2009年11月20日 (金)

☆『博士の愛した数式(2006)』☆

17日(火曜)の夜、衛星第2で放送された『博士の愛した数式』を観た。
以前、地上波で(初)放送された際にしっかり鑑賞したので、今回は「ダラっと観るだけ」のつもりだったんだが・・やはり観てるウチに“鑑賞メモ”をバリバリ執り始めてしまったのだった(⌒〜⌒ι) ←中盤以降ぐらいか。

因みに、以前の鑑賞記事は ↓ こちら(の下の方) ↓ にあります。

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/11/index.html

今回は、一切劇中に登場せぬ「博士の兄」と言うキャラについて、色々と思いを馳せてしまった。直感的に石※浩二氏の面影が浮かんだりもしたが・・ちと違う気もするネ(・ω・)

“道を踏み外した2人”とし語られる、博士(寺尾聰)とその義姉N(浅丘ルリ子)の過去のドラマは、もっと具体的に観てみたかった気がする。
博士ってば「とある事故」に遭う前は「文武両道」な凄まじい人物だったらしいし・・

ひょっとしたら「博士の兄」が“3人の関係”に終止符を打たん、と考え・・「とある事故」は起こるべくして起こったのかも知れない・・?

その一方、ヒロインである家政婦キョウコ(深津絵里)の「旦那」ってキャラにも、全く触れられることのなかった本作。
物語をなぞる上で、特に必要ではないものの・・「博士の兄」「キョウコの旦那」っちぅ2人のキャラ造型を完全に(意図的に)欠いてる辺りには「数式とし本作を眺めた場合、不完全な部分」があり、そこはミステリアスで興味深い。
(“死”の概念を取り込んでいない点も印象的な物語である)

あと、ホンマの人柄がどうなのか分かんないし、分かんなくてもエエか・・と考えてるんだが、少し気になってしまうのは、、ルート先生役の吉岡秀隆の実像。
(画面では)ものすごく腰が低く思えるんだが、パッと見“超自然体”なあのキャラ自体が、案外“演技”なんやろかネ?

〜 博士の語った言葉など 〜

博士「直感は大事だ」
  「皿なんか洗ってる場合じゃない」
  「暗算? 直感を働かせているだけだよ、君のようにね」
  「子供は大きくなるのが仕事だ」
  「大きくなる力は、種の方にあるんだよ」
  「ぺんぺん草なんか摘んでる場合じゃない」
  「それが“サイクロイド曲線”だ」
  「真実の直線は・・ここ(←自らの胸を示す)にしかない。永遠の真実は、眼に見えないんだよ。
   肝心な事は心で見なくちゃ。眼に見えない世界が、目に見える世界を支えているんだ」
  「勇気を持って、君の賢い瞳を見開きなさい」
  「子供は大人より、ずっと難しい問題で悩んでいる」
  「失うものはもう何もない・・ただあるがままを受け入れ、自然に自然に、生き抜こうと思う」
  「感じることが大切だ」
  「発見? “神様の手帳”を覗き見して、ちょっとそれを書き残しただけのことさ」
  「よし、お祝いしよう。子供には祝福が必要だ」

キョウコ「温かいですか?」
博士「君の手の、この温もりだけでも・・」

義姉「この木戸は、これからはいつでも開いております」

追記:「eπi+1=0」と言う“オイラーの公式”は「eπi=-1」とも表されるようだ。なるへそ(・ω・)

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2009年8月27日 (木)

☆『ホッタラケの島/遥と魔法の鏡』☆

25日(火曜)。都合さえつけば是非観たかったのが、プロダクションI.Gの製作(『攻殻機動隊(1995)』『キル・ビルvol.1(2003)←のアニメシーン』『イノセンス(2004)』『スカイ・クロラ(2008)』などで有名)による新作CGアニメーション『ホッタラケの島/遥と魔法の鏡』である。

デジタルアニメとしての“新境地”が楽しめそうな点と・・何と言っても主人公の声をアテたんが“綾瀬はるか”ちゃんってことで、、コレはもう!(←マジキモいってば、おっさんはよ(=^_^=))

そもそもは、仕事が終わり次第さっさと“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”に向かおうと予定してたンだが、何やら片付けにダラダラとかかってしまい、、(上映開始)18:05の回に間に合わなくなってしまったのだった(×_×)

ここで「日を改める」って選択肢もあったが・・明晩も、明後晩(?)も、ちょっとまとまった鑑賞時間が取れなさそうなため、取り敢えず1度帰宅⇒夕食を済ませ、色々やることをやってから自宅を再び出発⇒(上映開始)21:10の最終回にて鑑賞することとしたワタシ。

こう言う時の決断&行動力だけは、何故だか分かんないがメチャクチャに速く、容赦なく、的確なのである(⌒〜⌒ι)

冒頭で「フジTV開局50周年記念作品」と表示される・・

昔々、武蔵の国。“妻の形見”である古い櫛(くし)を見失ってしまった百姓の男が途方に暮れ、すがる想いでお稲荷様に毎日新鮮な卵を供えたところ、ある日の真夜中に狐がやって来、男の枕元にそっと件(くだん)の櫛を置いて去ったと言う。
村人たちは大喜びし、それからも毎日新鮮な卵を欠かすことなく供え続けたそうだが・・実は、忘れ去られた存在だったその櫛を持ち去ったのが、他ならぬ彼ら狐たちであった。

狐たちは今宵も、静かに喜び歌う・・

“♪貰っちゃえ 貰っちゃえ ホッタラケ(=ほったらかし)にしてるんなら 貰っちゃえ”

・・

埼玉県入間市(=かつての武蔵の国)に住む、16歳の女高生=遥(はるか)(声:綾瀬はるか)は、幼い日に母を失い、今は父(声:大森南朋!)と2人で暮らしている。
年頃の娘に成長した遥は、この時期の少女に特有の(?)“父親疎んじ傾向”を示す。

“今晩は残業で遅くなる”の携帯メールを受信するや「今晩“も”でしょ」と毒づいたり。

友人=美穂との何気ない会話の中で「無くしてしまった、母の形見の“古い手鏡”」の存在を思い出した遥は、“ホッタラケ伝説”の伝わる「出雲祝神社」へと出かけ、卵を供える・・

そのまま、拝殿の階段に座り眠ってしまった彼女。
夕暮れが近付き、ふと眼を覚ました遥は、狐の面(?)をかぶった、不思議な子供が境内を動き回る姿を眼にする。

そしてコレこそが、異世界を巡る、彼女の壮大な冒険物語の始まりであった!

『オズの魔法使(1939)』『不思議の国のアリス』や、近年では『千と千尋の神隠し(2001)』など“定番的冒険活劇”の影響&流れを露骨に感じもする本作。
現代のシーンでは「手書き風の(やや描写を抑えた)背景+CGキャラ」、異世界では「派手なCG背景+CGキャラ」と、その映像表現にメリハリを与えてた。

現代の場面では、神社の境内など“森林”ぽいテイストの目立ってた感があったが、ストイックなまでの“奥行きのなさ(のっぺりさ)”が面白い印象を観る者に与えてくれる。

一方、人物の造型面では“鼻の穴”“耳の穴”を敢えて省略しており、当初こそ「違和感」を覚えたが(・ω・)、まぁそれはそれで観てる内に気にならなくなったかな・・

はるかちゃん演じる主人公=遥だが、特に違和感は覚えず。逆に言えば、意識しとかないと余りファンとしての悦びは実感出来ないのかも知れぬ(⌒〜⌒ι) ただワタシとしては、ヘアスタイルは「もうちょっと長い髪」の方が嬉しかったかなぁ。

神社で遥が“テオ”と言うもう1人の主人公(狐?)に出会うシーンの演出が、非常に巧く考えられてて感心させられる。(神社)拝殿の「木の階段を用いた演出」に限っては、近年で最高の作品とも言えるんではなかろうか!

舞台が異世界に移ってからは、イッキに走り始める展開。もうちょっと現実世界との(リアルな)接点があっても面白かったかも知れない。

和風な異世界かな・・? と思いきや、結構“和洋の混在”した不思議なロケーションだった。

特筆すべきは「キャラと背景のマッチング」それに「繊維系のCG表現」だろうかな。前者は『イノセンス』辺りを観てた頃“頭打ち感”を覚えたのを完全に脱している(←ま、あちらはセル画キャラだったが)。皮とか布の再現ぶりもモノ凄い!

