2014年11月 3日 (月)

☆『ぱいかじ南海作戦(2012)』☆

地上波デジタルで放送されたものを録画し、2日に分けて鑑賞した。

離婚+失業で「総てを失ってしまった」傷心のカメラマン・佐々木(阿部サダヲ)が辿り着いた南の島で体験する、サバイバルな日常をコミカル&チープに描いた作品である。

阿部サダヲと言えば「演じるキャラの造形により、大きく当たり外れのある男優さん」だと評価しているワタシ(⌒〜⌒ι)

当たってると言えば『舞妓Haaaan!!!(2007)』『謝罪の王様(2013)』
外れてると言えば『なくもんか(2009)』『夢売るふたり(2012)』

なんかを挙げたいトコ。まぁ『太平洋の奇跡/フォックスと呼ばれた男(2011)』みたいに「イヤな役」で実力を発揮したはる作品なんかは「当たってる」と評せるのかも知れないが。

本名は「佐々木」なのに、とっさに「宮本」と偽名を口にしてしまうトコも「負ける側(=小次郎)がイヤで、勝つ側(=武蔵)を思わず名乗ってしまう」心理状況が何となく分かる気もして微笑ましい。って、後でややこしくなるだけなんだが、、 まぁでも、本名が「本位田(ほんいでん)」じゃなくて、まだ良かったじゃん(=^_^=)

本作の見所は「人死にの皆無な(安心して観られる)作品世界」「外見的な感情描写(ときにハイテンションな喜怒哀楽)と共に放たれる、常に客観的かつ冷静なモノローグ(独白)のハーモニー」だろうか。仲間が次第に増えてゆき、彼らが意外に豪華な出演陣(永山絢斗、貫地谷しほり、佐々木希、ピエール瀧、浅野和之ら)なのにも驚かされたり。

因みに、劇中でネタにもなってるが、タイトルの「ぱいかじ」は「沖縄方言で“南風”の意」だそうで。

〜 こんなトコも 〜

・原作は椎名誠さんによる同名小説。
・序盤のキャンプで、主人公は何を喰わされたのだ?
・ラスト、イントレ(撮影用の足場)の搭載された筏に飛び乗った主人公は、海原を何処へ向かう?
・って言うか、あれってハッピーエンド?
・「別れたあのしとと再会する展開」は敢えて必要だった?
・冒頭、上空から堕ちて来るビールの瓶は・・飛行機の窓から落とされたのか?
・あれはやはり『ミラクル・ワールド/ブッシュマン(1981)』に対するオマージュなの?
・「落とし穴に堕ちたイノシシ」を退治するシーンは、良い意味で「転」となってる。

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2014年8月 3日 (日)

☆『春を背負って』☆

先月。3連休の最終日でもあった、7月21日(月)の夜。
「イオンモール伊丹」の上層階に位置する、ややご近所なシネコン“TOHOシネマズ”で観て来たのは「生真面目&丁寧に撮(つく)られた作品である事」の実感出来る山岳ドラマ『春を背負って』だった。

本作は『劔岳/点の記(2009)』で鮮烈な監督デビューを飾った“撮影畑出身”の木村大作による2本目。
今回は「山岳測量に材を取った(明治期の)実録モノ」ではなく「山小屋経営を軸にした(現代の)家族のドラマ」なる体裁をとっていた。

音楽は『劔岳』に続き、池辺晋一郎氏が担当。多少、古めかしく(?)も荘厳な印象の調べが全篇を盛り上げてくれてもいる。

富山県・立山連峰。
大汝(おおなんじ)山の頂き(標高3015m)に建てられた「菫(すみれ)小屋」で、長らく管理人をしていた長嶺勇夫(小林薫)が遭難客を救い落命する。
その妻=菫(檀ふみ)は、これを機に近隣の山小屋「雷鳥荘」に「菫小屋」を譲り渡そうとするが、葬儀のため一時帰郷した東京在住のひとり息子=亨(とおる、松山ケンイチ)が「小屋を引継ぐ」と宣言するのだった。

元々、山小屋経営と言うものが、採算の取れぬ“赤字続きの生業”でもあったため、母=菫をはじめ、周囲は猛反対するのだが、亨の意思は強かった。
麓の「民宿ながみね」で菫を手伝う快活な女の子=高澤愛(蒼井優)や、亡き父の(大学山岳部の)後輩だと言う“風来坊気質”の多田悟郎(豊川悦司)の支えもあり、久しく山に向き合って来なかった亨も、次第に「山小屋の主人」としての技量を積み、自覚・自信を身につけてゆく。

悟郎を“山の先達”を仰ぎつつ、数々の登山客らとの出逢い、そして経験を重ねる亨だが、来春に向けて小屋をいったん片付ける「小屋終い」の日に、思いもよらぬ“大きな事件”が巻き起こるのだった・・

笹本稜一氏の著した(同名の)連作短編小説を原作とするが、舞台となるのが「現代」である事や、キャスト陣を豪華にし過ぎてない(?)辺り、より物語そのものに集中して観る事の叶った気がする。また、青年である主人公の「成長のドラマ」「ぎこちない恋愛物語」なども軸になっており、山にとんと詳しくない観客が観ても「取っ付き易い」「微笑ましい」ドラマに仕上がってたように思う。

中でも特筆すべきは、主人公を導く悟郎のセリフの数々! 『レイクサイド・マーダーケース(2005)』や『妖怪大戦争(2005)』『ジャッジ!』ではあんまし良い印象のなかったトヨエツ(豊川)が、ここでは「助演男優賞モノだよこりゃ!」と賛辞を贈りたくもなる程の「存在感」「優しさ」を兼ね備え、心に残る言動を次々と放ってくれた!
多少「キザ過ぎる」「ニヒル過ぎる」きらいはあるんだが、ホンマに男が惚れる程の(?)人物を好演してくれたなぁ・・と思った。

主人公の「元トレーダー」と言う職歴や、バブル崩壊の際に「地獄を体験した」とされる悟郎の過去も、現在の「山と向き合う姿」と対照的に配されてて面白い。

「屋内シーンがスタジオ撮影っぽく見えて」しまったり「重要シーンでの音楽の入り方が強引に聞こえて」しまったり「ドラマ部分の演出が古臭く思えて(←スローモーション映像とか)」しまったりもするんだが、、その辺りの残念さも、作品全体からにじみ出る「生真面目さ」を前にしては、さほど気にならなくなるのが不思議である(=^_^=) まぁ『岳/ガク(2011)』でも、スタジオ撮影っぽいシーンは少なからずあったワケだし・・(⌒〜⌒ι)

トヨエツが苦手な方、本作はおススメです(苦笑) ムリに「ベタ踏み」せずとも、感情移入出来ちゃうハズです。

※本作で気に入られた方には、トヨエツ主演の『1枚のハガキ(2011)』もおススメしときます(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・木村監督。前作と本作の間に『北のカナリアたち(2012)』の撮影をこなしておられるそうだ。
・エンターテインメント性がやや低めだった印象は(確かに)ある。
・エンドロールで流れるのは、山崎まさよしの「心の手紙」・・書下ろしの新曲だそうで。
・中盤で市毛良枝さんの放つ短歌(俳句?)を・・「完全に聞き逃してしまった」のが悔やまれるトコだ(×_×)
・市毛さんの旦那役とし、どうにも柄本明の顔が浮かんでしまふ、、(⌒〜⌒ι)
・亨の勤務していた「GAC(グローバル・アセット・キャピタル社)」では、専務(演:嶋田久作)や部長(演:仲村トオル)の重い存在感に、観客として観ながらですら息が詰まりそうになってしまった(×_×)
・ガイド役で出演してたしとたち(清水・加賀の両名)は、モノホンなんやろか? 山小屋に3人(亨、菫、愛)を案内し、帰りはスキーで麓まで滑降して行った姿が、ベテラン過ぎて眩しかったで(=^_^=)
・「(最期となる)電話で父親と話せなかった」ってのは『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い(2011)』のオスカー少年もそうだけど、かなり心に重く残されてしまうものがあるだろう。
・「菫小屋」で売られてる特製Tシャツは2500円。意外に良心的な価格設定だと思う(・ω・)
・「美人か?」と問われると、ちょいと困ってしまう(←ファンの方、すみません)蒼井優さんだが、その明るいキャラは素晴らしいと思う。標高3000m級の山頂で、彼女と両手を繋いでグルグル回れたら、それはそれで(空気の薄い事も手伝って)メッチャ爽快やろね(=^_^=)
・「山岳監修」の多賀谷治氏は、国際山岳ガイドとの事だ。
・「山桜」「鯉のぼり」「紫陽花」など“まんま季語”みたいな情景を「どストレート」に映してくれるシーンにも、逆に好感が持てた。
・本作を観てて「ロックチェア」が欲しくなって来た! いつか買うぞ!(今の生活では置く場所がない(=^_^=))
・重さ=60キロの荷物を担いで山登り・・ 両膝が砕けるやろな、、(×_×)
・山小屋の朝は「午前3時半起床」との事だ・・ぐふぁっ!(×_×)
・完成したばかりの椅子を背負って(菫小屋に)やって来た、粟巣野家具工房の中川聡史(新井浩文)。そのタイミングがスゴい!
・山頂でも、ネット環境に限っては快適そうだった。
・『重力ピエロ(2009)』を観た直後だと「本作ってば、岡田将生を背負って山を歩くハナシなんやろか?」と勘違いしたりするのかも知んない(いや、ないない)

~ こんなセリフも ~

亨「寒い・・恐い」
 「久しぶりに登ると・・キツいっすね」
 「“山の天気”みたいな人だな」
 「全身が棒になったようだ」
 「親父なら、どうしてたかなぁ」
 「何となく、お前には
  話しておきたかったんだよなぁ
 「この低気圧は脚が速い。
  明日には晴れますよ」

勇夫「一歩一歩、自分の力で歩けばいいのだ」
  「ゆっくりでいい」
  「自分の脚を使え」
  「ザイルに頼ればいい」
  「気をしっかり持て」
  「着いたぞ。良く我慢した」
  「人はな、年を重ねるにつれ
   沢山の荷物を背負って行かなければならない」
  「そこには地図も目印もない。
   行き先は自分で決めなければならん」
  「鶴は、自分の帰るべき場所をちゃんと知っている。
   人間なんて、とても及ばん」
  『もう大丈夫だからな。脚、動かせる?』

菫「全く・・独りで勝手に逝ってしまって」

愛「“此処が私の居場所なんだ。此処で生きたい”って思った
 「(あの人は)窒息寸前の私に、沢山の酸素をくれた」
 「よし、奇麗になった。来年も宜しくお願いします」

悟郎「(登る)先は見ない方がいいよ
  「一歩一歩、負けないように、普通に歩いたらいいんだよ」
  「あんたは荷物とケンカしてる。
   荷物とは仲良くしないと
  「やっぱ、山で吸う煙草の味は格別やね」
  「煙草も人間も、煙になって初めて
   “本当の価値”が分かる
  「山ではお互い様。当たり前の事だよ」
  「気にしない! 気にしない!」
  「いつも自分の居場所を捜して
   旅をしているのさ」
  「人間は裸で生まれて、
   独り手ぶらであの世に逝く」
  「ゆっくりでいい。足元を確認して」
  「落ち着くかって? 当ったり前だよ」
  「3000m級の単独行は駄目」
  「(登山は)“自信の付いて来た頃”が1番危ない
  「同じ失敗を繰り返さない様にしたらいいんだよ」
  「欲をかいちゃいけないよ
  「だから“有難う”って言葉が
   身に沁みて来るんじゃないかな」
  「人生は徒労(無駄な骨折り)の連続なんだよ。
   それでも、一歩一歩歩いて行く。それが人生なんだ」
  「あれは、きっといい奥さんになるよ」
  「話したい事があったら、何でも話したらいい。
   我慢するんじゃない」
  「さ、俺はもう寝るよ」
  「“荒らさず、絶やさず、欲張らず”だよ
  「(これまで)好き勝手に生きて来た。
   人に迷惑をかけてまで生きたくない」
  「有難う・・もういい」
  「還されちまって」
  「ただ今、帰りました」
  「人間は、他人の心との触れ合いが
   あってこそ、生きて行ける」
  「鶴は軽々と超えて行く。
   自分の居場所に還るために」
  「あの2人は“決まり”やね」

