す時になって、まどかが彼女にどんな言葉をかけたか・・。
ここで何かを言わなければならない場合、的確な何を、どう言うのかがめちゃめちゃ大事なトコロなんだが、この演出がイイ。徹底したこのシーンの演出は泣けます!
ここ観て、何も感じない人間は猛省して下さい(・ω・) ←いや観客それぞれだけど。。
(加え、※※一家の向かう先がかの「夕張」と言うのも、その後を考えさせてくれる・・きっと裏側に何かのメッセージがあるのだろう)

本作からは他にも、
・言葉は建前に過ぎず、その瞳に湛えられ、態度に秘められた感情こそが本音・・と言う人間の深遠さ。
・技術が既に備わっていても、団結と言うスイッチが入っていないとダメ・・と言う教訓。
・親もまた子を見て育ち、師もまた生徒に教えられる・・と言う感動。
・・などのメッセージを受け取ったかな。

どれだけひいき目に観ても、どうにも既視感の漂うドラマなだけに、決定的な激賞を送れないのが辛いトコロだが、確かに「観ておく映画」ではあると思う、コレは。

〜 こだ(こんな)セリフもぶっこかれて(言われて)たでねべが(ではないか) 〜

洋二郎「金輪際、酒ぇやめた! ・・ビール!」 ←(=^_^=)
   「お前、いづから頭でモノ考えるよになった? ほぉ!?」 ←末尾の“ほぉ!?”がポイント☆
   「しっかし、女は強えぇなぁ」
   「お前は家を棄てたんだ、プロのダンサーになるまでは帰って来んな」

紀美子「先生の踊りを見て思った。もしかしたら・・変われるかも知んね、ここから抜け出せるかも知んねって」

まどか「こんなトコで何してんだろ・・」
   「出てって・・優しくされんの、慣れてない」
   「こんな時だから、バカみたいに笑うの」
   「出来ないなら出来ないなりに、助け合う気持ちがないの?
    炭坑の娘なんてこんなモノって思われて恥ずかしくないの?」
   「めんこい(可愛い)のに、追い出されてばっかだ」
   「失敗しても、間違ってもいいから、胸はって踊ろう!」

紀美子「誘ってくれて、ありがとな」
早苗「え、なんて?」

早苗「本気で、やめるなんて言ったら・・親友の縁、切っど」
  「あんたを自慢するのが、あたしのこれからの夢だべ」
  「有難う先生、今まで生きて来た中で、一番楽しかった!」

吉本「先生・・イイ女になったな。お元気で」

※※「あんな風に踊って、人様に喜んでもらえる仕事があってもいいんでねが」
  「こんな木枯らしぐらいで、あの娘たちの夢を壊さないでくんちぇ」

〜 無粋にも突っ込んでみます(⌒〜⌒ι) 〜

・まどかセンセ〜の指導のひと言「親指を“乳頭”に付ける」に、、密かにズキュ〜ン!(やめんかい)
・酔客の“お約束”な激励(か?)「ええぞ、激しく踊れ」「脱げ〜」も好印象(何でやねん)
・鉱山の娘さんたちの「脇のお毛々」・・デフォルト状態はどうなんやろ?(知らんがな)
・シーンの切り替えに「暗転」が結構多かった本作。意図的なモノかな?
・「振りには1つ1つに意味がある・・全てに手話の要素が含まれる」と解説されていたフラ。初耳でした(・ω・)
・「野辺の葬列」のシーン。現代の都市部では殆ど見られない習慣ではあろう。
・年頃の少年はあの町に1人もいなかったんだろうか? 少女らの色恋が全く描かれなかった不思議さ。
・まどか先生の借金問題は実のトコロどうだったのか?(因みに、実際の先生は借金取りに追われてはいなかったそうである)
・やっぱり、あの状況ではトヨエツも無傷では済まなかったんでは?

※何にせよ、当時の炭坑夫の方が、今の我々よかよっぽど健康だったように見えた。現代の成人男性など、炭坑掘りなんかやらされた日にゃ、数日で死ぬんじゃないだろうか。。

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2007年9月29日 (土)

☆『花田少年史/幽霊と秘密のトンネル(2006)』☆

28日(金曜)。実を言うと、昨日に“最後の夏休み”を取らして頂いた訳なんだが・・映画に出掛けるでもなく、(午前中は)寝だめして(午後は)ちょこちょこっと外出して・・ほぼそんだけで終わってしまった。。
リフレッシュするどころか・・何だか余計疲れてしまったような1日だったかも(×_×)
休んだ次の日は、必然その(仕事面の)反動がグンと来るため、またも残業となり、帰宅してからささやかに(=^_^=)「購入したばかりの液晶テレビで映画を楽しむ」こととした。

「金曜ロードショー」で“地上波初登場”の触れ込みで放送された『花田少年史/幽霊と秘密のトンネル』である。「少年モノ+心霊モノ+郷愁モノ」ってことで、当初の(ワタシの中での)イメージは「大人の鑑賞にも堪え得るファンタジー作品」であり、やたら期待しつつ観てみると・・意外とつまらなくて、違う意味で驚いてしまった(・ω・)