和製CGアニメーションの進化ぶりに驚かされるモノの、何処かに「駆け足さ」「物語の薄さ」「各演出に対する既視感」を感じ続けもした本作。

“観客をホッタラケにする”部分を何とかしてくれたら、更に良くなったんじゃないか、と勝手なことを思った次第だ(・ω・)

~ ほか、こんなことも ~

♦美穂さんも“眼鏡ッ娘”を代表する、イイキャラだと思った。もっと主人公に絡ませて欲しかった気が。
♦遥の部屋の本棚に収められた少女向けコミック『てんてん天使』の背表紙デザインがそれらしい。
♦テーブルに突っ伏して泣くテオ。・・ちょっとその、涙の量は異常では・・?(☉д☉)
♦“男爵”の正体が(『オズの魔法使』のように)アレではないか・・? と予想してたんだが。。ちょっとあっけなかった気もするなぁ。
♦本作の観賞後、縫いぐるみのお腹を裂いて(うげ!)「アレ」を入れようとする子供が続出したりして。。
♦遥が顔を隠すため「とあるモノ」をかぶる。アレのサイズと比較して考えるに、現実世界の1/6ぐらいの寸法に縮んでたのかも知れない。
♦いわゆる“3悪”ってキャラが出て来るが、ちょっと絡み方が中途半端で薄い気もしたかな。
♦“屋形船スタイル”の自転車モノレール! この造型はかなりブーツ飛んでる!
♦物語のラスト、遥の食べたがってたモノとは?(ヒント:菅原洋一(=^_^=))
♦主題歌はスピッツの『君は太陽』! 即座に「iTunes Store」に突っ走りましたよ、ええ(=^_^=)
♦巨大縫いぐるみと戦う(?)シーンでは『もののけ姫(1997)』の“デイダラボッチ(大太郎法師)”と『ナイトメア・ビフォア・クリスマス(1993)』の“ウギー・ブギー”を連想した。
♦本作を機に「ゴム動力ならではのエコ&パワフルなエネルギー」に脚光が当たれば良いんだが(=^_^=)
♦タイトルは『ホッタラケの街』でも良かったように思う・・?
♦ニンテンドーDS版ゲーム『ホッタラケの島』の主人公は“カナタ”と言うそうだ(=^_^=)

〜 こんなセリフもありました 〜

遥「水が、温かい・・?」
 「ちょっとあんた! こっち見なさいよ!」

美穂「昔はとても大事にしてたのに、いつの間にか無くしてしまったモノってない?」

美穂「大事だったモノでも、ホントどっか行っちゃうんだよね」
遥「思い出も、そうかなぁ・・」

テオ「盗んだんじゃない! 全部あんたらがホッタラケにしてるモノだ!」
  「人はすぐ、何でもホッタラケにするから・・助かる」
  「鏡には、カミ(神)が宿る」
  「ごめん・・それが言いたくて」

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2009年8月25日 (火)

☆『ぼくとママの黄色い自転車』☆

24日(月曜)。週始めながら、何だか電話対応多過ぎて疲れつちまつたので(何せオフでは殆ど他人と会話しないもんで(=^_^=))「気分転換じゃ〜!」ってことで“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”へと繰り出し・・正直、余り興味はなかったが、ファミリー系の新作『ぼくとママの黄色い自転車』を観て来た☆ 『ぼくとママと黄色い異常者』ではないので悪しからず!(←ってかそれだと『シン・シティ(2005)』でしょ!)

神奈川県横浜市の郊外(港北区篠原町)。
お気に入りの黄色い自転車を乗り回す少年=沖田大志(武井証)は、設計事務所を営む父=一志(阿部サダヲ)と2人暮らし。大志には琴美(鈴木京香)と言うべっぴんなママがいるが、彼女は(大志の)物心ついた頃から“パリのファションスクール”へ長期留学しており、たまに送って来るエアメール&写真で近況のやり取りをするだけだった。

そんなある日、大志は偶然にママが若い頃に海外旅行をした時のアルバムを発見する。その中でパリの写真が1枚剥がされており、どうやら最近ママの送って来た「凱旋門をバックに撮ったポートレート」と一致するらしいことに気付く。

「・・ママはパリにいない?」

一方、差出人住所すら書かれていない、山岡静子なる人物からの(父宛の)手紙を見つけた大志。消印が「北浦郵便局」であることから、ママのホントにいる街が「秋田県、茨城県、宮崎県、香川県(小豆島)」のいずれかの管内であること、静子が父に送った“ママが撮影した写真”に「二十四の瞳・平和の群像」の写り込んでたことから、

「ママは小豆島にいる?」と突き止める。

キャンプに出かける、と(父に)ウソをついて小豆島へ向かう大志。しかし(横浜から)岡山港までは遠過ぎる・・
駅員に(改札で)妨害され、新幹線にも乗れない彼の取った“秘策”とは? そして彼は、ママに会うことが出来るのだろうか?

うーん、サクッと軽いファミリー作品ではあったか(・ω・) 主演の武井くんが自転車で走り回ったり、大雨に打たれたり・・と頑張ってはくれてるんだが、イマイチ吸引力に欠けてたよーな・・ま、製作陣もその辺りの「弱さ」を自覚してるようで、武井くん(の存在感&演技)に観客が集中し過ぎぬよう、適切に“(彼に絡む)旅先キャラ”を(前面気味に)配してくれてた。

余り予備知識のないままに観て良かったのは、ピンポイントで登場する豪華俳優陣や、終盤の展開など。

てっきり「ママがとうにアレしてる」と予想してたワタシは、ああ言う展開&演出となった点にちと意表を憑かれた感。
瞬間的に作品世界がドンヨリもしちゃう訳だが、それはそれで大志くんの「人生の糧」とはなったようである。

鈴木京香さん・・『重力ピエロ』同様「主要キャラの記憶の中でこそ光る」ってな“独特な役回り”を好演されてたが、まぁ個性的な演技ではあったとは評したい。

それにしても・・台風9号の荒れ狂う岡山の港で、とあるジイさまが登場するんだが・・このジイさまと大志くんの絡むシーンで何故だかポロッと泣かされてしまった。初登場シーンこそ、どっかわざとらしい(=^_^=)このベテラン男優さんだが、結構“美味しい立ち位置”だったし「やるじゃない!」と、こちらも好評しときたい。

大志くんの愛犬=アンが、割とキーキャラぽいハズなんだが・・あんまし光ってなかったような、、きっと食事場面とか(リアルな飼育シーン)がなかったからだろう。でも、(自転車の)前カゴに行儀良く入ってる姿は可愛かった☆

前半の(妙に親切な)ヤンキー姉ちゃん=陽子さん、中盤のコテコテ母娘in西明石(浩子&由美)、“自転車に書かれた住所の不自然さ”までを看破しつつも“詰め”の甘かった巡査(=^_^=)など、他にも個性的な人々がいた。

ただ、大志が雨中でヒッチハイクするシーン。計2台のクルマが「ドライバーの姿さえ描かれず」「いとも簡単に(彼を)乗せて」走る演出にだけは「はしょってんじゃん!」と突っ込んてしまった。
ある意味、あそこは「警官シーン」「駅員シーン」を多少カットしてでも(ある程度)しっかり描いとくべきやんか、と私的には思うんだが・・(・ω・)

〜 こんな辺りもチェック! 〜

♦朝食の一幕。食パンに醤油かけて食べてる阿部サダヲ! NGシーンが連発したなら辛かったかも?
♦「岡山運送」のトラック。確かに「品川ナンバー」やし(=^_^=)
♦お客の荷物(?)を積んだまま、あないに遅配(?)しちゃうと・・それだけで倒産に数歩近付く気がする(×_×)
♦劇中に登場する「明石焼・そば焼・玉子焼の“ふなまち”」は明石に実在する有名店らしい!
♦大志が電話を架け、一志が電話を受けるシーン。カットバックな表現が『羊たちの沈黙(1991)』ぽさげだった(=^_^=) ←そこまで大げさかい!
♦自転車の背後を「1両編成の列車」が走るのどかなシーン。シチュエーションは明石〜岡山間なンだが・・実際のロケ地は静岡県らしい。。
♦「北浦郵便局」の窓口の子、可愛さが何とも似つかわしかった(・ω・)
♦(野笹川の)濁流に飲み込まれた自転車少年・・その顛末がヒジョーに気になるんですが・・
♦「ママのセリフ」が大志くんにばかり向けられてた気が・・。パパも(大志くん以上に)寂しくて辛いんスけどぉ・・
♦エンディング曲『抱きしめて』・・ってあんたが歌うんかい! 山は死ぬんかい! ま、ちょと覚悟はしておくんかい!
♦本作、メイキング映像はきっと面白いと思う! 鈴木京香さんのコメンタリーが是非聞きたい!

〜 こんなセリフもありました 〜

大志「大好きだから、ウソをつくことだってあるんだ!」
  「ぼくがママに会いに行くのと同じ位“大事なこと”だから」
  「きっと会えるよ。こんなに近付けたんだもん」

琴美「こうしてる今も、どんどん進んでる・・」
  「歩いても歩いても・・※が見つからなくて」
  「このままじゃ、もっと傷つけてしまう」

一志「僕が琴美を守る!」
琴美「でも私は、大志を守れない」

※「ぼく、カラダは小さいけれど、勇気は大きいんだ」

由美「今日はここまでにしといたろ」
  「手紙やったら、なんぼでもキレイごと書けるわ」
  「大人なんか、みんなウソつきや!」
  「手紙って・・会いたい人にしか、書けへんもんな」

大志「乗せて下さい」
運転手「ああ、イイよ」 ←2つ返事かい!