聡史「此処が、この樹の居場所なんだな」
  「半端な事ばっかだ」

部長「空気、美味いんだろうなぁ」

※「数字は残酷だ」
 「“幸せの終わり”は突然やって来る

菫「全く“親の心、子知らず”だわ」
亨「それを言うなら“子の心、親知らず”だよ」

悟郎「彼女は今、自分が背負ってる荷物の1ツを
   下ろそうとしている」
亨「・・重かったんだろうな」

亨「俺に酸素をくれたのは、悟郎さんと愛ちゃんだね」
愛「沢山、酸素をあげますね

芭蕉の句『山路来て 何やらゆかし 菫草』

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2013年3月10日 (日)

☆『ふがいない僕は空を見た(2012)』☆

コレもまた、随分と前の鑑賞・・(・ω・)

2月22日(金曜)の夜。商店街の中にあるミニシアター“ソレイユ”の「レイトショー」で鑑賞したのは、そこそこに話題性もあり、ネットでの評価も高めだった『ふがいない僕は空を見た』である。

再オープンしたばかりの「ホール・ソレイユ(4階)」での上映かな? と思いきや・・これまで通りの「ソレイユ2(地下)」だったので、当初“何となく”4階に向かったワタシは、係員さんに「今日のこのシアターでの上映はもう終わったよ」みたいな事を言われ、瞬間的にかなり焦ってしまったモノだった(⌒~⌒ι)

“2011年・本屋大賞2位”に輝いた、窪美澄の同名小説を原作に、女流監督=タナダユキがメガホンを執った「R18」指定作品(因みに大賞は東川篤哉氏の小説『謎解きはディナーのあとで』である)。

不妊に悩む主婦と、彼女とコミックマーケットで出逢った高校生の不倫関係を軸に、そんな2人を取り巻く周囲の迎える苦悩、そして再生への道が描かれる。

母親=寿美子(原田美枝子)の経営する助産院が自宅である高校2年生=斉藤卓巳(永山絢斗)は、友人に連れられ出掛けたコミケ(=コミックマーケット)会場で“あんず”と名乗る主婦=岡本里美(田畑智子)と知り合う。

程なく2人は里美の家族に隠れ、彼女の自宅(マンション)で“コスプレ(=コスチューム・プレイ)姿での情事”に耽るようになる。

やがて、2人の性行為を“隠し撮り”した映像や画像が、ネット上に多数バラまかれる事になり・・2人のみならず、その周辺の人々までもが「直面する厳しい現実」を改めて突き付けられる事となる・・

正直に告白すると「田畑さんの“体当たり演技”が観たかった!」ってのが、大きな鑑賞理由でした。すんませんッ!

で、その辺りを「ダラダラと」描くんかな~ と思いきや・・物語は前篇・後篇にキッチリ分かれてる感じで「物語のテーマ」も「主人公キャラ」もガラッと一転するテイストに仕上がってた点に驚かされた。

「誰がネット上にプライベート動画をバラまいたのか?」と言う部分の“謎要素”はストーリー上でさほど重要ではなかったらしく、その辺りのミステリー性には重きが置かれていなかった。

それ以上に「奇跡的に始り、いつまでも続くと思われた“最良の関係”と言うべきモノが、如何に容易く崩れ去るものか」って事が、劇中に「色んなパターン」でもって、我々観客に何度も襲いかかるのである。

ストーリーの大部分で「別離・喪失」が描かれる一方「物語中で誰も死なない」って演出には「“ありきたりな悲劇パターン”に逃げ込んでおらず、スゴいな~」と心から感心させられた。

田畑さんに関しては、眺めてて「痛々しくなる体当たりシーン」と言う訳でもなく、案外寛いで拝見出来たワタシだった。

私的には「コスプレ姿」と言うのには殆ど関心がなく、どちらかと言えば「ベッドルームに監視カメラ(=見守りカメラ)が仕掛けられてるのを承知の上で、より激しい(全裸での)性行為を繰り広げる」と言う開き直った“あんず”の言動にこそ、少なからず興奮を覚えてしまった(⌒~⌒ι)

主役格の2人(永山&田畑)を喰っちゃおうか的な勢いで、存在感を発揮してたのは、里美の義母=マチコ役を演じた銀粉蝶さんと、卓巳の親友=福田のバイト先であるコンピニの先輩=田岡役を演じた三浦貴大くん。この2人には、助演女優&男優賞を差し上げても良いぐらいである。

しかしながら・・あんなにも強烈な個性を放っていた人たちでさえ、物語の進行と共に「此処でない何処か」へと静かに去って行くのである。「挑発的な作品」と思い、身構えて観に行った本作に於いて、こんなにも切なさや喪失感を与えられるとは思わなかった。

さほど世界観の大きな物語でもなかったワケだが「貧困」「友情」「家族」と言った“誰にとっても身近な要素”について、しっかり考えさせてくれる「良作」であったと評したい。

~ こんなトコも ~

・田畑さんの囁くようなセリフ「パラレル・プリンセス・ヴァージョン・アップ」の音声データをネットで死に物狂いで捜してしまう俺がいて(恥)

・「こんなトコから早く抜け出しちまえ」と福田の背中を押す田岡に『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)』に於けるベン・アフレックのイメージが重なった(=^_^=)

・そんな田岡くんは“ムエタイ”とかが得意そうなヴィジュアルだった。

・共通するイメージを感じたのは『天国と地獄(1963)』『東京タワー/Tokyo Tower(2005)』『人のセックスを笑うな(2008)』辺りだろうか。

・『悪の教典(2012)』よりもある意味深くて恐かった本作・・

・友情の皮を1枚めくると・・案外、冷酷無比な感情がそこに流れてるのかも知んない。

・劇中に表示される「独白」みたいなメッセージが印象的だった。

 “その日から、俺の頭の中はあんずの事でいっぱいになった”

 “こんな気持ちのいいセックスの果てに子供が産まれるとしたら、

  それは何て幸せな事なんだろう”

 “どうか今夜、あの人が寒い想いをしていませんように。

  僕は意地悪な神様に1度だけ祈った”

 “神様、どうかこの子を救って下さい”

 “僕たちは、僕たちの人生を本当に自分で選んだか?”

・ソフト化の折には劇中アニメ『魔法少女マジカル☆リリカ』関連の映像特典なんかも封入しといて欲すい(=^_^=)

・人生で1度ぐらい「あの人、超ムラマサじゃない?」だの「ムラマサ、入ってますよね」だのと言われてみた・・かっ・・た・・(ガクッ)

~ こんなセリフも ~

卓巳「俺も・・松永とおんなじだから」

  「好きってだけでつとまる仕事じゃないよ、助産師」

  「あんずさんって分かんなかった、コスプレしてないから」

  「だって・・あんずが笑うと“中が響く”し」

  「お前・・“厄介なもん”くっ付けて産まれて来たなぁ」

里美「早く冬休み来ないかな・・そしたら、朝から会えるでしょ?」

  「出来たら絶対産むよ・・なんて言わないから」

  「そろそろ旦那、帰って来るから」

  「私だけが悪いの?

  「あんたは絶対、此処に戻って来るんだから!」

  「・・呪ってやる」

  「もっと舌、尖らせて」

  「・・美味しくない」

  「人生で一番巧く描けた“ムラマサ”・・私の理想の人」

  「あんまり強くしないで・・生理前だから」

  「・・脱いで」

  「いいよ、出して・・大丈夫だから」

  「また逢ってくれない? 逢ってくれる?」

  「ごめんなさい・・1人にして」

  「あんず、いい子にして待ってました」

  「アメリカに行くの、私・・ウェストヴァージニア」

福田「バカだなぁ・・あいつ」

  「いつも弁当、済みません」

  「何だかエラい事になってるぞ・・

   誰かがお前の“何かヘンな写真”バラまいてて

   ・・あの女、誰?」

  「自分だけ不幸なフリしてんじゃねぇよ!

  「ねぇ・・何で俺、産んだの?」

  「堕ろせば良かったのに。

   ・・“自分の都合”だけで俺を産まないでよ」

寿美子「仙骨だからね」

   「一番大切な事は、夫婦の仲が良い事」

   「赤ちゃんってね、全部見てるのよ、お腹の中で」

   「時間のかかるのは“お産の証”だからいいの」

   「思ってる以上に子供は死ぬの・・どんなに手を尽くしてもね」

   「卓巳、生きててね。あんたも生命の1ツなんだから。

    生きて、そこにいて

光代「ホントの事、言いたくなる時ってないスか?」

  「やっぱり先生、腹黒いスよ」

  「オトコ、知ってんの? この事」

  「“中絶出来る時期”なんてとっくに過ぎてんだよ、バカ野郎!」

  「この世にいるんスかね? “バカな恋愛”した事ない奴なんて」

マチコ「今から朝ご飯? 遅いのねぇ」

   「出来る事は全部やってみない?」

   「“3年子なしは去れ”と昔は言われたものよ」

   「ねぇ・・何で出来ないの?」

   「結婚させるんじゃなかった」

   「あんたなんて“外れクジ”よ」

   「子供がいないから“こんな事”になるのよ」

   「女は暇を持て余してるとロクな事しないもんよ」

   「アメリカにいい病院があるのよ」

田岡「これじゃ“アナザー(another)”じゃなく

   “アナター(anater)”だよ」

  「お前さ、今のままじゃ、まるっきり“丸腰”じゃん」

  「大卒のステータスぐらい装備しろよ」

  「(お前に)教えてる奴が無能なんだよ」

  「じゃあさ、勉強しようか?」

  「入院させた方がいいな・・もうお前の手には負えねぇよ」

  「こんな暇なもんより“最短であの団地から抜け出る事”を考えろ」

阿久津「どうでもいいけど、ウチらどう足掻いたって

    こっから抜け出す事なんて出来ないかんね」

有坂店長「ルンペンに喰わせる弁当はねぇ」

    「バカしかいねぇな、この街は」

福田の母「父さんの母親だもん、私が面倒見る義務ないじゃん」

    「ほっとけばそのうち・・死・・」

卓巳「いい娘で待ってたかい? あんず」

里美「はい、ムラマサ様」

卓巳「ダメだ・・ヤバい」

里美「いっぱい出していいよ」

卓巳「ねぇいいの? いつもコンドームつけなくて」

里美「大丈夫、計算してるから」

卓巳「もう来ないから・・じゃあ」

里美「ヤだ! ダメだから!」

卓巳「こんなの、何が面白いの?」

里美「・・現実、見なくていいから

卓巳「冷やしちゃダメだよ、此処は」

里美「どうしてそんな事、知ってるの?」

里美「今までありがとね」

卓巳「・・置いてかないでよ」

里美「もう“お家”へ帰らないとね」

阿久津「ヤバいのは動画の方でさ・・何つうの・・」

松永「そのサイトのアドレスも頂戴」

阿久津「観たいんだ・・そっか」

松永「だって、まだ好きだから」

福田「何で俺を助けるんですか? “施し”みたいなもんですか?」

田岡「俺は、本当はとんでもない奴だから、

   それ以外のトコではとんでもなくイイ奴になんないとダメなんだ」

寿美子「お祈りしてたら、息子に会っちゃった」

卓巳「何、祈ってんの?」

寿美子「子供の事。あんたの事も。

    世界中の子供、これから産まれて来る子に、

    産まれて来られなかった子に。

    生きている子も、死んだ子も、全部」

母親「そんなに気になるなら、自分で確かめれば?」

父親「今の俺は父親としてダメ過ぎる」

母親「だったらそんな事、訊かないで!」

追記:世界中から「カエル顔」と言われても、田畑さんの1ファンでありたい!(←なら「取って付けた」ように追記扱いで書くなよ!)