広島県竹原市。そこは目の前に瀬戸内海が、背後に山々の広がる漁師町であった。貧乏な家庭に暮らしつつも元気いっぱいな“悪童”、花田一路(須賀健太)は母・ひさえ(寿枝:篠原涼子)と日常茶飯事的(?)な口論を経て飛び出した矢先、山腹にあるトンネルから猛スピードで飛び出して来たトラックにはねられ、死の淵を彷徨う。
峠道のアスファルトにぐったり横たわる自身の姿、そんな自分に駆け寄る母たちの姿を上空からぼんやり眺め下ろす一路。彼は今までに体感したことのない爽快さに、どんどん空を昇って行こうとするが・・そこをセーラー服姿の少女・香取聖子に引き戻される。
次に目覚めた時、一路は病院のベッドの上にいた。すると・・それまでの出来事は全て夢だったのか?

が、その体験を経てから、一路には“死んだ人々が見える(I see dead people←(=^_^=))”ようになる。「見える」となれば、寄って来るのが霊魂の習性(?)ってことで・・以来、彼のもとには聖子、謎のイケメン弁護士・沢井(北村一輝)、死にたて(?)な吉川のおババ(もたいまさこ)、手下的友人(?)壮太の亡き父・たけし(猛:杉本哲太)・・と言った面々が次々と出没することに。
最初は面食らってた一路だったが、彼らなりに成仏出来ない「理由」があることを知り、その頼みに耳を傾けることにする。
かくして少年の、ファンタジックなひと夏が始まるのであった・・みたいな流れ。

フルカラーの液晶画面で初めて鑑賞することとなった(映画である)本作だが、それ故にか「CG面のヘタレ度」までもが際立ってしまい“(ココロ的に)入り込めない”特撮シーンが大半を占めていたのが残念。
序盤では一路が下界を見下ろしつつ空を飛ぶシチュエーションがあるも、合成してるのがバレバレでどうにもアカンかったな(×_×) また、途中でも数ヶ所、光学処理(いわゆる光線&爆発系映像)を駆使した(?)シーンが展開されるんだが、妙にウソっぽくて白けてしまった・・って言うか「本作に敢えて過剰な特撮演出を投入する必要があったのか・・?」とちょっと理解出来ない部分が生じたりもする。

キャラクターの内面的な描き方もイマイチな感が否めず・・周囲(のキャラクター)から評価されてる割に、主観的に眺める限りは大した人物に思えない父・大路郎(西村雅彦)の“キャラの薄さ”は吸引力不足ではなかったか?
謎の弁護士役の北村もヴィジュアルこそ実に“イヤらしい度全開”で素晴らしいんだが「ミステリアスか?」「クレバーか?」と問われると「どうかな?」と。(しかし、劇中に交通災害の目立った作品だったネ・・)
終盤など、ゴーストなのに(肉体がいきなし)実体化したようで、顔面に飛んで来たタコが張り付いておかしな状況に突入してしまったりもしてた(×_×)
そんな中、孤軍奮闘(?)してくれたのが杉本哲太。『世界の中心で、愛をさけぶ(2004)』では「森山未來をぶん殴った」ぐらいしか言動が(ワタシの)記憶にないんだが、本作では寡黙ながら「イイ佇みっぷり」を発揮してくれてた。流石は“和製マット・ディロン”(=^_^=) ←ちょっとちゃうやろ!

きっと原作(コミック)の忠実な再現と思われるが、シーンによっては「唐突だし、荒っぽ過ぎるんじゃ?」と思ってしまうセリフが見受けられ、そこもちょっと「引いてしまった」ワタシだった。
「地獄に堕ちさらせ!」とか「死にさらせ!」とか叫ぶんだけど・・ちょっと世界観にマッチしてないよ〜な(・ω・)
「台本、練り直しさらせ!」と製作陣に優しく言ってあげたい。。

前半こそ、明るく開放的なヴィジュアルが広がるモノの、後半などは「時間軸が入れ替わる」わ「シリアス路線が際だつ」わ「暗く閉鎖的なシーンが多くを占める」わ、でバランス悪かった感もあったかな〜と。

も少し、全体的な見直し(修正)をすれば『シックス・センス(1999)』とか『異人たちとの夏(1988)』などにもう一歩、迫れた気がするだけに残念だ。あと、一路少年とガールフレンド(?)桂(けい)との関係って、あんな中途半端なままで終わってよろしかったンでしょうか??