正太郎「それは、出来ません。“男と男の約束”じゃけん」
   「有難な。長生きはしてみるもんじゃ」
   「小豆島で何があっても、強ぇまんまのお前ぇでいろ。そして・・
    お父さんのこと、悪く思わんでくれ」

琴美“生まれてくれて、有難う”
大志「ぼくのママでいてくれて、有難う」

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2009年7月27日 (月)

☆『フィッシュストーリー』☆

26日(日曜)の夕方、雨の中をアーケード内のミニシアター“ソレイユ”に向かったワタシ。
今日は久々に“寝だめ”もし、起きてからも雨がちだったんで、当初は「何処にも行かずゴロゴロしよう」と決めてたんだが・・来週も忙しくなること必至なので「余裕ある内に1本こなしとこう!」と決めた訳で(・ω・)

本作こそ『鈍獣』以上に、予告編で心を鷲掴みにされた作品である。
時代を超えた複数の物語が、どう最後に繋がって来るのか・・この手の構成の物語に、弱いワタシでして(=^_^=)>

2012年の東京。とある無人の商店街をカメラが映し出す。見渡す限り人っ子1人おらず、路上にはゴミが散乱・・
その中を電動車椅子でやって来た男(石丸謙二郎)。
「誰もいるまい?」と思っていた彼は、街角でただ1軒、通常通り営業しているレコード店「ココナッツディスク」に驚く。

店内に入り「何で店、開けてんの? 客なんか、来ないでしょ?」と憮然と問う男に、店長(大森南朋)は「レコード屋ですから」と平然と答える。
そんな彼らの頭上・・東京上空には、迫り来る“直径5キロメートル”の巨大彗星が・・!
地球に残されたリミットは、残すトコロ5時間。ある者は(政府指定の)防災対策地区に避難し、またある者は富士山頂に登り“やがて押し寄せる大津波”をやり過ごそうと考えたり。
店長はそんな騒ぎをよそに、曰くありげな1枚のレコード「フィッシュストーリー」を店内に流し、その歌詞に静かに耳を傾ける・・

1975年。パンクの先駆者=“セックス・ピストルズ”結成の1年前。
“逆鱗(げきりん)”と言う売れない4人組のバンドが長年のアマチュア活動を脱し、プロデビューしていた。
彼らをスカウトした“レモン・レコード”の岡崎(大森南朋)は、その前衛的で攻撃的(パンキッシュ)なパフォーマンスを“買う”んだが、世間にはフォークサウンドを歓迎する風潮が大きく広がっており、デビューから2年経った今も“逆鱗”はクスぶり続けてるのだった。

メンバー間にも諦念と自嘲の空気が流れ始める中、リーダー&ベースの繁樹(伊藤淳史)は岡崎に渡された1冊の文庫「フィッシュストーリー」にインスパイアされ、新曲「フィッシュストーリー」の制作、録音(レコーディング)を始める・・

1982年。気弱な大学生・雅史(濱田岳)は、合コン(?)の場で知り合った津田塾大学生=晴子(はるこ:高橋真唯)に“驚くべき予言”を聞かされる。結局はその夜も、悪友に「帰っちまぇ!」と一喝され、いつものようにすごすごと帰路につく彼だったが、そこに予想外のトラブルが起こり・・

2009年。修学旅行で神戸⇒東京間の船旅を楽しんでいた山葉女子校の麻美(多部未華子)は、東京で寝過ごしてしまったため、(引き続き)苫小牧への船旅を余儀なくされる。船内で泣きじゃくる麻美の前に「私は“正義の味方”になりたかったんです」と語るコックの青年(森山未來)が現れる。
彼のハナシを聞き、少し気持ちの和んだ彼女であるが、次の瞬間、フェリーはシージャックに制圧されてしまう・・

いやー、良かった! 「壮大におっ始まったは良いが、終始駆け足で散漫なテイストのまま、何となく終わって行っちゃう駄作では?」なる不安も少なからずあったんだが、丁寧に描くべきトコロは、しっかりと時間を割いて描かれており、好感を持った。
(「レコード店内」「“逆鱗”のレコーディング場面」「深夜のトンネル脇のシーン」など)

誰かが(誰が?)何らかの手段で(どうやって?)「地球を救う」と言うクライマックスに向け、細々したまどろっこしい(=^_^=)運命の“フリ”が時代をまたいで描かれる。

「正義の味方って誰?」「コックの父親って誰?」「(曲間の)無音部分の意味って何?」辺りの“フリ”が、観客によっては(物語の背後で)常に気になって仕方ないトコロだろうが(=^_^=)、それらも終盤でイッキに“パズルのピースがはまり”解決するのが気持ちいい。
特にコック青年が誕生する辺りの映像群には、何故だかウルウルさせられてしまった(⌒〜⌒ι)

もっとショートカットな“世界の救い方”もあったハズ、と突っ込みたくなる一方(=^_^=) 「いや、それぞれのキャラが(自らも)予想し得ないカタチで“世界を救う仕事”(の一端)を担っているんやな〜」と妙な感心もしてしまう。

(ある意味ナンセンスで)不思議な味わいながら、爽快な気分にもなれる、今までにない(?)群像劇の誕生に拍手を送りたい! そして、ワタシは本作をとても気に入ってしまった(・ω・)

〜 こんなトコにも注目 〜

♦「秘密戦隊ゴレンジャー」のTV映像がちらっと登場。
♦米国による“アルマゲドン作戦”と言うのが行われたようだ。
♦セリフの中では“逆鱗”のメンバーの1人が死に、1人が発狂したと言われてた(×_×)
♦「地球滅亡まであと※※年」のテロップが幾度も挿入される一方、「シージャックまであと3分33秒」「正義の味方が出来るまで」ってな“変わり種”もあった(=^_^=)
♦中島敦の短編『弟子』がセリフの中で紹介されてた。
♦劇中に登場の「レストラン栗の里」は、実在するらしい。
♦“正義の味方”となるべく、父に育てられた少年。道着で「腕を上下に動かし(塀の)ペンキ塗り」「腕で円を描きつつ窓拭き」をこなす映像は面白かった! とってもラルフ・マッチォ!(=^_^=)
♦2、3シーンほど、真上からテーブル(食卓)を映す映像演出があり、印象的だった。アレはイイ!
♦レコード店で“イヤごと”をさんざんかますおっちゃんだが、4時間ほどは店内にいたようだ。何だ、結構気に入ってんじゃん(=^_^=)
♦“弾丸3発避け”だけは、製作費があったら「マシンガン撮影」で描いて欲しかったかも〜(=^_^=)
♦麻美さんの“あの習性”ってば『マイ・プライベート・アイダホ(1991)』なアレなんだろうか?
♦“逆鱗”を「ぎゃくりん」と読むしとは、きっと“鈍獣”も「どん、けもの」と読むんだろう(=^_^=)
♦「アルン」と言うのはタイ語では「曉」「曙」の意味だそうだ。
♦ジョン・G・ファーニホウ、富樫哲郎をネットで検索したしと〜。は〜い(⌒〜⌒ι)
♦『ビッグ・フィッシュ(2003)』ちぅ作品も、そう言えばありましたなぁ、、

〜 こんなセリフもありました 〜

男「終わりですよね。何処にも希望なんかないよね」
 「知っていたからね。こう言う日が来ることを、10年も前から」
 「もし明日、世界が終わるとしても・・私は林檎の樹を植えるだろう」

“僕の孤独が 魚だったら その巨大さ、獰猛さに 鯨さえ逃げ出すだろう”(歌詞より)
“音の積み木だけが 世界を救う”(歌詞より)

晴子「今日、私と会う男は・・いつか“世界を救う”男」
  「あなたは今日“運命の女性”に出会う」
  「あなた、1度でも何かに立ち向かったことがある?」

客「もし今日、世界が終わるとしても・・僕は自分の好きなレコードを聴き続けたい」

コック「“正義の味方”にとって大事なのは、職業や肩書でなく“準備”だ、と父に教わりました」
   「“禅”の修行が目指すのは、澱みも暴れもしない“川の流れのような精神”です」
   「悪は本当に報いを受けているのか? 今日まで悪が栄え、正義が虐げられて来たとすれば、
    それはバカバカしいし、悔しいですよね」
   「“正義の味方”になる時なんて、そうそう訪れはしない」
   「礼なら父に」

シージャック犯「抵抗しなくても、撃つかも知れないけど」

岡崎「お前たちの(進む)道は間違っていない。しかし、理解されるには時間がかかる」
  「あってもいいんじゃないかな、そのぐらいのことが」

亮二「俺たちの曲は理解されねぇ。そして何より厄介なのは・・俺たちは“自分の音楽が正しい”と信じてる」
  「俺は、魂でギター鳴らしてんだよ」
  「バラード調? しみじみしてどうすんだよ」
  「この曲だけは、お前に触らせねぇ」

五郎「俺たちの曲、誰かの心に届くのかよ?」

繁樹「盗作じゃねぇよ、引用だ」
  「うるせぇぞ、坊ちゃんプロデューサー」
  「またアマチュアに戻るかぁ」

谷「曲間に意図的な無音部分? ・・ビートルズがやるならともかく」

追記1:私的に“5人”は「岡崎」「繁樹」「雅史」「コック」「麻美」だと解釈した(・ω・)
追記2:多部ちゃんが、石川遼くんと姉弟っぽく見えてしまうのはワタシだけやろか、、
追記3:“和製イライジャ・ウッド”にも見えて来る(=^_^=)濱田岳くん。妙に気になる俳優さんだ(ちとジャッキーも入ってるかも、、)。

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2009年6月 9日 (火)

☆『ハゲタカ/劇場版』☆

8日(月曜)。
仕事を終え退社⇒区切りの付いた時点で18:05頃であったが・・「1本、行っとこ!」と雷にうたれたように決意し(=^_^=)、“ワーナー・マイカル・シネマズ高松”にて新作邦画『ハゲタカ/劇場版』を観て来た☆

そもそもが、先週から「都合が付けば即刻行こう!」と心に決めてた1本であり、行ける時に行く気は常にあったんだが・・上映開始時間が18:20ってことで、いつもに増して劇場に突進する心意気だった。

通常は会社前⇒劇場ロビー内まで、大体15〜20分かかるんだが、今日はどんな“神の力”が作用したのやら(=^_^=)10分で到着することが叶った☆ ある意味、クルマで行くより早い到達時間だったかも知んない(⌒〜⌒ι) オレってすごぅい!