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2012年12月19日 (水)

☆『100年の時計』☆

すっかり記事のアップが遅くなってしまい、スミマセン(×_×)

ヘタすると、月内に1回更新ペースも難しいかも知れんなこの調子では・・(⌒~⌒ι)

・・

11月27日(火曜)の夜、市内の“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて鑑賞して来たのは、我が街=高松(←ここ数年、お世話になっとるだけやろが!)を縦横に走るローカル電鉄=ことでん(高松琴平電氣鐵道)の存在を“軸”に据えた、ロマンティックなSFラヴ・ファンタジー(?)『100年の時計(←正しい表記は『百年の時計』)』だった。

基本的に「ご当地(香川)を舞台とした作品ならば・・可能な限り観とこうではないか!」と決めてるので、迷いこそ余りなかったが、予備知識の殆どないまま劇場に向かったような感じだったので、若干の不安がないワケでもなかった(・ω・)

監督は『ばかもの(2010)』以来の劇場鑑賞となる金子修介氏。

2011年11月18日に「路線開通100周年」を迎えたことでんの記念事業の一環として制作された“オール香川県内ロケ作品”でもある。

高松市美術館(←実在)に勤務する女性学芸員=神高涼香(かみたかすずか:木南晴夏)は、地元・香川出身の世界的な前衛芸術家=安藤行人(あんどうこうじん:ミッキー・カーチス)の“四国初の大回顧展”開催にようやく漕ぎつけ、不安を覚えつつも心中では得意満面だった。

30年ぶりに高松空港に降り立った(ハズの)行人を迎えに行く美術館スタッフだが・・そこにやって来たのは、彼のマネージャーをつとめる娘=美咲(木内晶子)のみだった。

実は「1本早い便で、既に空港に到着していた」と言う行人。手分けして彼の行方を捜す事となった涼香たちは、片原町商店街でようやく扮装した姿の老芸術家を発見するに至る。

そして、この1件を皮切りに、行人は「新作を造るインスピレーションが湧かない」等とダダを捏ねては、美術館員らを呆れさせる。

無気力&人間不信に陥っているそんな行人に、涼香は「以前、先生にお会いした事があります」と告げる。

真剣な態度の涼香を前にし、ようやく彼女のハナシに耳を傾ける行人・・

そんな彼が涼香に提示した条件は「俺が芸術家を目指すきっかけとなった、この“懐中時計”の贈り主を捜して欲しい」と言うものだった。

行人が今も愛用する“懐中時計”の持ち主が見つかり、その人物に逢う事が出来たら、失われた創作意欲が復活するかも知れない・・と。

こうして、涼香とその父=邦男(井上順)、彼氏=溝渕建治・・らを巻き込んだ“100年の時計の所有者捜し”の旅が始まるのだった・・

作品ポスターのヴィジュアルイメージからして、何処となく筒井康隆、眉村卓、半村良、、と言った往年の(?)SF作家によるジュブナイル(児童文学)の文庫本表紙を思わせてもくれる本作。

総じて評するなら、結局のトコは小粒(=小品)で、製作費の潤沢な印象なんぞ微塵も感じられないのだが(おい)・・限られた資金&制作期間の中で極めて真面目に造られた“愛すべきマイナー作品”ってな表現がワタシのアタマに浮かんだ。

本来、主人公の立ち位置にあるべき(?)涼香&行人の両者(の言動)が何となく“ラディッシュ”っぽくも思われ、イマイチ物語に脚を踏み入れ辛いトコもあるにはあったワケだが・・劇中に登場する「氏部由紀乃&青年期の行人」の2人の“過去の恋愛模様”がとにかく素晴らしく、そちらの方にグイグイと引き込まれて行ったのだった(⌒~⌒ι)

由紀乃さんを演じた中村ゆり、そして若き日の行人を演じた近江陽一郎・・の2人の“悲しいドラマパート”の完成度が、ワタシのハートを完全に貫いてくれたのだった!(⌒~⌒ι) おまけに泣かされもしたり(照)

唐突に、ことでんの乗客各位が“モノローグ”を放ち始め、何だか「主人公って誰だったっけ?」的にちょいとアタマのクラクラして来る演出もあったが、そう言ったある種“ノイジー”な展開に走り始めた物語を元の軌道に戻し、再びロマンティックな幕引きへと観客をエスコートしてくれたのもまた「由紀乃&行人」なのだった。

って事で、も少し「青年期の行人」を巡るドラマをメインに据え、多少は尺が短くなろうとも、ブレない構成で突き詰めて仕上げたら、更に万人にウケる作品に仕上がったんじゃないかな~と思う。

~ こんなトコも ~

・序盤など、田園風景の映し出されるシーンにおける“緑”の色合いが印象的で素晴らしかった! 『萠の朱雀(1997)』や『リリィ・シュシュのすべて(2001)』を連想してしまったモノである(・ω・)

・セリフの中で「行人は“椅子”職人の息子」と語られてたが、正しくは「“石”職人の息子」だった・・“耳コピー”の限界やね。。

・『シグナル/月曜日のルカ』でも存在感の光ってた井上順さん。基本“スマイリー”な表情の中に、独特の哀愁の漂っているのがイイ。

・「コレが前衛芸術だ!」とか叫びながら、ミッキー・カーチスがロボットの着ぐるみ(潮風Mk2)に入って歩き回ってくれるんじゃないかと期待してしまった(=^_^=)

・神高家にあった飾り皿の文句“仲佳き事は美しき哉”はちょいと微笑ましい。

・松島町にある(設定の)古本屋=讃州堂書店に置かれてた『骨董屋往來記』を読んでみたい!

・当時19歳の行人が手がけた映画館の看板に『宇宙大戦争』『黒い画集』『電送人間』等の新作タイトルが併記されてた事から、時代設定は1960年らしい。

・現在と過去の映像を画面の左右に配するセンスは、一見ベタそうながら、なかなかイイ印象を受けた。

~ こんなセリフも ~

行人「彼らは役者・・アーティストだよ」

  「彼らにミューズの祝福を」

  「我が魔法、悉(ことごと)く破れたり」

  「やる気がなくなった」

  「気に喰わない事ばっかりだよ」

  「ペーペーな学芸員に会ってる暇はありません」

  「他の奴の意見なんてどうでもイイの

  「俺を使ってひと儲けしようってんだろ?」

  「俺も舐められたもんだ」

  「造れないんだよ・・俺はマネーゲームの

   サーキットから降りたんだ」

  「(時代の)流れについて行けなかった」

  「あれは魔法だった」

  「また違う魔法を(俺に)かけて呉れるかも知れない」

  「さぁ、過去への旅路を御一緒しましょう」

  「公共電波を使ったパブリックアートさ」

  「受け身で生きて、(人生に)何の意味がある?」

  「まるで“電車のアトリエ”だな」

  「あんたもただもんじゃないな」

  「コレ(音楽)もアートだからね」

  「そんな事は直感でイイんだよ

  「訊かれない事に答える義理はねぇよ」

  「俺が、彼女を破滅させた」

  「アートって何でしょう? 其れは単なる言葉に過ぎません」

  「実に美しいダイヤです・・余白が沢山あります」 ←場内で笑いが

  「私は此の創作に全財産を注(つ)ぎ込むつもりです」

  「諸君は、此の舞台では“鏡”となる」

  「此の旅を誰かに・・君に観て欲しい」

  「男やもめって、娘と何を喋ってイイのか、分かんないんだよね」

  「総ては赦される・・さぁ、顔を上げよう」

涼香「やっと・・先生に辿り着いたよ」

  「あの日、あの場に居た人は、自分の記憶と向き合ったんです」

  「先生は未だ“終わって”いません」

  「先生には未だ“伝えたい事”があるんじゃないんですか?」

  「何も出来ないなら、最初から言わないでよ」

  「一生の宝物にします」

  「この絵の女性の顔は・・体温も匂いも持った女の顔です。

   ・・そう言うの、女には分かるんです」

  「(あの人は)先生と出逢って、やっと“女”になれたんですよ」

  「どうして孤独にしちゃうんだろ」

邦男「こんな風に(亡き妻の)切絵が飾られてるのを観ると、未だに・・」

  「感じるんですよ・・(娘は)何処かで私を拒んでる」

建治「現代アートなんて屁理屈ばっかじゃん」

  「一緒にいる人を孤独にするんだよ・・お前は」

由紀乃「あげるんじゃないわよ・・貸すの」

   「(懐中時計の)掌に時間を掴んでる感覚が好き」

   「止(や)めて! ・・もう戻れなくなるよ

   「2人とも“人の道に外れる事”をしてるのよ。

    ・・絶対に幸せになんかなれない」

   「どうしてそんな事を言うの? 私を苦しめて楽しい?

    ・・何も分かってないよ」

   「これまでとこれからの時間を捧げます」

乗客“毎朝、浅い眠りから目覚める度に思う・・未だ生きとる”

  “みんな忘れたような顔をしている”

  “随分長い間、人の涙を見て見ぬ振りして来た”

※「お嬢ちゃん、この着物はどう?」

 「お互い、歳をとったわね」

ベルイマン“表現とは、闇の中に槍を投げ、

      其れを拾いに行くような行為である”

セネカ“人間は、常に時間が足りないとこぼしながら、

    まるで時間が無限にあるかの如く振舞う”

行人「其処へ座ってくれる?」

涼香「・・光栄です」

涼香「(娘さんじゃなく)私では不満ですか?」

行人「“うるせぇ事”に限っては、どっちもどっちだよ」

行人「コレ(企画書)がなければ、俺は此処に居ないよ」

涼香「あの作品がなければ、私も此処に居ません」

建治「俺は涼香の為なら何でもやるよ」

涼香「言ったな? 責任重大だぞ!」

建治「今日、すげぇキレイだったよ」

涼香「当ったり前だ」

※「大切な事は、何も言わないのよね・・男って」

涼香「・・女もです」

※「何処へ?」

行人「これまでとこれからの時間です・・連れて行きます」

行人「魔法だ・・人生は美しい」

※「知らなかったの?」

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2012年7月10日 (火)

☆『映画 ホタルノヒカリ』☆

3日(火曜)の夜。
高松から東の方角に位置する某県にて、市内に唯一存在するシネコン“シネマ・サンシャイン”で夕食のついでに観て来たのは、、少し気になってたラヴコメ作品(?)『映画 ホタルノヒカリ』だった。

もう1本の候補とし、ジョニー・デップ主演最新作の『ラム・ダイアリー』ってのもあったが、イマイチ食指が動かなかった(・ω・) どうなんでしょ、アレって? (←案外、ジ※ニデ主演系も当たり外れの激しひ気が(=^_^=))

この『ホタルノヒカリ』に関しては、原作(コミックス)も、TVドラマ(2007年放送の1、2010年放送の2)も共に全く観た事がなく・・正直「(いきなりで)作品の世界観について行けるんやろか?」と若干の不安も感じてしまったが「主演が綾瀬ちゃんだから、そこは何とか引っ張ってってくれるでしょ?」と単純に考え「知らぬ者の強み」を前面に押し出しつつ楽しむ事に決めた(=^_^=)

遂に結ばれた“ぶちょお”こと高野誠一(藤木直人)と“アホミヤ”こと雨宮蛍(綾瀬はるか)。
“ぶちょお”の希望で、不本意ながら(?)も「プライベート初の海外旅行=新婚旅行」の行き先にイタリア・ローマを選んだ2人だが、現地で知り合った冴木姉弟(姉:莉央(松雪泰子)、弟:優(手越祐也))を巡り、様々なトラブルが蛍を襲うのだった・・

ドラマ版のノリがどんな感じだったのかは全く知らないが、何となく「舞台劇でも再現し切れる世界観やな」と感じた(=^_^=)
ロケーションこそローマをメインに、あちこちの名所を巡ってくれるんだけど、基本「綾瀬、藤木、松雪、手越」が画面におさまってさえいたら、後は「窓から見える風景(=パーシャル・ビュー)がローマなら(ぽければ)良い」みたいな程度だった(=^_^=) シーンによっては「綾瀬、松雪」だけで成立してるケースも少なからずあったし。。

まぁでも、ハチャメチャなキャラを演じながらも、イヤミのない・・いやむしろ可愛い(照)綾瀬ちゃんの演技&存在感は確かにまだまだ健在だった! これでキャストをミスると「ただのイタい子」「あざといブリっ子」に思えてもしまうワケで。