〜 こんなセリフもあるにはありました 〜

一路「リアルな貧乏はやだ!」

聖子「長い間幽霊なんかやってるとさ、性格まで歪んで来ちゃうんだよね」

寿枝「結婚はね、好きになってするもんじゃないんだよ、愛してするもんなんだ・・なんつって」

猛「いつもお前と一緒に走ってるぞ、たとえ見えなくてもな」

看護師「これって医療ミスじゃないわよね?! 奇跡だよね?!」 ←臨床のプロが妙に“素(す)”に戻ってるリアルさに苦笑させられた(⌒〜⌒ι)

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2007年5月31日 (木)

☆『眉山〜びざん〜』☆

26日(土曜)は、これまた随分と寝だめしてしまい・・起きた時点で既に午後2時を過ぎてしまってたようである。。
公開中の邦画『しゃべれどもしゃべれども』じゃないが『やすめどもやすめども』って感じで、幾らでも寝ていられそうな疲れ具合と言える。で、この日は新聞切りに1日(の残り)を捧げることとした・・と頑張ってるように書いても、既に記事が(机上に)山と積まれてしまっており、大して片付く訳もないんだが。。

・・ってことで翌27日(日曜)は比較的早起きし、奈良方面へクルマを走らせた。幾つかの目的はあったが、その1つとして京都府木津川市内に今月初旬オープンした「イオン高の原」内のシネマ・コンプレックス「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」に出かけてみようってのがあった。ロケーションこそ京都(府内)となるが、奈良市内からも近く、私的にかなり手頃な場所にシネコンがオープンしたな☆ って感想だ。駐車場も広いし(とは言え、休日&昼前の到着だと“屋上”に追いやられてしまうが・・)、ぶらぶらショッピングセンター内を歩く楽しみもある。

因みにこの日だと、久々に思いつきでシューズを購入した。何を買ったかと言うと・・“コンバース・オールスター”の黒色ハイカットである。なんでいきなり欲しくなったかと言うと・・昨夜(26日:土曜)にTV放送で観た映画『アイ、ロボット(2004)』でウィル・スミス演じる主人公(スプーナー刑事)がおニューのコンバースを履いてて「やっぱ最高だぜ!」とか言ってるのんにまんまと触発されてしまった訳で(=^_^=)
んで、これがまた安くて驚いてしまった。スミスの履いてた「2004年モデル」とは価格帯が違うんやろか?? ←“にわか野郎”はそういう細かい事情に弱いものである(⌒〜⌒ι)

http://store.yahoo.co.jp/z-craft/10189502.html

↑こちらにシューズの参考画像があります。無断リンク済みません。

映画は場内「前列寄り&ほぼ中央」と言うなかなかのベターポジション。おまけにここのシートがなかなか良かった! 適度に固くホールド性も兼ね備えている。梅田「ブルク7」のシートも良いが、奈良市界隈ではこちらをおススメしときたい(好き嫌いの個人差はあるだろうけど・・)。

本作、犬童一心監督の最新作である。ほんの少し前『黄色い涙(2006)』を手がけた訳で、かなり多忙なご仁となられてるようだ。私的には『金髪の草原(2000)』『ジョゼと虎と魚たち(2003)』『いぬのえいが(2005)』『タッチ(2005)』・・とその作品を幾つか拝見して来た訳だが、やはり『ジョゼ〜』の完成度が抜群に高く、問題は『ジョゼ〜』を超え得るか否か・・そこのみにあったりもした(・ω・)

東京の旅行代理店「キャラバンツアーズ」で働くキャリアウーマン(?)の河野咲子(コウノサキコ:松嶋菜々子)は、叔父(松山某)から「母が倒れた!」の報せを受け、急ぎ徳島へ帰郷する。
「徳島市立大学病院」に駆け付けた咲子の前に、病魔の気配すら感じさせぬ母・龍子(タツコ:宮本信子)の姿があった。若い頃から「神田のお龍」の異名をとり、威勢良き“江戸の鉄火女”として娘を女手ひとつで育て上げた気丈な女性だ。病室で看護師を頭ごなしに叱り付けるのを眼にし、何とも言えぬ反発を覚えたりもする咲子。
だが、主治医・島田(永島敏行)は咲子にその病状を伝える。「肝臓・膵臓、そして肺にも悪性腫瘍が転移しています、ご本人に告知されますか?」
母は自身の病名を「肝臓炎」と理解しており「仕事は女の舞台なんだよ、もうこっちはいいからお前は東京へ帰んな」と娘に言い放つ。

じわじわと死期の迫る母。咲子は記憶の底にある「14歳の夏。(阿波踊りの)演舞場で“泣きながら”踊り続けた母の姿」と「かつて母の隣にいた男性のおぼろげな姿」を知りたいと龍子に迫るが、彼女の口は固く閉ざされたままであった。
やがて叔父から「龍子の荷物」を手渡される咲子。その中には、若き日の母に宛てた「K・S」なる人物からのおびただしい量の恋文(こいぶみ)が大切に保管されていた。
「東京都文京区本郷5丁目32−4」・・その住所が気になった咲子は、密かに「K・S」に会いに行くことを心に決めるのだった。

・・やがて夏。阿波踊りの熱波渦巻く夜がやって来る。母や叔父、懇意にしてくれる青年医師・寺澤大介(大沢たかお)と共に演舞場へ向かう咲子。これが“見納め”とばかり、静かに踊りを眺める龍子。そして咲子は・・観覧席にとある人物の姿を探し求める。そう、あのころ母の隣に寄り添っていた“父”の姿を・・