さて。『ハゲタカ』と言えば某国営放送局(=^_^=)制作の“骨太金融ドラマ(?)”とし、初めて放映された当時(2007)には、さながらTVにかじりつく(?)姿勢で観た覚えがある(と言いつつ「第1話」と「第5話」は、再放送が繰り返されてる今も観れてないままだが、、)。
満を持して(?)の劇場版ってことで、いやが上にも期待値を高めてしまったワタシである・・

弱体化した“今の日本の姿そのもの”であるような巨大自動車産業“アカマ自動車(=赤間自動車製造(株))(売上高=5兆円)”は代表取締役・古谷隆史の指揮のもと、社運をかけた渾身の新型車“アカマGT”の発表会(2008)を行う。

が、直後に謎の中堅ファンド“ブルー・ウォール・パートナーズ(BWP)”によりTOB(株式公開買付け)を仕掛けられる。
BWPの提示した株式の買付額は1300円。この額に株主がたちまち動き始める・・
これに慌てたアカマの経営陣は“企業再建のプロ”芝野健夫(柴田恭兵)を招き、突き付けられた“敵対的買収”の刃を防ぐよう要請する。

芝野はかつての戦友でもある“伝説のファンド・マネージャー”鷲津政彦(大森南朋)を南の島(?)にようやく探し当て「アカマを、いや今の日本を救ってくれ・・!」と熱く語りかける。

一方、BWPの若きCEO(代表)=劉一華(リュー・イーファ:玉山鉄二)は「3大支援提案」なる好条件をアカマに提示する。それは「海外戦略」「国内展開」「現経営陣」の総てに対し配慮された“友好的買収の証左”とも取れる内容であった。

いよいよ鷲津率いる“鷲津ファンド”がアカマに対する“白騎士(ホワイトナイト)”とし名乗りを上げ、2大ファンドの戦いの火蓋が切って落とされる・・

劉の真意は? 鷲津の勝算は? そして鷲津がファンド・マネージャーとし名を上げた外資系ファンド“ホライゾン・インベストメント・ワークス”時代の劉と鷲津の因縁とは?

BWPの背後に“CLIC:中国政府直轄(!)の投資ファンド”の存在が静かに浮かび上がった時、アカマの総ての関係者は戦慄を覚えることとなる・・

(筆者注:ストーリー冒頭で、アカマ自動車の「資産価値=5兆円」、と記載してましたが、「売上高=5兆円」と謹んで訂正させて頂きます)

ぬぅ・・「カタい!」「熱い!」そして「空しい!」と、2時間ちょいの“お勉強”のような鑑賞だった(⌒〜⌒ι) いや、展開や、描き方はそれでも十分に「エンタテインメント作」なんだが・・ドラマ版の頃から“キャラ造型”をある程度は掴んで(=形成して)おかないと、彼ら同士の言動や(そこに現れない)絆みたいなものが「良く見えて来ないまま」に過ぎてしまいそうな、そんな気がした。

「TOB」やら「ホワイトナイト」やらの言葉(業界用語?)自体が、サブプライム問題⇒リーマン兄弟(?)ショック以降、資産家の投資信託(ファンド)離れも手伝い(?)、いまいちピンと響いて来ない気もしたんだが、、その辺りは正直、詳しくない世界なので・・ワタシごときがあんまりどうこうコメントしない方が賢明だろう(⌒〜⌒ι)

私的には、劉&鷲津それぞれの「(心の内面の)表からは窺い知れない動き」や「非公式な行動」などが、たまに(発言と)チグハグだったり、何故だか妙に感傷的だったりするのが「人間なんやなぁ〜」と面白く思われたか。

「カネで人間は動くのか?」「そも、企業とは何なのか?」なんてな、答えの出しにくい(或いは答えのない?)問いが露骨に観客に投げつけられたりもする本作。

やったこともないワタシながら・・「投信(投資信託)は、やっぱやめとこ」と・・そこだけはすんなり結論が導き出されたのだった(=^_^=)

〜 こんなトコロも 〜

♦国内で「既に死んだ」とまでウワサされてた鷲津。にしても、その間のブランクはどう埋めたんだろ? 現場の勘とか、かなり鈍ってしまってたと思うんだが、、
♦ドバイの石油王にとって、投資をする理由は「子孫の為」とのこと。(金銭的に)余裕ある範囲で子孫のため資産運用をする・・これって至極全うな投資家の姿やな、と。
♦突き詰めると「相手の企業イメージの落とし合い」みたいな“ヤラしい世界”でもあるのね(×_×)
♦這いつくばってかき集めて400万・・何かを掴むと同時に、何かを確実に喪失する瞬間でもあろう、、
♦「お前は、誰なんだ?」の問いが2度、鷲津の口から放たれた。問われた相手の反応に変化が・・
♦劇中の誰も(終盤の1名を除く)“アカマGT”に乗ってへんやんか! そんなんじゃイメージ戦略のイロハの失敗だっての(=^_^=)
♦ドラマ版の醍醐味である「親子のドラマ」「下請工らのドラマ」はばっさりカットされてた。。
♦“クルマ産業”そのものに大胆に斬り込んだ造型(演出)は殆どなかった。。
♦“若きハゲタカ”の印象は意外と弱かったか?
♦終盤の展開は、ドラマ版をなぞり直しただけの感(×_×)
♦本作での芝野の立ち位置は“かなり”下がってた(・ω・) 友情出演レベル?
♦鷲津のキャラにもはや「謎」の部分は仕組まれてなかった、、これにより「ドラマ版でハゲタカ=鷲津を巡るハナシがほぼ総て描き尽くされていたこと」に改めて気付かされた(・ω・)
♦“あの事件”の下手人は誰? “所持してたナイフの形状”にフリがあるんやろか?
♦大森南朋さんの旅番組が是非観たい(=^_^=) 笑顔一切なしで、脱いだスーツの上着を片手にウロウロと・・(=^_^=)
♦“本作そのもの”を(かつての『SHINOBI/忍(2005)』のように、、)“映画ファンド”作品にしてはどうだったか?(ま、某国営放送が制作の中心にあるので有り得んか(=^_^=))
♦「人として何か大事なモノ」のすっかり欠けてる、極めて孤独な2人(鷲津&劉)の生き方が“反面教師”としては良いのかも、、

〜 こんなセリフもありました 〜

※「君の祖国である日本を、買い叩け」
 「鷲津なんて“過去の人”だよ」
 「日本人は“情緒的な民族”だ」
 「生ぬるい地獄だよ・・今の日本は」
 「圧倒的に(ニュース)バリューが違うだろうが!」
 “人生の悲劇は、2つしかない。1つはカネのある悲劇、もう1つはカネのない悲劇・・カネが悲劇を生む”

古谷「何とかしてみせろ! そのために高いペイを払っている」
  「憧れや夢で飯が喰える、そんな生易しい時代じゃない」

三島「彼は死んだ、とも言われているわ」
西野「表舞台から降りれば、そんな風に言われる世界だからね。
   ・・でも必ず戻って来るよ、あの人は」

芝野「世間では、お前は死んだと言われてる」
鷲津「だったら、そうなんでしょう」

鷲津「今の日本に、私の出来ることはありませんよ・・あの国は変わらない」
  「私は日本を棄てたんです・・もう戻る気はありません」
  「お前、たった200万で、人を殺したことがあるか?」
  「強くなれ。強くならなきゃ・・人を殺してしまう」
  「世の中はカネだ・・カネが悲劇を生む」
  「腐ったアメリカを・・買い叩く! 買い叩く! 買い叩く!」 ←大事なことなので、3回言いましたよ(=^_^=)
  「見に行きますよ、焼け野原を・・資本主義のね」

芝野「昼間からブランデーか?」
  「“腐った世界”を造ったのは俺たちじゃないのか? 旗を振って来たのは俺たちでは?」
  「腐ってしまったのは、お前の方じゃないのか?」
  「すぐにウォールームの準備を」
  「これから先は情報戦となる!」
  「企業を経営するのは、株主ではなくあなたです」

劉「アカマの死は・・日本そのものの死を意味するでしょう」
 「彼、友達なんで。いつでも通してあげて下さい」 ←“マンダリン・オリエンタル東京”に顔パス化!
 「俺は、あんたをずっと見ていたよ・・成功も失敗も」
 「あの時のあんたの言葉が、俺のバイブルに」
 「賢い人間は、運命には逆らわない」
 「カネを粗末にするな! ・・拾え!」