そこは、流石の「牽引ぶり」である。

また、適度に“物語にシリアスさを与える存在”となる松雪さんの起用も良い。
“ぶちょお”と“アホミヤ”の真ん中に放り込んで、安心して(観客を)ストーリーに集中させ得る女優(でもって、そこそこに若い)と言えば・・もうこのしとぐらいしか思いつかない気もする(・ω・)

女性観客の“綾瀬評”“松雪評”をゼヒ聞いてみたいトコでもあるが、ワタシとしては「内容は殆どなかったけど、何となく赦せてしまえた」そんな作品である。

主人公であるハズの2人(綾瀬、藤木)が何だか“脇役の立ち位置”におさまってもいて(=^_^=) 松雪さんこそがとにかく目立ち過ぎてたが(←このしと、過去2本のドラマ版にも(別な役柄にせよ)出たはったんやろか?) ・・んでも『容疑者Xの献身(2008)』で、思いっきり不幸な松雪さんを見せられ、未だに重い印象の残ってるワタシにすれば、多少荒っぽい言動を放つにせよ、お元気そうなこのしとを眺められるのは、それはそれで、それだけで幸福だったりもする(・ω・)

〜 こんなトコも 〜

・「東宝+日テレ+ホリプロ」のタッグは流石に強力!
・冒頭から30分(?)ほどが経過し、ようやくタイトルが表示された。
・藤木直人の髪型が・・奇妙に見える(ちょっとイケてないだろ、アレじゃ)。
・高野家に置いてある「蚊遣り器」が、ワタシの自室に置いてるのと酷似しとる気がする。
・ウェディングドレスが破れようが、泥の水たまりにハマろうが、やっぱり綾瀬ちゃんは魅力的である(=^_^=)
・展望台(?)の向こうに見えた“チヴィタ”への道のりがやたらと遠く、敢えて(かなりな)回り道をしてそうに思えたが・・?
・ラストの展開(シチュエーション)が『釣りバカ日誌3(1990)』と似てた気もする。「西田敏行(局長)がとある驚きから、携帯を海中にボチャンしちゃう」みたいな感じ。←この演出が「3作目」じゃなかったら、スンマセン(×_×)
・“あと出し”で観客に知らされる幾つかの事実は・・観終わってから考えれば「あれこれと勝手に想像するだけ疲れる事」ばかりだった(=^_^=)
・チヴィタ村は「ローマから北に約100キロ」の距離との事。走ったってムリじゃん!
・唐突に展開される「あのしとの仮装ダンスシーン」には・・思わずアタマがクラクラした。
・綾瀬ちゃんの“どぜうすくい”の腕前は如何なモノやろ?
・海外旅行に「白玉粉」をわざわざ持って来るセンスは、ちょっとブーツ飛び過ぎな気がする(⌒〜⌒ι)
・蛍が「解離性(同一性)人格障害」だと考えれば・・総ての違和感(疑問)がたちまちに氷解する・・(・ω・)
・蛍が劇中で着用してたTシャツが欲しい! 「ミラー・クロス・カントリー(MILLER CROSS COUNTRY)」とか「ピロー・トーク・イズ・エクストラ(Pillow Talk is Extra)」とか書かれたデザインだった。
・日本(東京?)からローマは9915キロも離れてるそうだ。
・飛び交うホタルはどうにもCGっぽく見え、頂けなかった。『武士の一分(2006)』では、結構(同様のシーンに)感動したんだけどなァ。

〜 こんなセリフも 〜

誠一「・・ってムリムリ」
  「“心のシャッター”を切るんだよ」
  「貴様もやってみろ!」
  「此処には、君がマッタリする“縁側”はない」
  「余りに辛くて苦しいと・・人は思い切り
   泣く事すら忘れてしまう」
  「モチのロンです」
  「・・アホミヤ」

ホタル「イイですにゃ~ん。行きますにゃ~ん」
   「イイじゃないですか〜 イチャイチャ」
   「イタリアと言えば・・ナポリタンですね!」
   “私のミリキ(魅力)にイチコロだわ”
   「休みの日ぐらい、部長もゴロゴロしたら?」
   「やっぱ、ウチが一番!」
   “何だ? チュ〜か? チュ〜して欲しいのか?”
   「有効期限が切れてますん止め」
   “若造のくせに、ビジネスクラス?”
   “若造のくせに、此処までリラックス?”
   「イタリア語、分かりまシェ~ん!」
   「べぇ~だ!」
   「ダブルベッド・・部長は何処で寝るの?」
   「この中に何か秘密が・・? ・・ま、いっか」
   「どっこいしょう太郎~ どっこいしょう吉~」
   「何だ、覚せい剤かぁ」
   “部長が溺れるのは、この私。
    覚せい剤に溺れるワケない”
   「それで覚せい剤に手を・・」
   「分かってます・・“恋愛の神様”」
   “あんなセクシィな裸体が、覚せい剤に蝕まれてるなんて”
   「誰だか分かりませんとくん」
   「部長は“人の気持ち”が分かる人だから」
   「私は行かなきゃ! 部長のために、そして莉央さんのために・・
    ・・それに、逢いたいの!」
   「生きるのに、意味が必要ですか?
    生きるって・・食べて、寝て、ゴロゴロする事ですよ」
   「一生懸命生きてれば、どんな人にも、どんな人生にも
    あると思うんです、ヒカリの差す瞬間が。
    そして、そんな“心に灯したヒカリ”を
    決して消してはいけないと思います
   「生きて・・生きましょう!」
   「ローマを、愛でいっぱいにして来やす!」
   「1日にして制覇してやりましたよ、ローマ」
   「部長といたら、何処だって“縁側”ですから。
    レッツ、ゴロゴロ!」
   「ズキュン! バキュン!」
   「“てんてこまいっちんぐ”なんです」

莉央「あたしは、98%のだらしなさと1%のカオスで形成されてるのさ。
   計算が合わないって? ふん、100%の人間なんて
   いるワケねぇだろ!」
  「手前ぇ・・世界を股にかけてイチャイチャしに来たのか」
  「休憩するなよ。ハナシの途中なのに」
  「“思ってもみなかった事”の起こるのが真実よ」
  「永遠を信じていた。永遠に残る建築を・・」
  「何かムカつくな・・あんたも、あの女も」
  「・・って、聞けよおい!」
  「耳だったり、指だったり、大事なチョメチョメだったり」
  「男の人は見たいものよ・・自分だけのために
   美しく着飾った姿をね」
  「人間なんて“醜い感情を沢山隠した動物”よ」
  「・・って聞いてないし・・とっくにいないし」

優「姉貴が“自分の人生、誤摩化して生きてる”って言うか」
 「“姉貴が失ったもの”を、あの2人は持ってるから」
 「不味くて・・でも嬉しくて」

ゲーテ“イタリアを旅するには、心の眼も必要である”

山田「ふたちゃんも、眼を閉じると“グレゴリー・ペックそっくり”よ」

二ツ木「人には“オモテ”と“ウラ”の顔があるから」

ミケーラ「日本じゃ今、そう言うのが流行ってるのかい?」

莉央「こちらが・・家政婦さんよ」
ホタル「家政婦でございます」

莉央「チヴィタ? 歩いて行ける距離じゃねぇ」
ホタル「なら、走って行きます」 ←ってムリムリ!

追記:綾瀬ちゃんの次なる主演作『ひみつのアッコちゃん』にも、思わづ期待値を高めてしまうワタシである(照)

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2011年7月 7日 (木)

☆『花子の日記/Hanako's diary』☆

5日(火曜)の夜。
昨夜(=その前夜)もはっちゃけ過ぎ・・帰宅したのが、27時を過ぎてた感じだった(×_×) 1夜で1.5諭吉ほどが消えて行ったりもし「エエ加減にしとかんと・・ホンマ、死ぬゾこりゃ」と薄ら寒さを覚え始めたり(×_×)

そんな事で、今夜は仕事帰りに「健康的に1本、観て帰るだけにしよう」と決め“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて、公開も終了間近な小品『花子の日記/Hanako's diary』ってのを鑑賞した。

「オール香川ロケ」をウリにしてる本作。制作側も意図的に“B(ビーフ)級ムーヴィー”を謳ってるようだが、さて・・

監督=松本卓也氏が脚本も手がけ、香川県をロケ地に描いたハートフル・ナンセンス・コメディ(?)。
「2010さぬき映画祭」において“優秀企画賞”と“準グランプリ”を受賞している(因みに、どうやらグランプリは「該当作なし」だったらしい)。

・・

瀬戸内海に浮かぶ“小豊(おで)島”は、人口18名+牛500頭と言う妙な(?)比率が特徴の、小さな(実在の)島である。
派出所すら存在しないこの島で・・今、村長が島民を集め、広場(?)で喜びの演説を行っている。

と言うのも・・5年に1度、開催される「全日本和牛大会」において“肉牛”“種牛”の2部門を制覇したのが、島にこもり研究を続ける住人=伊地吾朗(永島敏行)の開発した新種「Hanako875号」だったからだ。

“日本一、いや世界一の肉牛”を生み出すべく・・長年、自らの家族すら顧みず研究に没頭し続けて来た吾朗は、1人娘(倉科カナ)にも“牛みたいな名=花子”をつける程の“牛バカ”だった。

そんな父親が、そして牛肉が大嫌いな花子は、中学を卒業するや、(島を飛び出し)高松市内の高校に進学⇒東京に下宿しつつ、美大に通う・・と“親父(オヤジ)に対する反発”を常にむき出しにしながら生きている。

・・

一方「日本の美味しい食材」を見つけるや、苗木や種子を盗み、自国に持ち帰り繁殖させる・・と言う新しいハイテクビジネス(←ってか犯罪!)に手を広げる韓国マフィアのボス=リュ組長が“イチゴ”の次に眼をつけたのが、この新種の和牛だった。

組織の人間の殆どが警察にマークされている現状から、彼らは「より一般人に近い」とある堅気の男=キムを雇い、小豊島の研究施設(只の牛舎?)から「種牛の精液」を盗み出し、自国に持ち帰るよう命ずる。

高額の手当+旅費の支給につられ、悪気なく(?)香川へとやって来たキムの隣には、多少のニホンゴを話す事の出来る、自身の愛娘=ジャンヒャンの姿があった。

着いたその夜にして、容易く(?)「精液」を盗み出したキム父娘だが・・花子に現場を見られた事から逃走する。

翌朝より、ぶつかり合いながらも「“2人組の泥棒”を捕まえるため」に行動を共にし始める吾朗&花子。

追いかけっこの果てに、誘拐⇒人質交換などのハプニングも起き・・2組の父娘が最後に辿り着いた先とは・・?

意外とシアター内に“観客の多さ”を感じた作品だった(=^_^=) これぞ「クチコミの力」ってトコなんやろか?