うーん・・結構“直球勝負”な作品だった。強引に泣かせよう、と言う企みはそんなに映像全般ににじんでおらずホッとしたが、何だかあちこちに気を遣って撮りました、的な(犬童)監督の気苦労が強く感じられ、窮屈な印象が漂っていたなぁ。
特に「松嶋菜々子」「宮本信子」の“2巨頭”には終始、振り回されはったんじゃなかろうか(←邪推)。そう言う意味で、やはり(のびのびと描かれた印象の)『ジョゼ』には及ばなかったなぁ、と。

そもそもが「1つの過去の恋」を一夜限定で再生(?)させるため“不治の病”“阿波踊り”と言う2大ネタを準備しました、と観てて勘ぐれてしまえる「浅さ」があかんのかも知れない。おまけに“次代の恋”として描かれるべき咲子&寺澤の恋模様もちょいと薄味&駆け足ぎみだったし。

ただ終盤、徹底して客観的に描かれる「とある死とその後」が、単なる“美談”に終わらせてへんのやな〜って感じで、何らかの感慨をワタシの心に重く残してくれたのは事実である。
ご本人のリビング・ウィル(生前の意思表示)に基づく、1つの衝撃的な(?)選択の顛末なのだが。ま、ある意味“重過ぎる”演出ってな気がしないでもなかったけど(×_×)

〜 こんなセリフもありましたか 〜

龍子「大の男が泣くってことには、それなりの理由があるものさ」
  「どうしたんだい? 怖い顔して」

寺澤「何かあれば電話します・・何もなくても電話するよ」

※※「もうすぐ、踊りの季節ですね・・」

【その他の小ネタ】

○冒頭、旅行代理店オフィス。残業する咲子を捉えた映像の端で「黙々と段ボール箱を解体してる同僚」がリアルで良い(=^_^=)
○タイトルにもなってる“眉山”・・その名からつい優美な情景を連想するが・・実際には山頂にアンテナがザクザク林立してて、イマイチ情感に欠けるのだ(×_×) 何やら“生駒山(奈良県)”を連想しますた(⌒〜⌒ι)
○後半、阿波踊りのさなか“とある差し迫った事情”により、観覧席から駆け下り“連(=踊り衆)”を横切る咲子。。ちょっと過剰演出な気がしたぞ。「大名を胴切りにする子安婆」てな川柳が確かあったが、さしずめこの場合だと「阿波連を胴切りにする菜々子哉」ってトコか(・ω・)
○終盤、“某祭典終了後”の片付けシーンでの・・あの手際の荒っぽさって何やろ(・ω・) 特に「菊花」の後処理!
○劇中で“蛍”の飛び交う回想シーンがあるが・・『武士の一分(2006)』より、かなり描き方のレベルの落ちる感があった。思い切ってCGを多用した方が良かったんかな?
○冒頭で咲子が1人、龍子が1人、それぞれ“あるキャラ”を攻撃し不愉快にさせるんだが、その2人ってば、その後ふたたび劇中に登場しなかったような気がする。おいおい、そっちはフォローなしかよ(・ω・)
○K・S氏の登場! はエエけど、あんたが選んだ“リアル側の最愛のしと”は一緒じゃないんですか。。ってか何て言って家を出て来たんやろ?
○好青年・寺澤を演じる大沢たかお。本作では“べーチェット病”には悩まされてなかったようで安心しました(・ω・) ←それは別作品(2003)だっつーの。

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2007年5月22日 (火)

☆『二人日和(2005)』☆

22日(火曜)。今日は朝から何となくソワソワしていた。実は、地元の市民会館で邦画『二人日和』が上映される日だからだ。本日限りのプログラムで3回ほど上映されるが、むろん昼間の時間帯などは観れるハズもなく、問題は18:30〜の最終上映に間に合って席に着けるかどうかだった。

正直、先週の和歌山行ドライヴ(メインは釣り活動だったが)を含め、ここ数週間の疲れが殆ど抜けず、働けば働くほどにしんどさが募ってるんだが・・終業間際に自分の胸に手を当て「2秒間」ほど(=^_^=)考えた結果・・「よし、行こう!」と結論を導き出した。

古都・京都を舞台にしたヒューマニズムな佳作。神職相手に装束をこしらえる職人の男・黒由(くろよし)(栗塚旭)とその妻・千恵(藤村志保)を主人公に、彼らを取り巻く日常が“病魔”により崩れて行く過程を、回想や妻から夫へ、また夫から妻への“静かながら激しい”想いと共に綴る物語。
彼らを脇から支える「若い世代」を代表する存在とし、賀集利樹や池坊美佳(矢沢江梨子役)が好演している。

原題は「Turn over/天使は自転車に乗って」と銘打たれてるそうだが(タイトル時テロップより)、何だか妙に「軽い感じ」で違和感が。。そんなん付けなくても良かったように思うけど(・ω・)
本作では「口数少なく、女心を解さぬ頑固一徹おやじ」とし栗塚氏が「水を得た魚のように」その存在感を発揮しまくる。妻を思いやる行為の具現化(?)みたいな感じで、劇中に何度も近所の神社でペットボトル2本に水を汲んで帰る・・ってなシーンが描かれるが、ラストでは「その衣装」と「手にしたペットボトルの本数」が異なっててなかなか“考えさせるオチ”に仕上がっていた。
(因みにエンディングではロケ地とし「梨木神社」「車折神社」がクレジットされていた・・またロケ地ツアーせねば(=^_^=))