鷲津「お前は、誰なんだ?」
劉「あんただ・・俺はあんただ」

守山「アカマじゃ、派遣工の採用は人事部じゃなく、調達部が扱うんだ・・つまり、工員なんて“部品”なんだよ」

王子「何故、君は口を開かないのだ?」
鷲津「あなたが口を開かないからです、殿下。
   お言葉ですが、私は通訳と話しに来たんじゃない」

三島「憎しみからは、何も生まれないわ」

古谷「あんたが経営者だったら、どうしていた?」
鷲津「・・私は、経営者ではない」
古谷「・・・!」

芝野「まだまだこの国も、棄てたもんじゃない」
鷲津「クソが付くほど真面目だ・・」

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2009年3月27日 (金)

☆『秒速5センチメートル(2007)』☆

さる9日(月曜)の夜、先の『新S0S大東京探検隊(2006)』に続いて衛星第2で放送された『秒速5センチメートル』を観た。

こちらは「きっとロマンチストでナルシストに違いない!」と勝手に決め打ってしまいたくもなる、孤高のアニメーション作家=新海誠の原作&脚本&監督による中編のオムニバス作品。

同氏の作品としては、初の劇場版長編である『雲のむこう、約束の場所(2004)』しか観たことのないワタシだが(それも確か衛星第2だった・・)、本作も『雲のむこう〜』に骨格部分で酷似した世界観&映像テイストを放っており、ストーリー的に言うと「ちょっと気恥ずかしくて、付いて行けないわん」ってのが現時点でのワタシの評価であるが・・(⌒〜⌒ι)
描き込まれた風景描写の凄まじさは流石に素晴らしく、ある意味「実際の風景よりも物語性を内包しているんではないか?」とさえ思えて来る!

良き映画を観て、つい「ロケツアーしてぇなぁ〜」と思ってしまうのがワタシの常なんだが、本作の場合だと「実際に足を運んでも、こんな現実離れした情景は、きっと拝めようハズもないよな」と諦めの気持ちすらわいて来たり(×_×)

『雲のむこう~』でもテーマとなっていた(と思しき)「宇宙」「道(=軌跡)」「恋人たち」「記憶」などが、本作でも同様に大きく取り上げられていた感。

第1話「桜花抄」、第2話「コスモナウト」、第3話「秒速5センチメートル」の3エピソードの中で、栃木県岩舟町(第1話)、種子島(第2話)、東京(第3話)の風景が情緒豊かに綴られる。

主人公は、遠野貴樹・篠原明里・澄田花苗の3人であるが、エピソードごとに語り手(主役)が変わる(?)ため、彼らの言動が主観的になったり、客観的に描かれたり、と“3人それぞれの心情にすき間が設けられ、観客に、それを自在に補う余地が残されている”辺りが「エエなぁ」と思った。

ただ、キャラの顔が妙にアニメアニメしてるのだけは、風景から浮き上がってるようで残念だった(・ω・) が、劇画調に描けば良いか? と言うと・・「そうなると今度はファンタジックな部分が欠落してしまう」のもあり、難しいトコロではある。

きっとこの先も“新海作品”を観るたび、同じことに思いを至らせてしまうワタシのいるような気がする(・ω・)

ちょっと気の利いたタイトルとし響く「秒速5センチメートル」は“桜の花びらの落ちる速度”である、と劇中でネタバレ(?)されていたが、宇宙開発事業団(NASDA)のロケットを格納したコンテナが、発射場に移動する際の速度が「時速5キロ」と語られてもおり、こちらも何故だか心に残ってしまった。

〜 こんなセリフもありました 〜

貴樹“時間ははっきりとした悪意を持って、僕の上を流れて行った”
  “僕らの前には、茫漠とした時間が横たわっていた”
  “あのキスの前と後では、世界の何もかもが変わってしまったような気がする”
  “僕はただ、彼女を守れるだけの力が欲しいと思った”
  “ただ生活をしているだけで、悲しみはそこここに募る”
  “昨日、夢を見た。まだ僕らが13歳の頃の”
  “今振り返れば、きっとあの人も振り返ると、強く感じた”

花苗“彼は優しくて、私は時々泣いてしまいそうになる”
  “出す当てのないメールを打つ癖が付いたのは、いつからだろう?”
  “潮は少しずつ、涼しくなって行った”
  “彼は優しいけれど・・私の向こうを、私のずっと向こうを見ている”

明里“夕べ、昔の夢を見た”

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2009年1月10日 (土)

☆『ハッピー☆フライト』☆

9日(金曜)の夜。
昨秋より漠然と「行きてぇな〜」と考えてた1本『ハッピー☆フライト』をようやく観て来た。

いや、実を言えば“ホントに観たい作品”は他にあったんだが、、←まだ言ってるよ(・ω・) ま、こちらも綾瀬(はるか)ちゃんが出演してるし〜♡ ってことで、その「快進撃ぶり」をこそ楽しみに拝見してみようかな〜って軽いノリで(=^_^=)
(大阪)市内で観る手もあったが・・少しばかり残業ぽくなり、バタバタしてしまったので、メジャーな(中心部の)劇場で「チケット売り場の混雑に巻込まれ、上映開始に遅れる結果となってもアホらしいし」と考え、地下鉄で守口市内の“ワーナー・マイカル・シネマズ大日”までわざわざ(?)足を運んだ次第。

羽田発、ホノルル行きの全日空(ANA)1980便(ボーイング744型機)。
その機ではフライトに備え、余念なき清掃&給油作業が行われていた。
乗客は同社&同機を無意識に(?)信頼し、次々と搭乗手続きを進めて来たが・・実はこの便、「国際線デビュー」となるフレッシュなCA(客室乗務員)や「機長への昇進」のかかったコ・パイロット(副操縦士)らが奇しくも顔を合わせる、ある意味“記念すべき”フライトを控えた機体でもあった。

タッグを組む機長が当初“仏の望月(小日向文世)”でありホッとしていたコ・パイ=鈴木(田辺誠一)は、彼が体調不良によりいきなり“鬼の原田(時任三郎)”に変更されたことに、激しく動揺する(⌒〜⌒ι)

新人CA・斎藤(綾瀬はるか)は“搭乗寸前”に職場(=空港)に駆け付けた両親(父:柄本明)から、激励と共に“お守り&正露丸(←パチもんではなくホンモノ(=^_^=))”を渡される。
“持ち前の明るさ”がウリの、そんな彼女の前に立ちはだかるのは“鬼チーフ”と恐れられる山崎麗子(寺島しのぶ)であり、プライドの高い先輩(吹石一恵)であった。

空港の受付では、業務に疲れを感じ始めてる案内係・木村(田畑智子)やその後輩(平岩紙)が、器用に搭乗客をさばき始めた。

コントロールセンター(指令室)では、ベテランだが最新の機器に付いて行けてない高橋室長(岸部一徳)がのんびりと孫の手で背中を掻き掻きしながら、追われるように(=^_^=)喫煙コーナーに“退避”していた。
そんな中、スタッフが懸念するのは、関東一円に迫りつつある“台風13号”の存在だった。

ドック(格納庫)では“定刻の離陸を第一に考える”ベテラン整備士・小泉と“ギリギリまで修理に取り組もうとする”若手整備士・中村が、互いのプライドを絡め火花を散らしていた。

その他、ある者は管制塔で、またある者(ベンガル)は空港周辺で(“ライフルを準備”しつつ)、空港上空に眼を光らせていた。

乗客の視点からはなかなか想像しにくい「旅客機に携わるプロたちの“地味な”仕事ぶり」を丹念に抽出⇒再構築し、総体的に“群像劇スタイル”で描いたセミ・ドキュメンタリー(=^_^=)とも言うべき作品。
息もつかせぬ(?)ハプニング(人為的&不可抗力的)の集合体、みたいな展開なので、そこそこの吸引力は持っているが・・ちとワタシの期待してた(軽い)ノリとは違った気がする(・ω・)

グウィネス・パルトロゥ主演の『ハッピー☆フライト(2003)』の和製リメイク(=^_^=)を何処かで期待してたワタシなんだが、どうにも連想したのは『アポロ13(1995)』だった(×_×) つまり「トラブルづくし」って感じ(×_×)
緩急のバランスが良くなく、意外と笑えず、何だかお金を払って「全※空製作のプロモーションドラマ」を延々見せられたようにも。。

更に「スタッフ以上に乗客各位にインパクトがあり過ぎた」感も。“ズレてる”笹野高史さんを筆頭に、温厚そうだが怒らせると実に厄介なビジネスマン、不細工な新婚夫婦、座席でやにわに入れ歯を外すおばちゃん(←そうする理由は描かれるが・・)、愛鳥連盟のしとたち(身分詐称!)、イケメン2級建築士の太田君、飛行機マニアども、出っ歯&ヒゲ&ホクロ&小僧の4人衆(←いや、それぞれは互いに面識ないンやけど、、)

「ドラマやね〜」で笑って済ませられる演出もある一方、「一歩間違うと乗客軽視とも言えるんでは?」的な印象のエピソードもあり、楽しみつつも“ちと引っかかるモノ”があったりした。パッと思いつく中では「機内のデザートが尽きてしまい、何とかしなきゃ〜」のシーンとかね(・ω・) まぁ“公認の綾瀬ちゃんレシピ”なら許せるけど(=^_^=)