それに、脚色面では「アニメーションパートあり」「ドキュメンタリー風な演出あり」「“過去”や“妄想”絡みの映像あり」とそれなりに飽きさせない造りをしてたンだが・・2組の父娘の言動が、どうにも“オーバーアクト(=演技過剰)”に映って仕方なかった(×_×)

大抵の場合「脚本が多少強引でも、俳優陣が良ければ自然な仕上がりに落ち着き得る」「主要な俳優陣が“オーバーアクト”でも、脚本が良ければ修正はし得る」ってな“調整”が出来るハズなんだが、、本作のケースで言えば“俳優陣と脚本が、悪い意味で、補完し合ってない”って印象があり「常時、ドコかスベりかけてるんだよなァ」と、妙に残念に思われたのだった(×_×)

ネタ自体にしても「地味め」「有りがち」「性的な表現面で際どい」ってトコが目立っており・・「“自らに苦行を課した”かのような脚本&俳優陣を採用した結果、それが悪い部分で目立ってしまった」と感じられたのだ。

正直、(例えば)妙な“変化球”にこだわり続ける松本人志監督の『さや侍』なんかより・・“ど直球で投げ続ける”松本(卓也)監督の方にこそ、ある種の好感を覚えたワタシながら・・「もう1ツ、何らかの“光るモノ”を揃えて欲しかったなァ」とも感じた次第である。

〜 こんなトコも 〜

・上映開始寸前(2〜3分前)にして、ようやく開場されたシアター。何か(機械に)不具合でもあったん?
・上映の始まった瞬間、スクリーン右上にパッと映った「▶(=再生を意味するマーク)」も気になる(・ω・)
・水野美紀さんの“置き方”がちょっと印象的だった。
・「森永のおじさん」や「彼氏(サトシ)」のキャラが“絡ませ不足”な感じだった(・ω・)
・吾朗が劇中で飲んでたのは、小豆島の地酒『森』らしい。
・監督の趣味なのか(?)妙に“メイド喫茶”のシーンが丁寧に描写されてた(=^_^=) ソウルにもあるそうで。
・韓国語で「肉」は“コギ”と言うそう。因みに「精子」は“チョンジャ”だってさ。
・同じく「有難う」は“コマオ”だって。
・『呂葉酢(ろはす)』なる名の有機野菜喫茶が登場。その(ネーミング)センスがちょいと『来夢来人(らいむらいと)』な感じ(・ω・)
・マカロンにマカロニを挟んだ新メニューは、まんま“マカロニン”と命名されてた(×_×)
・ひっさびさに“メッコール(麦テイストの炭酸飲料)”を観た!! パッケージデザインも変わってるし!!
・“メッコール”は今も『ヴィレッジ・ヴァンガード(書籍&雑貨店)』で入手可らしい!
・「着ぐるみ士」なる専門職(?)は、実在するンやろか?
・“モエモエじゃんけん”ってどんなんやねんな!
・「ガスト栗林公園店」「“県庁前”バス停」や「ソレイユ前の広場」が映ったりもし、妙に嬉しくなったり!
・吾朗と花子が「一緒に食事するシーン」が劇中で2度描かれるが・・机の向き(とその距離)に変化が見られ印象深い。
・「逃げる(悪人の)父娘の方が、よっぽど仲良し」ってな点が、ある種の“面白味”には繋がってた。

〜 こんなセリフも 〜

花子“キライなのだ、牛が。
   もっと言えば、牛肉が。
   何処が良いのだろうか?”
  「牛肉なんか、誰も喰わねぇよ!
   気色、悪(わり)ぃンだよ!」
  「ホンマ(電話を)切るけんね」
  “風が吹いたのだ・・懐かしい、あの頃の風が”
  「親父、何(な)んしとん?!」
  「関係ないけん」
  「どうすん?」
  「親父の耳には、届いとらんけんね。
   私の声なんか」
  「ちょっと韓国、行って来る」
  「うん、知っとったよ・・ってか、遅いよ!」
  「もう、分かったけん」

吾朗「当たり前の事を続けてたら、当たり前の結果になった。
   ・・それだけの事や」
  「こんな“浮(うわ)ついたもん”は要らん」
  「トランプ、やろうや」
  「“さし(脂)の入り具合”も完璧や」
  「ええ肉を造るにはな・・
   牛に“ストレス”を与えたらアカンのや」
  「これは“和牛業界の重大事件”なんや」
  「これはな・・“国際問題”なんやぞ」
  「“美味けりゃいい”ってもんじゃないだろ?」
  「ホンマに美味しい肉はな・・
   “塩”と“胡椒”だけで喰うんや」
  「肉だって、言って欲しいんや。
   “ありがとう”“美味しかったよ”ってな

組員「警察なんかにビビってたら、
   この商売、出来ないでしょお?」
  「どうしたら、こんな風になっちまうんだ?」
  「これ以上の“イレギュラー”は、ウンザリなんだよ!」

キム「仮にもコレは、男のイ※モツ・・!」
  「お前、何処でこんな・・!
  「噛む? うどんは“飲み込んで食べるもの”だろ?」
  「日本でも、売ってるんだな・・(メッコール)」

キムスメ「コレ、結構“大事なもの”なのかな?」
    「“ありがとう”“ごめんなさい”・・
     ちゃんと“この言葉”を言って欲しいんじゃないかな?」
    「何で“思ってる事”を素直に口に出せないのかな?
     ・・日本人って」

メイド「“美味しくなる魔法”をおかけ致しますね。
    “モエモエソースでポワポワリン”」
   「“モエモエミルク”注入〜!」

〜 ロケ地一覧(ポスターより) 〜

・Cafe Jina(南新町)
・こだわり麺や・高松店(天神前)
・Cafe Umie(北浜alley内)
・パパスカフェ・高松店(丸亀壱番街・西館2階)
・太古の森・恐竜公園(三木町総合運動公園隣) ←ココだけめちゃ遠い!
・三友荘(中野町)
・香川大学
・高松南高校
・Soul Food Cafe カモメ(植松町)
・さぬきうどんたみ屋(藤塚町)
・Nomu Rock Hall(瓦町アミュージアムビル・地下1階)
・Nude Lounge(多肥下町)

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2011年6月 1日 (水)

☆『プリンセス・トヨトミ』☆

31日(火曜)の夜。

その前夜は、ベロベロ状態で帰宅した時刻が・・みっごと26時を回ってしまい「流石に、今日ばっかしは早く帰んないと・・遠からず“突然死”しちゃうぞこりゃ!」と肉体的にも精神的にも猛省せざるを得ないバテ度に苦しめられたんだが・・

ちょいとばかり持ち直した(?)モノで「しんどいけど・・1本、行っときまひょか!」と直感的に決め、仕事帰りに“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと向かい、そこそこに期待してた1作『プリンセス・トヨトミ』を観て来た。

しかし、アレです(・ω・)
あちこちで、異常に評価の低い(=^_^=)本作。

正直、ワタシの“直感”も同様に「ヤバそうだぞ、こりゃ!」ってな“危険な香り”を嗅ぎ取っていたのだが・・

・舞台が“我が街”大阪である事
・原作者(小説)が『鹿男あをによし』の万城目学氏である事
・ヒロイン役(?)を綾瀬はるかさんが演(や)ったはる事

から、総合的に「GO!」を出す事とした次第。

この事は誰も知らない。

2011年7月8日(金曜)の午後4時・・大阪が“全停止”したのである。

突如“無人”と化した大阪。その都心部の街路を、戸惑ったように歩く女性=鳥居忠子(綾瀬)の姿・・
大阪に一体、何が起こったのか?

物語は1615年、
豊臣秀頼とその母=淀君を主(あるじ)とする、豊臣の居城=大坂城が、周りを囲む15万の徳川軍勢により、わずか2日で炎上⇒陥落した“大坂・夏の陣”に端を発するのだった・・

・・

2011年7月4日(月曜)。
“鬼の松平”と恐れられる会計検査院・第6局の「笑わぬ」ベテラン調査官=松平(堤真一)が、2人の助手=鳥居、旭ゲンズブール(岡田将生)を連れ「大阪入り」した。

彼らは大阪府庁(内にある財団法人)を皮切りに、国からの(各団体への)補助金の適正な運用等を調べるための「実地検査」を効率良く進めてゆく。

「市立空堀(からほり)中学校」の調査を経て、次に空堀商店街の中にある“財団法人OJO(大坂城址整備機構)(職員数=21)”を訪れた3人は、経理部長である長宗我部(笹野高史)の「飄々とした態度」に何処か違和感を覚えつつ、何ら指摘すべき事項を見つけるには至らないのだった。

しかし、応接室に“とある忘れ物”をしたため、OJOの入っている「長濱ビル」を再訪した松平のみは「最初の違和感」が次第に大きく固まって行くのを抑えられなくなる。

そんな調査官たちを見つめる、ビルの向かいにある『名代お好み焼き・太閤』の寡黙な店長=真田幸一(中井貴一)の静かな視線に、まだ3人は気付けないでいたのだった・・

金曜日の出来事=異常事態をまず描き出し、ハナシをその4日前に巻き戻す脚色は『フィッシュストーリー(2009)』的な“置き方”でもあり、ベタながら多少は期待させるモノがあった。

しかし、それが400年前から繋がっている一連の流れである点や、タイトルにもなってる「豊臣姫(←敢えて“姫”と書く)」の存在がネタの1ツになってる辺りが・・かなり強引っぽい割に、絡め方がどうにも弱く、おまけにコメディ的な要素が皆無(?)なため、観ててしんどいだけでちっとも楽しくなかった(×_×)

キャスト(俳優)陣にかなり力を込めてる割に、ストーリーそのものの“弱さ”をカバーするまでには至っておらず、尚かつキャラ造型も総じてイマイチだったため、それらの点から評すれば「つまんなかった」としか言いようがない。

まぁ、その一方で、大阪の風景があちこち映し出されるのは、やっぱし“大阪人”としては嬉しい事この上ない!

ここ高松に転勤するまで、勤務してた先にほど近い「大阪府庁」「大阪城」なんかの映されるシーンは、総てが愛おしかった(=^_^=) 住んでる頃は、何とも感じなかったってのに(=^_^=)

1国の独立をネタにした部分では、井上ひさしの長編小説『吉里吉里人』に遠く及んでないし、
父子を巡るドラマの部分では、浅田次郎原作の『地下鉄(メトロ)に乗って(2006)』のインパクトを超えるには至ってなかった。
(因みに映像化された『地下鉄に乗って』で、主人公を演じたのも堤真一である)

って事で、大阪を舞台にした「ちょいと豪華な2時間ドラマを大スクリーンで」ぐらいの軽い気持ちで鑑賞するのが、失望感も(割合)少なくてエエんではないかと思う。

〜 こんなトコも 〜

・「豊臣国松(くにまつ)って誰?」って思ってしまった時点で、やや物語世界から脱落気味だったワタシ(⌒〜⌒ι) ←日本史に弱っ!
・って事で、菊池桃子さんの演じはったのは「淀君ではなかった」ワケやね。。
・OJOの事務所の壁に「資料は大切に扱うこと」と貼られてた。
・「中座くいだおれビル」ってトコで“くいだおれ太郎”の元気な姿が拝めるらしい?!
・劇中で最も可哀想なのは、やはり京大の漆原教授(江守徹)だろう。全く真相を掴めてないし、この先も掴める事はないだろうから。。
・“たこ焼きコスモくん”ってなゆるキャラは、いわゆる「(本作のためだけの)でっち上げ系」だったんやろか?
・「空堀ビックフライデー」って書いてるノボリ(?)があったが、敢えて「ビック」と表記する辺りのセンスこそが「大阪人」なんやろか?
・松平の好物=アイス、旭の好物=タマネギ、鳥居の好物=牛スジ・・らしい。
・大阪城の見える「ティーグリンドホテル大阪」って何処なんだいっ?
・警察署内には「オカン! アカン! それ破産!!」とか「正義一心」とか書いてあった。
・ロケーション協力(?)で“ひらかたパーク”のクレジットが出てた!
・茶子&大輔のキャラの置き方がとにかく甘い。
・(茶子による)アクションシーンの“割愛”にも拍子抜けさせられた。
・検査官3人のキャラは、各俳優らの魅力を「最大限に引き出し切る」には至ってなかった(×_×)
・“ゲンズブール”ってネーミングは、私的にかなり「すべってた」感が。。
・笑えるシーンが殆どなく、そもそもワクワク出来る展開が皆無。せいぜい「おばちゃんエレベータ」のトコぐらい?(ワタシは笑えなかったけど)
・主要キャラのロケ移動を(地図上で)冷静に判断すると・・ムチャクチャ過ぎ!!
・大阪府庁・玄関扉(内側)の右にある警告表示(プレート)はCGを使ってでも消すべきだったんじゃ?
・和久井映見さんや、玉木宏くんのキャラは如何にも「(その場に)置いてただけ」って感じ。
・「大阪国の女たち」の“あの夜のドラマ”はなかったの?
・“プリンセストヨトミ”の警護は、ああまで手薄なの?
・プリンセス(役のしと)は・・眼力こそそこそこあるかに見えたが・・まだまだその程度だった。
・結局、高松では『トゥルー・グリッド』『阪急電車』『津軽百年食堂』『毎日母さん』は観れないままだった(×_×)
・玉木君とはるかちゃんの“再共演”は、ワタシにはかなり嬉しかった!!