意外な本作のキーワードは「タンゴ」や「マジック」だったりする。
また特撮などと言う“小手先然とした映像テクニック”なんぞ、つけいるスキも与えぬわ! と言う骨太な作り手の職人気質を感じたりもしたが・・そんな中、唯一とあるシーンで「トランプの札が炎の中を舞い上がる」ってなイメージ映像が妙に“スタイリッシュな仕上がり”に見え、思わず苦笑してしまった(⌒〜⌒ι)

自転車に乗った好青年=伊藤俊介を演じたのが賀集(←兵庫県尼崎市の出身だそうだ)。これまでは「J※共済のCMに出てる兄ちゃん」と言う印象程度しかなかったんだが、本作では「性の臭い(←おいっ)を感じさせぬフレッシュな青年」を演じており、かなり好感度が上がった。
“マジックをこよなく愛する理学研究生”ってな役柄から、幾つかの手品を披露してくれるんだが、これがなかなか手慣れた感じで良い。『ミッション:インポッシブル(1996)』時代のトム・クルーズ(←極秘情報入りのディスクを出したり消したりしてた)に決して負けてないんじゃなかろうか(=^_^=) 

劇中では詳しい病名が挙げられぬままだったが、※※が蝕まれる病気は「ALS:筋萎縮性側索硬化症」であるそうだ。手先から筋力が次第に損なわれ、最後には呼吸筋までもが麻痺を引き起こすと言う・・
「またここでも“難病”路線かよ・・」と言う先入観が少なからずあったんだが、序盤から終盤に至るまでの流れに不自然なトコロがなかったため、観ていてさして抵抗はなかったように思う(私見)。

ほか、個人的にはもっと寺社仏閣のショットを多用して欲しかった気もしたが(=^_^=) その代わり(?)「木屋町」「新京極」「葵祭」と言った“京都ワード”のざくざく出て来たのがサービスっぽくて良かったか。
なお、黒由夫婦が若い頃に新京極(?)で観た映画とし『麗しのサブリナ(1954)』の名が挙げられていた。うわー、すげー、ふるー。
ってか栗塚さんご本人が(実人生で)『燃えよ剣(1966)』で華々しく主演するよりも前のハナシなんやねー。

若い観客には「地味過ぎちゃって困るわん」ってな印象しか与えないかも知れないが・・年老いてから観直したいな〜と思わせるに足る1作だった。
考えると、こういう地味で内省的な作品にこそ、邦画が世界(ボリウッドとか?)に誇るべきパワーが隠されているし、今こそそこをがんがんアピール(発信)して行くべきなのかも知れない。

同じ“京都”を舞台とした作品でも『舞妓haaaan!!!』とは全く通じるトコロがないと思う(=^_^=) どちらが「邦画史に残る」んかまでは、今のトコロ何とも言えないが・・(=^_^=)

〜 こんなセリフもありましたんぇ 〜

千恵「ウチが邪魔になったら、先生に言ぅて、注射打ってもろうてぇな」
  「やっぱり、ここがええわ」
  「あんたはいっつもそうや、大事な時に黙ってしもて」
  「いっそ責められた方がどんだけ楽か・・やっぱりあんたには分かれへんのや」
  「ここから先は、1人で行きますから」

黒由「この仕事、好きやおもたことはいっぺんもおへん」
  「色んなものが(人生を)通り過ぎて行ったけど、いったい何が残るんでっしゃろなぁ」

俊介「大事なものから、消えて行くのかな」

追伸:この『二人日和』の野村惠一(監督)+栗塚旭+藤村志保の“再度の顔合わせ”による新作『小津の秋』が今秋にも公開される予定らしい! ちょっち興味わいて来たかも☆ 栗塚haaaan!!!(←混乱すな!)

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☆『博士の愛した数式(2005)』☆

19日(土曜)。「土曜プレミアム」で地上波初放送(たぶん・・)されたものを鑑賞。
以前に原作(小説)を読んでたのもあり、あの「曖昧だらけな世界観(←イイ加減な小説と言うことじゃなく、人物名・地名などが明確に語られず、不思議な浮遊感に満ちていた、と言う意)」を果たしてどう映像化したんだろ? と興味と不安が入り混じっての2時間だった。

結論から言えば「無難にまとまってたネ」って感じだろうか。キャストは有名ドコロで手堅く固められ、展開も実に素直、(作り手の)生真面目さがにじんだ出来であったと言える。反面、個々の役柄よりも俳優さん本人らのカラーが濃すぎ“登場人物”に対する感情移入がどうにも出来ないままだった(・ω・)