「本作の何処がハッピーやねん!」とは誰もがふと突っ込んでしまうトコではなかろうか? 専門用語混じりの会話で「煙にまかれてる」印象も少なからずあったし。。

ってことで、全※空の皆さんの仕事ぶりにはしっかりと敬意を払いつつ・・でもやっぱり「こんな飛行機には、絶対乗りたくねぇ!」と正直、思ってしまったワタシでした(⌒〜⌒ι)

〜 他にこんなトコロも 〜

・特定のクレーム客が“ハリウッド印アクション大作”で言うトコロの「テロリスト的役回り」に見えた(=^_^=) 寺島しのぶvsクレーム客のやり取りは“屈指の緊迫シーン”と言えましょう!
・韓国映画に影響されたか? 「下品なヴィジュアルの乗客」「嘔吐シーン」などの“インパクト重視型演出”がちらほら見受けられた。
・基本的にヒーロー&ヒロインは不在な気がした。
・田畑さんや岸部さんを巡る「恋のようなもの」の描き方は曖昧ながらも“大人な感じ”で好印象だった!
・ラストシーンは、どう観ても『フォレスト・ガンプ/一期一会(1994)』な映像演出が入ってる。。
・ポッキリ折れた(機外の)ピート管(?) ちょっと「ヒヤリ」とさせてくれます。何か『トワイライトゾーン/超次元の体験(1983)』の第4話(ジョン・リスゴー主演のエピソード)のラストを連想させられた。。
・「例え毎日乗ったとしても“400年に1回”起こるかどうか」と墜落の確率がセリフで語られていた。航空事故に遭われたご遺族の方々にとっては「何の説得」にもならない言葉だろうが・・
・カラスやハトは賢く、飛行機にぶつかったりしないが、カモメは馬鹿だそうで(・ω・)
・「ギアアップ」を「ギアラップ」と言ってて面白かった。きっと発音は良くないと思われるが。
・操縦桿を預ける際の「I have(私が預かった)」「You have(あなたに預けた)」の挨拶(?)が好印象だった。
・機長とコ・パイでは献立を別々にするそうだ。これは「同じ物を食べることで2人共が食中毒となるトラブル」に備えてのことらしい。何だか“伝統”って感もありますけどね。
・正露丸のフタはちゃんと締めとこう!
・工具を盗み出した“あいつ”に損害賠償請求をしよう!(=^_^=)
・田畑さん、動物で言うと“カエルっぽい”方ですが、何とも言えぬ魅力がありますね☆ 美味しい部分は全て綾瀬ちゃんにかっさらわれてしまってましたが・・(それは吹石さんも然り)
・マニアがプロ(本職)を圧倒する・・ってノリは『ギャラクシー・クエスト(1999)』以降の“新しい演出”とも言えるんやろか?

〜 こんなセリフもありました 〜

教官「訓練で良かったな」 ←シミュレータで海面に激突してますた(×_×)

上司「(離陸までの)あらゆる文句は全て、我々“地上係員”に来る。オンタイム(定刻)のフライトは半分以下の現状だ。
   “オンタイム厳守”で取り組んで貰いたい!」
  「誰かがやらなきゃならないんだ! 分かってるだろ?」

同僚「(帽子を)冠ってると、寝癖も治るぜ」

望月「もう訓練は、始まっているんですから」

斎藤「あのぅ、デザートって私たちのも、あるんですかぁ?」
  「(CAを目指すのは)やめといた方がいいかも・・」
  「(CAは)厳しいわよ!」

鈴木「有難うございまする」 ←アナウンスで乗客の緊張を解く(?)

鈴木「“上昇気流”とかけて“緊張しぃ”と解く。その心は・・“アガッている”・・どうです?」
原田「・・(無視)」

原田「“良い着陸”とはどう言うものだと思う?」
鈴木「それは・・“接地したことを感じさせない”ソフトランディングでしょう?」
原田「そう答えるパイロットは多いな・・」

鈴木「失速しかけている?!」
原田「違うな、スピードが出過ぎている・・速度のことは無視し、機の姿勢とパワーに集中しろ!」

原田「“こう言う時はまず笑え”って教えている・・笑ってみろ」
鈴木「・・無理です」

原田「どうして帽子を冠らないんだ?」
  「帽子を冠ってなかったな?」
  「そっちの都合で勝手に(話を)進めるな」
  「本機が揺れたら、この鈴木君のせいだから・・あ、メモらなくていいよ、冗談だから」
  「そんなに緊張してて、良いフライトなんか出来るか?」
  「お前が(コクピットに飛んで来たカモメを)避けてどうする」
  「問題があるかないか、は君の決めることじゃない」
  「美味いんだろうな・・そのカニ飯」 ←和食を食べ損ねた
  「“その時はその時”だろ?」
  「意地でも(機の進路を)曲げるなよ!」
  「ナイス・ランディング」

山崎「(CAを)もっと“華やかな世界”とでも思ったの?」

乗客「俺がタカってると思ってんだろ? 機長を呼べ!」
山崎「キャビンでは、私が責任者です!」

乗客「俺の言ってることがおかしいのか?!」
山崎「そうなります・・!」

CA「あれって(機長じゃなく)コ・パイだね・・」 ←がっかり
CA「あ、ホントだ・・」 ←がっかり

CA「(チーフパーサーの)山崎さんと仕事する前には、水を出来るだけ沢山飲んどいた方がいいよ〜
   ・・だって、いっぱい泣くから」
  「それはそっちの都合でしょ?!」

小泉「手ぐらい振ってやろうじゃないか」
  「(紛失した工具は)“エンジンの中”じゃないよな?」

木村「(笑顔で手を振りつつ)さっさと行って〜」
後輩「(笑顔で手を振りつつ)戻って来るなよ〜」

愛鳥連盟「飛行機を守るために“鳥を殺す”なんて・・人間のエゴです!」
バードパトロール「大丈夫ですって、※※ですから」

追記:エンドロールで紹介(表示)されてたが・・「2010年は航空100周年」らしい☆

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2008年11月19日 (水)

☆『犯人に告ぐ(2007)』☆

16日(日曜)の夜。「日曜洋画劇場」で「地上波初放送」されたサスペンス映画『犯人に告ぐ』を観た。
豊川悦司主演ってことで「まぁ、悪くはないんかな?」とそこそこに期待して観始めたんだが・・意外とポンコツな完成度だったもんで、ソコにこそびっくりしてしまった(×_×)

2000年の大晦日。神奈川県警は総力を挙げ「桜川健児くん誘拐事件」の捜査に当たっていた。
犯人が児童の母に“身代金(3000万円)の受渡し場所”とし指定したポイントは“新宿・小田急百貨店前”⇒“横浜・展示場広場”と切り替わる・・
現場で陣頭指揮をとる巻島史彦管理官(豊川)はこの事件とほぼ同時に、救急搬送された妻の難産にも気を揉んでいた。

解決を焦った巻島は部下に命じ、母親に接触した若者を確保するが・・それはただのナンパ目的の男だった。
カウントダウンの混乱の中、巻島は容疑者と思しき男を見かけるも、姿を見失ってしまう・・

やがて事件は「雨中の河川敷(?)で、健児くんの遺体が発見さる」と言う最悪の結末を迎えた。

矢面に立たされた記者会見で「我々はやるべきことをやりましたが・・残念ながら、結果はついて来なかったと言うことです」と他人事のような態度でコメントする巻島。会見を切り上げ足早に立ち去ろうとした彼に報道陣が取りすがる。
巻島はついにメディアの前で叫ぶのだった「女房が死にかけてんだよ・・どけよ!」

・・そして彼は足柄署へ左遷されるのだった。

6年後。再び神奈川一円は「川崎連続児童殺害事件」に揺れていた。自らを「BADMAN(バッドマン)」と名乗る正体不明の人物は、県警やマスコミに対し挑戦的な言動を放ち続ける。

県警本部に「特別捜査官」とし呼び戻された巻島は、報道番組「ニュース・ナイト・アイズ(NEWS NiGHT eyes)」の生放送を使い「BADMAN」を挑発する作戦に臨むが・・

この手の作品の場合は「意外な犯人像」「犯人なりの(ある種、共感し得る)痛烈な社会批判」「(確執を経ての)捜査陣の団結」「主人公(=主任捜査官)の公私の描き分け」などの要素で、幾らでも“本筋”を太く補い、面白くすることが可能なハズだが・・そのいずれもが全く出来てなかった。
いや、きっと原作では「心理描写」「側面的な演出」をきっちり描いてたのだろうが、この映画版では(製作費か作品時間かの問題で?)全くの描写不足なのだ。

中でも「事件そのものより、県警内部の“腐敗”し切った実態」にこそ衝撃を受けた! 事件が断片的にしか描かれぬ半面、捜査本部内での「足の引っ張り合い」が妙に生々しく展開するのだ(×_×)
終盤ではイッキに「3つの事件」が解決をみるんだが、、「それって“結論”だけやんか!」と正直、突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。

キャラ的には巻島の腹心の部下=津田を演じた笹野高史、そして一瞬の出演ながら、テレビのコメンテーターを好演してた大阪府警(!)の元刑事=迫田和範役の石橋蓮司のお2人が特に良かった。彼らをもっと巧く本筋に絡ませられたら良かったと思うんだが、、まず前面に押し出されてた上司=曽根(石橋凌が演じる)やライバル=植草(小澤征悦が演じる)の不愉快さにより、台無しにされてしまってた感。