〜 こんなセリフも 〜

松平「ない・・携帯」
  「やっぱり、※※※は嘘をついている」
  「大阪中が“口裏を合わせてる”のかも知れない」
  「扉の向こうに“知られては困るもの”が必ず存在している」
  「あの扉を開けるよう、正式に要請する」
  「正当かどうかは、会計検査院が判断します」
  「“立ち上がる”とは“戦う”と言う意味ですか?」
  「結論を伝えます」
  「お前が言ったんだよ・・“繋がり”を知らない筈のお前が」
  「1番恐ろしいのはな・・“正直に生きてる人間”なんだ。
   あの男は、手強いぞ」
  「記録じゃない。私自身が見たんだ、35年前に」
  「いつからか“都合の良い嘘”をつくようになった。
   そうする事に何の躊躇いもなかった」
  「自分のして来た事について、今更どうこう言うつもりはない。
   ・・失望したか?」
  「俺を最後まで騙し通せるぐらいに偉くなったら、
   お前も1人前だな」

鳥居「誰も副長の“笑った顔”を見た事がないの。
   でも、悪い人じゃないから、心配しなくて大丈夫」
  「それは、難しい問題ですね」
  「あ、その前にトイレ」
  「ブタ玉をお願いします。イカ玉も」
  「大阪中が“口裏を合わせてる”事になっちゃいますよ?」
  「(相手が)ヤクザの息子だからって、怖がらないで」 ←怖いて!
  「そんな言い方しなくても・・」
  「ねぇ、何で?
  「何か“困った事”とかない?」

旭「旭はファーストネームです。ゲンズブールと呼んで下さい」
 「只の偶然なんか、僕は認めませんよ」
 「何でコレ(=アイス)がそんなに好きなんだ?」
 「ただ・・ちょっと気になる事が」
 「一体、何が起きているんです?」

長宗我部「付き合ぅてられまへんわ」

真田「良ぅここまで、辿り着きましたね」
  「ひと言で言ったら、私たちは“護る存在”なのです」
  「私たちにとって、それは“大切な理由”です」
  「今からお前に“大事な事”を伝える。
   何があっても、俺の話を最後まで聞くんや。エエな?」
  「すぐに理解するのは、無理やろな」
  「お前は“彼女”の事を・・良ぅ知ってる」
  「あなた方は大きな間違いを犯した。
   我々は、立ち上がります」
  「壊すのはとても簡単だが・・1度壊れたら、
   2度と元に戻す事は出来ない」
  「何故、信じるのか? それは“※の言葉”だからだ
  「これが“総ての問い”に対する私の答えだ」
  「この世の中で1番難しいのは、
   “自分に正直に生きる”って事だ」

大阪人「(口に)チャックや」
   「たこ焼きも美味しいでぇ」
   「姉ちゃん(たこ焼き)落としなや」
   「自分の事ぐらい、自分でカタつけられるわ」
   「ニィキュッパやわ!」 ←2980円
   「ヒ※ウタンや!
   「“大阪国”は、本当の意味で独立すべきなんだ」
   「大阪から出て行け〜!」
   「また“良からぬ事”を考えるかも知れませんよ?」

漆原「整理しようと思ったが・・余計に散らかった」
  「抜け道は、3本はあるだろう。(城の)南側に」
  「書物に書かれた事など“氷山の一角”に過ぎない。
   世の中には“隠された歴史”が死ぬほど沢山あるって事さ。
   調べる程に“真実”が何処にあるのか、分からなくなる」

旭「やけに熱心ですね」
松平「ハラ、減ってるんだろう」

鳥居「まずいですか?」
松平「いや、そんな事はない」

旭「これ全部ですか?」
鳥居「・・始まったよ」

姫「離さんと、ドツくで!」
鳥居「え? ドツくの?」
姫「って・・いや、ドツかんて」

追記:大阪国の首相役に“世界のナベアツ”を起用し、吉本興業のタレントで周囲を固めたら、もう少しは面白くなったろうか・・? 水島ぁ〜!(←意味不明)

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2011年3月 2日 (水)

☆『武士の家計簿(2010)』☆

1日(火曜)。
夕刻の高松市内は、若干の雨がパラついてたが・・久々にミニシアター“ソレイユ”に向かい、少しだけ興味のあった『武士の家計簿』なる邦画を観てから帰宅した。 ←たまたま“ファースト・デー”で、サービス料金ですた(=^_^=)

監督は『ハル(1996)』『失楽園(1997)』『39/刑法第39条(1999)』『黒い家(1999)』『模倣犯(2002)』『阿修羅のごとく(2003)』『海猫(2004)』『間宮兄弟(2006)』『(平成版)椿三十郎(2007)』などで知られる、作品の完成度に差が大き過ぎる(=^_^=)森田芳光氏。

森田監督の名前を聞いただけで「大丈夫か・・?」と正直、不安の募るワタシだったが、、まぁ作品自体も無難なテイストの路線だし、大失敗ってことはなかろう、と読んだ次第。

幕末の時代、天保年間(1830-43)。
「100万石」と目される加賀藩・前田家(石川県)において、刀ではなく算盤(そろばん)を手に、日々「巨藩の帳簿」を相手に格闘を繰り広げた“算盤役人”を“御算用者(ごさんようもの)”と言った。今で言う、会計係である。

藩の抱える150人もの“御算用者”の内、当代で7代目を数えるのが、下級武士の一族=猪山(いのやま)家だった。
父=信之(中村雅俊)、息子=直之(堺雅人)、そしてその息子=成之・・

3代にも渡る“算盤侍(そろばんざむらい)”の人生を、彼らの直面する様々な“困難”を交えつつ描く・・

予想では、もっと「メリハリの利いた物語回し」だったんだが・・意外と「武士」なる言葉から連想される「無骨で、ストイックで、常に(生の中で)死を覚悟してます」的なピリピリした世界観では殆どなく、どちらかと言えば“庶民的”と言おうか「腰に帯びとるのは、実はタケミツなんですよ。だって物騒ですやん」的な、ちょっと肩の力の抜けたような物語世界だったか。

「茶器を愛で、体裁を気にする」信之。「家計(と猪山家の将来)を冷静に見つめ、自身なりの誇りを失わぬ」直之。
そんな父に厳しく育てられたが故「愚直な“算盤侍としての生き方”に激しく抵抗を示す」成之。

3者のキャラ造型に大きく“違い=メリハリ”を持たせてるので、その辺りの組立て方ばかりは面白いんだが・・正直、3代目に移ってからの描き方がググッと「それまでの味わい深さ&重み」をぶち壊しちゃっとる印象があり、残念だった。

私的には、3代目は冒頭&ラストでチョロっとなぞるぐらいでイイから、もっと「信之〜直之の代」の生活風景をこそたっぷり見せて欲しかったものだ(・ω・)

また、藩の“隠し米(=御救ひ米)”の存在を暴く顛末(快挙?!)を皮切りに、直之が“公私に渡り”算盤を弾(はじ)いてく展開は、眼のつけドコロこそ面白いんだが・・徹底的な猪山家の家計の見直し(=借金返済)を進め行く中で“下級武士”“庶民的な暮らし”を前面に押し出して節制に励むにしては・・まだまだ工夫の足りぬ気がしたのはワタシだけやろか?

これは恐らく、ワタシがそれまでに観て来た『たそがれ清兵衛(2002)』『武士の一分(2006)』などの“下級武士故の悲しみ”を妙に記憶してしまってるからに相違ないンだろうが・・例えば「使用人に暇を出す」「傘張りなどの内職をする」「月代を剃るのをやめる」「継ぎ当てた服を着る」など・・更に「取り組んでますやんか!」っぽい“説得力溢れる演出”をやってくれたなら、もっと唸らされたことだろう。

その一方で、奥さんを連鎖的(?)に孕ませはったりするトコ、やっぱり「“お世継ぎ”などと称し、結局は“そっち方面の享楽”に耽ってしまうんやろかなァ」とフクザツな気持ちになってしまったりもした。。

どうにも、生活の苦しそうな人に対してこそ“家族計画性のなさ”を感じてしまったりもするんだが・・それってワタシの「勝手なヒガミ」なんやろかネ・・(⌒〜⌒ι) ←私見です。済みません。

序盤〜中盤にかけての“大家族ドラマぶり”の反動って感じで、後半では次々に主要キャラが「天寿を全うしてく」流れとなってくんだが・・もう少し“盛り下がらない”“しんみりさせない”展開をお願いしたかったようにも。

特に直之&成之(の父子)に至っては「観てて和むようなシーン」が殆ど見受けられなかったように記憶している。

それと、直之の老けメイクがどうにも“『インセプション(2010)』なケン・ワタナベ状態”とでも言おうか・・殊更“老い”を強調し過ぎてるが故に「コントすれすれですやんか!」っぽい危うさをも醸し出してた。。

ってことで、作品としての着眼点にはそれなりの魅力を感じたモノの「ベテラン監督=森田芳光作品として、どうよ?」と正直感じた。

まだしも「家計の苦しさに追い詰められた直之夫婦が、毒入り酒を飲み“交合した状態”のまま果てる(で、同心に発見される)」とか「奉行に呼びつけられた直之が、いきなり“自爆”して果てる(で、ごっつい腕時計(え?)が床に転がる)」とか言った、ファンサービス(?)とも言える演出をこそ、盛り込んで頂きたかったトコである・・と言ったら、如何なさいます?(=^_^=)

〜 こんなトコも 〜

・幕末ともなれば(?)城内の朝の挨拶は、まんま(?)「御早う御座居ます!」でエエんやね。
・信之の禄高は70石だったようだ。
・お駒(仲間由紀恵)が直之に渡した“麦湯”に興味津々。それってつまり、麦茶?
・直之&お駒の婚礼シーン・・流石に「ピアノ伴奏の曲」を(バックに延々)流されては、戸惑っちまうンですけど。。
・“よさんぱち”と呼ばれてた直之の剣術の師(演:西村雅彦)。あだ名と思いきや、本名(西永与三八)だったんやね。。
・豆腐のことを“十富”と表記したりするらしい。
・『塵劫記(じんこうき)』なる、当時のパズル集(?)みたいな書が面白そう。
・高級な櫛の値段が「2分」だった。
・当時の利息(年利)は1割8分だとか。
・「若杉窯(九谷焼)の名品」「五十嵐一門の茶器」「地黒(?)の小袖」「玉翠(?)の櫛」「加賀兼若の刀剣(快刀?)」と言った逸品が登場。
・「鶴と亀が合わせて100匹。足の総数が272本なら、鶴と亀はそれぞれ何匹ずつ?」って問題が・・(×_×)
・加賀藩の出兵に加わった成之の軍装(?)の左腕に「加州」と書かれた布が下げられてたが・・加賀のこと? 或いはカリフォルニア?(←何でやねん!)
・「印象的な題字」は村田清雪と言う方の筆によるもの。左から右に書いてたようだが、それはそれで良いんかな?
・老いた直之が成之に背負われる終盤。“老けメイク”の極まっとるご尊顔とは対照的に、手指に殆どメイクが施されておらず「え?」と感じた。忘れてたん?
・堺雅人の“キョーレツな老けっぷり”に比べ、仲間由紀恵&西村雅彦の経年変化が緩やか過ぎるのが衝撃的だった! それって“バイオリレーション”?! 或いは“MISOPETHA-MENOS”?!
・あの櫛については、更にもう1度、終盤なりで“ネタ”に使えると思ったが(・ω・)

〜 こんなセリフも 〜

直之「父上は“帳尻だけ合っておれば良い”と?」
  「算盤は“猪山家の命”なのだ。
   これしか、生きる術(すべ)がない」
  「質素な宴も“物入り”である」
  「こんな時になんだが・・“能登の輪島勤め”と相成った」
  「金澤は、美しい」
  「大切なのは、体面か?」
  「書き出してみますと・・6260匁(もんめ)の借金・・
   つまり、猪山家は“風前の灯”で御座居ます」
  「(借金を)取り繕う方が、恥と思いまして」
  「まずは此処から“決意の程”を示すのです」
  「本祖の御苦労を思えば・・」
  「砂糖は、舐めると力が出る故」
  「“生まれ来る子の顔を、真っすぐ見ていられる親”で居たいのだ
  「皿の数は、変わっておりません」
  「落ち着いて来ました故、そろそろ始めましょうか」
  「“お家芸”を身につけねば、家は継げぬぞ」
  「この不足を如何する?」
  「借金は、放っておいても消えないぞ・・何か手を打たねば」
  「“借りる”手は、何度も使えない」
  「借金はどんどん増えて来るぞ。さぁどうする?」
  「自分で何とかしなさい」
  「では是を“拾った4文銭”とする・・落ちていた場所に戻して参れ」
  「“武士としての誇り”を失うな」
  「今度は・・壊れなんだぞ」
  「・・城へ行きたい」

お駒「“貧乏”と思えば暗くなりますが、
   “工夫”だと思えば、面白う御座居ます」

信之「何しろ、江戸屋敷は年々“不如意”・・」
  「算盤も剣術も“粉骨砕身”か・・ま、当たって砕けぬと良いがな」
  「帳簿と言うのは、奇麗にし過ぎても・・軋(きし)む」
  「間違って弾(はじ)くと・・戻せぬぞ?」
  「(泣く女は)泣かせておけ・・いつものことだ」
  「我が猪山家の“命”は刀ではない・・こちら(算盤)だ」
  「あの月は、日々欠けてゆく・・そして新月と・・」 ←突然に!