“ルート”と呼ばれる青年数学教師(吉岡秀隆)が教壇から生徒らに優しく語りかける。「僕が“ルート”と呼ばれるようになってから19年。今日は僕にそう名付けた人・・“博士”のハナシをします・・」

キョウコ(深津絵里)は、10歳になるひとり息子を女手1つで育てる“やり手”の家政婦。そんな彼女が今回派遣された先は、離れに“博士”と呼ばれる数学者(寺尾聰)の住む、風変わりな女性(浅丘ルリ子)の邸宅だった。

女性は“博士”を義弟(ギテイ)と呼ぶ。
「義弟の記憶は・・1975年の春、すなわち“興福寺(奈良!)の薪能の夜”で終わっているのです。その夜の交通事故により、義弟の記憶はきっかり“80分間”しか残されはしないのです」

“博士”はキョウコに身の回りの世話を受けながら、毎朝「リセットされた記憶」で彼女と接する。最初は“博士”の奇妙な言動に戸惑ったキョウコであったが、次第に“博士”の説く「数式」を通じ、彼の優しい人間性を愛するようになって行く・・そんな展開である。

私的には“博士”の風貌に関し「養老孟司氏」のようなビジュアルを原作から想像してたので「ちょっと、寺尾さんではないよなぁ・・」と感じ続けてしまった。寺尾さんだと、どうにも紳士的で上品過ぎて
「食後に大きなゲップをする」「髪を掻きむしるとフケが散らばる」みたいな(←そういう描写が原作にあったように・・記憶している)生々しさが出せないんじゃないかな、と(養老さんならエエのかい! と言うツッコミを受けそうだけど・・(×_×))。
そもそも寺尾さん、キャラが(ワタシの中で)既に固定化しつつあり『半落ち(2003)』も『雨あがる(2000)』も『阿弥陀堂だより(2002)』も、みんな同じキャラ造形に思えてしまう。。ま、そんな普遍性こそが“大スターの証”とは思うけど(それは同様に、佐藤浩市、中井貴一などの方々に対しても感じることだけど・・あ、みんな“2世俳優さん”なんやね)

キャラクターの濃さが妙に作品鑑賞の邪魔になってしまうのは、浅丘さんや吉岡くんも同じ。何だか「キミら“寅さんの同窓会”やってるんスか〜?」みたいに思えるし・・もうちと薄い(?)俳優さんの起用は出来なかったんやろか(・ω・)

原作を読んでて、確か最もエキサイトしたシーン・・博士とキョウコ、ルートの3人がプロ野球観戦に行き、彼らの座ってたベンチ付近にファール球(ホームラン球だったかも・・)が落ちて来る・・てトコがまったく劇中に盛り込まれておらず残念だった(TV放送時にカットされたんやろか?)
あの場面、実際の日時と球場を(公式戦記録から)追跡することが恐らく可能であり、ベンチ付近に彼らがおったんかも! などと想像(=妄想)するのが楽しいのだ!
記録映像とか、CGを使ってでも再現して欲しかったモノだ。(同様に「野球カード」のアイテムとしての用いられ方も殆どなかったし・・)

〜 博士による数学(?)語録集 〜

博士「直感は大事だ」
  「証明は、早さよりも美しさを兼ね備えていなければ」
  「これはなかなか“賢い心”が詰まっていそうだ」
  「子供の“ただいま”の声を聞くほど、幸せなことはない」
  「子供は、大きくなるのが仕事」
  「大きく育つ力は(それを蒔いた人にではなく)種の方にある」
  「まずは(問題を)うまく音読しなくては・・次に問題を絵にしてみよう」
  「真実は“ここ”にしかない(←自らの胸を手で押さえ)」
  「永遠の真実は眼に見えないのだよ。
   眼に見えない世界が、眼に見える世界を支えている」
  「肝心なことは心で見なくては」 ←ちょいとサン=テグジュペリのノリ・・
  「子供は大人よりずっと難しい問題で悩んでいる」
  「自然に任せ、ひとときひとときを生き抜こうと思う」
  「子供には“祝福”が必要だ」

追記1:ラストにはウィリアム・ブレイクの詩が登場。コレもちょっと「数学⇒文学」への繋げ方が何とも強引で暴力的な感があった。。
追記2:「何度も繰り返す1日」って主人公のシチュエーションからは『メメント(2000)』よりも『恋はデジャ・ヴ(1993)』を連想してしまった。本作の場合は(主観的じゃなく)客観的なんだけど・・
追記3:現代における「ルート先生」 の授業シーン。「対面する生徒らの個々を敢えて映さない」ってな演出はなかなか良かった!
追記4:石坂浩二を強引に特別出演させ、浅丘さんに「あなたは、弟さんを愛してらっしゃったんですね」とか言わせて欲しかった(←そのネタばっかしかい!)