あ、そう言えば・・殆どセリフもないのに、それでもなお強烈な個性を放ってたのは根岸季衣さん! ただ慟哭するだけで、画面を“Jホラー”のテイストに変えちゃう、あの存在感はどうしたものだろう!?(=^_^=) 私的には、ぜひ根岸さんヴァージョンの『黒い家』が観てみたいものだ!(特に「吸え!」「ヘタクソ!」の名シーン(?)が観たい(=^_^=)>)

〜 教訓など 〜

♦物的証拠に「指紋」を残さぬよう注意しても「掌紋(しょうもん)」ってのも残り得る。「しょうもんばっかしとると、ぼうこんがくるぞ〜」ってアレだろうか?(←全然ちがうし!)
♦要所要所で観る者の気分をザラつかせてくれる“宗教(邪教?)的なプロパガンダ”には何の意味があったんやろ?
♦日夜、張り込み続けてる意味のなかった刑事さん。。玄関だけ監視しててもあかんでしょ!
♦(後半に写真のみ登場の)アイドル“みゆりん”について、もっと知りたい(=^_^=) スピンアウト作品をきぼ〜ん(=^_^=)
♦犯人に無防備な背を向けるな! 罪人をかばうな! と“彼”に言っときたい。あと「寄せ鍋」にも(×_×)

〜 こんなセリフもありました 〜

津田「愚痴も過ぎれば、醜いものだ」

BADMAN「ガキ共は、醜い大人のミニチュアだ」

誘拐犯「昔のことを、きれいさっぱり忘れたような顔しやがって」

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2008年10月31日 (金)

☆『はなれ瞽女おりん(1977)』☆

30日(木曜)。昨夜はグッチョングッチョンに(←どんな形容だ!)泥酔してしまい、起きていたのか眠っていたのか、生きていたのか死んでいたのか自分でも良く分かんない状態での帰宅となった(×_×)

流石に今夜も寄り道して帰ったりしたら・・「この週末は反動で寝込むことになるやろな、、」と“自身がもう若くないって事実”に素直に向き合い始めたワタシなので(=^_^=)、今日は残業を切り上げ、スタコラと帰らせて頂くことにした。

前回のレビューが新作『ICHI』であり、その中で主人公の境遇とし設定された“はなれ瞽女”の強烈な印象が忘れられなくなったワタシは・・ここでハタと気付くこととなる。

「あ、そう言や邦画『はなれ瞽女おりん』のDVDソフト版を折角買ったってのに観てなかった!」と。

んな訳で、いそいそとかの作品を鑑賞した次第である(⌒〜⌒ι)

※そも『はなれ瞽女おりん』を購入するきっかけとなった経緯(?)については、

2月7日(木曜)の拙記事『“若州(じゃくしゅう)人形座公演/はなれ瞽女(ごぜ)おりん”を観て来た』を併せご覧頂けたら幸いです(・ω・)

http://tim3.cocolog-nifty.com/blog/cat30597104/index.html

世の中が「米騒動」と「シベリア出兵」に揺れていた大正中期。
仲間から落とされた“はなれ瞽女”の女=りん(岩下志麻)が「人生の漂泊をみつめ、魂のありかを求める」物語。
越後高田にある、里見の瞽女屋敷を追われ、天涯孤独の身となったおりんの前に、下駄の修理を生業とする、鶴川と名乗る大柄な男(原田芳雄)が現れる(背丈=5尺8寸との設定)。

おりんは「これまでの人生で出会って来た」男ら同様、鶴川もまた自分の「躯(からだ)」を狙って付いて来ているものかと初めこそ疑ったが、彼は「お前ぇを抱けば、わしらのこの関係は崩れてしまう・・だから抱けん」と頑に彼女を拒む。

表向きは「兄妹」とし、各地を旅する2人だったが、そんな彼らの前に越中富山から来た薬商人=別所彦三郎が現れ、おりんの肉体をつけ狙い始める。
そんな折も折、鶴川を追って、福井県鯖江憲兵分隊から袴田陸軍憲兵中尉(小林薫)がやって来る。

鶴川の犯した“とある罪”から彼を庇おうとするおりん。旅仲間の“はなれ瞽女”おたま(樹木希林)との束の間の友情も交えつつ、おりんの旅路は続く。
そして、彼女の辿った漂泊の行く末は・・

冒頭で「芸術祭参加作品」と大きくテロップの表示される本作。
とにかく、ロケーションが多岐に渡っており“確実に失われつつある、日本の原風景”をこれでもかって感じで切り取りまくってくれる、その意気込みにまず圧倒された! ベテランの撮影監督=宮川一夫が泣きながらファインダーを覗き、彼をして「これが俺の遺言だ」と言わせしめたと言う本作でもある。

※前記述は、以下のサイトの記載を参考とさせて頂きました。無断リンク失礼します。

http://www.nihoneiga.info/classic/0007/02.html

これまでの作品群には首を傾げさせられっぱなしだった(監督、すんません)篠田正浩氏によるメガホンだが、正直ここまで気合の込められた傑作だとは思わなかった!

・「一度も瞳を見開かぬ、盲目の演技」ながら、艶やかさの漂って来るようだった岩下志麻さん
・外道なヤツながら、何処か憎み切れぬ、若き日の西田(敏行)局長(=^_^=)
・盲目の演技の凄まじさが観る者を圧倒する樹木希林、奈良岡朋子の両女優。
・冒頭で「小林薫(新人)」と紹介される(!)イキのいい奴(=^_^=)、小林さん。この頃は寡黙で不気味な演技もこなしてられたんですね〜! 軍服もお似合いですた(⌒〜⌒ι)

など、キャスト陣も風景描写に負けず頑張ってくれている。

♦「報われぬ下層の2人が旅の日々を続けれど、真の自由の訪れることはなかった」と言う無情感。
♦「最も近くにいる男とのプラトニックな関係すら、やがては引き裂かれる」と言う悲しみ。
♦「おりんの躯を汚したくない」と願う鶴川の気持ちとは裏腹に「凍えるような寒い夜には、男に寄り添って“温もり”が欲しい」と性への渇望(?)を隠さないおりんの「ゆれる」心情。

と言った要素は、そこそこに人生の辛酸を舐めた者にしか伝わって来ないような気もする。
ってことで・・これはやはり「芸術作品」と呼べるのではなかろうか。堅苦しくはないけれど。

おりんの話す言葉は新潟弁(上越弁)だそうだが、感動する程に完璧に“その土地の女”になり切ってるように感じた。
岩下志麻と言う女優について「若い頃ってどんな作品に出てたっけ?」と思うしとは、是非本作に触れ、その女優としての力量のもの凄さを知って欲しいモノである。
・・ってナニをお前ぇはエラそうに(=^_^=)>

〜 こんなセリフもありました 〜

※「眼は見えねども“へそ合わせ”は出来るべ」
 「貧乏人は、何やっても損するように出来てるんだ」

里見の親方「おらさ、“め△ら道”歩いて来た甲斐がありました」
     「め△らにゃ地獄が見えねぇように、阿弥陀様がおらがの眼(まなこ)潰して下さったんじゃ」
     「瞽女は“神様の嫁御”にして貰ぅたんじゃ」

鶴川「若い衆が牙剥いて、おまんの躯さ、くすねようとしてるだで」
  「お前ぇはいい娘だ、こげないい娘が、め△らに生まれたばっかりに、こげな暮しをせにゃあならん。
   おらぁ、つくづくこの世の中ちぅものが“地獄”に見える」
  「人の話は、信用出来ねえや」
  「金のある奴は徴兵を逃れられた、しかしおらがのような貧乏人は銭のために体を売るしかなかった。
   戦争は貧乏人を犠牲にしてる!」

おりん「何ぼ諭されても、おら自分で自分の躯の火照りを抑えることが出来ね」
   「男と寝るちこと、こげに温(ぬく)いものかと思いました・・おらほんに罰当たりなこと、しましたす」
   「また、戯(おど)けなすってぇ」
   「おみゃあさん、なんでおらの躯、抱きなさらんのじゃ?」
   「め△らの女が拒んだとて、男衆の大きい力に組み伏せられて、言いなりになるより仕方御座りませなんだ」
   「どうかも少し、おらの躯、温めて下せぇ」
   「おらの躯、こんげに冷えとるに何で温めてくれんのじゃ」
   「おみゃあは、おらが・・おらがこの世で一番好きな人じゃ」←このセリフに泣きそうになりますた
   「おら、“しだらおなご”でねぇ」
   「待ってけれ、自分で帯さ解くだから・・」
   「日暮れは、空気の“匂い”が変わります」
   「弱気過ぎます、あの婆さまは・・」
   「松林、松林言われても、何処が松林で、何処が浜なのか、おらには“境目”が分かりません。
    世の中、どげんな“境目”があるのか・・ただ掌(てのひら)で触ったり、匂うたりしながら
    阿弥陀様に導かれて歩いているだけで御座ぇます」