成之「私は、この加賀の地で算盤だけに埋もれたくはありません!」
  「“もし私が死んだら、それが定めだ”とあなたは言われました」
  「私には、父上におぶって頂いた覚えがありません」
  “幾つもの命を踏み台に、新しい時代が来た”

お常「ならぬ。武士の嫁が1歩前に出れば、1歩その身分が下がる」
  「着物は“女の命”よの」
  「我が子か、鬼か?」

与三八「剣は“からっきし”だなぁ」

上司「分かった・・昼飯の後に致そう」
  「帳簿と言うのは・・“仕舞の数字”が合ってれば良い」
  「拙者は、恙無(つつがな)く勤めたいのだ」

役人「“狸米(たぬきまい)”じゃの」
  「彼奴(あやつ)・・能登辺りに飛ばされるかも」

大村「これからの戦は“タークティクス”だ。
   つまりは、的確な補給が勝敗を左右する」
  「“しっかりと算盤を使える存在”こそが必要だ」

農民ら「ひもじいわいや〜! 米くれわいや〜!」

直之「粉骨砕身、相勤めます」
信之「この父を見習って、ほどほどで良いぞ」

直之「それに不器用だ。出世出来そうにない・・それでも良いか?」
お駒「イヤです」
直之「・・・」
お駒「・・と言ったら、如何なさいます?」
直之「・・困る」
お駒「その“生きる術”の中に、私も加えて下さい」

同僚「いつもながら、美味そう(な弁当)で御座るな」
直之「奥(=妻)の手造りで御座る故」

成之「何をしているのですか?」
直之「・・葬式の費用だ」
成之「何処の家でも、そうするのですか・・こんな夜に?」
直之「・・家によって違う」
成之「“算盤侍”だから?」
直之「・・そうだ」

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2011年2月 3日 (木)

☆『白夜行(びゃくやこう)』☆

2日(水曜)。
何だかちょいと、自宅に真っすぐ帰るには・・「気寂しい感」があったもんで(=^_^=)、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に寄って、多少は期待値を高めてた新作邦画『白夜行』を観て来た。

原作は「どぅおしてぇぇ?!」でお馴染みの(←意味不明!)東野圭吾氏。
その頃は、全く関心のなかった(←生涯、ワタシはそのことを悔やみ続けるだろう(=^_^=))綾瀬はるかちゃんを主演に、TVドラマ化もされてた(2006)と言う、東野作品の代表格とも言える(?)ヒット作。

ドラマ化から4年も時間をかけ(?)制作されたのもあり「きっともの凄い“リ・イマジネーション”がなされたんやろな〜」とワクワクしつつもあったワタシだが、、結論から言えば「何かしょっぱいですし」的な作品だった(・ω・)

昭和55年(1980)に幕を開け、平成10年(1998)に幕を下ろす・・“2人の無垢な外道たち”を巡る、幾多の事件に彩られた19年間の物語。

刑事人生の半分以上を費やし“姿の見えぬ犯人”をひたすらに追い続けた、笹垣(船越英一郎)が最後に辿り着いた真相とは・・?

犯人側(?)の心理面を殆ど描かず、ひたすら時間軸に沿って、数々の事件を半ば淡々と展開させる・・って構成には、賛否が分かれるんじゃないかな? と感じた。
その上、事件そのものに関しても“断片的にしか情報が(観客に)与えられない”ので、正直「よぉし、俺も探偵になり切って、事件を推理するぞ〜!」って気分は、たちまち萎えてしまうのだ(・ω・)

時間(=物語の中での時代)ばかりがどんどん進んで行く割に、登場人物たちの造型(ディテール)が、総じて不足してるので、誰にも感情移入出来ぬまま、事件は勝手に解決に導かれて行くのだった・・(×_×)

ってことで「食材や厨房(設備)が折角素晴らしいのに、調理法を大きく間違えたコース料理」って感じで、しょっぱさが強く出てしまってた。

第1の事件が、恐ろしく丁寧に描写されてたのに関わらず、中盤からの事件が「発見時の遺体描写だけ」やら「セリフの中だけ」と言った、余りにテキトーな演出となってたのも残念過ぎた。

ほか、登場する女優陣が「ちょっと・・どうよ?」と突っ込めるまでの“ブスっ子”揃いなのも萎えてしまった・・“リアルさ”を追求したかったのは、分かるんですけどね、ええ(・ω・) ←メイク技術によるトコも大きいようでした(恐縮、、)

〜 こんなトコも 〜

・序盤の舞台は、原作では大阪だったそうだが・・今回の映像版では埼玉県内となってた。
・『涙そうそう(2006)』における怪演(?)の印象が未だ強烈なため(=^_^=)、船越氏こそが“本作で、最も恐るべき鬼畜野郎”に違いない!(=^_^=)と踏んでたが・・そうでもなかったようだ・・すんませんでした。
・高良健吾くんの“幕引き”は、やっぱし排ガス系(?)で行っといて欲しかった(⌒〜⌒ι)
・堀北真希さんの所属事務所による(?)ガードが(流石に)高過ぎるようで・・“その手の期待”は「せぬがフラワー」である(・ω・)
・科特隊・ハヤタ隊員(演:黒部進)とZAT(Zareba of All Terrestrial)・東隊員(演:篠田三郎)の共演は、ちょっと特撮ファン(=円谷プロのファン)には嬉しい!
・劇中で最も可哀想だったのは「ワインに酷く酔わされた(?)薬剤師=典子さん」と「(生きながらにして)抜け殻になっちゃってた御曹司=篠塚さん」だったろうか。
・中盤まで、主人公らをしのぐ(?)立ち位置にいた川島さんの“退場ぶり”が不自然なほどだった。
・総じて“血のり”がウソっぽかった。
・第1の被害者が、しばらくご存命だったのが印象深い・・(×_×)
・第1の被害者が『キラー・ヴァージンロード(2009)』における寺脇(康文)さんだったら・・ひょっとしたら回復されてたかも知んない?
・連想したのは・・やはり『天城越え(1983)』と『砂の器(1974)』だった。
・シアン化カリウム(=青酸カリ)を「瓶ごと」持ち出してるのがスゴかった(⌒〜⌒ι) 「25グラム」ってラベルに記載されてたから・・成人で100人分ぐらいの致死量に相当しそう(☉д☉)
・前半の『天国と地獄(1963)』を思わせる、スラムっぽい情景(の再現度)がなかなかスゴかった! この辺までは期待値をかなり高めてくれたんだけど・・
・何とも言えぬ“枯れちゃってます”感を漂わせる戸田恵子さんは、やっぱり達者であられる!
・笹垣刑事の「私生活の描かれ方」が、不親切(?)極まりない。
・2刑事を巡る「出世具合の違い」が妙に悲しかった。
・(2刑事が)桐原邸の2階に上がる辺りの演出は『黒い家(1999)』なんかの、あの“イヤ〜な感じ”をもっと醸し出して欲しかった。
・『クイズダービー』で“はらたいらが竹下景子に負けること”って、当時のちびっ子にとっても“ちょいとした事件”だったんやろね(⌒〜⌒ι)
・「あんな牛乳」を飲まされるぐらいなら・・戦って負けた方がまだマシと思う・・
・“本田美奈子(1967-2005)のヴァージン・コンサートin武道館(1986)”ってのが、ネタとし用いられてた。
・「大江高校」「清華女子学園」「啓徳大学」「住吉町自治会館」ってのは埼玉県内を想定してのロケーションだったんやろか?
・“ちょっと昔の、川の向こう側の人”って言い回しは・・独特(⌒〜⌒ι)
・喫茶店では・・いったん席を外した場合“(例えば)カップの把手の位置などが変わってないか”しっかり観察することが・・引いては自身の生命を永らえさせることになることも、あるとも断言出来なくもない。。

〜 こんなセリフも 〜

雪穂「アレ、見せて貰えます? ・・(警察)手帳」
  「“あなたと友達になりたい”って、ずっと思ってたの」
  「私は“ニセモノ”だから」
  「“どうにもならないこと”って・・きっと、
   あなたにとっては“どうでもイイこと”なのね」
  「“赤ちゃんが出来た”って言ったら・・あなた、どうする?」
  「止(や)めて下さい。人を泥棒のように仰るのは」
  「・・嫌われてた」
  「大丈夫・・私たち、家族でしょ?」
  「眼を閉じるのが、怖いのね?」
  「私も、あなたと同じ経験がある・・“もっと酷い”経験」
  「悪魔は1人じゃなかったから・・人間の心は悪魔には勝てない」
  「誰の人生にも“昼と夜”がある。
   (中略) 私はいつも夜だった・・でも暗くはなかった。
   “太陽に代わるもの”があったから。
   明るくはないけれど、私には十分だった
  「あなた、聞こえたでしょう?」

亮司「何のハナシを訊きたいんですか?」
  「じゃあそろそろ“ショータイム”にしましょうか?」
  「質問攻めだな・・」
  「どうした? “子供の遊び”が怖いのか?」
  「“大人に使われる”なんてごめんだ。
   俺は“自分で売れるもの”を売ってる。
   それを買う奴がいるから、この商売は成り立ってる」
  「子供の頃の夢を見た・・真っ暗な迷路で、
   なかなか出口が見つからない」
  「“ありふれた事件”にはしたくないんだ
  「そうか、ムリか・・残念だな」

笹垣「俺はいつから、サラリーマンになったんだろう?」
  「誰が・・現場のドアを(内側から)塞いだんだ?」
  「どうしてだ? どうして※※が殺されたんだ?」
  「“左利き”じゃないんだよ! 俺は!」 ←危機一髪!
  「どっちが先に、相手を裏切ったんだ?」
  「あなたの奥さんは“人から心を奪う方法”を知っています」
  「これからお話しすることは・・あなたを深く
   傷つけることになると思います」
  「ちゃんと状況を理解していたのかさえ、怪しいものです」
  「※※は、今も“暗いダクトの中”で生きてる
  「今も、あなたを見守っている筈だ。
   このままにするおつもりですか?
   今度は、あなたが※を助けてやって欲しい」
  「お前のことだったら、何だって調べたぞ!」
  「イイ笑顔だ・・お前、そんな風に笑うんだな」

唐沢「次の日になり“あの子の言っていた意味”が分かりました」
  「“あなたは私を見殺しにするの?”・・そう訴える眼でした」

古賀「あの子から・・“とてもイイ匂い”がした

典子「相手を満足させる前に“出しちゃったり”するんじゃないの?」 ←うぅ・・
  「“自分を変えたくて”ここに来たの」
  「人を好きになっても・・遊ばれて終わるのがいつもの私のパターン」
  「最初は輝いてた人生だった・・今は“生ぬるい地獄”の繰り返し」
  「教えてくれて嬉しい・・あなたのこと、もっと知りたい」

松浦「坊ちゃん。おやつがあるから、取りにおいで。
   ・・また、逃げ出したな」
  「今、どんな気持ちで生きてんだ?」
  「少し、都合して貰えねぇかな?」

弥生子「来る度に、刑事さんが増えて・・“疑われてる”んですね?」
   「もうあたしは・・騙されないわ」
   「“この町の人間は、みんな狂ってる。まともな大人にはなれない”
    ってあの子は言ったわ。
    確かに・・あの頃のあたしは、狂ってたのかも知れない」
   「あんたぐらいのもんね。あたしを気にしてくれるのは」
   「あんたはまるで“壊れたレコード・プレーヤー”だね。
    同(おんな)じこと、何度も何度も・・」
   「うちの人はね・・※※の※がダメなの」
   「(それを)詰(なじ)った時から・・あの人はあたしを抱かなくなったの。
    ・・抱けなくなったのね

篠塚「それじゃ・・今、君たちは選ばれたんだ」
  「立派な家って言っても、古いだけさ。
   中に住むのは、ただの“ホモ・サピエンス”」
  「こないだ、面白い映画を観たんだ・・『ブリティ・ウーマン(1990)』」
  「今日は・・何だか“変な酔い方”なんだ」
  「僕は自分を“可哀想だ”なんて思ったことはないよ」
  「他人を“自分の物差し”に載せて測るのは止めなさい
  「止せ。自分が傷つくだけだ」
  「あなたは・・妻を訪ねてくれた“初めての人”です」

美佳「この家は・・“見えない病気”にかかってる」

篠塚「“将を射んとすれば、まずは馬を射よ”・・中国の諺だよ」
江利子「・・私は馬じゃありません!」

亮司「“アリバイ”ですか?」
笹垣「随分、難しい言葉を知ってるんだね?」

雪穂「どうしたの、それ?」
江利子「色々あって・・笑えるでしょ?」

笹垣「この“切り絵”・・どっかで見たような」
弥生子「“タラの大地”でしょ?