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2007年5月 8日 (火)

☆『ブレイブストーリー(2006)』☆

5日(土曜)。午後からクルマで出かける。で、市内の某スタンドで機械洗車&空気圧調整。
何とはなしにボディの小キズ関係をチェックしてみたら、左側のAピラー(フロントガラス〜前部ドア間に位置する柱)にサビキズを発見⇒ドンヨリしてしまう(×_×)
駐車場が吹きっさらし状態なもんで、紫外線・・黄砂・・鳩のフン・・汚れに傷みに何でもござれである。もうちょっと出世出来たら、屋根付のガレージを構えてみたいものなんだが。
たぶん出世なぞ望むべくもないけど・・(⌒〜⌒ι)

さて、今夜は「地上波初登場」で放送された劇場用長編アニメーション作品『ブレイブストーリー』を観た。公開当時、ちょっと気になってた映画だったのもあり、新聞切り作業をやめて、鑑賞に専念した(・ω・)

原作:宮部みゆき、製作総指揮:亀山千広(フジテレビの大物プロデューサー)・・と人材的に売れる要素は十分に兼ね備えてるようだが・・
私的にはイマイチ何も感じるものがなかった。(素晴らしくて)泣けるでもなく、(つまんなくて)ハラが立つでもなく・・もう少し何か“印象”を残して欲しかった1作ではある。

小学5年生(11歳)の少年、三谷亘(ワタル)が現実世界(“現世:うつしよ”と呼ばれる)から「空に浮かぶ扉」を越え、向こう側に広がる“ヴィジョン”と呼ばれる世界へと向かう。渡された「勇者の剣」の柄(つか)の部分にある「5ツの穴」に宝玉を全てはめ込むと「運命の塔」に登る資格が得られ、その最上階に待つ「女神」に“とある運命を変えてもらう”のがワタルの旅の目的。
そしてその世界では、彼の同級生であるミステリアスな少年、芦川ミツルが“強力な魔法使い”とし、先に“ヴィジョン”に混乱を巻き起こしていたのだった。
キ・キーマ(ジャージャー・ビンクス系?)、ミーナ(ネコ娘?)、カッツ(女親分?)・・と言った旅の仲間と知り合い、ワタルは宝玉を揃えて行く。だが、最後に彼を待ち受けるのは、余りに過酷な試練の連続なのだった・・そうゆう流れ(・ω・)

うーん・・何だろう。スタッフ(キャスト含む)も映像も確かに一流。物語もそつなく展開するんだが・・何か漫然と観てしまい、何も感じないし、何も残らないって印象だ。
特に“タチが悪い”のは「悪いツッコミのしようもない」ってトコか。脚本や演出、世界観などに「穴ぼこ」がたくさんあれば、そこに対しムチャクチャ突っ込めて、それはそれで楽しいんだが(おい! どういう趣味や!)、そんな面白みもないのである。

コレが原作(小説)を読んでからだと、或いは印象や(作品に対する)思い入れも変わって来るのかも知れないが・・

・次々と脈絡なく主人公のクエスト(冒険)が展開し、次第にそのテンポに置いてけぼりとなる。
・“ヴィジョン”なる作品世界が「断片的なまま」描かれるため、漠然と観るほかない。
・“現世”も“ヴィジョン”も「ステレオタイプな(既視感(?)のある)世界」であり、さしたる斬新さが感じられない。
・登場キャラクターの誰に対しても、感情移入が出来ない。

そういうのんが目立った、私的に。

また、作品のあちこちにアカラサマなオマージュ(?)、或いは模倣のようなモノが多かった。連想したのは『天空戦記シュラト(1989):主人公とライバルの造形』『オズの魔法使(1939):虫瞰図的世界描写』『天空の城ラピュタ(1986):光る宝石』『マトリックス・レボリューションズ(2003):センティネル系敵キャラ』『ネバーエンディング・ストーリー(1984):悪ガキ3人衆&主人公の試練の旅』・・などだろうか。
「結局、現世から来たよそもんが、その世界でいっちゃん強い」ってノリは『ドラえもん/のび太の宇宙開拓史(1981)』系なのかも知んないけど。。

あんまし詳しくないし、ファンのしとたちをテキに回すつもりも毛頭ないンだが・・“宮部みゆき作品”って、別にムリして映像化する必要は全くないのかも・・と直感的に思ったりした。
『模倣犯(2002)』も『理由(2004)』も・・今までに観て来たのんって、あんまし納得出来るモノがなかったのである(・ω・)

まぁ、「作る側」と「観る側」の思惑がすれ違ってるケースって、起こって然るべきではあるんだが。

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2007年1月 8日 (月)

☆『武士の一分』☆

本年初めての“劇場”映画鑑賞! ってことで、手堅いトコで(?)評判の邦画『武士の一分』を観て来た。監督:山田洋次×原作:藤沢周平=時代劇トリロジー(3部作)の最期を飾る(←余りに好評だし、6部作ぐらいプランが拡張されそな気がせんでもないが・・(=^_^=))一作。先に観た家人も「なかなか良かったで」「何カ所か泣いたで」みたいな高評価☆