別所「辛抱出来るのかや? おみゃあも女なら、抱いて欲しい夜さりもあるべし?」

追記1:善光寺境内でのロケーション。カメラに映る限りの人々(の全て)に大正期の風体をさせている徹底ぶりに驚愕!
追記2:中盤、海辺で地震&落石が起こるんだが、あれは作品に必要な演出だったんやろか?
追記3:要所要所でしっかり「雨を降らせる」こだわりぶりがイイ。山門での雨宿りシーンは映像的にも素晴らしい。
追記4:定点撮影で(宿の)軒先を映し「女中が提灯を畳む」動作のみで“祭りの終わり”を表現する演出にうならされる!
追記5:「磨歯ンオイラ」「まばを/濱小」「のらひんし」などの戦前表記が面白い。因みに駅看板の英語表記は左読みの「OBAMA」だった。
追記6:終盤、無表情な男=鶴川が初めて落とした涙に、こちらまでウルウルさせられてしまった(×_×)
追記7:樹木希林、小林薫ら助演陣のあっさりとした“退場ぶり”が面白い。何の余韻もないのだ。。
追記8:ラストシーン・・“描き過ぎ”な感もあったが、ある意味衝撃的ではある。。

※本記事の中で、(現代では)差別的な表現と思われる言葉に関し、伏せ字にて表記させて頂きました。他意は御座いません。

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2008年10月 8日 (水)

☆『ハチミツとクローバー(2005)』☆

6日(月曜)の夜、衛星第2で放送されたものを鑑賞。
劇場公開当時、そのメルヘンチックな(?)タイトルと、カラフル&ポップな意匠のポスター(確か、、)に何処か惹かれつつ、劇場へは足を運ばなかった覚えがある(・ω・)

今回、殆ど予備知識もないままに観てみたんだが、ワタシの好きな「美大ネタ」「青春モノ」「群像劇」「天才系」などの要素がなかなか(自身の)ツボにはまり「観て良かった!」と素直に感じた次第である☆

『人のセックスを笑うな』を観た時も感じたことだが、、次の人生があるとすれば、きっと美大に通いたいなと思っている(⌒〜⌒ι) ←そう言えばあちゃらにも蒼井優ちゃん、出てましたね☆

冒頭に、詩人エミリー・ディキンソン(1830-1886)による一節「草原を作るには、蜜蜂とクローバーが必要だ」が示唆的に表示される・・

トウキョウ郊外(?)のとある美大を舞台に、集まった学生たちの青春の日々を断片的に描いた群像劇。

建築科を専攻する主人公=竹本(櫻井翔)の人生に、2つの大きな変化が訪れる。
1つは“チョモランマで消息を絶った”とも言われた、伝説の彫刻科8回生=森田(伊勢谷友介)が、竹本の隣室にひょっこり戻って来たこと。
もう1つは、講師の花本(堺雅人)から、親戚筋の少女=花本はぐみ(油絵科、通称“はぐ”)(蒼井優)を紹介されたこと。彼は人目で恋に堕ちてしまう。
内気で口数も少ないながら、それでいて豪快&奔放な抽象画を感覚的に仕上げてゆく“はぐ”・・そんな彼女に対する恋心を手探りで深めて行こうとする竹本。
だが、森田もまた、この年下の天才少女に強く惹かれていたのだった。

建築事務所でバイトする真山(加瀬亮)は事務所の女先輩=理花(西田尚美)に憧れ続けている。
その気持ちが内向的(?)に募り過ぎるが故“(理花の)使用済アイテム収集”“尾行”“部屋の監視”などの「よろしくない挙動」にも走ってしまう日々。
が、そんな一途な真山の姿を、これまたストーカー気味に静かに見守る山田(陶芸科)(関めぐみ)がいた。
彼女の恋心はいつか、報われるのだろうか?

改めて「うぉ、ムチャクチャ豪華な俳優陣ですやんか!」とびっくり。主役格かと当初は思ってた田辺誠一(原田役)が写真オンリーの登場に過ぎなかった(?)一方で“特別出演”とクレジットされてる中村獅童が「結構、重要で美味しい役」にちゃっかりおさまってたりもし、その予測不能な起用のバランスも心地良かったか。
ただ、本来は主役であるハズの竹本を演じた櫻井が(ジャニーズ系アイドルグループ“嵐”の一員にしては)、もっさりした外見&言動でちょっと“隊列を乱してた”ような気もした(これは私的な感想ですよ!)。

演出的なものかも知れないが、一応は“製作シーン”を披露してくれる蒼井&伊勢谷に引き換え、櫻井&関&加瀬の面々は、殆ど作品に取り組んでるシーンすら描かれず「映像的に“ちと説得力に欠ける”よなぁ・・」などとも(・ω・)

もの凄い(←きっと)芸術的才能を持つ人間であっても「愛だの恋だの」に煩わされ、創作の筆も止まる辺りなどは「青臭いぞ!」と思わされる一方で「やっぱり恋愛こそが創作の最上のエネルギーなんかも知んないなぁ」「恋愛って、普遍的に人を強くも弱くもするものなのかもなぁ」・・とこちらまで青っぽいことを感じさせられてしまう。。

♦凡人は不運に打たれ強く、ぶれない。引き換え、天才は脆く不安定な人生を辿ることとなる。
♦駄作を(愚なる衆人に)賞賛され、戸惑いつつも「よし」としようとする天才。そして、そんな彼の本心を根幹から揺さぶる、別な天才の視線が“対(つい)のように”存在する。
♦凡人にこそ与えられた“ただじっと見守る力”“変わらぬ優しさ”“ひたすらに耐える力”が天才を癒すことだってある。
♦「感覚で動く」人間の大胆さ&繊細さは、魅力に溢れる。
♦本来“後から発生”すべき資産的価値が、まず作品に求められる悲しさ。
♦休まず走り続けたら、やがて自分が見付かるのだろうか? と言う不安と期待感。
♦その場にいないと座が寂しくなるような存在が、案外と凡人であったりする不思議。

なんてことも考えつつ、結構楽しんだワタシであった。

〜 こんなセリフもありました 〜

竹本「桜の花が散ると、ホッとする」
  「僕はこの日のこと、この日から始まったことの総てを決して忘れないだろう」
  「この人が一生、絵を描いて行くとすれば・・10年後の僕は一体何をしているんだろうか?」
  「こいつらの眼で見たら、世界はどんな風に見えるんだろう?」
  「そして僕は、自分が彼女のために出来る事の少なさ、小ささに愕然としていた」
  「テレビに出てる場合かよ・・! 森田さん」
  「そして僕は逃げ出した、転げ落ちるみたいに」
  「気がつくと走っていた、ひたすら」
  「あの日の海はあんなにきらきらしてたのに・・」
  「逃げてる場合じゃなかった・・今逃げたら、総てはなかったことになってしまう」
  「いつの日か、君を支える強さを持ちたいと思う」

真山「人が恋に堕ちる瞬間を、初めて見てしまった」
  「美味い・・でも熱い・・でも美味い」 ←焼き肉について
  「負けるのが嫌だから、リングに上がらないで試合放り出す訳か?」
  「いいんです、傷つけても・・俺、傷つきませんから」

山田「子供って、匂いとか声とかだけで描けるからスゴいよね」
  「竹本君ってさ、幸せそうなの似合わないよね」
  「今・・私、振られた?」
  「振られてしまったけど・・“逢いたい気持ち”は強くなってしまった」
  「いい加減、負けることも覚えないと、こっから先の人生が大変ですよ」
  「私の好きな人が、私を好きで居てくれる・・たったそれぽっちの条件なのに、永遠に揃わない気がする」
  「何か難しいよね、生きるって・・幸せになりたい」
  「何か楽しいね、身体を動かすと」

森田「すげぇのは俺じゃなくて世界だよ・・何たって世界は“ホンモノ”だからな」
  「(作品に)値段をつけるのはギャラリーだ、だから全然俺は悪くねぇ」
  「札束燃やしてる気分だな・・安心しろ、今ここで燃えてるのは札束だ、作品じゃない」
  「お前は1人じゃない、だから勝手に1人になるな」

花本「はぐは、はぐが描きたい絵を描きたいように描けばいい・・賞を獲る獲らないは重要じゃない」
  「俺たちにも“美術評論家を殴ってた頃”があったんだよ、もう忘れたか?」
  「今は気まぐれではぐの心を乱すな、頼む」
  「“無軌道な才能”で突っ切ってくれると思ったんだが」
  「見守るしかない、俺たちには」

はぐ「あの彫刻・・1週間前(=原木の時)の方が良かった」
  「なんか“いつも通り”が出来なくて・・」

藤原兄弟「いいこと? 芸術である前に商品なのよ、これは」
    「彼の才能からすれば、こんなのは通過点ですらないわね」

※兄弟の名前はそれぞれ“マリオ”“ルイージ”と言うらしい(=^_^=)

幸田先生「自分のやりたいように、では公募展は勝ち抜けない。
     奔放に、自主性を大事に、で消えて行った才能を・・これまで沢山見て来ました」

竹本「これで完成ですか?」
花本「まだだろ、サインも入ってないし」

山田「諦めるってどうすればいいんだろ?」
森田「つうか、諦めなきゃいいじゃん」

森田「何で人は絵を描きたいんだろうな?」
はぐ「描きたいから・・描かずにいられないから・・」

森田「俺はこの国を出る」
はぐ「・・そうするだろうと思ってた」

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