笹垣「(あなたの雇った)探偵は、何を突き止めたんですか?」
篠塚「探偵は・・殺されました」

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2011年1月 2日 (日)

☆『ばかもの』☆

・・

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【画像】館内掲示のポスターに監督のサインが! 舞台挨拶に来はったんやろか?

・・

2日(日曜)。
早くも“曜日感覚”を喪失しつつあるが(⌒〜⌒ι)・・こんなダラダラした生活も間もなく終わりなんだよなぁ・・

明日の午後には、帰松開始しようと予定してるので・・また孤独&不摂生な生活に逆戻りするのかぁ・・と(←自覚してんなら、何とかせぇよ!)(=^_^=)

今日は、大晦日に「観よう!」と考えつつ、結局逃してしまってた1作『ばかもの』を観るべく、大阪市内へと繰り出したのだった。
劇場は、かなり久々な感の“シネ・リーブル梅田”である(「新梅田シティ」3階)。

『“平成”ガメラ』シリーズ(1995、96、99)、『あずみ2(2005)』『デスノート・2部作(2006)』の金子修介カントク最新作。

群馬県高崎市を舞台に、ひょんな事情から年上(27歳)の奔放な女性=吉竹額子(よしたけがくこ:内田有紀)と知り合い、童貞を喪失した19歳の大学生=大須秀成(おおすとしなり:成宮寛貴)を主人公に、歪み狂わされてゆく彼自身とその関係者の、その後の10年間を描く。

淡々と、1人の“ダメ男”の10年間の軌跡を描いた、等身大ながらも“事件”の多過ぎる(=^_^=)ラヴストーリーだった。

内田さん演じる額子は“シメるトコはシメる”キーキャラ(=ヒロイン)ながら、出演が前半&終盤に固まっており、その立ち位置(=置き位置)が実に面白い!

彼女を筆頭に、ヒデ(=秀成)の半生には「4人のカノジョ」が現れるんだが(モテモテやんかキミ!)「全く異なるキャラ造型ながら、それぞれにしっかり人物像が確立されている」のが良かった。
もっと言えば、その4人も含め、本作に登場する女性陣は、みんな個性的&魅力的で素晴らしかった!

物語には、ヒデの“人生の脱線⇒堕落⇒暴走”をココロから心配する人物が沢山現れるんだが・・最終的に「見限る/見限らない」ってトコが、ワタシの予想と大きく外れてしまったりもして、観てて「ああ、俺のヒトを見る眼も、まだまだフシ穴なんやなぁ・・」と恥ずかしいような、情けないような“ばかもの感”を激しく自覚してしまった次第(×_×)

“運命的な人間関係か否か”ってコトは、きっと長〜い眼で眺めてみないことには、決して分からないんだろうね、うん。

本作って、主人公に特殊な才能や能力があったりする訳では全然ないんだが(=^_^=)“TV映像”“新聞記事”などで「小道具的」に用いられる“時事ネタ”が、巧い具合に劇中の年月経過や、観客それぞれの(自身にまつわる)記憶を思い起こさせてくれて面白い!

ちょっとこの辺り(の演出面)は『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』に近い印象でもある。

中盤〜後半にかけてのヒデの“最低街道の驀進(ばくしん)ぶり”が凄まじく、、途中では「コレって※※※予防に向けた啓発ムーヴィーなんやろか?」ってふと思ってしまう流れもあったりした(・ω・)

金子カントクと言えば「平成期に“特撮映像を極めた”映像作家の筆頭格」とも思っていたワタシであり“フィクションを極めた監督による、等身大の大河フィクション”とも言えるかもなぁ、と感心させられた。

爆発的なヒットには繋がらないと思うんだけど、私的にはずっと記憶に残って行きそうな・・そんな佳作と評したい。

〜 こんなトコもありました 〜

・ヒデを映画に誘う額子。劇場に『ガメラ3/邪神<イリス>覚醒(1999)』のポスターがデカデカと貼ってるも・・額子が迷わず2枚買い求めたのは『セックスはやめられない』なる成人向け作品(?)のチケット。ここは自虐的でもあり、苦笑(=^_^=)
・頻繁に「ベランダに長時間放置された」ことが愛犬=ホシノの寿命を縮めたんではないか、と。。
・本作を観終え「親の有難み」を実感しないヤツは、それこそ“ばかもの”であろう。
・ワタシも、年上の女性にアレをアレして頂いたクチなので、本作のような導入部は“実に微笑ましく”思える(・ω・)
・「嗅覚に訴えて来る」セリフ演出への挑戦は面白い。
・ヒデの父親が『酒処よしたけ』で飲んでる“図”が、どうにも浮かばなかったが・・
・久しぶりに帰宅したバカ息子に、父のかけた言葉。ここで泣きそうになってしまった。
・翔子さんの左頬のアレが痛々しい・・
・成宮君の「中華鍋さばき」が板についてて良かった!
・当初こそ「主人公=小出恵介ヴァージョンが観たかったよなぁ〜」と思ったが・・観ててムカついて来るほどの“ダメ男”ぶりは、やっぱり成宮君の方がしっくり来てた気もした(←ファンの方、すんません)。
・内田さんは『クワイエットルームにようこそ(2007)』以来、久々にご尊顔を拝見した気がするが・・本作でも“なかなか難しい役どころ”に果敢に挑戦されてた。“体当たり度”こそ、全然納得出来ないが(=^_^=)・・イイ女優さんにならはったと思う。色々と役作りにも悩まはったことだろう。
・劇中の時事川柳(?)は4首で、こんな感じだった。
 “ミレニアム(2000年) ノストラダムスも サヨナラだ”
 “フォッシーは ホシノって言うんだ ホントはね”
 “年の瀬に アジア呑み込む 大津波”
 “チェンジとか 言ってるけれど 変わんのか?”
・冒頭に「宮川一郎に捧ぐ」のテロップが表示された。
・名所とし(?)登場する“高崎大観音”に興味津々(・ω・) ←鉄筋コンクリ製にも関わらず、国の有形文化財とか!
・ジョージ・ソロス著『グローバル資本主義の危機』って・・1999年のベストセラーやったの?
・託宣さま・・全治神さま・・宗教法人『全治の会』・・わぁぁ!!(×_×)
・「死にたくなって、確かに飛び降りた筈なのに・・ここに戻って来ちゃった」ってセリフも、かなり強烈である(×_×)
・山形県米沢市、新潟県村上市ってイイとこらしい! 群馬県・片品高原&吹割の滝にも興味津々。
・ヒデの事故も左腕なら、額子の事故も左腕だった。単なる「偶然の一致」だろうか?(そうだよ!)

〜 こんなセリフもありました 〜

ヒデ「“終わった後”の方が、可愛いよな」
  「先々週も、生理って言ってなかったっけ?」
  「どうすんだよ、これ!」
  「何だよ。群馬、棄てんのかよ」
  「あのさ・・俺らって“薄い”のかな?」
  「東京って、疲れるし」
  「俺、酒呑んで・・絡んだ?」
  「うるせぇんだよ! うるせぇ!」
  「だから、何でお前が謝るんだよ」
  「商売で呑ませてんだろうが! ふざけんじゃねぇよ!」
  「・・俺には“全然違うこと”言ってた」
  「俺はまた“何か別の海”に溺れたりするのかなぁ?」
  「結構、やる時はやるよ。俺」

額子「お父さんのお使い? 偉いねぇ、ボク」
  「そうだ。映画行こうか? 映画行こ」
  「(額子の)“がく”は“額田王(ぬかたのおおきみ)”の“ぬか”」 ←額縁の額、の方が分かり易い?
  「待て? じゃ、何で部屋までついて来るんだよ?」
  「昨日、何回ヤッたと思ってんだよ・・サルだな」
  「もう・・このアホザル」
  「分かったよ。ヤりゃイイんだろ、ヤりゃ」
  「エッチする前に、誰が餃子なんか喰うかよ」
  「女みたいな声、出すんじゃねぇよ」
  「焦るから、萎んじまうんだよ」
  「お前(め)ぇ・・ヤるんなら、真面目にヤれよ。バカ」
  「ソコじゃないって!」
  「舐めて? ヤだよ。ゴム臭くなってるから」
  「いつまでくっ付いてんだよ。アツいって」
  「“こんな男”さね」
  「今日はダメ。生理なんだよ。
   したいだけなら・・帰れば?」
  「ねぇ・・“もっと楽しいこと”しよっか?」
  「もう、決めたから」
  「こう言う時、舐めてみるもんだな」
  「“遊び”以外の何だってんだよ?」
  「これ以上言っても・・」
  「結婚指環ごと、無くしたから」
  「ねぇ、頼みがあんだけど・・1個だけ“出来ないこと”があるんだ」
  「ごめん・・力、入っちゃった」
  「気持ちイイよ。あんたにもこの景色、見せてやりたいよ」
  「あんたこそ、気を付けなよ」

ゆき「言(ゆ)っても、分からないと思うよ」
  「あのね・・そう言うことじゃないと思うよ」
  「最後だから好きなことするって・・“オトコの理屈”だよ」
  「潜在意識だよ・・分かるの。私には」
  「ホントは、私とずっとヤりたかったんでしょ?
   もうムリしなくてイイの」
  「経済活動って、哲学だからね」
  「佳き道を歩いて下さい」

翔子「嫌いですか? 教師」
  「本当にイヤな人だったら、最初から部屋にあげてないし」
  「ダメよ。朝はきちんと食べないと」
  「またスキー、行こうよ」

おばやん「顔に書いてあるよ。“今日はもう十分に※※ました”ってね」
    「あんた、もうやめたいんだろ?」
    「人間様の身代わりになってくれたんだ」

加藤「大学はさ・・“人生の勉強”をする所なんだから」
  「面白ぇぞ、研修は」
  「何か“薄い”よ。お前ら」
  「俺とお前の仲だから言うけど」

父「秀成・・※※のことなら、心配するな」
「今度、俺も行ってみんべ」

姉「ブランドってのは“着る人”選ぶんだからさ」
 「あの女は“悪魔”なんだよ!」

母「あんたがそう決めたんなら、もう母さんたち何も言わないよ」
 「しっかりするんだいね。今度こそ、後悔しないように」

ヒデ「ごめん。遅くなって」
額子「別に・・待ってねぇし」

ヒデ「俺、ヘタだろ?」
額子「普通にイイよ」

ヒデ「また殴ってくれよ。俺がまた、何かに溺れそうになったら」
額子「殴ってやるよ、何発でも」

ヒデ「忠告かよ? 偉そうに」
加藤「忠告と言うより“警告”だよ」

父「・・俺の責任かも知れん」
母「あの歳になったら、もうあの子の責任だいね」

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