ネット上の評価からも「(主人公を演じる)木村拓哉(以下キムタク)の存在(演技、言動)に納得できるかどうか」が最大のポイントだと予期してた次第だが、結論とし、ワタシの中では「良く頑張ってる!」と感心した。序盤、ちと寡黙な印象だったので「庄内弁はどうなんや?!」と不安を覚えてしまったものだが、ちょっと崩れた(関東風に洗練された?)現代っぽい言い回しはあるものの、ワタシなんぞを騙くらかすには充分なレベル(=^_^=) 庭で木剣を手に稽古する場面での動き(殺陣)もなかなか良かった。
映画初出演とされる壇れいさん。ワタシと多分近い年齢の筈だろうが、若く見える! 幾つかのシーンで(裸足の)足裏や足指が(意図的に?)際だつ映し方がされるが、ゾクッとするほど良いおみ足をしておられた(⌒〜⌒ι) それに、ややふっくらした輪郭に、アゴがちょいと割れてる感じなのが良い! 個人的に、アゴの割れてるしとが大好きなんですわ(=^_^=)

物語は「封建藩主のお毒味役(=鬼役)とし暮らす青年武士・三村新之丞(キムタク)の慎ましい生活」を描く前半、「とある事件により、突如とし暗雲立ちこめる三村家。戸惑う妻・加世(壇)」って感じの中盤、「“武士の一分”のため、立ち上がる三村の孤独な戦い」が展開される後半・・って構成に分けられるだろうか。

シンプルな組立ての割に“約120分”とゆったり描かれた物語世界。三村家の3人(キムタク、壇、中間(ちぅげん:従者のこと)・徳平役を演じた笹野高史)以外の登場人物は、(意識的にか)その存在(印象)を極めて薄く描かれている。
驚いたのは樋口某を演じた小林稔侍。とぼけた持ち味を最大限に発揮出来ぬまま、役柄の通り“つんのめって転んで”しまった(×_×) 『たそがれ清兵衛(2002)』の時のようなインパクトがもっと欲しかったのに・・(×_×)
珍しいやん? と勝手に感じたのは、町医者・玄斎を演じた大地康夫。この人もそんなに出番はなかったが、美味しい役回りの1人だったかと。

物語の進行やオチについて書くのは問題なので触れないが・・私的に気になったのは下記の幾つか。

□劇中で描かれた場所(ロケーション)がやや限定&屋内的だったか。例えば「村祭りの風景(←ちと定番過ぎるが・・)」とか、「竹刀で子どもに稽古をつける三村」とか「屋外での夫婦の語らい」とかあっても良かったかと。因みに私的には「(序盤に登場の)堀端の風景」がとても良かった! 城の姿を水面に映すに止めてるのが素晴らしいのだ!
□殿様(藩主)の人物像が極めて薄い。特にあの「大儀」なる“そっけない発言”と、後半で「伝え聞いた言動」とのギャップがどうにも埋まらない。
□新陰流の使い手である番頭(ばんがしら)・島田藤弥(坂東三津五郎)の「俺はこんなに強いんだぞ」的なアピール場面も欲しかったか。何だかプライドばかり前面に出てて、剣術の腕は未知数だった印象。苦労して“あんな行動”に出た(鞘を投げる寸前)のに、結果は“アレ”だし。。
□後半、とある流れで、三村宅を去ることとなる加世。新之丞の「月代(さかやき)」の変化から察するに・・かなり長期だった気がするが・・どう糊口を凌いだんだろ(・ω・) ことによっては、更なる「果し合い」を重ねなければ「武士の一分」に関わる・・って事態は起こらないんだろうか(⌒〜⌒ι) 何だか『シー・オブ・ラブ(1989)』の世界みたいな。。
□城内、あんなに「蚊」が飛んでるのは不自然では。。スクリーンに映るほどでっかい体長っぽかったし(×_×) 一方で「蛍」のCG造形は自然で良かったッス☆
□剣術の師匠役の緒形拳。後で嫌疑をかけられなかったんだろうか。同じ流派(太刀筋)な訳だし。
□藩命により「聞き込み」を徹底すれば、“訪問者”を手がかりに、下手人は探し出せたと思われるが・・。或いは藩主は全ての事情をご存知だったか?
□本作の裏タイトルは『武士の醜聞』がピッタリ来るかも。要所で物語を“転がす”ネタ(?)が全て「噂」だったし。
□徳平役を福本清三氏が演ってたら、ひと味違って面白かったかも(=^_^=) 寡黙だろうなぁ・・

〜 印象に残った台詞 〜

加世「私は、あなたのことを心配したいのです! もっと心配したいのです!」

新之丞「共に死するを以て、心と為す。勝ちは其の中に在り。・・必死、即ち生くる也!」

新之丞「貴女の下世話な告げ口は、自身の心の醜さ、卑しさを白状したようなもの」

※細かいキャラの“所作”も丁寧で魅力的だった本作。「良人(夫)の膝にこぼれた飯粒を見つけつまむ妻(その米粒は・・)」「縁側に上がる際、足袋に付着した砂を払う桃井かおり」「剣の手入れをしつつ、刃に映した妻の姿に微笑む良人」・・。職人芸的なカメラワーク(←惚れ惚れします!)と、ふとした動きにこめられた人物の心情・・それが最大の見所と言えるのかも知れません。

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